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* スクワイア

日時: 2010/10/31 16:47 メンテ
名前: MATU

・多分ファンタジー方面です。
・一話一話の長さは統一しないつもりです。

11/17 第一話四段落目に修正加筆。

5/13 第七話を全体的に修正。



※自分自身でプロットを壊しまくっているので、少々矛盾が生じている可能性があります。
 何かここはおかしいんじゃないか、っていう疑問点が少しでもあったら教えてくれると幸いです。
 
Page: [1]
* Re: スクワイア ( No.1 )
日時: 2009/10/27 17:31 メンテ
名前: MATU


 プロローグ

その背中が俺から遠くなったのは、いつからだろう。
煉瓦造りの城壁の上。
壁に腕を乗せ、空に体を預け。
彼女は遠くを見つめて待っている。
俺はその背を見つめて待っている。
彼女が待っているものがやって来るまで。
どうしてかって、俺は、彼女を護るようにと命令されているから。
だから、俺はいつでもこうやって彼女のそばに居る。
ただそれだけで、そばに居られるだけで俺は幸せだった。
つまり彼女は俺にとって、特別な存在だっていうこと。
上等な絹で織られた、赤い刺繍が映える純白のローブ。
彼女のまとうその白さはまるで、彼女だけのために用意されたもののようだった。
「来た」
彼女は口を開く。
その声音はここしばらく姿を現さなかった喜びに溢れている。
振り向いてくれないかな、と思う。
彼女はきっと笑っているはずだ。
まるで誕生日のケーキを前にした子供のように。
無邪気に笑っているはずだ。
その笑顔が見たい。
俺は一歩前に出る。
彼女の背中が少し近づく。
けれど、それに触れることはできない。
もう一歩を踏み出すこともできない。
二人並んで、彼女の肩に手を回すことができるなら。
俺には、そう考えることしかできない。
彼女は何かに向かって懸命に手を振っている。
その先。
遥か遠くに見えるのは、誇りを背負った空色の旗。
それを囲むようにしながら、たくさんの人が歩いていた。
彼らは騎士。
愛すべきものの平穏と世界の秩序の為に戦う、気高き者たち。
その凱旋は、何よりも華々しく迎えられるべきもの。
「行こうか。サラ」
「うん、行こう」
体の内側から溢れた力に弾かれるようにして、サラは振り向いた。
その顔は、やっぱり笑っていた。


城門の回りはたくさんの人で溢れていた。
俺とサラは城壁から降りる階段の途中で足を止め、その喧騒に巻き込まれないようにする。
別に下に降りなくても、ここからなら城門の辺りはよく見えたし、
それに何より、あんな所に居たら彼女とはぐれてしまいそうな気がしたから。
「ねぇ、正門が開いてるの、久しぶりだね」
「ああ。そうだな」
正門とは、あの無愛想な鋼鉄の城門のこと。
高さ10メートルはあるだろう。
それが今、帰還する騎士たちを歓迎するために大きくハの字の形に開けられている。
そこの周りに無秩序にむらがっていた人々も、いつの間にか一本の道を形作るように分かれていた。
その道はこの城門から真っすぐ伸び、城の中心に位置する広場を通り、大小二つの尖塔を有する天守へ続いている。
あの勇壮な建造物は、この世界の中ではどれだけ大きいのだろうか。
そのことは昔から気になっていたが、俺には知るすべがない。
なぜなら、俺は騎士じゃないから。
城を離れ、遥か遠い異邦へ行けるのは騎士だけ。
だから俺はこの城の中のことしか知らない。
騎士たちの帰還をこうして迎えることも、当然だと思っている。
でも、他の城ではどうなんだろう?
そもそもここの他に城なんてあるのだろうか?
そのとき、割れんばかりの拍手と、地を埋め尽くさんばかりの歓声が湧きあがる。
白と黒との雲の上。
澄んだ空の中に輝く太陽。
その輝きをかたどった大きな騎士団旗が、その歓声を受けていた。
緊張した面持ちの旗手を先頭に次々と騎士たちが入城していく。
腰に佩いたそろいの長剣と、騎士団旗と同じマークが背に描かれた深紅の外套。
それらは騎士の証。
それらは余程の信頼がない限り、その騎士の従者にさえ触れることが許されていないもの。
彼らは笑いながら手を揚げたり、あるいは振ったりして歓声に応えつつ、ゆっくりと広場へ向かって歩いていく。
みな、喜びと安心に満ちた表情をしていた。
俺は拍手を続けながら視線を横に向け、サラの様子をうかがった。
サラは俺の何倍も頑張って拍手をしていた。
そしてさっき城門の上で見たよりも、ずっと嬉しそうな表情<かお>をしていて。
でも、俺は、
そんなサラの顔を見るのが悲しかった。
俺ひとりでは決して見ることのできなかった、サラの心の底からの笑顔。
それを見ることは、嬉しいよりもむしろ、辛い。
でも俺はその笑顔を目に焼き付けておきたかった。
この口元が同時に、もう俺がしばらくサラのそばにいられなくなるということを表しているのだとしても。
俺のサラを護るという任務は、騎士たちが戦争に行っている間だけのもの。
騎士たちが還ってくれば、俺はサラのためではなく、俺の主君の騎士のために尽くさなくてはならない。
俺は騎士の従者。
そしてその騎士こそが、サラが本物の笑顔を見せる者。
歓声がひときわ大きくなる。
俺は前を向く。
騎士たちの列の最後尾。
背中に自分の背丈ほどもある大剣を背負った若い騎士が、そこに居た。
彼は周囲を見渡した後、俺の方を向いて、大きく手を振った。
サラの高い声が喧騒の中でもはっきりと聞こえた。
「フィリア!」
フィリア=インスカイ。
その名は、この騎士団をまとめる長のものにして、サラの恋人のものにして、俺の主君のものだ。


「みんな、よく戦ってくれた」
フィリアは石畳の広場の中心に据えられた、木の台の上に立ってそう言った。
彼の横には騎士団旗が高々とはためいている。
その前には行進を終えた騎士たちが列をなしていて、フィリアの言葉に耳を傾けている。
俺とサラはその騎士たちの列を取り巻く群衆の中に居た。
今は誰も物音を立てず、水を打ったように静かになっている。
そこにフィリアの張りのある声が響く。
「これ以上の言葉はない。しかしいつ、また征<ゆ>かねばならないか分からない。だから、それぞれ、今の時間を大切に過ごしてくれ。私からはそれだけだ」
ここに居る者全員が、フィリアの言うことをすべて噛みしめるようにして聞いている。
フィリアはこの城の誰からも敬愛されている。
俺は改めてそのことを感じていた。
「それでは、解散。神のお気に召されんことを」
「神のお気に召されんことを」
いつから使っているのか、誰も思い出せないほど古いこの挨拶を騎士は好んだ。
列をなす騎士がフィリアに続いて復誦する。
そしてそれが終ったとき。
騎士たちはみな家族のもとへと走った。
よかった、帰ってきたよ、無事でよかった、久しぶり、遠かったな、寂しかったか、お疲れ様、どこまで行ったのかい、子供の様子は、怪我はしなかったの、ただいま、おかえり。
俺はフィリアを見る。
台の上からフィリアは騎士たちの様子を眺めているようだった。
その口元は満足そうに笑んでいる。
「ね、私たちも行こう」
「……あ、ああ」
サラは俺の右手を握り、フィリアの方を指差した。
俺の返事より先にサラは走り出し、俺はサラの小さな手に引っ張られる形で人々をかき分ける。
少しだけ、俺はその手を握り返した。
サラが気付くか気付かないかの力で、ほんのちょっぴり。
もし、俺が騎士だったならば。
その仮定は卑怯すぎるものだと分かっていても、つい思ってしまう。
どうして卑怯かって?
だって俺が騎士だったら、俺は今ここにいないかもしれない。
でも。
フィリアはいつだってここに還ってきた。
そう、今も。


広場の中心に出た。
そこはまるで台風の目。
ちょうどフィリアは台から下りているところ。
サラは俺の手を振りほどき、フィリアのもとへ走って行く。
「フィリア!」
その声でフィリアは振り向き、走りこんできたサラを正面から受け止める。
自然、抱き合う形となる。
「サラ!」
「還ってきてくれて、嬉しい」
「必ず還るさ。君をひとりにはしないって言ったろう?」
「うん。私、信じてた」
「信じててもらえて、僕も嬉しいさ」
俺は一度、自分の右手に視線を落とす。
そこに向かって言い聞かせた。
分かっているだろう、俺は誰だ?
顔を上げ、俺は二人のもとへ出来るだけゆっくりと歩いてゆく。
フィリアが俺の存在に気付いた。
俺は深く腰を曲げて礼をする。
フィリアはサラと自然に離れ、俺の方を見る。
「あぁ、ディア。久しぶり」
「よくぞご無事で。団長。嬉しい限りです」
「大丈夫。僕はまだ死にたくないからね。そうだ。ちょっと持っててくれないか?」
フィリアはそう言うと巨大な剣を体にくくりつけていたベルトを外し、慣れた手つきでそれを手に執った。
長いだけでなく幅もあり、並の騎士では扱うことなどできないと聞く。
今はその刀身は薄汚れた布で巻かれていて、不用意に人を傷つけないようにされている。
フィリアはその大剣を俺に渡した。
俺の右手は久しぶりに感じるその重量に一瞬戸惑いながら、地につけないよう気をつけてそれを受け取る。
さらにフィリアは深紅の外套を脱ぎ、簡単にたたむとそれも俺に渡す。
戦塵を浴び続けたそれを俺の左手は受け取り、抱きかかえるようにして固定した。
「ありがとう、ディア」
「いえ、団長。畏れ多いお言葉です」
「『団長』はやめてくれよ。今の僕は剣も持ってなければ、ローブも着ていない。もういつも通りでいいさ」
「……分かった。『フィリア』」
「うん。ありがとう」
俺はフィリアの従者で、
それでいて、友達でもある。
そういう役割を、俺は子供のころから課せられている。
そのことに不満はない。
だけど。
「ねぇ、フィリア?」
「何?」
「また聞かせてよ。外国のお話。今度はどこまで行ってきたの?」
「ここからずっと南の方さ。山の奥で、あちこち綺麗な花が咲いててさ──あ、そうだ!」
フィリアはズボンのポケットを探り、小さな袋を取り出す。
「サラ。手、出して」
その袋の口を開けると、フィリアはサラの手の上でそれをひっくりかえした。
ぱらぱらと小さな黒い粒がいくつも現れた。
「これって、種?」
「そうだよ。少しだけだけど、分けてもらえたんだ」
「城の中庭に植えてもいいかしら?」
「もちろん。そのためさ」
フィリアの言葉を聞いて、サラはくすりと笑った。
すっと背伸びをし、サラはフィリアに口づける。
俺はその光景を見ていても、もう辛くなんてなかった。
だって、俺は誰だ?
そう、俺は騎士の従者だ。
空の中の太陽は、俺を照らすためには光ってないんだ。
主君をうらやみこそすれ、うらむ従者など居るはずがない。
分かり切ったこと。
でも、
それを何度も何度も繰り返しても、
俺はサラのことを諦めることができないんだ。


* Re: スクワイア ( No.2 )
日時: 2009/11/17 22:35 メンテ
名前: MATU

 第一話

俺が目を覚ましたとき、まだ太陽は昇っていなかった。
すっかり体に染みついたものだと、我ながら思う。
俺は騎士の従者。
概して従者には、主君がひとつの不自由なく生活できるように、その万事にわたって気を配ることが求められる。
つまり、主君より早く起きるなんていうことは従者の仕事にも入らないっていうこと。
フェアレラ城の天守の二階。
そこの一角に、俺にあてがわれた部屋がある。
俺は寝る前にアイロンをかけておいたワイシャツに袖を通す。
それから従者の証とも言える青いサスペンダーを丁重に取り出し、それで黒い長ズボンを吊って穿く。
騎士の証に比べると、この従者の証は大分安っぽいものだ。
どういうことかといえば、この青いサスペンダーは皆々共通して着けているとはいえ、たとえば騎士の剣のような精神的な意味合いは何も持っていない。
着ける理由があるとすれば、それはただ昔からそうだったからということだけ。
フィリアはそれを因習だと言って激しく嫌っていて、俺にそんなものは着けなくていい、とさえ言ったことがあった。
でも、現実としてそうはいかない。
フィリアは特別であるとしても、俺まで特別ではあれないことを、あいつは分かってない。
俺は靴紐を結び、部屋を出る。
木の床が騒がしい廊下を歩く。
しばらく歩き、角を曲がった辺りでひとりの召使いに会う。
老いたこの召使いは俺より遥かに長くインスカイ家に仕えている。
彼女は足下のバケツに八分に水を張り、雑巾片手に手早く窓や燭台の掃除をしている。
俺はその皺だらけの手に向けて挨拶する。
すると彼女は掃除の手を止め、俺に向かって慇懃に礼を返してきた。
俺がフィリアに讒言でもすると恐れているんだろうか。
もし俺がそんな人間だったら、まず俺がこの家を追い出されてるだろうというのに。
このインスカイ家には召使いと呼ばれる人々が10人ほど居る。
ちなみに、サラもそのひとり。
インスカイ家の召使いの人数は、フェアレラ城の騎士の家の中でもっとも多い。
普通は従者と召使いがそれぞれひとりも居れば十分なのだから、このことはあの勇壮な天守とともに、インスカイ家が群を抜いて強大な家であることの証拠であるといえるだろう。
天守のエントランスに出る。
ここはかなり広いためか、廊下よりも涼しい。
俺はその空気を胸いっぱい吸い込みながら考える。
フィリアの部屋に向かうには、俺の部屋からは結構長い道のりを経なくてはならない。
普通に歩けば十分ほどだろうか。
普段はこのまま大人しくエントランスの二階を真っすぐ進み、そこから更にぐるりと城の廊下を半周するのだが、今日は違う道を通って行ってみたかった。
よし、中庭を突っ切ってみよう
この城の中はもうとっくに探険してしまっていたけども。
俺は絨毯の敷かれた石造りの正面階段をゆっくりと降り、中庭の方へ向かう。
古めかしい木の扉を押し開ける。
空はそろそろ白み始める頃。
だからまさか誰もいないだろうと思っていたが、その予想は外れた。
色とりどりの花が咲き誇る広い中庭。
最近土を入れ直したばかりの花壇の近く。
誰かいる。
誰だろう。
俺はわざと足音を立てながら近づく。
相手も気付き、顔を上げて、俺と目が会う。
深い緑色の目。
そこに居たのは、サラだった。


「サラ。おはよう」
「おはよう。ディア? どうしたの?」
「そっちこそ──」
こんな時間からいったい何をしているんだ?
そう聞こうと思ったが、途中で止めた。
サラの手に、昨日彼女がフィリアからもらったあの袋が握られていることに気付いたから。
気を取り直して俺は言う。
「いや、フィリアのところに行くんだけど……それ、蒔くの?」
「え? うん。そうだよ。昨日聞いたらね、蒔く時季は違うだろうけど、こっちの方が涼しいからもしかしたら咲くかもって」
「フィリアが?」
「ええ」
サラは指で土をいじりながらそう返してくる。
俺は早くフィリアのところに行かなくてはならない。
でも。
少しくらいならと俺は思う。
俺は周囲を確認。
俺とサラ以外、誰も居ない。
「サラ」
「なに?」
「今、その花を咲かせてあげようか?」
「え? 本当に?」
「その代りさ、咲かせるのはひとつだけにして、残りのやつはまた来年蒔こう」
「どうして?」
「だって今蒔いても、多分満開にはなってくれない」
「……やっぱり、そう思う?」
「うん。なんて言うかさ……それじゃ、可哀想じゃないか」
「ふふっ。そうだよね」
サラは微笑んで立ち上がる。
一瞬にして花を咲かせること。
俺にはそれが出来る。
満開にならない花だって、別に可哀想なわけじゃない。
でも、俺はサラの喜ぶ顔が見たかった。
俺だけに微笑むサラが欲しかった。
こんなチャンスは滅多にない。
俺はズボンの左右のポケットから茶色い革の手袋を取り出し、両手にそれをぐっとはめる。
俺が手袋を着け終わったのを見たサラは、袋の中に指を入れて種を一粒取り出し、俺に手渡す。
そして俺は種を土に開けた人差し指大の穴に落とすと、そこを覆い隠すように右手をかぶせる。
大丈夫、ここの土は元気だ。
水も栄養も申し分ない。
俺は手の甲の向こうの姿を強くイメージする。
種が芽を吹き、
芽が根を張り、
根が茎を支え、
茎が葉を茂らし、
葉が蕾を養い、
蕾が花となる姿を。
花を見てサラが喜び笑う姿を。
「育め、土よ。自ら変わるその勇気を。空へと向かうその意思を! 『フォルスロラ』!」
そのイメージを俺は種に向かって叩きつけた。
掌に鼓動を感じる。
ひとつ。
ふたつ。
強くなる。
俺は手をどかした。
サラがわぁ、と感嘆の声をあげる。
俺のイメージした通りの世界が、そこにはあった。
またたく間に頼りなかった種はしっかりと土に足を付き、天に向かってその背を伸ばしていく。
その動きを止めることはない。
サラはしゃがんで目線を下げ、その生長を目に焼き付けている。
俺はそのサラの姿をじっと見ていた。
もう蕾は開き始めている。
大きく伸びをするようにそれは開き、美しい白い花を咲かせた。
中心に鮮やかな黄色もたたえるその一輪を見て、サラは嬉しそうに言った。
「ありがとう。ディア」
俺はそれに微笑んで応える。
ああ、よかった。
俺の願いは、どちらも叶えられた。
「それにしても、すごい。綺麗な、花だね」
「ああ、綺麗だ」
「ねぇディア。これ、押し花にしても構わないかしら?」
「その方がずっと綺麗なままだから、いいんじゃないかな」
「うん、ありがとう。それでさ、一緒にフィリアにプレゼントしよう。きっと、喜んでくれるよね」
「……あぁ、きっと喜ぶさ」


サラと別れた後、俺は全速力で走ってフィリアの部屋に向かった。
中庭を抜け大広間を経由し、大きい方の尖塔の螺旋階段を二段飛ばしで駆け上がる。
尖塔の最上階。
そこがフィリアの私室。
歴代のインスカイ家当主の空間。
俺は着装を整えてからドアをノックする。
それから一歩下がって待つ。
そのとき俺は気付いた。
茶色い手袋をまだ着けたままだったということに。
俺はフィリアにさっきのことを悟られたくなかった。
慌てて手袋を外し、ポケットにしまう。
その直後、ドアが開いてフィリアが出てくる。
既にフィリアは着替えていた。
のりの効いたシャツに浮かぶ折り目が、居心地悪そうに見える。
彼の大きな青い目はすっかりと開いていた。
「やぁ、ディアか。おはよう」
「すみません。遅くなりました」
「いいや、構わない。僕もさっき起きたところだし」
「申し訳ありません」
遅刻したことを、つまり主君に対して礼を失したことを俺は詫びる。
昨日のフィリアの言葉は覚えていたが、俺は無視した。
口調を改めたのは、自分の中で顕然とけじめをつけるためで、そして同時に、自分のしたことを戒めるためでもあった。
「だからいいんだって。気にしないでいいよ」
「はい。ありがとうございます」
しかしどうやら身勝手すぎたようだった。
俺の言葉にフィリアは少し顔をゆがませる。
フィリアもなぜ俺がこういう口調なのかは分かっているようだったが、やっぱり嫌なのだろう。
彼の名を呼び捨てに出来るのは、彼の肉親を除けば何人いるのだろうか。
「あぁ……それとさ、ディア。昨日も言ったじゃないか。今ぐらいはそうやって喋るの、やめてくれ」
「……ごめん。そうだったよな。気をつけるよ」
「できれば、そんなことで謝るのも」
今度は苦笑しながらフィリアは言う。
その表情には、さっきまで醸し出していた不機嫌さはもう見当たらない。
この屈託のなさは彼の魅力だ。
まったく天性のものだろう、と俺は思う。
「ディア。とりあえず部屋に入って。どうせ朝食はまだ準備できてないだろうし」
「そうかな? ちょっと走って見てこようか?」
「いいさ。それより、今のうちに話を聞かせてくれ」
俺はフィリアに続いて部屋に入る。
音を立てないよう気を付けてドアを閉める。
フィリアは寝台に腰かけつつ、俺に椅子に座るように促す。
木製の椅子は思いのほか温かく感じた。
俺はフィリアと正面から向き合う形になる。
「ディア。城の様子はどうだった?」
「どこから話せばいい?」
「全部」
彼は、フィリアは俺の主君にして、
友達にして、
そしてこの城全ての者から尊敬される騎士団長。
だがその尊敬でもあがない切れないほど、騎士団長とは大変なものだ。
当然、敵と戦う時はすべての騎士を統率し、先陣を切って戦わなければならない。
しかし、彼に課せられた役目はそれだけではない。
平時も訓練のかたわら、この城を統べる者としてあらゆる政務を処理しなければならないのだ。
今、齢二十歳。
俺と年齢はひと月も違わない。
フィリアはじっと俺を見ている。
俺は知っている。
フィリアは昨日も夜遅くまで城に戻らず、死傷した騎士たちの家族の慰問をしていたということを。
俺は彼の体のことが心配だった。
時には主君の命令に逆らうことも従者には認められている。
それが、従者と召使いの違いでもある。
ただ媚びへつらい、ご機嫌取りをする者は本当の従者ではないと、俺は教えられた。


「……なぁ、フィリア。もう少し休んでからにした方がいいんじゃないかな」
「まさか。心配ない。僕はこの通り元気だよ」
「でも、やっと昨日城に帰ってきたばかりじゃないか。そんなに慌てなくても」
「そんなことはない。いつまた征討に行くか分からないからね。時間が惜しいんだ」
「え? 何言ってるんだよ。まだ帰ってきたばかりじゃないか?」
「あぁ、まぁね……」
フィリアは小さく肩をすくめる。
やっぱり疲れているんだ、と俺はその様子で確信する。
「……皆には言わないで欲しいんだけどね。どうやら、反乱軍が数を増やしているみたいなんだ。全体としての戦況があまりよくないと聞く」
「そうなのか?」
「まぁ、僕も詳しくは知らない。ただ、ここ半年間で征討指令が届く間隔がかなり短くなってるのは確かだ」
「敵の詳細な戦力とか、そういうのは教えてもらえないのか?」
「ああ」
「団長のお前でも?」
「きっと、知らない方が幸せなこともあるんだよ」
フィリアは俺をさとすような口調で話す。
だけどそれには納得がいかなかった。
俺はうつむき、自分の握りしめた拳を睨みつける。
騎士たちは命をかけて世界のために戦っているのに、そんな安い理由の欺瞞を許していいものなのだろうか?
だけど、俺がいくら憤ったところで、俺は騎士じゃない。
分かっているだろう、俺は誰だ?
迷った時は何度でも自分に問えと、こう教えられた。
ノックの音。
俺はすぐに立ち上がりドアのもとへ。
部屋の外には背の高い騎士が居た。
騎士団副長を務めている騎士だと俺は気付く。
俺が挨拶をするよりも早く、彼は口を開いた。
「従者殿。朝早くから申し訳ない。団長はいらっしゃるか?」
「はい。ここに。用件はなんでしょうか?」
「司牧殿から今朝一番で届いた。これを渡して頂けるか?」
「了解しました。ご苦労様です」
「そちらこそ。では、失礼する」
歴戦の風格漂う、節くれ立った手から渡されたもの。
封緘された一通の書状。
見覚えがある。
それも何度も。
俺は一礼して下がり、ドアを閉める。
すぐフィリアのもとへ歩み寄る。
フィリアは俺から書状を手渡されると、一度小さくため息をついた。
「考えもしなかった」
「いくらなんでも、これは」
「今開ける。ちょっと待って」
フィリアはそう言うと正六角形の形をした封緘に指で触れる。
どうやってるのかは知らないが、この不思議な封緘はフィリアの炎でしか破れないようになっている。
フィリアの指がマッチのように動いた。
ぱっと青白い火が点き、次の瞬間それは消えていた。
封緘もまた、自身があった形跡ひとつ残さずに。
これぐらいの火を点けることは、フィリアにとってはまさに朝飯前だ。
イメージを強固にする呪文だって必要としていない。
解放された折り目が勢いよく開いた。
フィリアは中から文書を取り出す。
三つ折りにされたそれ。
見なくても内容はもう分かっていた。
なぜなら、あの銀色の封緘は騎士団に出動を命じる文書の証。
読み終えたフィリアは俺を見る。
その目は既に騎士のもの。


