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* WONDER BLUE

日時: 2009/11/17 01:10 メンテ
名前: now

 時間が動き出す。
 約100年止まったままだった空間は破壊され、もろく崩れていく。
 今まで幾度となく外を拒絶していた場所に風が入り込み、森に命を吹き込んだ。
 森はざわめく。
 やがておとずれる悲劇を予感して。
 大地は震える。
 動き出す運命の流れを感じて。
 けれど、風は謳う。
 ふたつとない詩を。
 そして、時は祝福する。
 【新しい物語の始まり】を。
 
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* WONDER HUNTING 21 ( No.52 )
日時: 2010/10/23 23:52 メンテ
名前: now

WONDER HUNTING 21

BLACK LUCKW


 溜め息が聞こえた。
 ベッドの中でマリッジことマーさんは苦しそうに呻いた。
「敵である私を助けた理由はなんだ?」
 俺を睨む瞳があまりにも淀んでいて、かなり怖い。
 でも絶対安静もといベッドに縛りつけてあるのでマーさんは動けない。
「まずは弁償。壊した壁の修理代、オレの使ったお札代、マーさんの傷の治療費、ホーさんが滞在していた間の食費。イルナさんが割ったティーカップ、壊した病室、壁、その他諸々。魔法狩りの被害費用を払って欲しいのと」
 寝ていても見えるように請求書の明細ちらつかせる。
 もちろん金額は盛ってある。
「……はぁ、他人の食費と壁の修理代を請求されたのは初めてだ……」
「そりゃあね」
 オレだって初めてですよ。
「はぁ、欲しいのと、なんだ。おそらくそっちがメインだろう。早く言え」
 頭の回転が速くて助かる。
「マーさんと色々お話がしたい」
 今こっちに必要なのは情報だ。
 なぜこうなったんだろう。
 知りたいことはたっくさん。
「マーさん?……はぁ、内容によるが……。そんなことはさせてもらえないんだろう?」
 それよりもマーさんって言ったのが気になったみたいだ。
 人ってあだ名とかつけたほうが呼びやすくない?
 あと略してさんとかちゃん付けで呼びたくなる。
 例外はあるけどね。
 残念ながら、イルナさんは思いつかなかった。
 イルナさんだけはネーミングの神様が降りてこなかった。
「まぁね。一応、命の恩人だし」
 譲歩しすぎず、引き出せることろは全部引き出す。
「わかった。どうせ、こっちが条件を飲まなければホープ・ナウケでもなんでも連れてくるつもりだろう」
「うん、っていうかその辺の話は詳しく聞きたいな」
 どうやってここまで逃げてきたんだろう。
 あんな血だらけだったし、気になるよね?
「いいだろう。だが、仲間を売るようなことは殺されても言わん。それは、絶対だ。この条件だけはつけさせてもらおう」
「うん、いいよ」
 目をぱちくりさせて、マーさんはため息をついた。
「はぁ、ず、ずいぶんあっさりだな」
「そりゃあね。だって、これ以上マーさんの仲間を捕まえたいわけじゃないし。あ、でも被害費用は死んでも払ってもらうからね」
「死んだら払えないだろう」
「全身の臓器を」「それ以上は言わないでくれ」
 マーさんはものすごく深いため息をついた。
 知り合いに臓器マニアとかマッドな方向のドクターとかいるからその人たちにお願いすればあら不思議、体がなくなって代わりにお金の山が。
「……はぁ、いまいちお前の目的がわからないな。まあいい、金か。すまないが、王国から金は請求できない。蔵人さえいれば貯金で何とかなるんだが」
「……どんだけ貯金してるの?」
 自分で提示しておいてなんだけど、個人で支払える金額なのかなこれ。
 オレの年収ぐらいはある、かも、しれ、ない?
 泣いてもいいですか。
「この年で趣味も無ければ家族もいないからな」
「それはずいぶんと寂しいですね……。ま、その話はおいおい」
 オレは病院に電話した。

