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題名:Re: 皆さん元気ですか? Part19 名前:大吾
2017/04/05(Wed) 14:08 No.3405 


こんにちは、皆さん

以前ここに書いたと思いますが、20年ぶりに戻ってきた彼女と夜桜見物に行ってきました。
彼女の身体には股間に股縄、胸には胸縄、乳首にはクリップをつけ、下半身の前と後ろの穴に私によって挿入されたものが静かに律動しています。
股縄の上から履かせたシークレットショーツの股繰りの袋にはローターを入れ、その挿入したローターがしづかに彼女の陰核を刺激しています。
強度は弱にしていますが、それでもしっかりわたしの腕に縋りついて、わたしの二の腕に胸を押し当てています。
時折、わざと腕を解いてみますが、すぐに縋りつくようにつかまってきます。
そしてより強く「もう離さないで」と言わんばかりに唇を尖らしてわたしを見上げます。
 
わたしは思うのです。
人間は生きていくのに「快楽」を追い求めたり、「満足感」や「充足感」を得ようとするのは、とても分かりやすく、また自然なことだと。
 
満たされない人生、不満・不足だらけの人生、これらはあまりにもむなしい人生だと思うのです。
満足したい、満たされたいという思いは、誰にでも共通しているものだと思っています。
 
それは、とても自然な想いであって、その思いをかなえるために、だからこそ人間は他人から見れば一見無謀に見えることにでさえも、いろんなことに手を伸ばしてみるのだと思うのです。
  
時は静かに過ぎていきます。
じっとしているだけでは、決して満たされることもなく満足感や充足感は得られません。

今が盛りと咲き誇るサクラの花がやがて散るように、木々の青葉が今が盛りと色づいていても、やがていつか枯れて落ち葉となるように、人も、年年歳歳年を重ね、気が付くと、「あぁ、俺ももうここまで来たか。。。」といつの間にか年老いている自分に気が付きますす。

わたしにとって「活動すること」は、すなわち「生きること」と同義語なのです。
求めるために手を伸ばすこと、それがわたしの生き方です。
そして、そのために、感性を磨き、自分の人生は自分責任を取って決めて来ているのです。
 


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