「ディア。出発は明後日の朝だ。すぐにみんなに通達を出そう」
「明後日でいいのか?」
「本当は明日にしたい。でもそれじゃあまりにも急すぎる。みんなに、一日だけでもちゃんと家族と過ごさせたい」
「そうじゃなくて……フィリア、それならなおさら……もっと遅らせてもいいんじゃないか?」
「そうはいかない。期日までに行かなければ」
「でも……」
「何?」
「こんなに急に指令が出るなんて……おかしいじゃないか」
「それでも、従わなくちゃならないんだ」
「理由も知らないのに、どうして?」
「僕は騎士だからね」
まるでそれ以上の理由はない、といった口ぶりだった。
世界の秩序を守るため、神に仕える騎士。
この世界はすべて神のものであり、人々は神に慈しまれながら生きている。
しかし時には神に逆らう者も現れる。
そんな異端者らを打ち滅ぼすのが騎士だ。
フィリアの言ったことは何の間違いもない。
ひとりの騎士として、また騎士団長として、疑問をさしはさむ余地のない思考。
神に仕える者としての純然な言葉。
それに引きかえ、俺は。
フィリアがこんなにも立派にやっているのに、俺には何も出来ない。
俺は従者で、
剣を執ることも、広い世界を知ることも、許されていない。
俺に出来ることはと言えば、フィリアを支えることだけだ。
それが俺の役割だと分かっていたけれど。
フィリアが立派であればあるほど、俺は自分がちっぽけな存在に思えてならない。
無力な自分が嫌だった。
だから、俺はフィリアと共に戦いたい。
僭越だろうと何だろうと、そうすることが、フィリアを助ける一番の手だと信じた。
「……なぁ、フィリア」
「ん?」
「やっぱり、戦いは、激しくなっているんだろう?」
「ああ」
「それでも俺は……俺は、お前を助けられないのか?」


「何言ってるのさ、ディア」
フィリアは目を丸くする。
意外だと言った調子だったが、俺にはそれこそが意外な反応だった。
フィリアは一度目をつむった後に、静かに言う。
「僕が城を離れている間、安心して戦えるのは、君がサラを護っていてくれているからなんだ。
 いつだって心配で、心配で、しょうがないけれども、君に任せておけば心配ないさって思える。
 もう十分、僕は君に助けられているよ。もちろん今も。君だけだ。僕の身を案じて、無理をしないよう言ってくれるのは」
俺に向かって、慎重に選びながら述べられた言葉。
でも、その言葉に俺の心はざわめく。
フィリアはこう言った。
俺がサラを護っているから、フィリアは俺に助けられていると。
違う。
そうじゃない。
違うんだ。
俺がサラを護っているのは、フィリアのためでも、サラのためでもないんだ。
俺のためなんだ。
サラを護っている間、俺はサラと一緒に居られる。
俺はサラが好きで、
それは昔からのこと。
でも今のサラはフィリアの恋人で、サラ自身もフィリアと一緒にいるときが一番幸せそうに見える。
ならば当然、俺はサラのことは綺麗さっぱり諦めて、サラのためにもひとりの従者としてフィリアに尽くすべきだと、分かっている。
分かっていても、俺は諦められない。
忘れ去るには美しすぎるから。
いくら認められざる行為だと分かっていても。
俺なんかじゃフィリアの代わりにさえなれないことは分かっていても。
「ディア? 大丈夫かい?」
フィリアの声。
いつの間にかフィリアは寝台から立ち上がり、俺の顔をのぞき込むような姿勢になっていた。
「どうしたんだ?」
「あ、あぁ。ごめん。何でもない」
「あんまりそうは見えないな。何か、あるんだったら言ってくれ。僕だって、君の助けになってもいいだろう?」
そう言ってフィリアは笑った。
また、俺の心はさざめく。
それを気取られないうちに、俺はどこかに行きたかった。
どこに?
どこでもいい。
俺はフィリアを制しながら立ち上がる。
「ありがとう。でも大丈夫だ、フィリア」
「ディア、どこに行くんだ?」
「剣を、お前の剣を見てくる」
「剣を? 後でもいいじゃないか」
「従者として、お前には万全の状態で征ってもらいたい。だから、出来ることは今のうちにやっておきたいんだ」
「うん、そっか。なら任せる。それじゃあ、それが終わったら、城の様子を聞かせてくれないか?」
「ああ、分かった」
「神のお気に召されんことを」
「神のお気に召されんことを」
フィリアは深く頷く。
俺はドアを開け、すぐ走り出す。
馬鹿野郎。
俺は自分を罵る。
フィリアもサラも、あんなに優しく接してくれているのに、俺はそれに応えていない。
なんて卑怯な人間だ。
嘘ばかりついて。
俺は悪くないと思いたがっている。
こんなに汚い心を持つ自分を、俺は憎んだ。

* Re: スクワイア ( No.3 )
日時: 2009/11/24 17:30 メンテ
名前: MATU


 第二話

ゆっくりと正門が開く。
どうにも眠い目をこすり、我慢できなかったあくびをしつつ立ち並ぶ人々もしかし、決して余計な声などはあげない。
それはせめてもの守るべき礼儀というべきものか。
門の前に粛々と整列した騎士たち。
その先頭に立つのはやはりフィリア。
あの大剣を誇らしげに背負っている。
口を真一文字に引き締め、回る歯車に急かされて渋々と開き始めた門を睨んでいる。
その向こう側にいる敵のことを考えているのだろうか。
俺とサラは、三日前フィリアたちが帰って来るのを見た、あの門の横の階段の踊り場からその様子を見ていた。
大きな音をあげて正門が完全に開く。
フィリアはくるりと騎士たちに向き直ると、言った。
「みんな、聞いてくれ。久しぶりに帰ってきた家をすぐに去り、また家族としばらくの間離れるのは辛いだろう。
 だが我らは今、神に必要とされているのだ。神のために、神に刃向かい、世にはびこる異端者を打ち払わねばならない。
 その求めに応じないということは、それは騎士の道に背くことだと思わぬか!」
フィリアの声が風に送られて響く。
暦の上ではそろそろ夏とは言え、まだ月の光が残っている早朝では風が冷たい。
「神のため、この世界のためならば、いつ、いかなる時でも剣を執るのが我ら騎士。そうであるな!」
そんな泣き虫の風をはねのける熱い喚声があがる。
激しい圧<あつ>。
騎士たちを囲んでいた人々が拍手する。
当然、俺も同じように。
「出陣!」
フィリアはあの大剣を振りかざした。
まるでここへ集えと叫ぶように。
城の外へ足を向け、彼は歩き始める。
五列縦隊を組んだ騎士たちも、振り返ることもせずに進む。
人々の拍手は一層大きくなる。
出陣のとき、昔は楽隊の演奏もあったのだが、フィリアが団長になったときそれはなくなった。
詳しい理由はなんだったか、思い出せない。
けれど、きっと俺のこのサスペンダーと同じような理由だったはず。
だから今では、この拍手が唯一の戦いに赴く騎士への贈り物。
でも、サラは拍手をしていなかった。
サラは手を組んで、もう城の外へと行ってしまったフィリアをまだ見ている。
雪を欺くあのローブを身にまとう彼女は、今にも泣き出しそうな顔で祈っていた。
「どうか、無事でありますように」
機嫌が悪そうに閉まり始めた正門に向かって拍手を続ける人々の中に、サラのように手を組む人は居ない。
みんなこう教えられて育つからだ。
騎士の方々がが未練を残されないように、出陣の際は心を込めた拍手で送り出してあげましょう。
それなのに、サラが拍手をしないのは理由がある。
サラはフィリアが騎士として活躍することよりも、無事で還って来ることを願っている。
毎朝起きた後と、寝る前にも祈っているのだから、その気持ちは本物だろうことは誰も疑ってない。
誰も責めもしない。
もしそんなやつが居たら俺が殴ってやる。
「神よ、願わくば、かの人に御加護を与え給いますように」
俺はサラの言葉を思い出す。
あの言葉。
それは一人前の騎士となって、初めて城から離れるフィリアを見送った日のこと。
ねぇディア、私、思うんだ。
騎士のみんなに拍手して、どこかも知らない遠くに送り出して、それじゃあ頑張ってきてね、なんておかしいよ。
頑張って、頑張って、頑張って……。
それで、みんな死んじゃってもいいの?
みんなが頑張っていたら、還って来なくっても、もう二度と会えなくなっても、それでいいの?
そんなの……私は嫌だよ。
「また会えますように」
俺はなんて答えたんだっけ?
分からない。
何も言えなかったのかもしれない。
ただ、あの日、サラはずっと泣いていた。


正門が閉まり、かわりにその左右にある副門と呼ばれる小さな門が開かれる。
正門が開くのは騎士団の出陣と帰還のときだけと決まっている。
次第に集まっていた人々もぱらぱらと散ってゆく。
城下町の人々も朝市を目当てに城へ集まりだし、もう正門前は普段通りの賑やかな様子。
それでも、サラはまだ祈っている。
俺はじっとその姿を見ている。
涙は流れていなかったから、俺は安心していた。
今はフードをかぶっていないので、サラの薄茶色したポニーテールの髪は風に揺れている。
風に抱かれながら風を抱くその様子はどんな花よりも美しい。
その美しさに涙は似合わない。
だから俺は、サラが泣くのも、泣きそうな顔をするのも嫌だ。
いつでも笑っていてもらいたい。
楽しげに、その幸せを疑うこともせず。
「サラ」
返事はない。
でも俺には、もう耐えられなかった。
「サラ。もう、そろそろ……」
「……うん」
か細いその声。
その顔は見る人までも哀しくさせるほど、哀しい顔だった。
サラは一段、一段、足下を確認しながら階段を降りる。
俺はサラと歩調を合わせて階段を降りる。
「どうして」
風の音よりも小さく俺は呟いた。
どうしてサラが、こんなに悲しまなくちゃいけないんだ?
それはもしかしたら、きっと、フィリアのせいじゃないだろうか?
フィリアは、確かに我らがインスカイ騎士団の団長だ。
この世界のために、戦わなくてはならない。
この人々のために、護らなくてはならない。
でも、一番大切な人の幸せも護れないのに、世界の幸せを護ることなんてできるんだろうか?
あるいは、一番大切な人の幸せを犠牲にするほど、世界の幸せは価値のあるものなんだろうか?
どっちも、俺には分からないこと。
俺は世界なんてものは言葉しか知らないから。
だから俺にはフィリアの気持ちは分からない。
でも、今ここにある現実として、サラは悲しんでる。
俺はフィリアのように世界を護ることはできない。
だけど、サラの幸せなら護れるはずだ。
きっと護って見せよう。
サラの幸せが、俺の幸せなのだから。


「ディア」
「ん?」
「私は戻って昼食の用意をしなくちゃいけないんだけど……あなたはどうするの?」
「そうだな……」
子供たちが駆け回って遊ぶ広場の端。
そこで俺は考えた。
今は、サラをひとりにしておいたほうがいいだろうと。
「俺は本を見てから戻るよ。そろそろ教会の許可が下りる頃だろうから、新しいのがあるかもしれない」
「うん、分かった。それじゃあ、また」
「あとで」
「あ、ちょっと待って」
ふとサラは思い悩むような顔をする。
「……ねぇ、私のも何かひとつ買ってきてくれない? 今、お金持ってないけれど……」
「いいよ。どういうのが読みたい?」
「うーん、何でもいいわ。でも、すぐ読み終わらないように厚い方がいいかな」
「了解。任せて」
「ありがとう」
断る理由なんてない。
持ち合わせなど確認せず俺は承る。
もし足りなければ、俺の本を諦めればいいだけだ。
手を振ってから、俺は商店街の方へ足を向けた。
商店街といってもそんなに何でも揃っているというわけではない。
本屋、仕立屋、食べ物屋がそれぞれ一軒に、雑貨屋が二軒。
もうちょっと何かあったような気もするけど、俺が覚えてるのはこれくらい。
そもそも、一週間に一度開かれる朝市で生活に必要なほとんどのものは揃うのだから、商店街には行く必要がそんなにないのだ。
俺が行くのは本を買いに行く時か、服を新調するときか、それくらい。
食べ物屋に行くのはいつもフィリアにつき従っての時だから実際に食べたことはないし、雑貨屋に行くのも外の世界の珍しいものをただ眺めに行く時だけだ。
商店街の通りは、やはり他の通りに比べて人が多かった。
すれ違う人々にぶつからないように気をつけながら俺は思う。
サラは変わった。
ひとりで枕を濡らすようなことはもうないだろう。
彼女は強くなった。
困った時、自分でいったいどうすればいいのか、何をするのが一番いいのか分かっている。
ただ、まだまだ時間がかかるだけ。
だから今はひとりにしてあげて、ゆっくりと気持ちの整理をさせてあげたい。
それに比べて、俺は。
何も変わってない。
自分から変わらなければ何も変わらないのに、その勇気を持とうとしない。
そうすることで、今ある関係が壊れてしまうのが怖いんだ。
いい方向に壊れるかもしれないけど、悪い方向に壊れてしまうかもしれない。
なら、今のままでいいとなんて思っている。
あの花よりも、俺は弱い。
左から衝撃。
何かにぶつかった。
一歩足を下げて倒れそうになるのをこらえ、俺は即座に敵を見る目で左を見る。
そこに居たのは男。
「おい、気をつけ──」
男はそこまで言いかけた。
だが、続けなかった。
既に男は目線を下げ、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
青いサスペンダー。
男は従者だった。
互いに顔は知っている。
俺はできるだけ表情を柔らかくして言う。
「すまない。トロット。考え事をしていたんだ。そんな急いでどうしたんだ?」
「ローランド……いや、何でもない」
それだけを言い残し、彼は足早に俺から離れた。
振り返ってその姿を目で追えば、四軒先の店の前に十人ほどの従者が集まっていた。
トロットが何か言っている。
他の従者連中が一斉に俺を見る。
そして、どこかに姿を消した。
ぶつかった相手が俺だと分かったときの、あの表情の変化。
あいつは、トロットは子供のころから横柄な奴だった。
もし俺じゃなければ、どういう態度を取っていたんだろうか。
まったく何も面白くない話だ。
俺は他の従者たちから嫌われている。
理由なんてものはいくつもあるだろう。
フィリアは俺が孤立してしまわないよう手を尽くしてくれていたが、かえってそれが悪影響をもたらしてしまったのだから何とも言えない。
でも、俺は何も気にしてない。
俺は再び歩き出す。
むしろ悪くないと言いたい。
あんな付き合いで時間を無駄にすることもないから、何の気兼ねもなく自分のしたいことだけをやれる。
もし、サラと本を読んで一緒に時間を過ごせるなら、いつまでもそうしていたい。
その本が本当か嘘かもわからない、外の世界の話ならもっといい。
真っ白に染まる山。
地平線まで広がる花畑。
いくつもの表情を持つ海。
どこまでも風に乗って行く砂子<いさご>。
いつか知りたい。
それが本当の事なのかを。
それが本当に在るのかを。
空を羽ばたく鳥のように、こんな小さな城を離れて外の世界を見てみたい。
俺には、翼はない。
だけど、足がある。
一歩ずつでも歩いていけば、いつかはたどり着く。
それくらいの夢は、見てもいいだろう?

* Re: スクワイア ( No.4 )
日時: 2009/12/06 23:13 メンテ
名前: MATU



 第三話

それから一時間近くかけて本を吟味してから、俺は城に戻った。
思った通り、今日の朝に教会の許可が降りていた。
というわけで店先には新しい本が十数冊あり、俺は選ぶのにかなり苦労した。
なんで苦労したかって、当然、どれもこれも面白そうに見えるから。
許されるならば全部買ってしまいたいと思うくらい。
でも俺が全部買ってしまったら、みんながあの面白さに触れられないだろう?
なんて出来もしないことを考えながら、結局俺が選んだのは薄い小説と分厚い伝記。
本屋の爺さんに聞いたらこう言われた。
どちらも悲しいほどにハッピーエンド。
幼から老まで安心して薦められる一冊だと。
つまりは学校で飽きるほど読み聞かせられるのと同じ内容じゃないか、と思いながらも、俺はその二冊を手に取った。
別段、今更似たり寄ったりの内容に文句を言うわけじゃない。
でもこれは、毎日パンにジャムを塗って食べていれば、ある日急に生のトーストだけで食べたくなるようなもの。
俺の望みはそれほど叶えやすいものじゃないけれども。
「いつか、きっと」
あの鳥みたいに。
そう言って、自分で笑う。
夢は言葉にするもんじゃない。
突然俺は思い出す。
いつか読んだ本にこう書いてあった。
きっと鳥から見れば、翼が欲しいなどという我々の望みは、馬鹿馬鹿しいの一言で片づけられうるものだろう。
なぜなら翼があったところで、つらい現実というものからは飛び去れないのだから。
空を飛ぶことしか出来ない翼なんかよりも、様々なものを生み出せる腕<かいな>の方がずっと素晴らしいものだと鳥は言うかもしれない。
鳥よりも人間の方が恵まれていると彼らは訴えるかもしれない。
だがそれでも、人間が翼を欲しがるのは、自分が飛べないと分かっているからなのだ、と。
ましてや、俺は土の魔法使い。
この『土』とは、この世界を構成するとされる四元素のうちのひとつで『成長』を象徴するもの。
土魔法とは土に感謝し、土の力を借りて、たとえば花を咲かせるといった自分の願望を形にする魔法。
俺は土から離れられない。
空は眺めるだけのもの。
正午を告げる鐘が鳴る。
いい頃合いだ。
俺は開け放たれた天守の門をくぐり、紐でくくった本を脇に抱えたまま食堂へ直行する。
食堂に入ると、サラともうひとりの召使いが食事の準備を整えているところだった。


俺は台拭きを精力的に動かす召使いの方に挨拶をしながら、テーブルにお皿を並べるサラに近付く。
サラが俺に気付く。
すると彼女は手を体の前で合わせて丁寧な一礼。
俺はそれに対してちょっとだけ頭を下げる。
俺のこの態度は決してサラを軽んじたからではない。
ただ他人行儀になるのが嫌だったからだ。
サラは顔を上げると言う。
「ごめんなさい。まだ出来てないの」
「いや、大丈夫。それよりほら。本、買ってきたよ」
「うん。ありがとう。その分厚いのが私の本?」
「本屋の爺のお勧めさ。神を信じる心で奇跡を起こした巫女たちの話だって」
「それじゃあ、そっちの薄い方は?」
「生き別れた二人の王女が辿った数奇な運命を描く、冒険譚だね」
「へぇ、そっちも面白そうね」
「もしかしたら、こっちの方がよかった?」
「そうねぇ……難しいところだわ。でもどっちかって言うと、両方読みたい、かな」
「ははっ、そりゃよかった」
大真面目に悩むサラ。
彼女はいつもの格好で働いていた。
黄色の三角巾で薄茶色の髪を隠し、橙色の無地の長袖に、膝丈の長さをした栗色のスカート。
その上から羽織る感じの料理番の制服、もとい白衣のボタンは、真ん中のひとつだけがかけられている。
特にこれからすることがない俺は、何となく提案する。
「なぁ、サラ。手伝おうか?」
「ううん、平気だよ」
「本当に?」
「本当に。だってこれは、私の仕事だもの」
そう言うサラの顔は、笑いながらも本当にしゃんとしていて。
サラがこの役目に心から誇りを抱いているのがよく分かった。
俺はサラの言葉をもっともと思い、頷く。
それから立ち去ろうと扉の把手に手をかける。
だが、そこに一抹の不安。
勃然と起こった恐怖心。
サラは強くなった。
でも、そう見えるだけじゃないだろうか?
本当は無理をしているんじゃないんだろうか?
それこそ、フィリアのように。
俺は彼女の名を呼ぶ。
「サラ」
「何?」
「無理、しないでね」
そんな俺の言葉に、サラはほほえんだ。
それは心の底からのものに感じられて。
思い過ごしだ、と俺は自分をなじった。
けど、俺は嬉しかった。
サラは強い。
次は俺が強くならなくちゃ、だ。
逆に元気づけられてどうする、と思ったけれど。
それでも、嬉しかった。


俺は食堂を離れ、自分の部屋に向かう。
ひとまずこの重い本を置きに行こうと。
その途中であの老召使いに出会う。
彼女は燃え尽きた蝋燭を新しいものに交換していた。
今は雑巾を持っていない。
かわりにその左手にたくさんの蝋燭を持っている。
燃えカスにまみれていた燭台。
彼女がそこに右の掌をかざすと、突然バケツからコップ一杯分程度の水が伸びあがり、燭台の上を満たす。
その水は燃えカスを瞬く間にすべて取り除いたと思うと、そのまま老召使いの足下のバケツへと飛び込んで行った。
彼女が使ったのは水魔法。
魔法は俺たちの生活に浸透していて、そして楽にしてくれている。
しかしもちろん十全なわけではない。
共通のルールが魔法にはある。
それは『自分が経験してきたこと』をもとにしたことしかできないということ。
要するに、長年燭台の掃除をしていた彼女だから、この程度の汚れだったらどう掃除すれば簡単に取れるかを知っている。
その経験から作り上げたイメージをもとにしてはじめて、あの魔法が使えるのだ。
逆に言えば、見たことないような酷い汚れの時は魔法を使っても汚れは落ちないし、
経験のない者ではいくら魔法の使用に才能があろうと掃除ひとつできないということ。
また、魔法ばかりに頼っていては基本の経験を忘れてしまうので、
熟練の技術を維持したければ魔法だけに頼らず、きちんと自分自身で動き、経験を積み続けなければならない。
俺はいつものように立ち去ろうとした。
だが、彼女は俺を見てすっかりしゃがれた声をあげる。
「おや、また本ですかい?」
「ええ。好きなもんで」
「そんなに分厚いのまで。高いでしょうに」
「これぐらいにしか使いませんから」
「殊勝なもんですねえ。うちの孫にもローランドさんを見習わせたいですよ」
「褒められたものでもないですよ」
「またまた。そうやって謙遜なさって」
「そう言わないで下さい」
「従者として、非常に立派であると思いますよ、ローランドさん」
「それは、ありがとうございます」
大抵、この老召使いは当たり障りのないところから話を始める。
そしてその中で必ず人を褒めるのだが、毎回毎回違うところを褒めてくる。
まるで人の長所を引き出すのを自分の生き甲斐にしていると思えるぐらいだった。
この前は何だったか。
いつも体を鍛えてるのはいい心がけだ、と言われたっけ。
だから決して悪い人物ではない。
少なくとも俺だって褒められて悪い気はしないし、またそれ以上に、彼女には歳を重ねた者だけが持ちうる独特の優しい空気を持っている。
そんなわけで、彼女は俺が安心して話ができる数少ない人物だった。