「遅いよ」
 電話してから10分もかけるなんて何様だ。
「いきなり呼び出しですかい、アキラ……」
 レンガは肩で息をしながら部屋に入ってきた。
 よっぽど急いできたのか、格好は患者服のまま。
 あれで大通りを走るなんて恥ずかしくて俺にはできない。
「あー、恥ずかしい」
「い、いったいなんだねい!」
「はぁ、まさか、呼んですぐに蔵人がくるとは……」
 マーさんはこの状況には困惑しているみたいだ。
「んでアキラ。オレはどうすりゃいいんだい」
「この人の荷物を出して欲しいんだ」
 オレはベッドの上で体を起こしたマーさんを示す。
 体の拘束は解いてあるのだ。
 もうこの人は逃げない。たぶん。
「蔵人、頼む。名はマリッジ・メイビー。品は金庫だ」
「了解。承りました」
 患者服のまま、レンガは詠唱を開始する。
 事務的で正確な詠唱。
「海千越えた物がある。
 山千越えた者がいる。
 我ら、二千を預かる蔵人なり」
 レンガが右腕を床に手を置く。
 そこを中心に魔法陣が展開し、床に赤い光が円形に浮かび上がる。
 蔵人にしか使えない、時空を操作する類の魔法。
「蔵人の名において命ずる。所有者【マリッジ・メイビー】、品は【金庫】。
 空千越えて彼の地まで届かん!」
 床に展開された魔方陣から、黒い物体が浮かび上がってきた。
 よく漫画とかに出てくるダイヤル式の四角くて黒い金庫。
「これに間違いないですかい?」
「ああ」
「それじゃあ引き出し料は、――いいですなんでもないですねい」
「い、いいのか? それではお前ら、蔵人の行動に反する」
 オレのまえで料金をとろうなんておこがましいにもほどがある。
 少し睨んだら、レンガは自ら辞退した。
 背後で扉が開く。
「アキラっ、血だらけのスペラボード綺麗になったわよっ! あれれっ、アキラなにやってるのっ?」
 イルナさんはとっても嬉しそうな顔だった。
 まぁなんということでしょう。
 あれだけ血におびえていたイルナさんは、血を洗い流す作業をすることにより、血を克服することに成功したのです。心も洗い流す、ステキな作業だったのでしょう。
 劇的! ブラッドアフター!
 
 冗談は置いといて、頼んだことを忠実にやってくれるのはこちらとしてもありがたい。
 なんか全身から褒めてオーラが出ていて、その姿が犬っぽい。
 笑うだけで一緒に小さな花が咲いてるみたいだ。
 フリスビーとか投げたら取ってくるかな?

 でも今からマーさんと話すことは、なにかとイルナさんには聞かれたくない。
 少し、1人で考えたいのだ。
 イルナさんと聞くと、いらない情報が入ってしまいそうで怖い。
 もちろんレンガは関係ないから聞く必要がない。

「うん、ちょっとね。ありがとうイルナさん。よくやったね。あ、レンガ、イルナさんと1階の掃除してきてくれないかな?」
「えへへ〜、ってええっ!? いやよっ! あたしこんな人よりアキラと一緒にいたいっ!」
「お嬢ちゃんあいかわらずひどいねい」
「ごめんね、イルナさん。オレはマーさんと大事な話があるんだ。これは今後に関わるから外すわけにはいかない。そうすると、1階の掃除をつかさどれる人がいなくなってしまう。でもこの店にはイルナさんがいる! 毎朝オレのいない間にお店の清潔を守り続けたイルナさんが! そう、みんなのアイドルイルナさんがいるんだ。イルナさんなら掃除だってなんだってピカピカさ! お願い、オレたちのお店の清潔を守って! イルナさんならできる!」
「うん、わかったっ!」
 そう、その笑顔がとても素敵だと思います。
 大変聞き分けよく、元気よく階段を下りていく音が響く。
 ああ、見れば見るほど犬っぽい。
 犬派・猫派と言われれば犬派なアキラさんですから、あういうのは嫌いじゃない。むしろ好きな部類。
 だってこっちが世話してあげた分だけこっちにも尽くしてくれるじゃないか。
 そういう関係でしょ? 犬と人間って。
「アキラ、今すごい酷いこと考えてる顔してるねい。で、なんでオレも掃除しないといけないんですかい?」
 聞き分けよくないのはいけないなあ。
 こういう犬(主に奴隷的な意味で)には躾が必要ですよね。
 オレは笑顔でこう言った。
「なんか言った?」
「なんでもないですねい」
 すたすたとレンガはいなくなった。
 うん、聞き分けがいいのはいいことだ。

