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16)日溜りに四肢あそばする昼つ方傍辺にたましひ解き放ちつつ
窓越しに暖かな陽がさし込む冬の昼。日ごろの心身の辛さを 忘れて、ひととき魂までも解放するように手足を存分にのばす 作者さまでしょうか。そばには家族がいたのでしょうか、それともひとりで。飾りのないいいお歌ですね。
「あそばする」に、高貴なお方が〜〜あそばす、のような 感じをうけてしまったのですが(わたしが変でしょうか)、 「四肢をのばせる」とかではだめだったのでしょうか? また、作者さまの意だと思われる「遊ぶ」の漢字を用いる、 というのはどうでしょう?
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題名:Re: 鑑賞16)
名前:くも 2010/02/07(日) 06:14 No.4132 |
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16)日溜りに四肢あそばする昼つ方傍辺にたましひ解き放ちつつ
脳と身体とはべつものであり、 元来「脳」は他の身体の保全を考慮しないんですね。 「脳」が美意識を判断すれば、 身体がどんなに傷つこうとも、ピアスをあけたり、 地べたにしゃがむこともするわけです。
この歌では、「脳」の命令というより、 微弱な身体の信号をしっかりと受けての身体運用が なされているので、そういう意味で 気持ちのいい作品となっているとおもいます。
ただ「日溜りに」とあり「傍辺に」とあり、 この「に」が二度現れるのがやや気になるところです。 「傍辺に」は、ちがう言い方があったように おもえます。いかがでしょう。
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題名:Re: 鑑賞16)
名前:MEG 2010/02/07(日) 09:04 No.4134 |
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緊張しているとき体は自然に強張るし、反対に体がのびのびとしているときは心ものびのびします。 そんな誰にでも共感できる感覚を気持ちよく詠われていると思います。
ただ身も心も開放感にひたっている歌にしては一首のなかに漢字(または熟語)が多くて少し窮屈な印象を受けました。 また「昼つ方」がなくとも「日溜り」だけで充分なように思います。
またこの歌では「たましひ」よりも「四肢」のほうが目立っているのでこのふたつの順番を替えてもいいかもしれません。
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題名:Re: 鑑賞16)
名前:ゆるら 2010/02/07(日) 16:07 No.4138 |
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16)日溜りに四肢あそばする昼つ方傍辺にたましひ解き放ちつつ 優待離脱という状況でしょうか。たましいが解き放たれたときの心地よさが伝わってきます。しかし、くもさんがおっしゃる重複もそうですが、MEGさんがおっしゃる、「昼つ方」と「日溜り」の重複も気になります。敢えて、「昼つ方」と限定する必然性もなさそうに思います。
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題名:Re: 鑑賞16)
名前:文 2010/02/09(火) 14:54 No.4172 |
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16)日溜りに四肢あそばする昼つ方傍辺にたましひ解き放ちつつ
情景はよく立ち上がり、共感できる歌です。 「傍辺」が読めません。「かたわら」で良いのでしょうか? また「傍辺」は、一首の位置から見て、漢字だと目立ち過ぎますので、ここはひらがなした方が良い気がします。 「あそばする」ですが、四段活用なら、「あそばす」で良い気がしますけれど、如何でしょうか。
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