「しかし、ローランドさん」
「何ですか?」
「上<しょう>は、無事でありましょうか」
「大丈夫です」
彼女の問い。
俺はその問いに即答する。
しかし彼女の皺の影は増す。
「私は、上を産湯に使わせた頃からずっと見ています。……まるで、もうひとりの孫も同然です」
「ならばこそ、信じましょう」
「信じております。ですが、心配なのです」
訴えるようなその声音。
それに俺は既視感を覚える。
どこでだ?
「上が団長に就任されてから五年経ち、もうすっかり立派な騎士なられましたが、それでもまだ上は二十歳です。
 私の目には、無理をしているようにしか見えません。人の上に立つ者は、人を慈しむばかりで、人から慈しまれることはないのですから」
「けどフィリアは、いえ、団長はそれを理解しています」
「頭で理解していても、気持ちの整理はつけられているでしょうか? いえ、上という人間を疑っているわけではありません。
 ただ……いくらなんでも、こうまで急きたてられるように政務に征討にと忙殺されていては、いつどこでどんな目に会ってしまうか……心配せずにはいられないのです」
「心配要りません。俺が居ます」
ああ、分かった。
彼女のフィリアを慕う気持ちは、サラのそれと何も変わらない。
言うなれば、満ち満ちて赤心から溢れて零れたような純粋な気持ち。
その前で、俺はいい従者であろうとした。
つまり、自分の本心が何を言いたいかよりも、目の前の人に安心してもらうためには何を言えばいいかを一番に考えた。
「俺が支えます。その為に、俺は居るんです」
だから心を込めて俺は言う。
老婆の表情は柔らかくなる。
「……それを聞いて、安心しました。ローランドさん」
「はい」
「上を、しっかりと支え上げて下さい」
「はい。分かっています」
短く答え、俺はいつもよりは深く頭を下げる。
彼女は会釈で返す。
俺は足早にその場を離れた。
今、俺は嘘をついた。
いや、フィリアを支えたいということに関しては、嘘をついてない。
自分自身に、嘘をついた。
俺が一番欲しいもの。
もし俺がそれを手に入れたなら。
それは、同時に、フィリアの一番の心の支えを奪うことになる。
俺はそのことをきっと誰よりも、頭では理解している。

* Re: スクワイア ( No.5 )
日時: 2009/12/23 22:05 メンテ
名前: MATU



 第四話

日光だけしか灯りのない部屋に入る。
俺は傷つけないように気をつけながら、机の上に本を置く。
それから俺はサスペンダーを外し、シャツのボタンをふたつ開けて、ベットの上に寝転がった。
俺は迷っていた。
自分の気持ちに整理がつけられない。
俺の主君の恋人であるサラを、自分のものにしてしまいたいというこの気持ち。
俺は普段この気持ちを『従者』という仮面を着けるで押し隠していた。
フィリアの影となって生活し、日々を忙しなく過ごすことで忘れてしまおうとしていた。
でも今、三日前に還ってきたフィリアは俺に従者としての仕事を何一つさせないまま、征ってしまった。
それでももちろん、俺が従者であることには何の疑いもない。
当り前の話。
けれど今、なぜか俺の心は風にあおられた木の葉のように動き回って、その当たり前を疑え、とあるいはささやき、あるいはさざめく。
俺は思い出す。
あの老召使いが言っていた言葉。
改めてゆっくりと口にする。
「人を慈しむばかりで、人から慈しまれることはない」
それは、どんな苦しみだろうか。
それは、どれだけの心の孤独を味わわなければならないのだろうか。
誰からも最大級の敬意を向けられるが故の孤独。
みんな誰かがやってくれると思っている。
でもそれは自分じゃないと思っている。
あまりにも滑稽で、皮肉な話だ。
その辛さは、俺には分からない。
分からなくても、支えなければならない。
それこそが俺に課せられた役目。
俺は忘れていたそれを、あの言葉で思い出した。
思い出したと同時に、疑ってしまった。
もし俺がこのことをフィリア自身の言葉で思い出していたならば、疑いはしなかったろう。
だけど、既に疑ってしまった。
俺に課せられた、主君の孤独を癒すべき、従者にして友達というこの役目。
それはもう、俺では果たせなくなってきてるんじゃないか、と。
なぜって?
きっとフィリアと俺は、もう友達ではない。
言いかえれば、フィリアはもう俺を必要としていないだろうということ。
俺はフィリアに遠く及ばないから、彼に何ひとつ与えることも出来ない。
その俺がフィリアを支えるなんて言っても、それは虚しいだけだろう。
まるで両手を高く掲げて、俺が天を支えているんだぞと言うようなもの。
俺とフィリアを比べた時、サラはどっちを選ぶだろうか?
そんなことは、分かっている。
「サラ」
彼女の背筋は真っすぐだった。
サラさえいれば、フィリアは十分立派にやっていけるはずだ。
彼女だけは違うと俺は思っている。
少なくとも、これだけは確信して言える。
フィリアの孤独を癒せるのは、俺よりも、サラだ。
俺が支えられるのは騎士としての、あるいは団長としてのフィリアだけ。
でもサラが支えられるのは、紛れもないフィリア=インスカイ。
だからきっとフィリアにとって、サラは特別な存在なんだろう。
だけど俺にとってもサラは、特別な存在なんだ。
サラとふたりで居る時の俺は、紛れもないディア=ローランドなんだ。
そのふたつの意識に板挟みになった俺は、どうすればここから抜け出せるのかを必死で考えた。
しかし考えれば考えるほどに堂々巡り。
「もう、やめよう」
俺は呟く。
頭だけで考えるからこんなことになるんだ。
ぎゅっと目をつむる。
思考をリセット。
真っ暗な空間に文字を描く。
俺は呪文のように唱える。
「迷う前に動け」
それは俺の信じる言葉。
「前だけを見ろ」
自分で押した言葉に押されるようにして、俺は決意する。
そうだ。
サラを護ること。
今はそれだけに集中しよう、と。
そうすれば、きっと俺はフィリアにも胸を張れる。
それが、今取りうる一番いい選択だと俺は思った。
ふと、疲れが急に押し寄せてくる。
考え疲れたのかな。
とりあえず、眠ろう。
目が覚めた時には、このぐちゃぐちゃの気持ちもちょっとは綺麗になっているはずだ。
この願いは口にしなかった。
心の底からそうであってほしかったから。


気がつくと、俺は子供だった。
ベッドから起き上がって周囲を確認。
昔住んでいた家。
俺の部屋だ。
誰もいない。
ここには俺しかいない。
机の上に目を向ける。
茶色い革の手袋がそこにあった。
俺は机に歩み寄り、それを着ける。
サイズが合わないことなんて気にしない。
魔法というもの。
それは思う力の強さによるもの。
いったい何がどうなって欲しいのか。
どれだけ自分がそうなるかを望んでいるか。
その望みを叶えるにはどうすればいいのか。
それら全てをどれほど強くイメージできるかで、その術者の力量は決まる。
でもそれだけではない。
俺はぶかぶかの手袋をはめた手をぎゅっと握りしめる。
ある物質は、特定の魔法の威力を飛躍的に増幅する。
その性質を利用するために、そのある物質を用いて作られたものがある。
たとえば俺のこの手袋や、騎士たちの長剣や外套といったもの。
それは増幅器<アンプリファイア>と呼ばれるもの。
こいつはいつも俺に力をくれる。
遠くからノックの音。
玄関からか。
あ、そうだ。
今ここには俺しかいない。
俺が行かなくちゃ。
数を重ねるノックに急かされ、俺は走る。
体当たりする勢いで俺は扉を押し開けた。
その向こうに居たのは、少女。
俺より少し背が低い。
じっと見つめあう。
その深緑の目に吸い込まれそうになる。
そんな俺に彼女はほほえんだ。
「お名前、何ていうの?」


「ディア」
「ん?」
「聞いてもいい?」
「うん」
「どうして、神を信じられない人が居るのかな」
うつむき気味のサラは俺の方を向き、上目遣いでそう言った。
その膝の上にはあの伝記が開かれたまま。
夕食の片付けも済んだ後の食堂には、俺とサラと蝋燭しか居ない。
「どうしてって?」
「神なんか居ないって言う人は、どうしてそんなことを言うのかなって考えたんだけど……分からなくって」
「そんな人が居たの?」
「たくさん居たって、書いてある。酷いことをしてた、とも」
俺とサラは隣り合わせに座って本を読んでいた。
俺はもう三回読み終えてしまった小説を閉じる。
今まで互いに言葉を交わすこともなく二時間はこの状態だったのだから、はたから見ればさぞかし奇妙な光景だったろう。
それでも、この二時間は俺にとっては最高の二時間だった。
あと一秒だけでも長く続いてほしいと永遠に願ってしまうような、そんな心地よい時間の中に俺は居た。
サラはじっと俺の答えを待っている。
「きっと、そもそも神が居ることを信じられないんじゃないかな」
「でも、その理由は?」
「理由?」
「だってそんなことを考えるってことは、何かそう考えるキッカケになった理由があるはずでしょ? それが何か、すごく気になって」
「あぁ……そうだな、そういうことか。ちょっと、考えさせて」
軽い気持ちで返答した俺に対して、サラは顔を上げて素早く切り返してきた。
サラの目はじっと俺を見つめてきて、くぼみにちょうどはまってしまった岩のように、頑としてそこから動かない意思を映している。
本当に昔と変わってないな、とその顔を見つめながら俺は思った。
「……どう? ディア。分かる?」
「え? ああ、うん。多分だけどね。神を信じられないのはさ、きっとその人が神の恩恵にあずかれていないからじゃないかと思う」
「とんでもなく不幸な目にあったからってこと?」
「いや、一口にそう言うのも何か違うかな。
 なんていうか……神はすべての存在に平等なはずなのに、どうにも平等じゃないこの世に絶望したから、っていうことだと思うな」
「それはおかしいわ。……おかしいと思う」
「そうかなぁ」
「そうよ」
「その割には──」
俺は喉まで出かけたそれを、
慌てて胸の奥にそれをしまいこむ。
心の中で従者としての仮面を着けて。
二度と出てこないように。
「え? その割には?」
「あ、いや、なんでもない。分からないや。ごめん。自信なくなってきた。忘れて」
俺はサラから視線をそらし、蝋燭の炎に目を向ける。
「そうだよね。神は平等さ。俺は何を馬鹿なことを……」
空疎な笑いで俺はごまかそうとする。
心臓が高鳴るのをさとられまいと、必死で。
綺麗になったと思ったのに。
まだ俺の心はささやき、ざわめいている。
「……あのさ、ディア。聞いて欲しいんだ」
俺は蝋燭の炎に焦点を合わせたまま、無言でうなずく。
「私ね、怖いんだ」
「怖い?」
「うん。私は、こう思うの。神は、この世界は、間違いなく平等だよね。でも、平等でありすぎるんじゃないかって。
 だって、誰にも平等ってことは……神を信じて、神の為にすべてを犠牲にして戦うフィリアたち騎士にも、神を信じず、秩序を乱す異端者にも平等だってことでしょ?
 それだともしかしたら、フィリアはあんなに頑張ってるのに、神の御加護を与えられないかもしれない。すると……帰って来てくれないかもしれない。
 フィリアのお父様は足を失って戦えなくなってしまい、おじい様も病が篤くなってる。その後を継いであんなに頑張ってるフィリアが、もし報われない運命だったらなんて考えると……」
その言葉が紡がれるにつれて、サラは嗚咽を抑えきれなくなっていった。
俺はサラの膝の上に視線を向ける。
開かれたままのページの上に、ぽつりぽつりと涙の跡。
小さな拳はぎゅっと握りしめられ震えている。
「ディア……もしそうだったら……そんなの、ひどいと思わない?」
俺はその涙を拭えなかった。
それどころか、サラに何も言葉をかけられなかった。
頭の中でたくさんたくさん優しい言葉を考えたけど、考えていたけど、そのどのひとつも、俺は言えなかった。
俺は気持ちの十分の一も表にできない。
俺は自分を呪った。
でも、せめてと。
俺は手を伸ばして、サラの手を握り締めた。
「大丈夫だよ」
サラの涙が俺の手に当たった。
俺はより一層強く手を繋ぎながら言う。
「俺が護る。護ってみせるよ」
護ると、俺はただそう言った。


部屋に戻った俺は、また考えていた。
サラが言った言葉の意味。
神は平等でありすぎではないのか。
どうして神を信じていない人が、神を信じている人より、神に愛されることがあるのか。
神を信じているが故の感情。
救われるべき人を救わない神への疑問。
しかしサラは神を信じないということはしないだろう。
フィリアが神に仕える騎士である限り。
フィリアの祖父は、九年前に病に倒れ、今では髪もすっかり白くなり、この城から一歩も出ない生活を送っている。
容態は小康を保っていたが、最近はかたい食べ物がのどを通らないほど悪化していると聞いた。
また、先代インスカイ騎士団団長だったフィリアの父は、五年前の乱戦の最中、敵に右脚を斬られてしまった。
口髭をたくわえたあの雄姿は、あれ以来戦場に赴いていない。
二人とも、身を削って神に仕え、神の為に戦ってきたのに、それに見合うべき恩寵を授かってない。
むしろ人並みよりも不幸な目に遭っていると、俺だって思う。
それなのに、異端者たちの中には今ものうのうと大手を振っている奴もいる。
だからサラから言わせればこんなところだろう。
奴らはあんなに恩寵を授かってるのに、幸せなのに、どうして神を信じようとしないのだろうかと。
「それはおかしいよ、サラ」
俺はそれには迎合できなかった。
俺から言わせれば、神は平等でもなんでもない。
だって、もし神があまねく人々に平等であったなら、生まれた時から人の役割を決めて与えるなんてことはしないだろう。
俺に出来て、フィリアに出来ないことはほとんどなくて、
逆に、フィリアに出来て、俺に出来ないことは数えきれないほどある。
その間にあるものは何か。
埋めようのない懸隔。
縮めようのない距離。
俺が手を伸ばしたって届かない。
もし俺が騎士だったら、あるいはフィリアが騎士じゃなかったら。
対等の立場だったら、サラは俺のものだと言えるのに。
最初から勝負の決まっている戦いを与えるなんて、あんまりじゃないか。
俺は窓を開ける。
乾いた夜風。
耳元をくすぐる。
フィリアは今、どこにいるんだろうか。
俺の見るこの先に居るんだろうか。
その時だった。
暗闇に、赤い閃光が走った。
立ち昇る炎の柱。
遅れて轟音。
二発、三発。
数えきれない。
城の中で起きている。
必死で俺は目を凝らし、遠くに焦点を合わせる。
瞬間、愕然とした。
開くはずのない正門が、開き始めている。
「サラ」
サラの顔が、頭に浮かんだ。
護らなくては。
俺は、誰だ?
答える前に、俺は茶色い手袋をはめ、走り出した。

* Re: スクワイア ( No.6 )
日時: 2010/02/21 21:47 メンテ
名前: MATU



 第五話

もっと早く。
もっと、もっと。
俺は必死になって走った。
今はもう真夜中近い。
こんな時間に、一体何が起こったんだ?
遠くからの爆音は散発的に続いている。
ありえない。
でも、現実はここにある。
俺は廊下を飛び出し、エントランスの階段を二段飛ばしで駆け下りる。
転倒しそうになるその勢いさえも利用して俺は進む。
ひたすらに、サラを探して。
「サラ!」
食堂に走り込む。
が、そこには誰も居なかった。
真っ暗な部屋に目を凝らす。
もしかしたらサラが隠れてはいないかと。
二度、三度、彼女の名前を呼ぶ。
それは結局無駄な努力だった。
ここに居ないとなると、どこだ?
「中庭だ」
確証はなかったが、有力な可能性の一つには違いない。
俺は食堂を飛び出す。
町と天守を隔てる門はまだいつも通りの姿。
俺はその雄姿に頷く。
しかし空はいよいよ明るい。
それはまるで太陽が砕け散ってしまったように。
俺は先ほど降りたばかりの石造りの階段のそばを過ぎ、中庭への扉の前に。
把手に手をかける。
扉は動かない。
鍵がかかっていた。
俺は力任せに拳を扉に叩きつける。
「何でこんな時に!」
邪魔だ。
こんなもの、壊してやる。
そう思った俺は、頭の中でイメージを創り始める。
どこを、いかに、どの程度壊すべきか?
俺は意識を集中させる。
大きく息を吸い込んだ。
その時、背後に人の気配。
「サラ?」
俺は即座に振り向いた。
でもそこに居たのは、あの老召使い。
声に出してまでした期待はあっさり裏切られた。
やっぱり、願い事は口にするものじゃない。
そんな俺に蝋燭を手に持つ彼女は言う。
「ローランドさん、どうしましたか?」
「え?」
「何回か呼んだのですが、聞こえませんでしたか?」
「あぁ、それは、すいませんでした」
「逃げるのでしたら、そちらではありません。地下の倉にみな逃げています」


みな逃げています。
その言葉に俺は問い返す。
「いったい、何があったんですか?」
「異端者です。異端者どもが、城の中に忍び込んでいたようです」
異端者。
神を信じない者たち。
この世界の秩序を乱す者たち。
今まで言葉や文字の上での記号としてしか捉えてこなかったそれら、いや、そいつらが、この城を攻撃しているという。
「よりによって騎士たちが居ないこの時に、いや、もしかしたらこの時を狙ったのかもしれませんが……」
彼女はそこまで言うと、いったん言葉を切る。
そして、じっと俺の目を見て、哀願するように言った。
「とにかくローランドさん。とにかく、今は、早く逃げて下さい」
俺は彼女の懸命さという名の刃で刻まれたような表情の前に首肯しかける。
が、同時にそこで疑問を持った。
「待って下さい。みな逃げているのであれば……どうしてあなたはここに居るのですか?」
「心配しないで下さい。私もすぐに行きます」
彼女は答えなかった。
いつものようで、しかしどこか違う。
彼女はそんな笑みを作って言うと、俺に会釈し背を向けようとする。
俺はその肩を掴んで止めて尋ねる。
「待って下さい。どこへ?」
「すぐに戻ります」
「何をしに?」
「心配しないで下さい」
「答えて下さい」
「サラを捜してきます」
「何?」
予想もしなかったその答えに、俺の胸は高鳴る。
骨ばった肩を掴む腕に力が入ってしまう。
彼女の表情の変化を見た俺は慌てて手を離し、一度すばやく深呼吸。
そして続けて訊く。
「すいません。……でもそれは、つまり……サラはまだ逃げてないのですか?」
「ええ、十中八九は」
「どこに居るかも、分からないのですか?」
「はい、あとはサラだけなのですが……あの……もしや……いえ……」
そこで彼女は言い淀む。
俺はできるだけ静かに彼女を急かした。
「何ですか?」
彼女は答えない。
何故だろうか、明らかに迷っている。
うつむきながら二言、三言、何事かを呟く。
俺はそれを聞き取れず、聞き返そうとしたが、その前に彼女は迷いを振り切っていた。
「もしかしたら、ローランドさん。サラがどこに居るか、分かりますか?」
老召使いは自分の足を見ながらそう言った。
彼女がどうしてそう思ったのかは分からない。
だけど、
その瞬間、俺は決断する。
「分かります」
「本当ですか?」
「はい」
「どこに居るのですか? 教えて下さい」
「いえ」
俺は彼女の意志を突き返す。
それは彼女の身を案じたためでもなく、
彼女のことを信じなかったためでもない。
「俺が行きます」
ただ、俺のためだった。


もう、何度この名を呼んだことだろう。
扉を開けるたびに、角を曲がるたびに。
でも、彼女はどこにも居ない。
もう地下の倉に逃げたんじゃないだろうか?
そんな思念が一瞬だけ頭をよぎったが、俺はその間も走り続けた。
後悔はいつでも出来るけど、行動は今しか出来ないのだから。
城の西側の一階をすべて見回った俺は、そのまま北側へ、つまりあの尖塔を有する北の棟へと向かう。
ふたつの棟をつなぐ渡り廊下に出る。
そこには壁はない。
腰丈の高さの手すりが進むべき道を示しているだけ。
しかし俺の目は大広間へ繋がる扉ではなく、その手すりの向こう側を見る。
そこには、たくさんの花が咲いている。
「もしかしたら、やっぱり、中庭に──」
そう呟き、俺は手すりに手を突いて跳び越えた。
昔は下をくぐっていたのに、今じゃそんなこと考えもしない。
成長したというわけか?
いつの間にか俺は、俺よりも大きかった花々を見下ろすようになり、
日がな一日向き合っていても飽きなかった虫を、一瞥するだけで満足するようになってしまった。
成長することは、もしかしたら、土から離れることなのかもしれない。
でも最後は、土に還っていく。
草も木も虫も獣も人も。
これは真理と言っても過言じゃないはず。
教会だってそう教えている。
どんな鳥だって死ぬまで飛び続けることはできないし、どんな花だってしおれずに咲き誇り続けることはできない。
まして人間がどんなに知恵を絞ってこの真理に抗おうとしたところで、どうして避けられようか。
あの尖塔の高さだって、百年後はもう無いかもしれない。
あんなものは偽物の安心の為の姑息な手段なんだから。
いつだったか、そうフィリアがサラに言っていたことを俺は思い出した。
そのフィリアは、高い所に居る。
あるいは騎士団団長として、あるいはこの城を統べる者として。
元々、それは彼が望んだことではない。
でも彼は、それが神の望んだことならばと受け入れた。
驟雨を遮る大樹のように、あらゆる不幸から皆を護ろうと。
揺るぎない決意をもって、すべての人の寄る辺となろうと。
だけど、皆が平等に幸せになる方法なんてないように、皆を平等に護ることなんてできはしない。
だって、そうだろう?
たくさんの人を護るには、高い所に行かなければならない。
しかし高い所に行けば行くほど、ひとつひとつのものは小さくなり、やがて見えなくなる。
見えないものをどうやって護るというのだ?
彼は本当に平等だ。
だから、護れない。
でも、俺は彼と違う。
俺は高い所には行けない。
つまり多くのものは見えないけれど、その分護るべきものを見失うことはないということ。
俺は信じている。
今こそ証明するんだ。
サラは、俺が護る
中庭を抜けた俺は、南の棟に繋がる扉を開けた。
エントランスに出る。
一体サラはどこに居るんだろうか──。
「え?」
俺はそこで、気がついた。
「さっき、この扉は……」
鍵が掛かっていた。
でも今、鍵は掛かっていなかった。
それがどういうことかを結論づける前に、俺は動く。
この選択が、俺に更なる動揺をもたらした。
階段の手すりに手をかけた俺の目に飛び込んできたもの。
エントランスに繋がる正面入り口の扉。
そしてその向こうにある、町と天守を隔てる門。
そのどちらも、開け放たれている。
それが意味すること。
理解すると同時に、血の気が引いて行く。
悲鳴が聞こえた。