「あの蔵人とお前の関係はなんなんだ」
「昔の知り合い、友人を経て、現在は奴隷」
「……哀しい経緯だな」
* WONDER Diary ( No.53 )
日時: 2010/10/26 21:04 メンテ
名前: now


WONDER Diary


 ――森にいた頃より遅く目が覚めた。
 ゆっくり目を開けて、あたしは寝返って、アキラを見ました。
「おはようっ!?」
 あれっ!? アキラが起きてるっ!
 いつもどれだけ揺さぶって声かけて叫んで殴っても起きないのに。
 それどころか、起きることを嫌がって反撃してきてあたしごとベッドに引きずり込むあのアキラがっ!
 ……あのねっ、でもねっ、別に、あのっ、嫌じゃないのよっ?
 一緒に寝てもっ、アキラっ、あったかいしっ!
 そんなあったかアキラはベッドの横の黒電話で電話をしてる。いつ見てもあったかそう。
 こっちに気づいたアキラは、口パクでおはようって言ってくれました。
 それが嬉しくて、つい口元がふわーってなったの。
「ん? ああ、こっちの話。それで、いつごろ来れそう? 今夜? うん、早いほうが助かるな。引継ぎはちゃんとやれるから、うん、ありがとう。昼頃ね。了解。それじゃあまた明日」
 受話器を置くと、チンッて軽い音。
「おはよう」
「おはようっ!」
 いつもより爽やかなアキラ。当あたし比50%増しよ?
 だって朝は寝起きが悪くて機嫌が悪くて声も低くて人相も悪くて指名手配犯っぽくて逮捕されそうで天上天下で悪逆無道で、いつもニコニコしてるのが不思議なぐらい。
 いつもアキラが起きるのは朝の8時。そこから1時間は寝起きタイム。
 この1時間だけは、身支度と朝食と新聞を読む以外、何もしようとしない。
 アキラより1時間早く起きるあたしは、その間お店の掃除をしたり、2人分の朝ごはんを作ったりしてるのよっ!
 朝ごはんはあたしの担当なんだからねっ! えっへん。
 だからあたしは、一時間も早く起きてるアキラにびっくり。
「きょ、今日はどうしたのっ!?」
 あたしは思わず聞いた。
 こんなことは森にいた時以来、1度もなかったから。
「ちょっとね。朝早くじゃないと連絡つかないからさ」
 そう笑って、アキラはまた受話器を手に持つ。
「まだ電話するのっ?」
「うん、あと2人」
 笑いながら、アキラはボタンを押す。
 なんだか楽しそうで、少し羨ましい。
 あたしはアキラ以外に友達がいないから、電話する相手なんていないし……。
 でも、昨日病院から帰るとき、初めて電話でアキラとお話したっ!
 途中からギャアギャア叫んでた人と代わっちゃったからお話できなかったんだけど。