俺はその場にひざまずき、両の掌を地面に押し広げる。
土から力を得て、その力を頭で思い描いた自らの姿に混ぜ合わせる。
そして混ぜ合わせた幻想は、呪文を唱えて一気に増幅させることで、現実のものとなる。
今必要なもの。
それは疾<はや>さ。
「集まれ、細石<さざれいし>。我に供<とも>せよ。風に揺られるその軽さと! 『ブリダスト』!」
体を包み込む浮遊感。
言い訳と泣き言は、ここに置いて行く。
立ち上がり、俺は走り出す。
悲鳴が聞こえたのは二階から。
十段以上あるあの階段を二歩で昇り切る。
壁にぶつかった反動を利用して右に曲がり、勢いを殺さず駆け抜ける。
突きあたった所でもう一度壁に激突した。
さすがに今度は足がもつれる。
体勢を整えるために、次の一歩までに一瞬、間があいた。
その一瞬。
俺は見つけた。
「サラ!」
仰向けにくずおれた体。
その喉元に向けられているものは、血に染まった槍の穂先。
彼女を見下ろす形で、覆いかぶさるように誰かがそこに立っている。
槍が振り上げられる。
そのとき、俺はもう動いていた。
大きく右手を振りかぶりながら。
五歩、
突き進む。
最後の一歩で大きく飛び込み、全身の体重と勢いを右手に乗せる。
槍がサラの首を貫く前に、俺の拳が敵の鳩尾を撃ち抜いた。
重たい感触。
短く、濁ったうめき声。
敵は廊下を真っすぐ吹き飛んで行った。
主から離れた槍が壁にぶつかり、大きな音を立てる。
中空に飛び出ていた俺はそのまま床に突っ込む。
「痛ッ……!」
体を捻って背中から落ちられたものの、それでも全身への反動が凄まじい。
『速さ』だけを強化する魔法だから、効果が切れた後押し寄せる反動は抑えられないのだ。
痛む体を叱咤して無理やり起こすと、俺はサラに駆け寄る。
「サラ! サラ!」
首元に手を回して、サラの頭を上げさせる。
「ディ……ア……? ディア?」
サラの顔は蒼白で、怯えきったその目で俺を見つめながら、震える声を絞り出す。
少しでも早く彼女を安心させたくて、俺はたくさんの言葉を考えた。
でも俺は分かっていた。
俺は、言葉じゃこの気持ちの十分の一も表にできないことを。
だから、
何も言わずに、
俺はサラを抱き締めた。
強く。
それはもう二度と離さないほどに。
困惑の一瞬。
その後、堰を切ったようにサラは泣き始めた。
俺の背に手を回し、俺の胸に顔を埋めて泣き続けた。
見やれば、右の腿から鮮血が流れている。
そこまで深くはないようだったが、傷の程度が問題なのではない。
反動の痛みが本格化するにつれ、置き去りにしてきた言い訳と泣き言が、後悔という形で追いついてきた。
彼女が傷つけられてしまった。
俺はそれを阻止できなかった。
そしてサラは今、泣いている。
それはつまり、俺が彼女の幸せを護れなかったということ。
俺は唇を噛みしめる。
自分の血をすすりながら、俺は自分に誓った。
二度と、サラを傷つけさせはしない。
もしサラを傷つけようとする者がいるなら、俺が滅ぼすと。
たとえ、それが何であっても、誰であっても。


* Re: スクワイア ( No.7 )
日時: 2010/04/03 23:58 メンテ
名前: MATU



 第六話

あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
多分、何十秒と経っていない。
でもそれが俺にとっては、今まで生きてきた二十年間に勝るほど大事な何十秒だった。
ああ、どれだけ望んでいたことだろう。
サラが、サラが、俺の腕の中に居る。
白いローブの柔らかな手触りと共に感じる、彼女の温もり。
その薄茶色の髪を撫でいつくしむように俺は抱きしめる。
彼女はまだ嗚咽をかみ殺していたが、大分落ち着いてきた様子だった。
「……ありがとう。ディア。もう、平気だから……」
サラはか細い涙声で俺に告げる。
俺は何も言わなかった。
サラと、離れたくなかったから。
このままずっとサラのそばに居たかった。
少しでも彼女を癒してあげたかった。
護れなかったことを償いたかった。
「……ディア?」
だけど、
サラも俺と同じことを望んでいるかどうか訊かれた時、俺は自信を持って頷けるだろうか。
認めたくなんてなかった。
でも、それがまだ出来ないことを、俺は知っている。
「……うん、分かった」
サラの耳元で囁くように言い、俺はゆっくりと互いの距離をあける。
彼女の顔色はさっきよりもよくなっていたが、かわりにその目は真っ赤に充血していた。
無理もない。
今まで暴力的な争い事とはほとんど無縁だったサラに、あの槍はどれほどの恐怖をもたらしたか、想像するに余りある。
そうだ。
そこで、俺は思い起こす。
サラを殺そうとしたあの男。
俺がさっき倒したあいつは、どこだ?
槍はすぐそこに落ちているのだが。
立ち上がり、俺は廊下の遠くに焦点を合わせる。
見つけた。
大体十メートル離れた辺りで、うつぶせになって倒れている。
革で仕立てられた上下揃いの黒。
飾りも柄も何もないそれは、明らかにこの闇夜に乗じるためのもの。
途端に、俺の心に憎悪の念が湧き起こる。
俺は手袋をしっかりと着け直す。
「ちょっと、ここで──」
待っていて。
俺がサラにそう言おうと振り向いた、その時。
「サラ!?」
俺はとっさに手を伸ばした。
彼女は壁に体を預けながら、立ち上がろうとしていたのだ。
当然、まだその腿の傷は痛むはず。
手で押さえたところで痛みが和らぐはずも、出血が止まるはずもないのに。
辛そうなその表情。
サラが体を支えきれずに倒れようとするその直前で、俺はその腕を掴んで引き寄せた。
再び、サラが俺のそばに。
目が合う。
潤んだその緑の瞳。
俺が護らなくて、誰が護るんだ?
俺は、誰だ?


「サラ。無理しちゃだめだ」
「ごめん。でも……」
「いいから。座って。手当しよう」
俺はサラに肩を貸してゆっくりと座らせる。
異端者のことなんかは後回しでいい。
俺はサラと向き合うようにひざまずくと、そこにあった槍の穂先で着ていたワイシャツの左袖を切り裂いた。
しかしそのままでは長さが足りそうになかったので、更にそれをぎりぎりまで縦に裂き、長さを倍にした。
槍を放り投げ、俺は包帯代わりのそれでサラの傷口の辺りを縛る。
「あっ……!」
サラがあげた短い悲鳴。
俺は一度手を止め、顔を上げてサラに声をかける。
「ごめん。痛かった?」
サラは首を横に振って否定する。
その言葉を証明するように強張った笑顔を俺に見せてくる。
「ううん、大丈夫。大丈夫だから……」
それはきっと自分の為に。
そして同時に、俺の為に。
そんなサラの表情を見て、俺は笑い返した。
だってそうしないと、俺が泣いてしまいそうだったから。
こんなに優しいサラが、何でこんな酷い目に遭わなくちゃならないんだ。
神はいったいどれほど不平等になれば気が済むんだ。
「すぐによくなるよ。だから、今は我慢して」
俺は血行を止めてしまわないよう気を付けながら、ほどけないようにしっかりと結び目を作る。
もし俺に治療の魔法の心得があればと思うが、今更そんなことを思っても何にもならない。
今できることを、今するしかない。
「はい、出来上がり」
結び目の強度を確認すると、これでもう悪い話はおしまいだとばかり、俺は励ますように明るく言った。
「ディア! 後ろ!」
その直後だった。
真っすぐ指を突き出したサラの叫び声。
俺は首を回してサラの指差す先を見る。
いつの間にか、あの異端者がそこに立っていた。
構えた槍の穂先は真っ赤に光っている。
魔法で熱せられたその赤さ。
恐怖を感じる前に、俺はサラをかばいながら右に体を倒れこませた。
そうして、突き出された穂先を紙一重でかわそうとした。
しかしかわしきれず、俺の左の頬に鋭い痛みが走る。
傷から感じる熱さはまるで直に火に触れたよう。
歯を食いしばって絶叫するのを耐える。
「ディア!」
サラの切迫した声。
俺を心配出来るということは、無事だったんだ。
だが、サラが無事だったからと言って、それで終わらせていいものか。
槍が壁に突き刺さる音。
一歩踏み出した相手は下がれない。
つまり、この距離は十分に俺の間合い。
異端者は呪文を詠唱して、その左手に種火を作り出していたが、もう遅い。
立ち上がりざま、俺は再び鳩尾を狙って拳を振り上げた。
今度は魔法で強化していないから、一撃で吹き飛ばすことはできない。
だがそれでも、短い間隔で二度も急所への直撃を受けたのだから、まともに立つことさえ苦しくなるはず。
俺の予想通り、異端者は後ろに数歩よろめく。
これにつけこまない手はない。
俺は一気に間合いを詰めると、異端者の右手をひねり上げ、同時に左手も俺の体で抑え込み、そのまま全身を壁に押し付け自由を奪う。
こいつには聞きたいことがいくつもあった。
しかしどうやって切り出すのがもっとも効果的か、そんなことを俺が考えてしまった一瞬。
その僅かな間に、異端者は口を開いていた。
「茶の手袋のアンプリファイア……そうか、お前が、ディア=ローランドか?」


最初、聞き間違えたのかと思った。
だがどうやらそうではない。
はっきりと異端者は俺の名を口にしていた。
俺は狼狽する。
どうして、俺の名を知っている?
ディアという名前はさっきからサラが何度も口にしてたから分かるとしても、なぜ名字まで知っている?
「となると、やはりそこの女はサラ=ノーヴェルだったというわけか……」
サラの本名も知っている。
なぜなんだ?
訳が分からない。
だが、今は細かいことはどうでもいい。
俺はもう一度強く異端者を壁に押し付けて怒鳴りつける。
「答えろ! 何でサラを狙った! お前は何者だ!」
「くっ……あと、少しだったのに……。やはり、功を焦ったか……」
「もう一度言う。答えろ」
「いや、だが、どういうことだ? なぜお前がここに居る? お前はここにはいないはずだ」
「俺の言葉が分かるか? 答えろ!」
「あいつは……いったい、何をしていたんだ? ここにお前が居ていいはずがない」
再三の催促にも応じず、といってさしたる抵抗もせず、意味不明なことを言い続ける異端者の態度。
このままじゃ埒があかない。
そう思った俺は、はったりをかましてこの状況を打ち破ろうとした。
「答えろ! 答えないなら──」
俺は足を使って槍を拾い、それを手に執る。
その冷たく鋭い穂先を異端者の首に突き付ける。
サラが何か言っているのが聞こえたが、無視した。
殺すつもりなんてもちろんない。
ただ、生殺与奪の権を俺が握っていると理解すれば、きっと俺の言うことに従うだろうと思った。
槍を突き付けた一瞬、異端者はひるんだような素振りを見せた。
いける、と俺は思う。
でも、それは本当に一瞬だった。
「……殺すのか? この俺を」
そう言った異端者は、口元を歪めて嗤っていた。
殺せるものなら、殺してみろ。
異端者の言葉の底にあるのは俺に対するそんなあざけり。
向こうも虚勢を張ってるのだろうと俺は判断。
世の中で生きる上で一番面倒で無価値なもの。
それは見栄の張り合いだ。
俺はそう思っているから、そんなことは見るだけでも、まして自分が当事者になるなど当然嫌だ。
だが、今、俺の後ろにはサラがいる。
まして俺から仕掛けてしまった以上、どんなに嫌であっても、先に引くことなどできなかった。
「この状況で、まだ分からないか?」
「くくく……出来ないことは言わない方がいいぞ。人を殺したことはないのだろう?」
「ああ。だが、できるさ」
「やめておけ。お前には無理だ。こんな閉ざされた世界で安穏として、本当のことを何も知らないお前にはな」
「どういう意味だ?」
「さぁな。どういう意味だろうな。分からないな」
一向に異端者は俺の脅しに屈する気配を見せない。
むしろその口元は更に歪み、その口ぶりは増長していく。
「自分で言ったことが分からないのか?」
「ああ、分からないな。俺は自分が誰かも分からないし、何をしたかったのかも分からないな」
奇妙な節をつけておどけたその口調。
このままでは駄目だ。
仕方ない。
一瞬だけ感じた迷いを振り切り、俺は決断する。
「ふざけるな!」
俺はそう叫ぶと、突き付けていた穂先を異端者の首筋に突き刺す。
ひとすじ流れる血の滴。
俺に向けられる恐怖の視線。
歪む唇。
あと、ひと押し。
そう思った。
「やめて!」
そのとき、再び聞こえたサラの声。
はっきりと聞こえてしまった。
だから、俺は無視できなくて。
俺は槍を持つ手を戻してしまっていた。


「……どうした?」
俺が自分の行動に気付いた時には、もはやどうしようもなかった。
自分が勝ったと言わんばかりに目を剥く異端者。
「ほらな、殺せない」
それに俺は敗北を悟る。
俺はまた唇を噛んだ。
何をやってるんだ、馬鹿野郎。
どうして最後まで貫けないんだ。
俺はもう何の価値もなくなった槍を投げ捨てる。
「所詮お前などその程度だということだ。人一人殺せない、そんな甘っちょろい覚悟で何が出来る? どうやって運命に逆らう気だ?
 さぁ、その槍を俺に返せ。そして今ここでふたりとも死ね。それが貴様らの運命だ。せめて苦しまないよう綺麗に殺してやろう!」
そう言うと同時に、異端者は俺の拘束から抜け出そうと暴れ出した。
俺に残されたカードは悪手ばかり。
それでも、何もしないよりはましだろう。
俺は抜け出されないよう、より一層の力を込めて異端者を抑えつける。
異端者の口はその動けない体のかわりにか更に速度を増す。
「どうせお前は何も出来ない。結局は運命を拒否して逆らえば逆らうほど、最後はその絶対的な力に絶望するだけさ。
 それよりは運命を受け入れるのが賢明だ。何も考えずに済む。何も知らずに済む。なんと幸せじゃないか、え?」
早口に異端者はそうまくしたてる。
何が運命だ。
神の教えに逆らっているくせに、何を偉そうに言っている。
お前みたいな奴の言うことが正しいはずがない。
そうに決まっている。
お前の言っていることは、違う。
「違う!」
俺が言おうとした直前、サラがそう叫んでいた。
初めて聞くサラの怒号に、俺は驚いて振り向く。
「あなたは……間違ってる!」
サラはそう言いながら痛みに耐えて立ち上がろうとしていた。
その姿は伸び出したばかりの新芽のように弱々しかったが、目に宿された光は太陽のように輝いている。
「そんなものは幸せじゃない! 運命だからって死ぬのが幸せ? いいえ、違う! 絶対に違う!」
サラは泣いていた。
その涙を俺は見たことがある。
初めてフィリアを見送ったあの日。
あの日の涙とまったく同じだった。
「だって……死んでしまったら……死んでしまったら、何もかも終わってしまうのよ! 後には悲しみしか残らない!
 もう何も話せない。もう何も分かち合えない……どんなに後悔したって、帰って来るはずもないのに、出来ることはああすればよかった、こうすればよかったってだけで……。
 それだったらそんな運命なんて知らないわ! そんなものはなくっていい!」
サラの渾身の言葉。
それは神の教えとは違うものだった。
与えられた運命とそれに基づく役割に従って生きて、そして死ぬべきだと神は言うが、サラは、運命に逆らってでも生きるべきだという。
神を誰よりも深く信じながら、神よりも愛する人を大切に思う彼女だからこその言葉。
だが、異端者はそれにすら嘲笑を向けた。
「ずいぶんと好き勝手なことを言うな。だったら騎士どもはどうなのだ? 他人の幸せを奴らはどれほど奪っている?」
「それは……」
皆から絶対的に信頼される存在。
それが騎士。
騎士は神の教えに従い、神に逆らう者を撃ち滅ぼしているだけだ。
そして神に逆らう者に幸せなど与えられてはならない。
つまり、誇り高き騎士と貴様ら異端者を同列に扱うなどがそもそも間違っている。
そう答えればよかっただろう。
でもサラは、言えなかった。
俺にはその理由が分かる。
彼女は本当に平等だから。
神なんかよりも平等だから。
彼女は口ごもり、ひどく悲しそうな顔をしてうつむいてしまう。
このとき、俺は迷ってしまった。
サラをかばう言葉を言うべきか、異端者を否定する言葉を言うべきか。
その迷いが、致命的だった。
「都合が悪ければすぐに泣いて。泣けばどうにかなると思っているのか? いつまで貴様は子供のつもりだ!
 貴様は何も分かってない! 何も知らない! 残酷な真実など知らないまま、自ら築いた壁の中で死ぬのがお似合いだ!」
俺はその瞬間、全身の血液が逆流するのを感じた。
何だと?
今、何て言った?
サラに向かって何て言った?
何も分かってないのはどっちだ。
お前なんかにサラの何が分かる。
何も知らないのはお前だ。
俺を誰だと思ってる。
俺の体に熱が宿る。
その熱は俺の意志に火を付け、俺自身に問いかける。
そして俺は答える。
そうだ。
俺はディア=ローランドだ。
何をもたもたしているんだ。
サラを護るために、俺はここに居るんだ。
彼女を悲しませてはならない。
誓ったばかりじゃないか。
サラを悲しませる者は、なんであっても、誰であっても、滅ぼしてやるって。
俺は異端者の方に向き直る。
拳を強く握りしめながら。
今度ははったりなんかじゃない。
明確な意思を俺は拳に乗せる。
殺してやる、と。
「貴様らの知る世界はその程度のものだ。大きな世界から壁で隔てられた小さな世界。
 その中で貴様らは護られて、幸せに暮らしているつもりか? それがどれだけの他人の幸せの犠牲の上に成り立っているか知らないで!」
「黙れッ!」
俺は拳を振り抜いた。
それは異端者の顎を正確に撃ち砕き、その体は芯を抜き取った積み木のように崩れ落ちた。


* Re: スクワイア ( No.8 )
日時: 2010/05/13 21:50 メンテ
名前: MATU



 第七話

崩れ落ちた異端者を俺は見下ろす。
意識は失っているようだったが、まだ息がある。
俺はその襟首を掴んで体を引き起こした。
こいつは絶対に許さない。
「償わせてやるよ」
異端者の顔面に真正面から拳を入れる。
ぱっと広がる鮮血。
人形のように床に転がるその四肢。
俺は間を置かないでまた引き起こす。
そもそもこいつは、何も悪くないサラを殺そうとしたんだ。
だったら、俺がこいつを殺して何の問題があろうか。
あるはずがない。
俺は再度拳を振るい、間髪をいれずにまた引き寄せる。
奇妙に折れ曲がった鼻。
次は、肋骨だ。
「ディア!」
その時、サラの両手が、俺の拳を包み込んでいた。
それはまるで神に祈る時のように、どこまでも優しく。
涙を拭うこともせず、彼女は首を横に振りながら俺の名を呼ぶ。
「ディア、やめて。殺しちゃダメ」
「どうしてさ。こいつは君を殺そうとしたんだ。まして、あの物言い……君のことをあんな風に……」
「ううん、いいの。もう、済んだことよ」
「だけど……」
「私のことなんかはどうでもいいの! でもディア、私は……貴方に人を殺して欲しくなんてないのよ……」
ゆっくりと感じ始めた右手の痛み。
殴った時の反動だと分かっていたが、それは同時にサラの手を通して感じる、彼女の心の痛みのようにも思えた。
「この人にだって、きっと帰るべき場所がある。そこには多分私たちがフィリアの帰りを待つみたいに、待っている人が居る。
 この人を殺してしまったら、その人たちはどうなるの?
 悲しみと憎しみは終わらないわ。それはこの世界を巡り巡って、多くの人を傷つけて膨らんで、それでいつかきっと私たちに返って来る。
 だから、どこかで断ち切らなきゃならない。ねぇ、それを、今、ここにしよう? ディア……私は、大丈夫だから……」
サラは涙を流したままそう言った。
俺は異端者の体を解放する。
それから、自由になった手でその涙を拭ってあげた。
サラが今言ったことは彼女の本当の言葉なのだろう。
俺がサラを護るのは、彼女に悲しんでほしくないから。
彼女の幸せを護りたいから。
だったら、彼女の願いに逆らうことをする必要はない。
「分かったよ。サラ」
「うん。……ありがとう」
サラは俺の拳から手を離し、俺の目を見て笑ってくれた。
その表情に俺はもう一度サラを抱きしめたくなって。
手を伸ばし、サラの肩に手をかけて、引き寄せようとする。
「待って」
だが、サラは短く言う。
俺は一瞬戸惑ったが、すぐに異変に気付いた。
「……何の音なの?」
どこからか、足音と声がする。
具体的には分からないが、近い所。
答えは一つしかない。
「異端者だ」
「早く逃げなきゃ」
「うん。あ、でも……」
俺は走ろうとしたが、今サラは走れないことを思い出す。
どうするべきか?
俺はこの状況を解決する名案を思い付いた。
それを実行するのはためらわれたが、もう、迷えない。
ためらいを捨てて、俺はサラの肩に手を置く。
「サラ、ごめん」
そう言うと俺は、サラの肩と膝の辺りに手を差し入れて抱き上げた。
童話の中の王子様がお姫様にしてあげるようなこの行為。
きっと想像もしてなかっただろう。
サラは声もあげず驚いている。
その表情に、心配になった俺は聞かずにはいられなかった。
「……やっぱり、嫌かな?」
「ううん。びっくりしたけど……全然、そんなことないよ」
「本当に?」
「本当だよ。……変なこと、心配するね」
サラは自分から俺の方に体を寄せて、まるで赤子が母親にすがるように俺の服をぎゅっと掴む。
その行動に俺はよかった、と安堵する。
サラに嫌われること。
それが俺のもっとも恐れること。
彼女に嫌われてしまったなら、もう俺はこの世界に何の価値も見出せないだろうから。
でも、そうじゃないなら。
「行くよ!」
俺は走り出す。
「居たぞ!」
背後から聞こえたその声を、置き去りにして。