「あ、もしもし、オレオレ。……ははっ詐欺じゃないって。練習忙しい? うん、この前話したこと考えてくれた? ああ、あのマネージャーがうるさいのか……。ああ、正式な依頼金額なら大丈夫ってこと? うん、心配ないって、今は結構あるよ。ホントだって。いやいや、四徹してピアノの練習なんてもうしたくないから。うん、よかったよかった。じゃぁ、明後日にお願いできるかな。うん、あ、準備はできてるんだ。そっか、あとはマネージャーの説得? よろしく。じゃあね」
 すごく楽しそうにアキラは喋る。
 うー。なんだか相手は女の人かもしれない。
 ……そういうのは、なんかイヤ……。
 理由はわからないけど、あたしは相手が女の人だと確信した。
 これはもしかして、かつて母さんが言ってた女の勘なのかもしれない! まさかこんな場所で母さんの言ってたことが理解できるなんて……。
 つい顔がこわばりそうだった。
「具合でも悪いの?」
「ううんっ」
あたしの顔を見て、アキラは不思議そうにしながら次の人に電話をかけた。
何度か見たことのある、とってもな笑顔で。
あたしはとっても冷静に、
「もしもし、オイコラ寝ぼけたフリしてんじゃねーよ。てめえの一族はみんな早起きだろうが。ああ、わかればいいよ――――」
耳をふさぎました。
世の中には聞かなくてもいいことがあるって、父さんが言ってたものっ!
しばらくして、アキラはいつもの笑顔に戻る。
でも、怖い笑顔じゃなくなっただけで、真剣な顔だった。
アキラの真剣な顔は、いつも力強さを感じる。
言葉に力があって、自然と納得してしまうような、強さ。
「イルナさん、大事な話」
でも少し悲しそうに感じた。
たぶん、あたしに気を使ってくれてるんだ。
これもたぶん、母さんの言ってた女の勘。
アキラはいつも優しいから、悲しいことは真面目に言うのかな。
あたしは起き上がって、アキラを見ました。
真剣な話をするのに、寝たままでいるなんて失礼だと思ったから。
「明後日、この街をでるよ」
いきなりだったので、とても驚いた。
予感はしてた。病院のネイルさんの部屋で待っているようにといわれた時からずっと。
正直、ずっとこのままここにいれればいいとすら思っていた。
そんなわけにもいかない。
それでも、心のどこかでずっと祈っていた。
あたしが行き先を覚えてなかったのは本当。悔しいけど、あたしは頭があまりよくない。でもそれはラッキーだと思うことにしていた。
覚えていなければ、あたし達はどこにもいかなくていいって。
行き先も、アキラの記憶も、何もなければいい。
どこにもいかなければいい。
お金もなくていい。
一緒にいられればいい。

それだけで、あたしは幸せだから。

「ど、どこへ行くのっ?」
あたしの心の揺れ動きなんて知らず、アキラは優しい声のまま。
「行き先は、剣の王国『カリヴァーン』」
あたしは、どうしよう。
気持ちは切りかえなきゃならない。
いつまでも、叶わない夢を見続けるわけにもいかない。
この場所に居続ける願いは叶わない。
なら、二人一緒に居続ける夢を見よう。
まだ、あたしの夢は終わらない。
――終わらない。


残された時間を、あたしはどうやってすごそう。
色々考えて、あたしはアキラと一緒にこの街の人たちにお礼を言ってまわった。
たくさんたくさん、ありがとうって言った。
ファルマーさん、おばあちゃん、オクトリウスさん、ホープさん、ネイルさん、シヨハンさん。
ありがとう。
毎朝毎晩掃除したお店を掃除するのも今日で最後。
いっぱいいっぱい掃除した。
たくさん壊しちゃった家具も、食器も、ありがとう。ごめんなさい。
アキラに怒られてるとき、励ましてくれたお客さんありがとう。
たくさんリンゴを持ってきてくれたおじさんありがとう。

昼からアキラは、他にもお店のことで忙しそうに駆け回ってて。
あたしは1人で、ここにいる間にたくさん増えた荷物をまとめて。

夜は悲しくなって、ベッドの中で泣きました。
あたしの夢が終わるからじゃなくて、きっとこの街が大好きだったんだなって事に気づいた。
あたしが初めて夢を叶えた場所は、こんなにも素敵な街でした。
「寝れないの?」
もう寝てると思ってたアキラが声をかけてくれて、横になりながら一晩中お話しました。
そろそろ眠くなった頃に、アキラはこういうことを言いました。
「大事なこと、忘れちゃダメだよ。イルナさんは、目的があってここにいるんでしょう?オレにも目的があってここにいる。そのことは、忘れちゃダメだよ」
それがあたしの魔王退治のことと、アキラの記憶のことを言ってるんだなって。
今まで考えないようにしていたことが溢れてくる。洪水のように。
いいことと、わるいことと、わからないことと。
あたしはとてもずるいことをしている。
本当なら全部話して、アキラにはいなくなってもらわなくちゃいけない。
それがアキラの望んだことだと、父さんが言ってたから。
「……うんっ。でもね、アキラ」
「うん?」
「あたし楽しかったっ!」
「うん、それはよかった」
いつもの優しいアキラ。
暗くて顔は見えないけど、きっと笑ってくれている。
そのことが嬉しくて、でもまた胸を苦しくして、涙が出てくる。
あたしはやっぱり、本当のことを言うべきなのに。
言わなくちゃ、
「あのね、」
言わなくちゃ、
「アキラ、」
言わなくちゃ、
「アキラ、」
言わなくちゃ、
「本当はね、」
言わなくちゃ――




「……寝ちゃったか。おやすみなさい、イルナさん。
オレも、この街の生活は楽しかったよ」


* WONDER Applet ( No.54 )
日時: 2010/10/28 01:51 メンテ
名前: now


WONDER Applet

「社長! バリ見送らなくていいんですか?」
「社長言うな。なに? 普段は仕事しろってうるさいくせに今日に限って」
「社長こそ。どうして今日に限ってバリ仕事してるんですか」
「社長言うな。あら、ムラマサから品評会の鑑定依頼がきてるわね……」
「バリ素直じゃないし。イルナちゃんのことバリ気に入ってたのに」
「そりゃ、あの子はこの町のリンゴをおいしいって言ってくれたしね」
「バリ行けばいいじゃないですか」
「いいの? 私が行くとイルナちゃんのお兄さん、ズタズタにするけど」
「バリしちゃだめです! そんな理由で見送りに行かない人は社長ぐらいですよ」
「社長言うな。あんただったらどうする?」
「アキラ、バリ縛り上げます」
「じゃぁ私たちは行かないほうがいいわね」
「はっ!? 社長にバリ乗せられたし!?」
「社長言うな。あー、さすがムラマサ、報酬がいいわね」
「ウチのギルド、バリ資金不足ですからね。仕事しない社長のせいですよ」
「社長言うな。あーあ、こりゃちょっと出稼ぎに行かないとダメかもしれないわ」