俺は、自分でも信じられないくらいの勢いで走り通し、すぐに異端者を振り切った。
きっと火事場の馬鹿力っていうのはこういうものなんだろう。
地下の倉に向かうにはエントランスの方に逆走しなければならない。
つまり、更に敵に遭う危険性が非常に大きい。
だから皆が居るだろう場所には向かえない。
そんなわけで、俺はひたすら敵の居なさそうな方向に向かって走った。
そうしたら、いつの間にだろう。
俺はあの長い螺旋階段を登っていた。
北の棟の大きな尖塔。
辿りついた最上階の部屋。
今日はノックをせずにドアを開けた。
サラをベッドの上に降ろす。
俺は肩で息をしながら鍵をかけ、ドアに背を預けると束の間の休息に体を浸す。
「ディア……」
ベッドの上に座るサラは心配そうな顔をして俺を見る。
その表情を見るだけで、何が言いたいか分かる。
どうしてこんな塔の上に来たのか訊きたいのだろう。
もちろん、俺は何の考えもなしにここまで来たわけじゃない。
「大丈夫。サラ。心配しないで」
「でもどうするの? このままじゃ、すぐに……」
「奴らがここに来たところで無駄な話さ」
「無駄? そんな、この部屋の出入り口はそのドアしかないのよ。階段を抑えられたらもう逃げられないわ」
「いや、そうでもない」
そう言うと俺は部屋の奥へ。
そこにあるのはドアと同じくらい大きな窓。
フィリアは、この窓越しに見る朝日が好きだって言ってたっけ。
もしかしたらそれは、サラと一緒に見てたんだろうか。
何度か訊こうとしたけども、結局まだ訊いてない。
多分、これからも訊くことはないだろう。
俺は窓を開け放った。
部屋に風が流れ込む。
俺はその風を背で受けて、サラの手を取った。
「ここから飛び降りる」
地上30メートル。
ここから見える物は星と炎と、あとは闇。
「……本当に?」
「ああ」
「死んじゃうよ? こんな所から飛び降りたら」
「大丈夫。俺の魔法でなんとかする」
「……それでも、飛び降りるなんて怖いよ」
「俺を信じて。俺に任せて」
「自信は、あるの?」
「ある」
俺は断言する。
また嘘をついた。
本当は百パーセントの自信なんてなかった。
だけど、俺は自分の中に在るマイナスの可能性をすべて排除した。
魔法の力を最大限引き出すためには、全力でそれが『できる』と思いこまなくてはならない。
自分自身を疑っていては、本当はできることもできなくなるだろうし、
逆にとことん信じ込めれば、本当はできないことだってできるかもしれない。
俺はその可能性に賭けた。
数秒の後、サラは俺の手を握り返す。
無言の返事。
俺は一度頷くと再びサラの体を抱き抱え、窓際へと向かい、窓の縁に足をかける。
心臓の鼓動がどんどん激しくなる。
失敗は許されない。
頼りになるのは、十年以上前の記憶だけ。
サラに格好いいところ見せようとして、二階の窓から飛び降りたんだよな。
あのときは着地に失敗しても膝をすりむくだけで済んだけど、今度はそうはいかない。
「サラ、ひとつだけ、お願いしてもいいかな」
「何? 私にできることだったら……」
「『信じてる』って、言ってくれないかな?」
「え? そんなこと?」
「うん」
サラは拍子抜けした顔をしたが、すぐに調子を取り戻すと、ゆっくりとこう言った。
その言葉は、俺の心に何よりもの力をくれた。
「ディア。私、あなたのこと、信じてるよ」
「……ありがとう」
俺はその瞬間、無傷で着地する自分の姿を鮮明に思い描けた。
もちろん、俺の腕の中に居る人も一緒に。
ドアが激しく叩かれる。
さぁ、飛ぼう。
「聞け、大地。我に恵みを。すべてを育むその美しさを! 『ディアグレイス!』」
心臓の鼓動が速くなり、全身の筋肉が隆起する。
呼吸は小刻みながらも、体の内から熱が溢れる。
「目を閉じて! しっかり掴まってて!」
「うん!」
俺は息を止め、夜闇の中へと飛び出した。


耳元の風音は絶えずがなり立てる。
重力に逆らう臓腑は違和感を訴える。
俺は叫び声を歯で抑え込みつつ、
乾いて限界寸前の目をみはり続ける。
失わないように、サラをこの腕にしっかりと抱きしめながら。
着地予定場所は北の棟の大広間の屋根。
石造りの平らな屋根だから、問題なく行けるはずだ。
足の高さを揃えて肩幅に開き、息を止め、着地に備える。
大丈夫さ、
信じろ、
大丈夫だ。
証明してみせるんだろう?
足が地に触れ、
全身に響く衝撃。
それは幾百もの手が俺を一斉に押しつぶすよう。
踵が、膝が、腰が、肩が、首が、あらゆる部位が限界を叫ぶ。
経験したことにない激痛。
抑えきれずに声が漏れた。
だがその後一瞬で、痛みは既に癒えていた。
それは大地の力。
すべてを育む美しさ。
この術は俺の持つあらゆる身体的な能力を劇的に上昇させる。
筋力や体力をはじめ、視力を主とした五感や、更に自然治癒力にまでもその影響は及ぶ。
もちろんその分、術後の反動も尋常ではない。
さっき使った速度を強化する術の何十倍もあると、俺がこの術を知った本には書いてあった。
今まで一度も使ったことはなかったのだから、それが実際にはどの程度のものかは分からない。
だから恐怖はもちろん感じている。
でも、それがどうした?
今大事なことは何だ?
俺は視線を落とし、サラの無事を確認する。
彼女は乱れた前髪越しに俺を見上げる。
「サラ、平気?」
「わ、私は平気だよ。……怖かったけど」
「あぁ、それは……ごめん」
「ううん。私より、ディアは? 叫んでたけど、すごく痛かったんじゃ……」
「大丈夫だよ」
そう。
まだ大丈夫。
魔法の効力は残っている。
やろうと思えば家の屋根くらい楽に飛び越せるだろう。
だけど、それは今だけ。
時間はない。
俺は左の手の甲を見る。
茶色の生地の上に、まるで花が咲いたように六本の白い光の条<すじ>が放射状に広がっていた。
そのうちの一本は今まさに、ゆっくりとその色を薄れさせている。
急がなければ。
「サラ。走るから、このまま、もうちょっとだけ我慢して」
「ねぇディア。どこに向かうの?」
「フィリアたちの所に向かう」
「え? それって……」
「こんなにあちこち燃えていちゃ、どこに隠れても安全じゃない。今はここを離れてフィリアたちの所に行った方が、きっと安全だ」
城の中は安全ではない。
ならば城の外へと向かおう。
だが、もちろん俺は城の外のことについて、厳密にいえば境界線を越えた先のことは何も知らない。
いくら本で読んだことがあると言っても、そんなことが実際に役に立つ確証などはどこにもない。
ならば、知っている人のことを頼ればいい。
このまま屋根の上をつたって天守を離れ、街中を突っ切り、城壁を越える。
そして、フィリアのもとへ向かおう。
フィリアが今回もまた南へ向かうことになる、と言っていたのを俺は覚えている。
目的地は分からないが、俺の脚で駆け通せばきっと追いつくだろう。
「だけど、そんなことは……」
それは同時に、外の世界に行くということ。
騎士だけが許されたその行為。
分を定めた神の教えに反することも甚だしい。
思っていた通り、サラは言い淀んで、うつむいてしまう。
だけど、俺はもう決意していた。
サラを護るためならば、なんだってすると。
だから、俺は逡巡するサラに囁くことができた。
あまりにも卑怯なこの言葉を。
「サラ、きっとフィリアがここに居たら、君に生きて欲しいと言うはずだ」
その効果は覿面。
サラははっと顔を上げる。
俺は見逃さなかった。
彼女の口が彼の名を呼んでいたことを。
「行こう、サラ」
揺れたその心に俺はつけこんだ。
数秒。
果たして、サラはその唇を震わせ、言葉を紡いだ。
「……信じてるよ、ディア……」
その声は、俺の心の中で何度も繰り返し響き続けた。
「ああ。大丈夫、俺に任せて、サラ」
でも、こうするしかないんだ。
俺はサラの顔を見ないようにして、燃え盛る町へと走り出す。
多分、もうここには帰れない。
穏やかな日々には、戻れない。
進むしかないんだ。
だから俺が、サラを護るんだ。
だって、俺は誰だ?
俺は、ディア=ローランドだ。
俺はこの世界でたったひとりの、俺なんだ。
だったら──。


まだ燃えていない屋根を伝って進む。
炎が激しくて進めそうにない場所は跳び越える。
サラはずっと目をつむりながら、俺の服を強く握りしめている。
その手ははっきりと震えていた。
俺がフィリアの名を出した、あのときから。
分かっていたからこそ、考えないようにした。
開け放たれた正門のもとに俺はたどり着く。
そこで俺は少し息をついた。
そして、振り返る。
俺の視界一面に映り込む紅蓮の炎。
人影などは見当たらなかった。
もう逃げたのか。
あるいは、殺されてしまったか。
父さんと母さんは無事だろうか。
俺がフィリアの正式な従者になってからはほとんど会う機会もなかったけど、もっと会っておけばよかった。
どうか無事であってほしい。
そう思うと、ふと、涙が流れた。
俺の身の回りには、嫌なことばかりしかないと思っていた。
そしてその中でサラとフィリアだけが違うと思っていた。
だけどそれは単なる思い込みだって、今やっと分かった。
本屋の偏屈な爺さんと、客に文句を言う図々しい孫娘。
文字通り寝食を忘れて仕事をする仕立屋の兄と、それとは真逆の性格の弟。
朝の通りの騒がしさ、昼下がりの広場の和やかさ、夜の中庭の静けさ。
あれだけ嫌いだった従者仲間たちでさえ、死んでいて欲しくないと思っている。
大切なものはもっと、ずっと、たくさんあった。
それをこの期に及んで思い知らされた。
でもまだ、一番失いたくないものは、失ってない。
「失うものか」
俺はそう呟き、正門をくぐり抜けた。
城下町まで火は燃え広がっている。
やはり人は居ない。
収穫まであと少しだった畑までは燃えてないことを俺は祈る。
そして、一気に駆け抜けようと、足に力を込めた。
その瞬間だった。
「逃げて! ディア!」
突如、サラが叫んだ。
背中に、何か当たった気がした。
俺の感覚が気のせいではないと気付いたときには、同じものが二度、三度と、当たっていた。
「やめて! ディアを傷つけないで!」
走り出した時にはもう遅かった。
経験したことのない熱さ。
治るそばから傷を焼かれて。
叫んでもこの苦痛が和らぐはずはない。
それでも、俺は叫ばずにはいられなかった。
前に進むために。
サラを護るために。
振りきれそうになる意識を繋ぎとめたのは、両手に感じるサラの存在。
体中を焼かれながら、一歩でも遠くへと、俺は走った。


それからのことは、よく覚えていない。
ここはどこだろうか?
分からない。
いつ、どうやって境界線を越えたんだろうか?
分からない。
異端者はどうなったんだろうか?
分からない。
ただ言えることは、サラは無事だということだった。
「ディア……」
また彼女は泣いていた。
サラ、大丈夫だよ、泣かないで。
そう言おうとした。
でも、声が出なかった。
喉が焼けるように熱い。
いや、焼かれたのか。
俺はちらりと左手の甲を見る。
光の条の最後の一本が消えかかっていた。
もう、潮時か。
大きな木があった。
あの根元なら、多分、何もない所よりは安全かな。
サラをゆっくりと、その木の根元に下ろしてあげた。
それと同時に、俺は倒れた。
「ディア!?」
立ち上がることは出来なかった。
もう魔法の効力はほとんど残っていない。
この一本がなくなれば、今までの反動も全部やってくる。
それに、耐えることは出来るだろうか。
今更、神に祈ってみようかな?
「ねぇ、しっかりして! ディア、ディア……」
ああ、まったく。
あれだけ格好つけといて、結局この様か。
サラを泣かせてしまった。
悲しませてしまった。
でも──。
サラのこの涙は、俺のためのものだ。
俺だけのためのものなんだ。
それが、どれだけの価値をもつものなのかは、俺にしか分からないだろう。
サラが俺の手を握る。
力任せに、強く、強く握りしめていた。
「偉大なる神エンパルよ、どうか、どうか……」
サラの祈りの言葉を聞きながら、俺は目を閉じた。
その直後、俺の中で何かが切れた。
決定的な、何かが。

* Re: スクワイア ( No.9 )
日時: 2010/07/04 10:09 メンテ
名前: MATU



 第八話

俺は、俺を見ていた。
口を閉じ、うつむき気味に歩く俺を。
俺の前を並んで歩いているのは、フィリアとサラ。
サラはフィリアと手を繋ぎ、フィリアはサラに歩幅を合わせてゆっくりと歩いている。
沈みゆく西日は道に影を落とし、俺は二人の影を見つめ続ける。
楽しげに交わされている会話。
「ねぇ、フィリア」
「何?」
「腕<ここ>の傷、平気? 痛くない?」
「ああ……大丈夫だよ。あれくらい、よくあることさ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「でも、私だったらあんなの絶対に耐えられないよ。あんなに酷く打ちすえられて……見ているだけでも痛かったわ」
「まぁね。サラ、もちろん僕だって痛くないわけじゃないよ」
「そうでしょ?」
「だけど、みんなを護るためさ。耐えてみせる。それで、もっともっと強くなるんだ」
耳にタコが出来るほど聞いたフィリアの言葉。
いつ聞いても褪せずに聞こえるのは、彼の覚悟の証とも言えるんだろう。
「でもそんな、何もフィリアだけが辛い思いをしなくっても……」
「いいや、僕だけじゃない。辛い思いをしているのはみんなもさ。それにね、もし君が誰かに傷つけられるくらいなら、僕はどんなに辛くても──それこそ死んだって構わない」
「……やめて。死ぬなんて、簡単に言わないでよ……」
「あぁ、ごめんね、サラ……そんな悲しい顔しないで。安心して。ステファス様をはじめとして、多くの人が僕を支えてくれてる。彼らが居る限り、僕は大丈夫」
「本当に?」
「本当に」
「信じていい?」
「信じていい。僕は何があっても絶対に生きて還る。そう約束したよね?」
「……そうだね、そうだよね。私の好きなフィリアは、誰よりも強いんだもんね」
「あははっ……そんなことはないけども、君がそう思ってくれてるだけで、僕は嬉しいよ」
「うん。誰がなんて言ったって、私はフィリアが一番だよ」
サラはそう言うと、ぎゅっとフィリアの腕を抱きよせて、その頬をフィリアの肩に押し付ける。
その顔がどんな表情をしてたのか、分からなかった。
「ああ。僕も、君が一番さ」
フィリアの顔もサラの顔も、白く塗りつぶされたようでまったく分からない。
でも、俺の表情だけははっきりと見えた。
「フィリア」
「サラ」
まるで自分に何か言い聞かせるように唇を噛んで、影を睨んで。
自分じゃなければ、目が合ってしまうのを恐れて視線をやらないほどだろう、なんて思う。
『そんな顔してたら、幸せだって逃げてっちゃうよ』
ふと誰かに言われた言葉を思い出す。
誰だったっけ?
次の瞬間、俺は別の俺を見ていた。


本に囲まれた空間。
俺が最も安心できる場所。
ここはフェアレラ城にある唯一の本屋。
ひとりの少女が物憂げそうな顔をしてカウンターに突っ伏している。
手持ち無沙汰にその髪を指にからめたりしていたが、明らかに退屈そうな様子が見て取れる。
そこに俺が入ってきた。
途端に少女は背筋を伸ばして甲高い声を上げる。
「いらっしゃいませ! ……って、なーんだ。ディアか」
「何だ、とは何だよ。一応客だぞ、俺は」
「ま、細かいことは気にしない気にしない。それで、何かご用でしょうか?」
「そんなの分かるだろ。本を買いに来たんだよ」
「あら、昨日も買ってったじゃない。もう読み終わったの?」
「あれはサラの。俺のじゃない」
「あぁ、そうなんだ。ふーん、どうりで……なるほど、なるほど」
「何が?」
「いや、ね、あんたが詩集なんて買ってくから世界の終わりの前兆なんじゃないかと心配してたのよ」
「……いや、そんな心配しなくていいから」
「でもむしろ今日の方が心配ね。羽をもぎ取られたトンボみたいな顔して。何かあったの?」
「どんなだよ……そんな顔はしてないって」
「悩みがあるなら相談乗るわよ。このユーリン=ヴィッテンベルク様にまっかせない!」
ユーリンは満面の笑みを浮かべ、自分の胸をぽんと叩いてそう言った。
ああ、なんてすがすがしくて明るいんだろう。
それに比べて俺は、自嘲するように口元を歪めてこう言っている。
「相談するだけで解決するんだったら、いくらでもやってるさ」
「またそういうこと言わない。どんだけ暗けりゃ気が済むのよ、あんたは」
「自覚してるよ」
「開き直ってもダメ。ディア、もっと笑ってみたら? 意外と何でもうまくいくぞ! って思えるかもよ。ね、どう?」
「これでも笑いたいときは、笑ってるつもりさ」
「もう……どこがよ。そんな顔してたら、幸せだって逃げてっちゃうよ。あんた頭いいんだから、それくらい分かるでしょ?」
「俺にとって何が幸せかは、俺が決めることさ。ユーリン、お前もそうだろ?」
「うん、あたしは毎日幸せだよ」
「よく言うよ。まったくそりゃよかった。……ああ、俺もお前みたいに生まれたかったねぇ」
「お、何かな、それは? 新手の告白?」
「……どこをどうしたら、そうなるんだか……」
「あ、ほら」
「え?」
「今、笑ったでしょ。よかったね、ディア。これで今日一日幸せだよ」
「笑ってなんかない」
「その表情<かお>、サラにも見してあげなよ。きっと、振り向いてくれるよ」
「まさか、そんなことは……」
俺は、うつむいてもごもごと呟いた俺を見ながら、思い出していた。
この後に続けたはずの言葉。
そんなことは、ない。
なんて言っておきながら、でも本当は、俺の思いは、違った。
そうあってほしかった。
だけど結局は、一度もなかった。
俺がどんなに頑張っても、サラを俺の方に振り向かせられなかった。
だってサラはいつも、あいつを見ていたから。
木の下で雨宿りをするように寄り添って、光り輝く太陽を仰ぐように見上げて。
そしてフィリアは、その視線に堪えうるだけの人物で。
何度も何度も言い聞かせたさ。
俺は同じように視線を向ける側で、向けられる側ではないんだ。
フィリアは俺とは違うんだ。
俺はフィリアのようにはなれないんだって。
それでこの頑迷固陋な考えをあっさり変えられたならば、どれだけよかっただろうか。
また、景色が変わる。


窓を開けたままの小さな部屋。
10歳くらいの俺は、部屋の大きさに見合ったベッドの上に寝転んで本を読んでいる。
その様子はまさに一心不乱。
何でも新しいことを知るのが嬉しくて、一ページめくるたびにまた自分がひとつ大人になれたような気がして。
物語ってのはいいもんだぞ、文字とちょこっと気持ちを通わすだけで、何千回もの人生を生きられる。
そう本屋の爺さんに言われたのも、確かこの頃だったっけ。
「ディア! ディア!?」
と、家の外から聞こえてくる声。
子供の俺はしおりも挟まず本を置くと、跳ね起きて窓際に駆け寄る。
俺がその視線の先を見やると、そこには両手を口元に添えた少女が一人。
「やあサラ! どうしたの?」
「何言ってるのよ! ディア、早く教会に行かないと! 司牧様のお話が始まっちゃうよ!」
「え? 嘘でしょ!?」
「本当だよ! 急いでディア!」
サラに大声で促された俺は、大慌てでクローゼットに駆け寄って着替えを取り出す。
毎週日曜日、朝昼晩の三回に分けてフェアレラ城に住む者はみんな教会に行き、牧師の話の聞く。
そして一年の中で一回か二回かだけ、牧師よりも偉い司牧がやってきて話をしてくれるのだ。
大人も子供も、司牧という人が具体的に何をしているのかはほとんど知らないのだが、
少なくとも神の意思を伝える者として、騎士に剣を授ける牧師よりも偉いということは、つまり凄い偉いんだという程度の理解をしている。
さて、もし俺がその司牧の話を聞きに行かなかったならば、それはローランド家にどれだけの悪影響をもたらす羽目になるか。
そして今俺が急がなければ、せっかく俺を呼びに来てくれたサラにどのような結果を返すことになってしまうのか。
そのことがが分からないほど、俺は分別のない子供ではなかった。
ボタンを掛け違えているのに気付かないまま、小さな俺は部屋を飛び出し、階段を全力で駆け下りる。
その後ろを俺はついて行き、肩を並べて戸口をくぐった。
そこで、サラは俺を待っていてくれた。
彼女はまだ髪を伸ばしていない。
着ているのは白地にほんのり薄い青が射したワンピース。
それは彼女の眼の色と対照的で。
どちらの色もとても綺麗で、互いに互いをたたえあっている。
「待たせてごめん。わざわざ呼びに来てくれてありがとう、サラ」
「もしかしたらって思ってね。何してたか当ててあげるよ。ディア、また本読んでたんでしょ?」
「うん。そうだけど」
「ふふっ、やっぱりね。そうだと思った」
「な、何さ」
悪戯っぽく笑いながらサラは言う。
俺はそんな彼女の様子を見て少し口を尖らせていたが、それは上辺だけの仕草。
だって、気付かれたくなかったんだよな。
「ううん。気にしないで。それより急ぎましょ!」
「うん、急ごう!」
「あ、ちょっと待って。ディア、こっち向いて」
「何?」
「ボタン、掛け違えてるよ」
「え? ……あ、うわっ、本当だ」
「直してあげる。じっとしててね」
サラはそう言うとすっと俺のもとに近寄り、俺のシャツのボタンに指をかける。
「あ、いいよ、それくらい自分で……」
「動いちゃダメ」
俺の反論はあっさり却下。
簡単に六つあるボタンは全部外されてる。
なんらの淀みもない彼女の指先であっという間に俺の衣服は整えられる。
小さな俺はサラの言葉に従い石になって、その間呼吸さえも完全に忘れていた。
「これでよし、っと。さ、それじゃあ行きましょ。もう本当に遅れちゃうわ」
サラはそう言って、顔を真っ赤にしている俺に一転の曇りもない笑顔を向けた。
ああ、この笑顔こそ、俺が愛したものだ。
思えばこの頃の俺は本当に幸せだった。
騎士の従者としての煩瑣な義務もなく、完璧なフィリアと自分を比べて嫌になることもなく。
家に帰れば親が暖かく迎えてくれ、本屋に行けば一日中でも爺さんが面白おかしい話をしてくれて。
そして何よりも、サラが俺の一番そばに居てくれた。
子供の付き合いだったけれども、手を繋いで、歩幅を合わせてふたり歩いて。
教会に行く時はいつも隣同士に座り、俺は幾度となく彼女に肩を叩かれて起こされた。
「次は起こしてあげないからね?」
そんな言葉を何回聞いたか、数えきれない。
その彼女も一度だけ、牧師の話の途中で寝てしまったことがある。
もし寝ちゃったら起こしてね、とあらかじめ頼まれていたけれども、俺の肩に頭を預けて眠るそのあどけない表情が、俺にそうさせなかった。
帰り道もいつもふたり一緒。
明日も晴れるといいねなんて、他愛もない話をして。
また明日、とお互いに軽く手を振って。
この日々がずっと続けばいいと思っていた。
今日がもう一回繰り返して明日になればいいと思っていた。
それが崩れ去ってしまったのは、いつだったっけ?
「ディア、聞いて。私ね──」
その声の続きを思いだそうとした時、視界が崩れる。


見渡す限り積み重なった瓦礫。
そのひとつひとつに飛び散った血痕と肉片。
人の油を燃やして昇る煙は数えきれない。
煙の先に広がる空には暗雲が立ち込め、人や獣を驚かす叫び声をあげ身をよじっているが、地上の汚れを洗い流す涙は流してない。
360度、どこを捜しても動いているものは、まして生きている人間などは見当たらない。
俺は戸惑う。
ここはどこだ?
少なくとも絶対にフェアレラ城ではない。
こんな酸鼻を極めた景色なんて、明らかに見覚えのないもの。
それなのに俺が感じる血の臭いや、火の熱さや、煙の息苦しさはまるでつい昨日感じたもののようで。
すぐそこで震えている炎を俺は見つめる。
そのとき、まるで暗闇に一条の光が差し込んだかのように、俺の記憶が蘇った。
闇夜の中に立ち上った炎、蝋燭で皺を照らす老召使い、槍を突き出す異端者。俺の拳を掌で包んだサラ。
「そうだ、俺は」
彼女と一緒に飛び出した窓、彼女を抱き抱えたまま走り抜けた屋根。
数秒の気の緩み、避けられたはずの異端者の攻撃、治るそばから傷を焼かれる絶望的な痛み。
消え去った最後の一条、サラの捧げた祈りの言葉。
どこからか声が聞こえて。
俺は振り向いた。
そこには、一ヶ所だけ瓦礫の積まれてない空間が。
円形に広がったその小さな領域の中で、膝をつき、両手で顔を覆い、地に伏せっている者が一人。
泣いている。
誰だろうか?
近付こうとしたそのとき、また声が聞こえた。
途端に、俺の見ている世界は真っ暗に。


俺は目を開ける。
全身を包んでいる柔らかな感触。
それが真っ白な布団と枕だと気付くのには時間がかからなかった。
ここはどこだろうか。
気になって体を動かそうとしたが、全身にまんべんなく激痛が走り、指先さえほんの一センチも動かせなかった。
その痛みは完全に現実のもの。
つまり、これは夢や幻想なんかじゃない。
逆にいえばさっきまで見ていたものは全てその類のもの。
でも、最後に見たあの光景。
知らないはずなのに、記憶に、いやむしろ心に刻み込まれていたかのような、あの鮮明さ。
不思議に思ったが、どう頑張っても分かりそうにない。
そのとき、段々と近付いてくる足音と話し声。
「……ユウラ、俺は何もお前のしたいこと全部に反対しているわけじゃない」
「じゃあ、つべこべ言わずやってちょうだい」
「だけどな、お前だって気付いているだろう? あの女が着ているローブ……『雲の流れ』の生地に『妖蛾の涙』の刺繍だぞ?」
「おまけに刺繍はエンパルの紋章、ね」
「明らかに怪しい」
「でも、それはあの娘の願いを足蹴にする理由にはならないわ」
重々しくドアが開く音。
俺は瞳だけをなんとか動かしその方を見る。
そこには男と女がひとりずつ。
腰丈まで伸ばした白銀の髪、鋭く光る切れ長の蒼い目。
顔立ちはまるで17、8歳の少女のようだが、しかし尋常でない雰囲気を漂わせる女。
その向こう側には、これまた異様な装いの男。
何が異様かと言えば、男はその顔を龍をかたどった恐ろしい形相の鉄の仮面で覆っていたのだ。
しかもその二メートル近い、鎧<よろ>われた巨躯の山のような背中には、それよりも長い槍が背負われているのだから。
「それにね──あら?」
俺は部屋に入ってきた女と目が合う。
じっと俺は見据えられる。
俺は女の考えていることを読み取ろうとしたが、その瞳は深く、何も見えなかった。
そのまま、数秒。
「あなたは、ディア=ローランドね?」
そうだ、と答えようとしたが、なぜか声が出ない。
仕方なく、俺は頷く。
「私の言っていることがちゃんと聞こえる? 何を言っているか分かる?」
俺はもう一度頷く。
と、女はくるりと振り返り、男に向かって言う。
「タカカゼ、お嬢さんを呼んで来てあげて。パーティーのクラッカーのように目いっぱい明るくね」
そう言われた男は何も言わずに、少し不服そうにして部屋を出て行く。
女は俺のベッドの傍まで歩み寄り、しゃがみこんで俺と視線の高さを合わせた。
「私はユウラ。ユウラ=モンメント。あなたの命を助けたのは私よ。感謝しなさい」
笑みを浮かべて、ユウラはそう言った。
何故かはわからない。
母が子に見せるような、暖かい微笑。
そう感じたし、そうとしか思えなかったけど。
その表情に、俺の心は一瞬にして凍りついていた。

* Re: スクワイア ( No.10 )
日時: 2010/08/25 21:49 メンテ
名前: MATU



 第九話

「ああ、ディア!」
部屋に入るなり、サラは指の間から涙を零して膝をついた。
「よかった、ディア……もう、駄目なんじゃないかと……」
嗚咽とともに言葉を絞り出す彼女を見て、俺の心は痛んだ。
もう大丈夫だよ、心配しないで。
そう言おうとしたけども、声が出ないのがもどかしい。
「サラ、そう泣かないの。せっかく彼が彼岸から還ってきたのに、そんな悲しい顔をするものじゃないわ」
ユウラはサラの肩に手を置き、優しく彼女に言い聞かせる。
「分かって……分かって、ます。でも、でも……嬉しくて、私……」
「うん、そうね。大丈夫、もう彼は無事。だから落ち着いて」
ユウラはサラを助け起こし、部屋の隅に置かれた丸椅子に彼女を座らせる。
「さぁタカカゼ、早く全部治してしまいましょう。いつまでも喋れないのは気の毒だわ。彼の意識は戻ったんだから、あとは簡単よね?」
「言うだけならな」
すると、タカカゼと呼ばれたあの鎧の男が俺の方にやって来る。
ベッドに寝そべったまま、まったく動けない俺からすれば、その背姿は本当に切り立つ山や崖のようなものに思えた。
「まぁいい。だがだったらユウラ、その女を一旦外に出してくれ」
「ああ、確かにその方がいいかもね。あなたにしては気が効くじゃない」
「邪魔はされたくない」
「さ、サラ。ちょっと出てましょう」
「え? どうしてですか?」
「えーっとね……うん、とにかく、一旦出ましょう。大丈夫。タカカゼも、まぁ一応人間だから。彼を食べたりはしないわ」
「お前よりかは十分人間だ」
「はいはい、ちゃんと治しなさいよ」
「……タカカゼさん、お願いします」
理由は分からなかったが、タカカゼの提案に従う形でサラとユウラは部屋から出て行った。
なぜかということは俺が一番聞きたかったが、生憎その為の手段は失われている。
ドアが閉まったのを確認すると、タカカゼは右の小手を外し、耳障りな金属音とともにそれを手挟む。
その下からは白い手袋が現れた。
「すぐに終わる。我慢しろ」
俺を見下ろしタカカゼはそう言う。
手袋の表と裏には緑の染料で呪文が描かれていて、これがタカカゼのアンプリファイアなのだろうと俺は思った。
土魔術士はそれに最適なアンプリファイアの素材の関係上、手袋やブーツといったものをそのアンプリファイアにすることが多い。
最適な素材とは動物の革や、麻や綿などといったものがあてはまり、見る限りはタカカゼのそれもその範囲から逸脱してはいない。
彼はおもむろに俺の喉元にその手をかざした。
そしてゆっくりと、一言一句、確かめるようにして呪文を唱える。
「枯れし木の葉よ、倒れし幹よ。苔むし朽ち果て、清き新たな芽の糧になれ。『リィヴァクル』」
彼が、唱え終えた。
その次の瞬間、俺の喉は彼の手に締め上げられた。
大きな手は無慈悲な万力となり、俺の喉を圧迫する。
息が、出来ない。
抵抗しようにも、体は痛くて動かない。
叫ぶことなどもともと不可能。
視界がぼやけていく。
頭が内側から締めあげられる。
尋常ではないほどに喉が熱くなる。
まるで火を呑み込んだように熱くなって。
やめろ、やめてくれ。
薄れかけている意識でそう思ったときだった。
何の前触れもなく、タカカゼは手を離した。
解放された俺は驚くより先に精一杯息を吸い込む。
数回咳込んだ後、はっきりしない目でタカカゼの方を見ると、彼はもう青い小手を着け終えていた。
まるで食事の前にちょっと手を洗った、という感じのその態度。
俺は出来る限りの憎悪を込めてタカカゼを睨みつけるが、再び襲ってきた咳の発作にそれは途絶される。
「終わったぞ」
「あら、もう?」
「言われたことはやった」
タカカゼに呼ばれて二人が部屋に入って来る。
しかしここまで俺の方を全く見ず、俺のことを全然気に掛けないタカカゼに、俺の怒りは頂点に達していた。
「いったい、何を──」
そして、その怒りは驚きにすべて置き換わった。
何にかって、普通に声が出ることに。
それもかすれてるとか、しゃがれてるとかいうわけではなくて、ちゃんとした俺の声が出せる。
驚きすぎて言うべき言葉も忘れてしまった。
気付けば、喉の熱さはもうどこにもない。
「ディア! 治ったの!?」
「サラ」
「もう平気なの? 大丈夫?」
「あ、ああ。たぶん、大丈夫だと思う」
「よかった……うん、また話せて、うれしいよ」
再びこぼれそうになる涙を、白いローブの袖で拭うサラ。
でもそのひと雫は、さっきのそれとは違うものだっただろう。


「まぁちょっと、苦しかったけど」
「え?」
「荒療治に痛みはつきものだ。だから我慢しろ、と言ったはずだが?」
せめてもの反撃を試みた俺にタカカゼはぴしゃりとそう言ってのけた。
まさしく上から見下ろしているその物言いに俺は忘れかけた怒りを思い出すが、いまだに体の自由は効かない。
「はいはい、そこまでそこまで。ディアの喉は治った。また喋れるようになった。それでいいじゃない、ね?」
俺の感情を察知してか、ユウラがぱんぱんと手を叩きながら俺とタカカゼの間に割って入る。
「少なくとも、ディア=ローランド、全身を焼かれる痛みよりはマシだったはずだ」
「何?」
「タカカゼ、もういいわ。後は私がやる」
「その方がありがたい」
感情の起伏のない言葉を残し、タカカゼは去って行った。
「まったく。悪いわね、ディア=ローランド。あいつ、多分嫉妬してるのよ」
「誰に?」
「あなたに」
「何で?」
「さぁ、何でかしらね。分からないわ。でも、分かるの」
「なんだよ、それ」
「女の勘ってやつね」
「……便利な言葉だ」
「サラには、分かるかしら?」
「あ、えっと……分かりません。ごめんなさい」
「そんな、謝ることじゃないわ。ま、そうなると、うん、勘じゃなくて、経験かもね」
ユウラは笑ってそう言った。
子供のような表情だったけれども、なぜだろうか、子供のような無邪気さはそこになかった。
その背丈や体型からして、それほど歳をとっているようにも見えない。
むしろサラと比べてみれば、どちらかといえばサラが年上に見えるほど。
それなのに経験、と彼女は言った。
俺はその意味を訊こうとした。
だが、その前にユウラは俺の顔を真正面からじっと覗き込んできて、俺は口を開くのをためらった。
生まれて初めて見る蒼い双眸。
まるで真夏の雲ひとつない空のよう。
明るいようで暗くて、近いようで遠くて。
もしかしたら、俺なんかはそこに踏み込んではならないのではないか。
そんな気配を帯びた色だった。
「さあそれじゃ、あなたの体も治しましょうか」
その言葉に俺は思考をリセット。
ああ、そうだよ。
これは気になることだけども、必要なことではない。
今、必要なことが何かは分かり切ったこと。
俺はこの動かない体はもう嫌だった。
ほんの少し動かすだけでもどうしようもなく痛む。
きっと異端者の炎で焼かれたせいだろう。
だが、先のタカカゼの行動にはどうにも合点の行かないところがあった。
「分かった。頼む。でも、タカカゼのやつは何で俺の体までは治してくれなかったんだ?
 あれだけの呪文詠唱で俺の喉を全部治せたってことは、あいつは相当な術者だよな。それなのに俺の体の火傷を放っておく理由が何かあったのか?」
タカカゼが少なくとも俺の喉を治してくれたことは事実なのだから、俺は正直もうそこまで怒ってはいなかった。
しかしできるんならやってくれていいじゃないか、という怠惰な意識が俺にその問いをさせる。
あるかないかのどちらかをその意識は期待していた。
だが、ユウラはそのどちらでもない回答を提示する。
「さぁ、何でだと思う?」
「分からないから、聞いてるんじゃないか」
「私はこの前サラに説明したわ。というわけでサラ、説明してあげて」
「えっと……あのね、ディア。タカカゼさんは治さなかったんじゃないわ。治せなかったの」
「治せない?」
「ディア、あの日のこと、どこまで、覚えてる?」
「どこまでって……」
俺は目を閉じて思い出す。
何回か試してみるが、やはり最後のカットはすべて同じ。
「大きな木の下にお前を置いて、それまでだ」
「うん、やっぱりそうだよね。じゃあ、その前のことは……分かるよね」
「……ああ」
俺は頷く。
多分一生忘れないだろう。
「ディアが倒れちゃった後ね、私、どうすればいいか分からなくって……。
 いろいろやろうとしたんだけど、どれも結局意味が無くって……それで……」


「私がそこに出くわしたってわけ」
言い淀んでしまったサラに、ユウラが助け船を出す。
「私があなたたちを見つけた時、あなたはまるで木から落ちた蝉みたいに地面に倒れ込んでいた。
 奇妙な光景だったわ。真夜中の深い森の中に男女が二人。女は男の手を握ってずっと呼びかけているのに、僅かな返事さえない。
 私はサラに聞いた。『何があったの?』と。そうしたらサラは言った。『助けて下さい。彼は全身を焼かれてしまって、私にはどうすればいいか分からないんです』と。
 一体全体何のことかと私は思ったわ。わけの分からないことを言って、この娘はちょっと頭がおかしいんじゃないかって思った。
 だって私があなたを見る限りでは、体のどこにも火傷の痕なんてなかったんだから。
 確かに上着はもう襤褸<ぼろ>同然で、ズボンのあちこちにも焼け焦げの跡がたくさん残っていた。
 だけどね、その下には無傷の綺麗な皮膚しかなかった。つまり、サラが言ったような体を焼かれた痕なんて、どこにもなかった」
ユウラの言葉に、俺は耳を疑った。
しばらくの後、俺に何とか出来たのはそのまま聞き返すことだけ。
「どこにもなかった?」
「ええ」
「それは……嘘じゃないのか?」
「嘘じゃないわ。そうよね、サラ?」
「……う、うん。そうだよ」
「そうね、実際に見てみれば早いんじゃないかしら?」
そう言うやいなや、ユウラは俺の掛け布団をぱっとめくりあげる。
薄青色に染められた木綿の服に包まれている俺の体。
ユウラはその袖口を引き上げ、俺の腕を露出させる。
そして確かにそこには、肘の周りから五本の指先まで、火傷と思えるような痕はひとつもなかった。
「これは……!?」
俺は目の前の現実が信じられなかった。
傷がないのは、それはもちろん嬉しかった。
しかしそれだけでは話が終わらない。
火傷などしていないのならば、じゃあ今俺の身体を支配しているこの痛みは?
「聞け、大地。我に恵みを。全てを育むその美しさを」
ユウラの詠みあげるような声に、その瞬間、俺は日陰から日向に飛び出したような感じがした。
「『ディアグレイス』」
「そう、それ。そのおかげであなたは全身大火傷の致命傷を免れ、代わりに今指先数センチも動かせない程の痛みに襲われているわけ」
俺の左手が骨の髄から悲鳴を上げる。
ユウラがいきなり俺の手を握り締めたからだ。
その痛みは秋の小麦畑のさざめきのように寄せては返し、決して已むことなく繰り返される。
「あら? やっぱりこれでも痛いのかしら?」
「痛いに……決まってるだろう」
なんとか俺は言葉を返す。
「不思議な話ね」
「何がだ」
「あなたが使った魔法は、本当にディアグレイスだった?」
「そうだけど、それが何だって?」
「疑問はふたつ。まずひとつは、ディアグレイスのような中位の身体強化術法は、
 全身の火傷をまぁ多少は治せるにしても、ここまで完璧に治すことはできない。まして、即座になんて。
 そしてもうひとつは、私があなたたちを見つけてから──つまりあなたがそれを使ってからもう一週間が経つのに、
 それなのにあなたの体には許容できない量の反動が残っている。どちらも普通じゃありえないわ」
「……そうなのか?」
「まさか、どんな術か知らずに使ったの?」
「ああ。単に俺が普段使っている術よりかは強い力を得られる、っていうくらいしか知らなかった」
「呆れた。でも、そのおかげかしらね。恐れを知らない心が、術の力を最大以上に増幅させたのかもしれない。
 はたまたあなたの意志力の強さのたまものかもしれないけれども。いや、それとも……」
と、そこでユウラは言葉を紡ぐのをやめ、かぶりを振った。
「でも大丈夫。もうこれ以上苦しむことはないわ。今のあなたなら自分で癒せるはずよ」
「俺が自分で治すのか?」
「ええそうよ。だから最低でも喉は治したのよ」
「だったら、その手をどけてくれないか? アンプリファイアを着けないと、魔法が使えない」
「あ、あの……」
俺は声のした方を向く。
サラがおずおずと割って入って来た。
部屋に入ってきた時よりかは大分元気を取り戻していたが、どこか最初よりも、ものすごく居づらそうに見える。
十五年来の付き合いだから、おおよそのことは一見すれば分かる。
そして今の話の流れから、おそらくサラが次に言うだろうことも俺は推測していた。
それは出来るだけ当たってほしくないものであった。
だが悲しいことに、既に頭の中はそれ以外の可能性を生み出そうとはしなかった。
「ディア、あのね、私が気付いた時には、もう……こう、なっちゃってて……」
サラはローブの内ポケットに手を差し込むと、幾つかの真っ黒になった物体を取り出した。
俺は目の前に差し出されたそれらをじっと見る。
嫌な予感ほど当たりやすいというのは本当だ。
燃えつきて炭素の固まりになっていたその小さな欠片は、上手につなぎ合わせてやればきっと手袋ふたつくらいの大きさにはなるだろう。
つまりは、その真っ黒なものが俺のアンプリファイアだったのだということだった。
「これじゃ、もう使えないな」
そう口に出したとき、俺はしまったと思った。
「ごめんね、ディア。私がもっとしっかりしてたら……」
後悔先に立たず。
サラは泣きこそしなかったが、再びうつむいて暗い表情になってしまう。
「ああいや、サラは悪くないさ。うん、しょうがなかったんだ」
口ではそう言えたが、実際、あの茶色い手袋を失ってしまったのはものすごく悔しい。
アンプリファイアとしての質こそそこまで良くはなかったものの、あれは従者になった時のお祝いにと仕立屋の兄弟が本業をなげうって作ってくれたのだ。
俺の手にサイズを合わせたものだったから、そしてそれ以上に心を込めて作ってくれたから、本当に使いやすかったし、本当に思い入れもあったし。
だけど、それをサラに訴えるのはまったくの筋違いと言うものだろう。
少なくとも俺にその権利がないことぐらいは、分かっている。
「でも……」
「何さ、こんなもの、また作ればいい。それよりなんとかサラも、俺も、生きてたんだ。それでもう十分だよ」
理性と感情の狭間に投げ込まれた俺の言葉の半分は嘘だったけれども、もう半分はどこまでも本心から出たものだった。


「でも、これじゃ魔法の効果が出ないぞ。なぁユウラ、何か代わりを持ってないか?」
「このままでいいわよ」
「え?」
「だから、アンプリファイアなんて要らないわ。私が手を握っている間は、あなたは私以外の誰よりも強い魔法が使える」
「からかってるのか?」
「あら、心外ね」
「だって大体……そういう話は聞いたことはない」
「だからといって、それは否定の証明になり得ない」
まさかそんなはずがあるわけないだろう、と俺は思った。
アンプリファイアなしで強力な魔法を使えるだなんて。
しかし、それの真偽がどうであれ、自分で試してみることは決して無意味ではない。
何も動かなければ、何も変わらないのだから。
それはひるがえせば、何か動けば、何か変わるかもしれないということだ。
「分かった。とにかくやってみよう。普通に魔法を使えばいいんだな?」
「ええ。安心しなさい、途中で手を離したりはしないから」
「俺は大した治療の魔法は使えない。はっきり言えばアストーネがせいぜいだけど、それでもいいのか?」
「何でも大丈夫よ。ただ自分を信じていればね」
俺は目を閉じ、今持つべきイメージを描き出す。
うららかな陽気のなかで次々と芽を伸ばし始めた畑の傍を歩いた時。
春の太陽は優しい日差しを俺の上に落とし、俺は心地よい汗をかきながらあてもなく歩きまわっていた。
あの気持ち、あのときの感覚。
具体的にいつかなんかは覚えてないけど、あのときの体の気味の良い軽さだけは覚えていた。
それだけに俺は思いを集中させる。
そして俺は意識を研ぎ澄ますにつれ、ひとつの変化に気付いた。
ユウラに握られている左手から、力が湧き出てくる。
全身のすみずみまでその波動は行き渡る。
俺がイメージを作り終えたとき、俺はえも言えない充溢感を覚えた。
「小さき土よ、手を取りあい、光のもとに輝かん。『アストーネ』」
俺が唱えたのは本当に初歩の初歩の呪文。
つまずいてすりむいた時とか、指先を刃物で切った時とか、そんな程度の傷をようやく治せるくらいのもの。
それでも俺はユウラの忠告と、同時に俺の信条に従って、本気でこの痛みを消しされると信じて唱えたのだった。


そして、だった。
全身が沸騰するような感覚。
心臓は危機を知らせるかのようにうち鳴り、血液は逆流するほどの勢いを得る。
その激しさに押し出されるようにして痛みが去って行くのを、俺は驚くほどの静けさのなかで感じ取っていた。
身体はこんなにも激しく鼓動しているのに、意識はどこまでも整然としていて。
この感じが、強力な魔法を使っているということなのだろうか?
そうして痛みが全て消え去ると、その鼓動は途端におさまった。
俺はおもむろに上半身を起き上がらせた。
ユウラが手を離す。
俺は両手を引き寄せ、目の前で結んだり開いたりさせてみる。
もう、痛みなどどこにもなかった。
「信じられない」
「でも、治ったでしょう?」
ユウラの言うとおりだった。
あまりにあっさり過ぎて実感がなかなか湧かなかったが、完全に治っている。
それはユウラの言葉が正しかったことを証明していた。
「凄いよ。本当に。ユウラ、ありがとう」
「感謝なんてしなくていいわ。助けてあげたんだから、その分のことはやってもらうわよ」
「ああ、それは全然構わない。だけど、どうしてなんだ?」
「何が?」
「その、どうしてお前の手を握っているだけで、あんなに魔法の効果が強力になったんだ?」
「私はね、特別なの」
ユウラはさも当然のようにそう言ってのけた。
どこか面白がって言っているあたり、きっと今度こそからかっているのだろうと俺は思った。
そう思えたことが俺にとってはよかった。
特別という言葉は、俺が一番嫌いな言葉。
なぜならその一言は努力の放棄を伴う、無責任で無制限な羨望と嫉妬を肯定するのだから。
たくさんの騎士がフィリアに、そしてそれと同じだけの従者が俺に向けるようなものを──。
だけど俺に降りかかったこの現実は、なかなかそれ以外の言葉では説明できそうにない。
だから、俺はともかくもユウラの言葉をそのままに受け止めてみることにした。
少なくとも、今はそうしようと思った。
いずれ分かる時が来るだろう。
分からなくても構わない。
「さて、それじゃ私は失礼するわね。サラも今日はもう手伝わなくていいわ。戻って休んでもいいし、ここに居てもいいわ」
「あ、いえ、そんな。それじゃあ皆さんに悪いですし……」
「いいのいいの。あなた、ずっとディアに付きっきりでほとんど寝てないんでしょ? 目元に隈なんて作っちゃ、せっかくの美人が勿体ないわよ」
「でも……」
「サラはいいさ、休んでてくれよ。代わりに俺がやろう」
「あー、それは無理ね」
「大丈夫だ。もう動ける」
「あなた、料理できるの?」
「……いや、それは」
「じゃあ寝てなさい。あなたにふさわしい仕事はまた別にあるわ」
そう言うとユウラは立ち上がる。
膝に手をついて立ち上がったそのとき、ユウラと目が合った。
それは本当に一瞬のことだったから、確証はない。
でも俺にはそのとき、ユウラの瞳が金色の光を放っているように見えた。
「あ、そうだ」
俺がもう一度見ようと首を上げたとき、ドアを開けようとしていたユウラは口を開く。
「サラ、ディア。お互いにお互いを大切にね」
「はい。分かってます」
出し抜けなユウラの言葉にもサラは即答したが、俺はそうはいかなかった。
「それはよかった。ディアは?」
「あ、ああ。分かってるさ。だけど何で急にそんなこと──」
「分かっていれば、それでいいわ」
銀の髪を舞わせながら振り返ったその瞳。
その色は紛れもなく深い青だった。
「それだけでいいの。自分は他の誰にも換われない存在だっていうこと、たったひとりの自分なんだっていうこと、それだけは、忘れないで」