「ぶえっくし!」
 突然大きなくしゃみが出た。
 すでに馬車に乗って待機してるイルナさんにも聞こえるぐらい大きなヤツ。
 なんでだろう、刃物で切り裂かれたり縄で縛り上げられそうな悪寒がする。
「風邪ですか?」
 目の前のお爺さんが心配そうに俺を見た。
「なんですかね……。それじゃファーさん、お世話になりました」
「ええ、こちらこそ。お店の引継ぎまでしていただいて、助かりました」
 笑顔のまま頭を下げるファーさん。
「いえいえ、ちょうど仕事を探してる知り合いがいたもんですから」
 こちらも負けじと頭を下げる。
「アキラっ! 馬車の人がそろそろ出なきゃだってっ!」
 馬車の荷台からイルナさんが顔を覗かせる。
「では、これで」
 これ以上またせすぎるのも悪いな。
「ええ。あと、」
 馬車に乗ろうとしたオレに、ファーさんが顔を寄せて耳打ちする。
「オクトリウスのやつがね。アキラさんにお礼を言っておいてくれと私にお願いしてきましてね」
「え?」
 ファーさんはニヤニヤしたまま。
 オクトさんにお礼を言われるようなことしただろうか。せいぜいアップルパイを大量購入してもらったぐらいだ。
「あの店は、彼の子供時代の遊び場ですから。半端な人には、あの場所を任せたくなかったのですよ。特に、ピアノはお気に入りでした。イルナさんに突っかかっていたのも、納得いかなかったのでしょう」
 困ったもんですよ。なんて呟き、ふふっとファーさんは笑う。
「そうなんですか」
「上手なピアノを弾いてくれてありがとう、と」
 リサイタルの時、オクトさんの様子がおかしかったのはそういうことだったのか。妙になれなれしかったし、お金も大量においていってくれた。
 まさかお礼を言われるとは思わなかった。
「お金払えば弾きに来ますよって言っておいてください」
「ふふ、旅の無事をお祈りしています」
 もう一度ファーさんに頭を下げ、オレは馬車の荷台に乗り込んだ。
 荷台はテントが張ってあって、野宿もこれなら安心できる。
 中にイルナさんと大量の荷物とレンガ。
「アキラ、オレの優先順位低くないかい」
 この馬車は全部レンガが手配したため、全部レンガの自腹だ。
「おまたせ。じゃぁ、行こうか」
「ま、待って欲シいのデス!」
 馬車の騎手に出発を言い渡そうとしたとき、声がした。
 なにやら、白くて怪しくてグラサンな人が駆けてくる。
「ね、寝坊シて手配シた馬車が行ってシまったのデス。どうか、一緒に連れて行って欲シいのデス!」
 読みにくい、いや、聞き取りずらい。
 あのお医者さんが大きな荷物を抱えて肩で息をしていた。
 イルナさんとは知り合いだし、この街ではお世話になったから、別にかまわない。
 なにせお金もかからない。
「いいよ。料金はレンガ払いで」
「またオレが払うんだねい」
 大事なことと言えば、しばらくの間レンガが一緒に同行する事になった。
 借金のカタに搾れるだけお金は搾るし、道具も出し入れし放題。便利なレンガである。

「お医者さんはどこに行くのっ?」
「剣の王国の病院へ行ク予定なのデス」
「じゃぁ、ちょうどいいわよねっ!」
「そうだね」
 グラサンドクターが乗り込むや否や、すぐにイルナさんと話し始めた。
 2人はオレの知らない間に、かなり仲良くなっていたみたいだ。
 お店にはちょくちょく来てたけど、イルナさんが1人の時に会うことが多かったらしい。
 人見知りが直っていくのはいいことだ。
 オレが殴られなくて済む。

 荷台は賑やかになって、馬車は走り出す。
「お医者さんのバッグはいつも何が入ってるのっ?」
「これは企業秘密なのデス」
「なんで医者なのにそんな怪しい格好なんだねい?」
「白衣は怪シくないデスよ」
「サングラスも怪しいねい」
「目つきが悪いので、サングラスで目を隠さないと子供が泣き出すのデス」
「小児科だったら致命的だねい」
「どんな目なのっ!?」
「それも企業秘密デス。イルナちゃんが見たらきっと泣き出シてシまいます」
「こ、子ども扱いしないでっ! でも見せないでっ! べ、別に怖いわけじゃないわよっ!」
「思いっきり怖がってるねい」
「ち、違うのよーっ!」
「お、お嬢ちゃん! はやまっちゃいけなべらッ!」
 レンガは死に(気絶)、何事もなかったようにのほほんと2人は会話を続く。
「いやはや、本当に助かりまシた。やはり馬車は安価で早くていいデスね」
「……あのお馬さん、ちゃんと逃げられたのかしら……」



 この街で作った思い出と一緒に、また新しい物語が動き出す。
 イルナさんが名残惜しそうに、荷台からアップレットを眺めている。
 そんな顔を見ていたら、オレの記憶は戻るんだろうかなんて。いまさらそんなことが頭をよぎる。
 ぜったい、取り戻したい。そこはゆずれない。
 今は、記憶を取り戻す過程での、ちょっとした寄り道。
「ぜったい、あきらめないからね」
「えっ? なにがっ?」
「なんでもなーい」
 記憶が戻ったら、イルナさんと行動する理由もなくなる。
 それ以上は、オレになんら利益はないはずだから。
 オレの立ち位置は、イルナさんと他人になってしまう。
 オレはオレのやるべきことをやって、イルナさんはイルナさんのやるべきことをやって。
 また、別々の道を歩いていくのだ。

 ――でも、もう少しだけ、寄り道するのもいいかもしれない。
 だってこの生活が、こんなにも笑顔溢れるものだから。
 そんなことを思って、オレはイルナさんの、少し悲しそうな横顔を眺めていた。




「はじめまして。今日からこの店を任されたコックのシオウ・オケイだ」
「こちらこそ。はじめましてシオウさん。ピアニストのグラディアリです」
 2人はお互いに手をさしだして握手した。
 手を命とする職業同士、たがいに手を触った瞬間、様々なことを感じた。
 それは手の温かさや柔らかさや傷の跡ではなく、相手がどういう人生をこの手で過ごしてきたかというもの。
「アキラから話は聞いてる。しばらくこの店でディナーショーをやってくれるんだって?」
 料理人用の白衣を着た男。
 見た目はやや細身。だが、まくった袖から覗くひきしまった腕は機能美を備えている。
「ええ、そうなんです」
 対して柔らかく微笑むのは小柄な女性。
 ひとつひとつの動作に感じる気品。
 誰に見せても恥ずかしくない振る舞い。育ちのよさがうかがえる。
「いきなり金の話で悪いんだが、アキラからギャラは貰ってるか? アイツ金にうるさいくせに、アンタへのギャラの指示を出さなかったんだ。そんなこと忘れるやつじゃないだろ?」
 困ったもんだ、と苦笑したシオウに釣られてグラディアリも口に手を当てて微笑んだ。
「ええ、そうですね。私も、まだお金のほうは貰ってません」
「困った。店の運転資金は余分なぐらい置いてってくれたんだがな。今の自分にアンタへのギャラは払えない」
 彼女の通常のギャラがいくら位か、彼なりに調べた結果、とてもじゃないが払えないことが判明した。
 それほど、人気のピアニストなのだ。
「でも安心してください。もう、貰ってるようなものです」
 そう笑いながらグラディアリはピアノのほうへ進んでいく。
 その後ろをシオウがついて行く。
 グラディアリがピアノの鍵盤を開けた。
「クスクス、ほら、ここに」
 白鍵の上に、タバコの箱よりも分厚い封筒が置いてあった。
 驚くシオウに、グラディアリは微笑む。
「昔もこんなことがあったんですよ」
「新手のへそくりだな」
「私は好きですよ、こういうの。では改めて、一ヶ月間、このお店のディナーショーでピアノを弾かせていただきます。よろしく」
「ああ、よろしく。今ちょうどアップルパイを焼いてるんだ。食べてくか?」
「ええ、ぜひ」
「料理じゃアキラに負けるつもりはないぜ」
「クスクス、それは楽しみです」
 これは、朝のカフェの出来事。


 縁と縁が繋がって生まれる新しい縁。
 彼がつなぐ新しい縁がまた新しい何かを生み出す。
 ぞして縁は深まり絆と呼ばれる。
 アキラが失った記憶の中に断たれた絆はいくつあるだろう。
 彼が取り戻したいのは記憶だけじゃなく絆。
 その願いがかなうかどうかは、彼と――次第。

 ――彼と、――彼女次第。


 From Applet
 【END】
* WONDER SOWRD ( No.55 )
日時: 2011/07/11(月) 23:19:16 メンテ
名前: now