* Re: スクワイア ( No.11 )
日時: 2010/11/01 09:53 メンテ
名前: MATU


 第十話

身体の自由を取り戻した次の朝、俺は新しい服を着た。
サラが見繕ってきてくれた赤いシャツと白い長ズボン。
手触りはそんなにいいものでもなかったが、俺は不満はなかった。
続けて渡されたのは薄い黄緑色したチェック模様の上着、紐だけが白の黒い靴、そして穴が3つしかない青いベルト。
「ごめんね。サスペンダー捜したんだけど、どこにもなくって。でも、色はちゃんといいのがあったから」
とサラは言った。
しかし俺は腰に巻くベルトは見たことはあったけど、一度も使ったことがなかった。
だからやり方を聞こうと思いかけたが、それはあまりに情けなさすぎるだろうと即座に却下。
その代償として、俺は五分にわたり革と金具とを相手に四苦八苦する羽目になったのだが。
なんとか仕組みを理解してベルトを着けた俺が部屋を出ると、サラは既に準備を整えてそこで待っていた。
薄茶の髪を黄色のゴムで一本に束ね、白い雲のようなあのローブを、胸元でボタンひとつだけ止めて羽織っている。
ローブの合間から除く水色のゆったりとした半袖の服、紺色の膝丈のスカート。
裾の下、腿のところまで黒いソックスが覆い、その細い足の先には軽やかな白い靴。
明るい緑色の目も、どこか違った光彩を放っているに見えて。
本当に綺麗な花は、周りにどんな葉を茂らそうと色あせることはないものだが。
俺はその姿にしばらく見とれていた。
いつの間にか手を離していたドアが大きな音を立てて、初めて俺はそんな自分に気付く。
サラは少し不安そうな顔。
「どうしたの? この格好、なにか変かな? やっぱり似合ってない?」
「いや。そんなことないよ。むしろ逆さ。似合ってるよ。本当に」
「本当? だったらいいんだけど。あんまりこういう色は着たことないから」
言いながら、サラはスカートの裾を確かめるようにつまみ上げる。
その仕草もまた俺の自制心を試すには十分なものだった。
「まぁ、いっか。あんまり贅沢なんか言ってられないもんね。ディアも今日から大変だと思うよ」
「え?」
「ほら、ユウラさんが言ってたじゃない。仕事をしてもらうって」
「ああ……そうだったな」
「嫌だなんてダメだよ。助けてもらったんだから、その恩返しはちゃんとしないと。神様はちゃんと私たちをご覧なさってるわ」
「いや、もちろん嫌じゃない。でもさ、何すりゃいいんだろう?」
「うーん、私も分かんない。でも大丈夫だよ。ここの人たち、みんないい人だから」
「そうなの?」
「ええ、そうよ」
俺は怪訝に感じて訊き返すが、サラは大真面目に頷く。
みんないい人だったら、いい人の基準は一体どこにあるんだ。
そう普段なら呟いていただろうけど、しなかった。
今の彼女の言葉で、俺の頭にはそんなことよりも重大な疑問が浮かんできたから。
すなわち、ここは一体どこなのだということ。
「なぁ、サラ、そういえば──」
俺が尋ねようとした、そのとき。
妙齢の歌声のような澄んだ金音が響き渡る。
サラははっと窓を見る。
「うそ、もう? 大変、どうしよう」
「え? 何?」
「鐘が仕事始めの合図なの。ディア、行こう!」
サラは本当に慌てているのだろう、言い終わるや否や俺を残して走り出す。
「ディア! 何してるの、早く!」
「あ、ああ。今行くよ」
その溌剌とした姿。
俺が彼女に言えるはずはなかった。
できれば、あの時みたいに俺の手を握ってほしかったんだ、なんて。


一羽の鳥が、雲ひとつない空を飛んで行った。
空気が違う。
玄関を出たとき、最初に思ったのがそれだった。
いつだったか、何かの本でこの表現を見た時、なんて陳腐な表現だろうなんて思っていたけれど、実際に体験した今ならよく分かる。
この感覚はこうとしか表現できない、絶対に余計な言葉を伴ってはならないものなのだと。
サラは飛び跳ねるように走って行った。
少しだけだからと俺は振り返り、さっきまで俺がその中に居た建物を見る。
あちこち剥がれてはいるが、白いペンキで壁一面が塗り込められている、翼を広げた鳥のような二階建ての館。
流石にインスカイ家ほど大きくはないけれども、たくさんの開け放たれた窓と、屋根の上の赤い風見鶏が漂わせる風格はあるいはそれ以上かもしれない。
ここは高台なのだろう、周囲は錆びついた鉄の柵で覆われている。
それが切れているのは一ヶ所だけ。
そこから曲がりくねった石造りの階段が、整理されていない本棚の中身のように雑然と並んでいる。
降り切った所には普通の家同様に門があり、そこからは一本の道が伸びている。
そしてその先には森が広がって、その更に向こうにはまだまだ緑を失わない山に周囲を守られた、ひとつの町が息づいていた。
「ディア!」
「ああ、今行くよ!」
また、綺麗な音が響いた。
俺は二段飛ばしで階段を駆け降り、門の所で待っていたサラに笑って謝る。
「ごめんごめん。じゃ、行こっか」
「うん、行こう」
サラも笑ってくれた。
彼女の指差した先は一本道。
傾斜こそきつくはないが、そこは当然ながら下り坂。
俺はペースを普段の半分程度に絞り、サラに合わせて彼女が無理をしてしまわないように走る。
道の左右では朝日を受けて煌めく黄金の波がうねっている。
収穫を目前にした畑はいつ見ても気分がいい。
しかし、十字路を踏み切った辺りから畑は消え去る。
周囲は鬱蒼とした藪に、茂みに、そしていつしか針葉樹の森になっていた。
フェアレラの周りの森よりも結構深いなと思う。
あまり人に分け入られた形跡も見当たらない。
そのうちに山の中へ入ってきたのか、傾斜も下りから水平へ、水平から緩い上りへと変わって行く。
道も段々と狭くなり、俺の肩が突き出す枝にぶつかってしまうほどの幅しかなくなる。
もう少しペースを落とした方がいいだろうか。
そう思ったときだった。
視界が太陽に覆われた。
森を抜けた俺は、ひらけた大地に立っていた。
俺のくるぶし辺りまでしかない草が日光浴を満喫している間を、人に踏み固められた道が申し訳なさそうに肩をすぼめている。
その先からは三回目の鐘の音。
ここが、上から見えたあの町なのだろう。
俺は一見して少し違和感を覚え、すぐにその理由に気付いた。
ここには城壁がない。
フェアレラとはまるで違う。
城壁のない場所に人が住めるのかと俺は思ったが、目の前の現実はそれが可能だとはっきりと示している。
布と木の棒だけで組み上げたような、家だと言えるかさえ怪しいものもあったが、それも含めれば、そこにはフェアレラの城内と同じくらい数の家があった。
そしてその間を縫い合わせて行くように、もっとたくさんの、活気あふれる人たちが居た。
「ああ、疲れたぁ……こんなに走ったの、久しぶりかも」
その声に振り向くと、手を膝についたサラが肩で息をしていた。
「大丈夫?」
「うん、たぶん。遅刻しちゃったけど、まあなんとかなるよ、きっと」
「いや、そっちじゃなくて……サラがさ。平気?」
「え? 私? 大丈夫だよ。ディアがペ−ス合わせてくれたから」
サラは身体を起こし、大きく深呼吸をする。
次にまたこういうことがあったなら、そのときはもう少し遅めに走ろう。
「あ、そうだ。そういえば、まだ言ってなかったね」
と、サラは俺の前に来て俺と向き合う。
そして半身を反らすと、パーティの主役を迎えるように誇らしげに手を伸ばす。
「ディア、ここがアピオフ。新しい、みんなで作ってる町なんだよ」
「アピオフ」
「そう、アピオフ。いい名前だよね。色々フェアレラとは違うから大変かもしれないけど、すぐに慣れるよ。みんな、いい人だから」


彼女の言葉が正しい事を、俺はすぐに知った。
この一週間で、既にサラはアピオフの一員として受け入れられていたのだ。
それも驚いたことに、道を歩けば声をかけられるほどの人気者として。
もちろんこれには理由があった。
サラはアピオフでたったひとつの食堂で働いていて、サラのつくる食事はおいしいと町じゅうでかなりな評判になっていたのだ。
特に彼女お得意のシチューが一番気に入られているのだそうだ。
「そんな、普段通りにやってるだけだよ」
なんて控えめに、しかしへりくだり過ぎずに言うサラが好かれないはずはない。
アピオフもフェアレラと同じで、そういう話はあっという間に広まるもののようで、『クレヴァ食堂のあの娘』といえばサラ=ノーヴェルのことだと知らないものは、今や誰も居ないという。
「まぁでも料理の味よりかは、サラさんその人自身にやられたってのが結構居るな。うん、俺も含めて」
と、その辺りのいきさつをそう締めくくったのは、俺に与えられた仕事──家の建築現場で知り合ったビュレットだった。
彼は三か月ほど前にアピオフに来たのだと言う。
俺が彼について知っていることは、今はそれだけ。
彼もまた、俺について知っていることは一つまみの塩程度。
でも、ここではそれで十分だった。
生まれてこの方ずっと俺を定義し続けてきた従者という概念は、ここでは何の力もなかった。
そもそも誰もそのことは聞いてこないし、誰もその手の、つまりここに来る前の話は口にしようとはしないのだ。
ここでは俺はただのディア=ローランドだった。
今は昼の休憩時。
決まった時間に休憩できることも、休憩時間を自由に過ごしていい事も、俺には多少以上の違和感をともなうものだった。
しかしこの暑い中、身体を休められることは相当に魅力的であり、周囲より早く食事を済ませて俺たちは木陰に座り込んで話していた。
「大人気なんだな」
「おう。今じゃ誰が一番にサラさんにお誘いかけるかとアピオフ中で熾烈な心理戦が繰り広げられてる」
「へぇ、そりゃ大変だ」
「お前はどうだい? 俺は負けないけどな」
「遠慮しとくよ」
「え? 興味ないのか?」
「ないと言ったら嘘になるけど、別にいいさ」
「そっか。まぁ構いやしないがな。ライバル候補が減ったんだ。そういうのは少ないに越したことはない。だろ?」
「どんなに少なくても、勝てなきゃ意味ないんだよ」
「んなことは言われなくても分かってるさ。お、昼の鐘だ。さっさと終わらせようぜ、ディア」
皆伸びをしたり欠伸をしたりしながら、それぞれの持ち場に戻って行く。
筋肉隆々とまでは言わないが、それでも十分に屈強な体つきをしたビュレットはえいやっと立ちあがった。
その汗の噴き出た背中は山のよう。
タカカゼのそれも山のようだったが、二人を比べればタカカゼの方はむしろ急峻な崖に近い。
サラの言ったことは嘘ではなかった。
みんな、いい人だった。
ビュレットたちは俺のこともすぐに受け入れてくれた。
それに、ここの人たちはみんな、たとえ俺と今しがた初めて会ったとしても、数年ぶりに会った友人のような調子で平然と接してくるのだ。
だからさっきの俺とビュレットのような多少ずれたやり取りが発生するのだが。
ただ、しかし、フェアレラでは絶対にこうはいかないだろうと思う。
十六年前、サラがはじめてフェアレラに来たとき、俺も含めてほとんどの子供が彼女を避けていたことを俺は思い出す。
もちろん一度遊んでしまえばそんなものは霧消してしまったが、
城の外から来た存在に、子供特有の理由のない純粋な恐怖心を抱いていたのだ。
今ではもう異端者に家族を殺された、憐れむべき者たちを助け保護するという教会の考えも理解しているが、当時はそうもいかなかった。
いや、むしろ、今でも俺はそうではないのかもしれない。
彼らの無警戒な好意にとまどっている自分を、俺は否定できなかった。
サラはその好意にきちんと応えているというのに。
「ディア、何やってんだ?」
「あ、悪い。今行くよ」
「疲れか? まあ最近暑いからな、休んでてもいいぜ。もちろん、後で一杯はおごってもらうがな」
「いや、大丈夫。大丈夫だから」
何が大丈夫なんだろうか。
自分で言っておいて、分からなかった。


それから、更に一週間が経った。
誰を起こしに行かなくてもいいのに、俺は太陽が昇る前には目を覚ます。
ほとんど無意識のうちに着替えを済まし、寝巻きをたたみ、ドアに手をかけて、そこでいつも気付くのだった。
ここはフェアレラではないんだと。
その現実は日が経つにつれて、俺の心に重くのしかかってきていた。
サスペンダーの感触を思い起こすたび、フィリアの顔が頭に浮かぶ。
あいつは今、どこに居るんだろうか。
まだ戦場なのだろうか、それとも、還って来たんだろうか。
還って来ていたら、なんて思っているだろうか。
炎に焼かれて、血を流したフェアレラ城。
それだけでも彼の心に大きな傷を刻むだろうのに、そこに、サラが居ないと知ったら──。
改めて俺は怯えていた。
俺がやってしまったことの意味の大きさに。
確かにサラを助けるためだった。
でもそれと同時に、俺はフィリアからサラを奪ったんだ。
彼の愛する人を。
彼の心の一番の支えを。
それにそもそも助けたこと自体彼女の為でなく、自分の為。
俺はフィリアを裏切ったんだ。
それをどうしてごまかせようか。
その事実は、もはや変えようの、逃れようのないもの。
でもまだ今ならひとつだけ、この恐ろしさから逃れる方法があった。
フェアレラに、サラと一緒に帰りさえすればいい。
そうすれば俺は再びフィリアに応えられる。
神の教えに背いた罰は当然受けるとしても、フィリアならきっと赦してくれる。
あいつならそうしてくれるはずだ。
だけど、それはできない。
俺を赦したフィリアは、サラもまた赦すだろう。
そして前よりも深く愛するだろう。
二人の間には他の誰も入れないほどに。
それは明らかに正しい事。
あるべき姿に、元の通りに戻るだけ。
それでいいとみんな言うだろう。
サラはフィリアのために、フィリアはサラのために。
互いにその想いを疑いなんてしない。
二人は枝のつながった二本の木のように深く結ばれているから。
そして、そこに俺は必要ない。
フィリアの心の真ん中にはサラが居て、サラの心の真ん中にはフィリアが居て、俺はそのどこにも居ない。
これまでずっとそうだった。
これからもずっとそうでなくてはいけないのか?
アピオフで過ごしたこの一週間は、違った。
ここではサラの一番近くに居るのは俺だった。
ディア、ありがとう。
そう彼女にほほえんで言われるだけで、どれだけ嬉しかったか。
彼女の力になれている、彼女に頼ってもらえているんだ、俺はここに居てもいいんだと思えるだけで。
でも、フェアレラに帰ってしまえば、サラの一番近くに居るのは俺ではない。
それでいいとみんな言うだろう。
だから、俺はフェアレラには帰れなかった。


わざわざ着替え直すのも気が進まず、俺はとりあえず外に出ることに。
うっすらと夜は明け始めている。
こんな時間だったがさして肌寒さは覚えない。
まばたきする度にうつろいゆく黒と白とのグラデーション。
かすかに残る星の光がそれを彩っている。
この一週間。
本当に色んなことがあった。
段々慣れて行けたけれども、驚かないで居られる日なんて一日もなかったように思う。
まず、アピオフには教会がなかった。
それにどれだけ驚いたか。
俺は生まれてこの方、教会や、聖書や、牧師様といった神にまつわるものがない状態を考えたこともなかった。
確かにお決まりの内容の聖書や教書なんて好きじゃなかったから、教会の授業とか日曜の集会なんてなければいいのにと思ったこともある。
でもそれがないことなんて想像できなかったし、あって当然とばかり思っていた。
つまり俺の思考のすべてのベースだった。
それが、アピオフではどこにもなかったのだ。
しかし鐘はあった。
ありはしたが、じゃあその鐘はどこにあったのかというと、なんと町の西の端に据えられた、小さな台の上に吹きざらしで置いてあった。
上に雨よけの幕は張られてはいたが、そもそも鐘というものは神の声を人に伝えるもの。
どう考えてもその役割に見合うだけの扱いではない。
こんな低い場所に置くべきではないし、もっと厳重に取り扱わなければならない。
だから、鐘はフェアレラでは教会の一番高い塔に吊るしてある。。
教会それ自体がないことも、神聖なはずの鐘を単に生活基準のひとつとしてしか認識していないことも、俺にはまったく理解できないことだった。
「何でここには教会がないんだ?」
「なくちゃ駄目か」
「だって、なくて不安じゃないのか?」
「じゃあ、あったら安心できるのか」
「いや、それは、けど」
「ここじゃあな、誰も主のお言葉とか、主のご意思がとか言ったりしないんだ。俺は、その方がいい。あんなものなくていいんだ」
ビュレットはそう言っていた。
彼の強い語気に俺はそれ以上聞くことが出来なかった。
「みんな、どうして教会がないのに平気なんだろうな」
「私も分からない。何でだろうね」
「鐘もあんな風に置いてるしさ。せめて周りを囲うくらいは……」
「そんなこと言っちゃダメだよ、ディア」
「え?」
「だって、それは私たちの考えでしょ? 私たちがおかしいと思うからって、それを押しつけるなんて身勝手だよ。
 私たちとはちょっと違うけど、でもみんな普通に暮らしてる。それでもういいんじゃないかな」
「それは、そうだけど」
「だって、私たちが逆に言われたら? お前たちの信仰は無意味だから教会なんか壊してしまえ、祈りなんてもうささげるな、なんて言われたら?」
サラの言うとおりだった。
みんな、その中で日々を過ごしていた。
その様子はフェアレラの人々と何も変わりはしない。
中には何十人くらいか、言葉が通じない人が居たけれども、その人たちだってだから変だというわけではない。
いい人も悪い人も居て、それでどっちかといえばいい人の方がここでは多いかもしれない。
特に、ビュレットは俺に一番親切に接してくれていたと思う。
嫌がる俺を無理矢理食堂に引きずって行き、そこで俺とサラが既に知り合いだと知って大騒ぎしたりもしたが。
すぐに機嫌を直し、むしろ俺が黙っていたことを話の種にしてサラに熱烈なアプローチをかけていた。
客も俺たちだけになり、手のあいたサラが途中から一緒に食べ始めてからはなおさらに。
もっともよほど気を良くしたのだろう、二時間後にはすっかり酔いつぶれて眠ってしまった。
でも、その方が彼にとってよかったと思う。
サラの涙を見ずに済んだのだから。
机の上で手を結んだまま、彼女はうつむいて声もあげずに泣いていた。
さっきまで笑っていたのに。
ビュレットが寝息を立て始めて、俺がその姿に苦笑して彼女に目を向けた時、その涙はもうぽろぽろと零れていた。
「……サラ?」
「え? あ、ご、ごめんね。何だろう、なんか、ちょっと……」
「サラ、待って」
「あ、そうだ、片づけちゃうね。もう、遅いから」
彼女は涙を拭うとやおら立ち上がって食器を取り、奥に行ってしまった。
そして、しばらく戻ってこなかった。
その涙の意味。
俺には分かっていた。
それはいつか彼女が言うだろう。
本当は、俺が言わなければならないことだった。
でも彼女の涙を見た後でも、俺は言えなかった。


いつの間にか太陽がその姿を現していた。
また今日が始まろうとしている。
「あれ? ディア?」
声をかけられ、俺は振り向く。
「サラ。何?」
「いや、別に何でもないんだけど、どうかしたの? こんな時間に」
「いつもの習慣でさ。起きちゃったんだよ」
「ああ、そっか。いつもは……そうだったよね」
いつもは。
何気ないつもりだったその一言。
言うべきでなかった。
でももう遅い。
割り込んで止めることも出来ない。
だから俺はただ黙って待った。
彼女の言葉を。
「……ねぇ、ディア。私、フェアレラに帰りたいな」
サラがそう言うことは、分かっていた。
その先にある本当の願いも。
もう黙っていることは許されない。
だから俺は言った。
「フィリアに、会いたい?」
サラは数秒ののち、一回だけ頷いた。
分かっていた。
そうだろう?
いつかはサラがこう言うことは、分かっていた。
当り前のことだ。
元々そういうつもりだったんだから。
だけど、俺は戻りたくない。
それを言わなくてはならない。
俺は決めていた。
サラがはっきり望みを伝えてくれたのなら、俺も、俺の思いをはっきりサラに伝えようと。
サラ、ここでこのままずっと俺と一緒に居て欲しい。
だって、俺はお前のことを愛しているから。
サラの幸せは俺の幸せで、俺の幸せはサラの幸せではないけれども。
だけど、どれだけサラの願いに背くものであったとしても、俺はこの現実<いま>を手放したくなかった。
足が震える。
逃げ出したくなる。
サラの目。
潤んだ緑の目。
でもそこにたたえられた光は昇りゆく太陽のように煌めいている。
俺なんかじゃ欲することさえおこがましいほど気高くて、貴くて、美しくて、優しくて。
逃げてはならない。
もし本当にサラに愛されたいのならば、それに見合うだけの者でなければならない。
俺は彼女の目をじっと見つめた。
彼女も俺を見つめ返した。
足はもう震えてない。
「サラ、俺は──」

* Re: スクワイア ( No.12 )
日時: 2011/07/30(土) 17:50:25 メンテ
名前: MATU



 第十一話

しかし、その時。
突然階段の下から声がして、俺の言葉は遮られてしまった。
一人の男が古びた石階段の下から俺のことを見ていた。
俺はその格好を見て驚く。
その男は黒い長丈のローブ、つまりは牧師の服を着ていたのだ。
首元から下がっている三角形をかたどったペンダントはまさにその証。
左手には乾燥させた蔓で編まれたカバンを提げている。
見た目からして三十歳かそこらと言ったところだろうか。
少し首をかしげた男は、また俺たちに呼びかける。
しかしまたそれは意味のない音。
先の一つは虫の羽音のように思えたが、今度のそれは樽を槌で叩いた音に近い。
けどそれは、もしかしたら彼の言葉なのかもしれないと俺は思う。
俺の使っていない、アピオフで何回かは聞いた『外の』世界の言葉なのかもしれない。
──だが、そんなことが何だというのだ。
予期せぬこの介入で、もう俺は完全に、サラに俺の気持ちを伝えるタイミングを失っていた。
サラの視線がなければ俺は今すぐにでも、近付いてくる男に飛びかかっていただろう。
一度大きく息を吸い、俺は切り替える。
俺の記憶によれば階下の男は未知の人物。
ゆっくりと階段を上って来ている。
格好からして彼はおそらく聖職者であるはずだから、彼を警戒などする必要はないとも思えたが。
用心に限度なんか無い。
そう俺は口中呟いた。
フェアレラで、安全だと信じ切っていたフェアレラで、あの日何があった?
相手の思惑が分かるまでは気を抜いてはならない。
俺が、サラを護るんだ。
俺はサラと彼との間に位置を取りポケットに手を突っ込むが、その空虚な感触に舌打ち。
「魔法は使えないか」
頼れるのは自分だけだということを、改めて俺は認識した。
彼が階段を上り切って、俺とその目が合う。
俺はサラを左手でかばうように制しながら半身で一歩前へ進み、隠した右手で拳を用意する。
癖のついた黒い前髪の下、朝日の光を反射している丸い眼鏡が彼の周囲に温和な雰囲気を漂わせている。
俺はただその茶色の目を見る。
眼鏡越しのそれは濃くて深い色だった。
色は違うけど、フィリアのそれと似ている。
そして俺がそんな余計なことを考えてしまった一瞬。
サラが俺の手をかわしてすっと彼に歩み寄る。
「サラ!?」
慌てて俺は腕を伸ばしたが、それは虚しく空を切って。
サラは男の眼前に立ちはだかると、彼の目を見て声を張り上げた。
「あの、どうかしましたか?」
その言葉の直後、彼の手はすっとサラに向かって伸ばされる。
瞬間、最悪の事態を思い描いた俺はその手を掴もうとして。
「おはようございます!」
しかし、彼はそう言ってきた。
満面の笑みを浮かべて。
サラの手を取って握手をしながら。
「え?」
それはあまりに唐突でありすぎて、俺は事態を把握しきれず固まってしまった。。
まさか、それをずっと言いたかっただけなのか?
サラもまたそうだったのだろう、いつもならすぐに返事をしているはずだろう彼女も完全に目を丸くしてしまっている。
数秒の空白。
彼はそれを丸めて投げ捨てるように、俺の方を向いて口を開く。
「あなたたちは北の方から来たんですね。いや、気付けなくて申し訳ありません。これなら何を言ってるか分かりますよね?
 おっと失礼しました。すいません。まだ名乗っても居ませんでしたね。改めてはじめまして。私はレフォム=エンウォルドと申します」
「あ、えっと、私はサラ=ノーヴェルです。はじめまして。……ほら、ディア」
「え? あ、ああ。ディア=ローランドと言います。はじめまして」
サラの言葉に俺は思考停止の状態から引きずり戻された。
立て板の上を流れるようなその言葉にはどこにも嘘は感じられず、俺の心配はまったくの取り越し苦労であったようだった。
となれば、神に仕える方に名乗らないわけにはいかない。
しかも彼──レフォムは相当な高位の聖職者であるように思われた。
陽光を受けて輝く眼鏡がその証左。
本屋の爺さんが、俺が生まれる前からフェアレラの雑貨屋に並んでいたあれをどれだけうらやましがっていたか。
爺さんの孫娘のユーリンには買ってちょうだいと言われたが、俺だってあんなものを手に入れることはできない。
あれを得るだけの価符を溜めようと思ったら、俺は一年間は飲まず食わずで居なければならない。
「でも驚きました。アピオフは教会はありませんけど、牧師様はいらっしゃったのですね」
調子を取り戻したサラはそう言うと、神に対する時と同じように手を組み、レフォムに深く祈りを捧げる。
俺も習慣的にそれに同調する。
ところが、レフォムは肩をすくめて苦笑いしていた。
俺が怪訝な顔をしたのが分かったのだろう、彼はこう言った。
「サラさん、ディアさん、いいんですよ。そんなことしないで下さい」
「でもその格好は、あなたは牧師様ですよね?」
「僕は教会とはもう何の関係もないんです。だから確かにあなたの言うとおりこんな格好ですけど、僕は牧師でもなんでもないんです」
そんな不思議なことをレフォムは言った。
多分冗談のつもりなのだろうけど、あまり面白いとも思えない。
もう教会と関係がない、繋がりがないと言っているのに、彼が着ているのは明らかに牧師だけが身に着けるのを許されるものだったからだ。
彼の靴もすり減ってはいたが、それもやはり神の教えに従った安らぎの黒。
唯一、三角をかたどったエンパルの紋章──通常は銀色なのだが──も黒いのがひっかかりはしたが。
「じゃあ、何でまだそれを着てるんですか?」
「それはですね……そうですね、ディアさん、あなたのベルトと同じ理由ですよ」
「え?」
俺は言われたことをすぐ理解できなかった。
俺のベルト?
「君は従者ですね?」


彼とは初対面なのにも関わらず、俺が従者だと言いあてられ当惑する。
反射的に自分の肩に手を伸ばしたが、やはり俺は今サスペンダーは着けていない。
「どうして、それを?」
その同様を押し隠そうと噛みつくように俺は言った。
それに対してレフォムはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あなたは明らかに僕のことを警戒していた。いや、それは別にいいんです。でもですね、普通だったらそこで一定の距離を保とうとする。つまり僕が近付けば、その分後ろに下がるはず。
 ところがあなたは違った。むしろ一歩前に出た。それもただ僕を威圧する為に出たわけじゃない。サラさんと僕の間にずっとあなたは居続けた。しかも右手はずっと隠したまま。
 万が一の時には自分を捨ててでもサラさんを護ろうとしたんですよね? そんなことを何の迷いもなく出来る人はそうそう居ません。まあ騎士か従者か、それくらいでしょう。まさか廷臣はここにはいないでしょうし。
 でもあなたがもし騎士だったら、多分もっと早い段階で僕を呼び止めるなり攻撃するなり、何かはしたはず。けどあなたはあくまでも受け身でした。だからあなたは従者なんだろうと思ったんです」
レフォムの言葉に俺は絶句した。
微細にまで及ぶ観察力、それに基づいた完璧な推理。
一転の曇りもそこにはない。
「決め手はそのベルトでしたがね。その夏空のような青は教皇が定めた従者の証、まぁつまりはサスペンダーの色と同じです。それを好んで着けるのは今や教皇派の従者くらいですから。
 主教派だったらあそこの山みたいにくすんだ緑ですし、皇帝派だったら黄色で派手に縁取った黒です。流石に間違えようもありません。ああそれと、サラさんも」
「はい? 私が?」
「ええ。さっきのその祈り方。それもやっぱり教皇派のものです。久しぶりに見ましたよ。やっぱりシンプルな方がいいですね。
 しかしそこまでして従者のディアさんに護ってもらえているとなると、サラさんは騎士の娘でしょうか? それとも騎士の妻、あるいは恋人ですかね。それともサラさん自身が騎士でしょうか?
 あまり剣が似合う方にも思えませんし、教皇派で女性の騎士は珍しいですが、どうなんでしょう?」
彼の問いに、俺たちは何も答えられなかった。
出会って一分も経っていないというのに、俺たちの挙措から彼に素性をほとんど見抜かれてしまったのだ。
驚くなという方が無理がある。
そんな俺たちの様子にレフォムも流石に気付いて、しまったという表情を浮かべる。
「すいません。いきなり一方的にあれこれ言ったりして。謝ります。失礼しました」
「い、いえ、そんな。謝ることではないと思います。でも」
「何でしょうか?」
「何というか……凄いですね。観るだけで、そこまで分かってしまうなんて」
「いえ、悪い癖です。必要ない時もやってしまう」
「そうなんですか?」
「口に出さなければいいんですけど、いやはや、なにぶん喋らないで考えるのが苦手なもので」
レフォムはサラにそう言ったが、俺は未だに状況と情報を整理するため苦労している最中だった。
彼が最初に言った言葉。
あれはどういう意味だったんだろうか?
レフォムはもう牧師ではないが、牧師の格好をしている。
その理由が、俺がこのベルトを着けているのと同じ理由だと言う。
従者の証のサスペンダーと同じ色のこのベルトを。
「そうだ、タカカゼって人を知ってますか?」
「タカカゼさんですか? はい、知ってますけど」
ということは、つまり。
もしかしたら彼は、俺がかつては従者であったが、今は従者ではないと思っているのか?
俺はそれを確かめようとした。
「どこに居るか分かります?」
「いえ、分かりません。というより、全然見てないんです」
でも、その寸前に、俺は怖くなった。
彼がもし本当にそう思っていたとして、俺はそれを否定しきれる自信がなかった。
俺は自分のやってきたことを、そしてやろうとしたことを考えたとき。
今の俺には、ディア=ローランドは紛れもなく従者であると、そうは言えそうになかった。
「居ないんですか? じゃあ、最後に見たのはいつですか?」
「たしか、一週間くらい前です」
「そうですか。じゃあもうじき帰って来るでしょうかね」
そしてまた幾つもの始めて聞く言葉が、俺を混乱させていた。
教皇、主教、皇帝。
彼はさも後ろのふたつも教皇猊下と同じ存在のようにして言っていた。
エンパル神の地上における代理人の教皇猊下と。
唯一無二の存在であるはずなのに。
一体どういうことなのだろう?
「何か、あったんですか?」
「分かりません。でも何かあったんでしょう。彼に呼ばれたんです。ここに来てほしいと言われたんですが」
「タカカゼさんは何をしてるんです?」
「さあ、何でしょうね。僕も全部は知りません。それと、そうだ。タカカゼさんを知ってるってことは、ユウラのことも分かりますよね。彼女は居ますか?」
「ユウラさんも同じです。今はここには──」
「居るわよ」


背後からいきなり声が聞こえて、サラとレフォムのやりとりを傍観していた俺は仰天した。
振り向くと果たして、開け放たれたドアに背を預けて銀髪をたなびかせる少女が立っていた。
「久しぶり。レフォム」
「お変わりないようで。何ひとつ」
「うらやましい?」
「いえ、全然」
ユウラの体で型を取ったかのようにぴったりな紺色の長ズボンと灰色のシャツは、前に会ったときと同じもののようだった。
まるで冬の山肌みたいに飾り気のないその中で、彼女の蒼い目は宝石のように深く煌めいていた。
「タカカゼに呼ばれたんだって?」
「おや、立ち聞きしてたんですか?」
「人聞きの悪いことを言わないで頂戴。こんなところで喋ってれば誰でも聞こえるわ」
「なるほど。では、中に入らせてもらえます? それと、少々食べ物も頂きたいですね。一昨日から何も食べてない」
「それならサラ、貴方の出番ね。ついでに私の分も頼めるかしら?」
「え? あ、はい。分かりました。今、すぐにやります。ディアも食べるよね?」
「ああ、よろしく」
思いがけない申し出もサラは快く承諾し、レフォムに一礼を残して家の中へ駆けて行った。
「サラさんは料理がお得意なのですか?」
「はい、それはもう。レフォム様もきっと気に入ると思いますよ」
「それは楽しみです。しかし、そうなると……おっと失礼、先程反省したばかりでしたね」
レフォムはバツの悪そうに肩をすくめる。
「ああそれから、僕のことはレフォム様なんて呼ばなくていいですよ。レフォムで構いません」
彼はサラの後を追って小走りで家の中へ。
レフォムは今一体何を言おうとしたのだろうか、と考えそうになるが、俺は首を横に振ってそれから離れる。
実際問題、俺も空腹を感じてきていたし、今考えなくても別にいいと思ったからだ。
サラに結局思いを伝えられなかったことを俺は改めて悔やんだが、それももう仕方なかった。
きっとまた機会は訪れるはずさ。
しかし、戸をくぐろうとしたそのとき、さっきからずっとドアに寄りかかったままで居たユウラのことが気にかかった。
「ユウラ、ちょっと聞いてもいいか?」
「何かしら?」
「いつの間に、そこに?」
「あなたが気付かないうちに」
「魔法でも使ったのか?」
「どう思う?」
彼女はこちらに視線も寄こさず短く答える。
その姿には威圧されるものさえ俺は感じて。
「いや……分からない」
「そう。話はそれだけ?」
ユウラは俺に向き直る。
首を上に傾け、彼女は俺の目を真っすぐに見つめてくる
その目が金色に見えたのは、やはり俺の勘違いだったのだろうか?
「ユウラ、あんたはいったい……何者なんだ?」
すると彼女はくすりと鼻を鳴らし、幼い弟をあやす姉のように笑って言った。
「私は、私よ」


大小不揃いのそら豆に、丸く切られた人参に、丁寧に細かく刻まれた薬味の野草。
スープの味付けは俺には細かいことは分からないけれど、大急ぎで作っていたことを思えば十分すぎるくらいの出来だと思う。
だが、それでも問題はあるのだ。
なぜか二つも転がり込んでいた人参をどう片づけようかということが、俺の今の心配事だった。
「はい! たくさん食べて下さいね」
「ありがとう、サラ」
一つなら我慢して食べられるが、二つとなると工夫が必要になる。
サラが作ってくれたからには何が何でも残すなんてことはしたくはないが、どうしたものか。
「……ディア、どうしたの? 何か変だった?」
「いやいや、そんなことないよ。うん、おいしいよ、本当に」
覚悟を決めた俺はひとつめの人参を口に放り込む。
俺がそれとひそやかな苦闘を繰り広げていると、あっという間に一杯を飲み干していたレフォムが俺の横で声を上げる。
二日間何も食べていなかったというのは本当のようだった。
あるいは、細い体つきに見合わず結構食べるタイプなのかもしれない。
「これはおいしい! サラさんのこのスープ、私が今まで食べた中で一番です」
「そんなことないですよ。でも、喜んで頂けてよかったです」
「いくらでも食べられそうです。もう一杯頂けますか?」
「ええ、どうぞ」
サラもこの手の言葉に対する返答が随分と上手になった。
かといってその笑顔はまだまだ本物。
褒められて当然と思わないのがサラらしい。
鼻歌交じりにスープをよそうその姿にはこっちも楽しくなる。
「まだ一週間だけど、アピオフにはもう大分慣れたようね」
「はい、おかげさまで。皆さん本当に親切で。ね、ディア?」
「え? あぁ……そうだな、うん」
「どうしたの? 大丈夫?」
「ごめんごめん、ちょっとまだ眠くてさ」
人参と入れ違いに飛び出した嘘を糊塗しようと、口を手で隠して欠伸のふり。
そのついでにこっそりと視線を動かし、ユウラの様子を窺った。
スプーンを右手に持ち、一杯すくっては口元に運ぶ。
髪を気にして時折指先でその毛先をもてあそんでいる。
彼女くらいの年ならば誰もがするようなその動き。
何も奇妙な所などない。
だけど、俺はどうしてもユウラが普通の人とは思えなかった。
先程いきなり現れたことや、向き合うときに感じる名状しがたい雰囲気もそうだが、何よりもあのとき、重傷の俺を一瞬で回復させたことが俺にその疑いを持たせ続けた。
ユウラは何もしていないように振る舞っていたが、きっと強力な魔法で俺に何かしたのだろう。
そうでもなければ、アンプリファイアさえない俺があそこまで魔術の性能を引き出せはするはずがない。
「レフォム」
「何ですか?」
「早く食べた方がいいわよ」
と、ユウラの出し抜けな言葉にレフォムはきょとんとした顔を見せる。
ユウラ自身は彼に目を向けることもなくそれからも一定のペースで食べ続け、それ以上何も言わなかった。
だから特に何でもなかったのだろうと思って、俺が二つ目のパンに手を伸ばした、その時。
レフォムは突然スプーンを机に置いた。
と、彼はまだ半分ほど残っていたパンをいきなり口一杯に頬張り、そして更に鍋から移したばかりでまだ湯気の立つスープを一息に飲み干してしまった。
明らかに熱いのを堪えている表情だったが、彼は早々に口の中のものを全て嚥下すると、皿に残ったスープの具をかき集めてそれも一気に食べてしまう。
「サラさん、ごちそうさまでした」
丁寧なお辞儀と共にそう言うとレフォムは、椅子の背に掛けておいたローブを身に着けた。
俺はサラと呆気にとられて互いの顔を見合わせるばかり。
その時どこからか、がしゃがしゃと金属の擦れる耳障りな音が近づいてきた。
俺がそれは廊下の方からやって来ていると理解した時には、もうレフォムはカバンから取りだしたハンカチで口元を拭き、すっかり準備万端といった感じだった。


ドアが荒々しく開けられる。
そこに現れたのは切り立つ崖のように背の高い鎧の男。
その背には彼よりも大きく長い一本の槍。
少し身をかがめて穂先が天井を傷つけないよう努力をしているのが見受けられた。
その姿を待ちかまえていたレフォムは満面に喜色を浮かべて言う。
「タカカゼさん! お久しぶりです!」
「ああ、やっと来てくれたか。レフォム、お前を待っていた」
「何があったんですか?」
「途中で話す。いいから来てくれ」
タカカゼは相変わらずの低い、しかも鎧越しのくぐもった声で手短に告げた。
その後ろには更に二人ほど男が居る様子。
手には投げ槍を持ち、腰には短刀を提げている。
彼らの様子に何か喫緊の事態が迫っているのだろうことは俺にだって分かった。
レフォムもそう思ったのだろう、彼は何も言わずにカバンを掴むと踵を返したタカカゼについて行く。
「待って頂戴」
しかし再び、ユウラは唐突に口を開く。
タカカゼは彼女に向かって唸る。
されど無視しなかったということは、ユウラの方がタカカゼよりも上なのだろうか?
「何だ」
「私にも話を聞かせてくれるかしら?」
「ユウラ、俺は急いでるんだ」
「なぜ?」
「終わったら教える」
「今聞かせて」
タカカゼは振り向いてユウラと相対する。
沈黙というには、二人の間はあまりにも鋭すぎていた。
それは二人の横で座っているだけの俺にも伝わってくる。
まるで氷の針を全身に突き立てられたような感覚。
それが何秒続いただろうか。
ふと、タカカゼはすぐにまた元の方向へと向き直ってしまった。
彼も俺と同じものを感じたのだろうか?
そしてより小さな、静かな声で彼は言った。
聞き取れたのは僥倖としか思えないほどの。
「グレテニアで戦争が起きる。レフォム、行くぞ」
タカカゼは来た時と同じように二人の男を引き連れて、鎧を鳴らして去って行った。
レフォムは一瞬だけ、眉をひそめてユウラのことを見やった後、俺とサラに会釈をしてタカカゼの後を追っていった。
「……戦争?」
ドアが彼らの後を追って閉まった時、俺はそう呟いていた。
「ユウラ、何の話なんだ?」
「何の話も何も、文字通りよ」
「だけど戦争なんて、そんな言葉、お話の中だけのものじゃないのか」
「あなたがそう思うなら、そうね」
「教えてくれ、ユウラ」
「あなたは」
ユウラはそこで言葉を切り、スプーンから手を離す。
「騎士団が何をしていると思ってるの?」
「異端者の征討じゃないのか?」
「その通り。サラ、ありがとう。ごちそうさま」
「どこへ?」
「私も行かなくては。タカカゼの言ったことが本当なら」
「待ってくれ!」


ユウラが立ち上がったのを見た俺は、声を張り上げて彼女にに寄りすがった。
彼女は、いや彼女たちは俺の知らない何かを知っている。
それは明らかとしか言い得なく、そして同時に、俺にはもう耐えられないことだったのだ。
フェアレラに居た時俺は何も知らなくて、フィリアに護ってもらってばかりだった。
彼の従者でありながら、傍に居ながら、俺は彼を支えることもできず、サラを護ることさえもひとりでは出来なくて、本当に無力な存在だった。
「俺も……行かせてくれ」
これまでずっとそうだった。
これからもずっとそうでなくてはいけないのか?
ユウラ達に助けられて、彼女たちに護られて、自分では誰の力にもなれないままで。
だからサラを護れなかったんじゃないのか?
サラに俺の傍に居てもらうことが出来なかったんじゃないのか?
そんなことはもう嫌だった。
俺は変わりたかった。
ほんの少しだけでも、一歩だけでもいい。
ユウラはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「来たいのならば来ればいいわ。でも忠告はさせて。あなたはきっと後悔する」
「何でだ」
「いつだって現実というのはそういうものだから。百年前も、百年先も変わらない」
「それでも構わない。今を逃したら、多分……俺は変われない気がする。たとえ百年かかっても」
「……そう」
俺は彼女の視線に耐え続けた。
一時間にも思える三、四秒。
「なら行きましょう。だけど、少し寄り道をさせて頂戴。それが貴方には必要だから」
「構わない」
そう言ってユウラは部屋を去り、後には俺とサラの二人が残された。
俺はそこでようやく、サラがじっと俺のことを見つめていることに気がついた。
彼女は今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ディア……」
俺の心は再び揺れる。
ここにサラを一人残していってしまっていいのだろうか?
「ごめんね、サラ。ちょっと一人にさせちゃうかもしれないけど──」
「ねえ、どうして?」
「どうして、って?」
「変わりたいなんて……私は、ディアはディアのままでいいと思うのに」
サラの言葉は嘘ではないだろう。
俺までも泣きたくなってくる。
それでも、俺は決断したのだ。
俺はもう無力な自分を許せなかった。
今少し、彼女を悲しませてしまうかもしれない。
でもいつか、彼女を笑わせられるようになるために。
「もう、護られてばかりは嫌なんだ。護れるようになりたい。誰かを頼るばかりじゃなく、頼られるようになりたいんだ。だから……」
「そんなことない! 私も、フィリアも、みんなディアのこと──」
「行くの? 行かないの?」
俺が来ないので戻って来たのだろうか、ユウラの短い問いがサラの言葉を遮った。
「ああ、行く」
「急ぎなさい」
「大丈夫だよ、サラ。心配しないで。あとできればビュレットの奴に謝っといてくれないかな? 今日は行けない、ってさ」
何かを言わずにはいられなくて、彼女の両肩に掌を添えて俺はそう伝えた。
未だ目の端に雫をたたえていたが、サラは小さく頷いた。
「早く戻って来てね」
「分かった」
「それで、一緒に帰ろうね」
「ああ」
「ディア、約束して」
「……約束する」
俺は遂に、掌に爪を食いこませてサラを振り切り、ユウラに続いて部屋を出た。
「偉大なる神エンパルよ、どうか、彼の者を三つの垣根で護りたまえ。どうか、彼の者に……」
半身で閉じたドアの向こう側で、サラは両手を組んで祈っていた。


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