 ジューッ
 跳ねる油に注意しながら空を見て、ついでにコテを持った手で右耳のピアスをいじった。ひんやり。
 晴天って字はうまく出来てる。ひっくり返しても”あっぱれ”だなんて、よほど縁起のいい言葉だ。
 本日晴天ナリ。2階建て3階建て木造の民家で切り取られた空は青く、それはイルナさんの髪の色にも負けないほど透き通った青をしていて、雲がいい感じにぽつんぽつんと浮かんでいた。気温も熱すぎず寒すぎずの丁度いい小春日和。
 なんだけど、額から流れる汗を拭わずにはいられなかった。鉄板の熱が、顔面を焦がさんかぎりの勢いでもうもうと熱気を発し続ける。ふと顔を上げると、目の前ではお客さんが今か今かと鉄板を覗き込んでいた。
「はいはい、もうちょっとで焼けるから待っててねー」
 生地は狐色の手前。元値120イウルがもうすぐで500イウルに化ける。口元のにやけが治まる気配を見せない。そこはすかさずお客様への笑顔って事でカバー。
 ニッコリと、空腹すら気持ちのよいお昼。住民の憩の場として使われる公園の中心に設置した鉄板屋台。昔から使ってる縁日用の屋台。店の垂れ幕には大きな文字で「お好み焼き」。仕入れ値は安く売り上げは高く。
 お客様の相手をしながら新しい生地を鉄板に流し込む。油の跳ねる音が青空に響いた。それに加え、物珍しさで集まった人々の声と包丁の音。
 オレの隣ではイルナさんがキャベツと格闘中。ザクザクと千切りになる緑色のアイツ。イルナさんは慣れた手付きで手際よく食材を切ってくれる。最初の心配はどこへやらだ。さっき料理の手際を褒めたら殴られた。
『イルナさんって料理できるんだね』
『あっ、あたしだって料理するのよっ!!』
 屋台の中は食材のダンボールやら調理用の机でごった返していて、狭いスペースで格闘するイルナさん。料理に髪の毛が混ざらないようイルナさんは髪をゴムで結んでいる。いつもと違う雰囲気と、一生懸命に包丁を扱うひたむきな姿。その姿が、不覚にもいいなあとか思ってしまうオレ。
 お客様とやり取りしながらチラチラと見ていたら、今度はイルナさんが顔を上げる。
「あ、アキラっ? なんでお客さんからお金を貰うたびに照れてるのっ?」
「だってお金大好きなんだもん」
 一人前500イウルの愛。お客さんからの愛で、オレの胸はいっぱいです。イルナさんがやや呆然とした顔でオレを見た。
 いや、しかし、本当に髪結ぶだけで雰囲気ってのは変わるもんだな。いつもより大人っぽく見えるのに、エプロンのリンゴの刺繍もこどもっぽくて愛らしい。
 ……なんか見たことある。
「かわいいよね」
「えっ?」
「イルナさんが」
「えっ、えっ?」
「保母さんとか幼稚園の先生っぽい」
「そ、そうっ?」
 包丁を扱う手を止めて、顔を赤らめるイルナさん。
「じゃっ、じゃぁあたしそういうお仕事もやって「でもそういう職業って給料の割には待遇悪いし雑用多いし子供の親との関係もよくしないといけないからすごく割に合わないよ。イルナさんも大きくなってからそんな職業についちゃダメだよ。絶対損するから」
「ひっ、人がその気になったのに悲しくなるようなこと言わないでっ!!」
「げべらっ!」
 その後、殴られたせいで鉄板に顔押し付けられて火傷したのでしばらく手当てとかなんかして、左頬に四角くいガーゼを貼って営業再会。お昼時と物珍しさが功を奏してお客様は次々とやってくる。どんどん焼いてどんどん売るんだ!なんてステキな労働日和。宿代やらなんやらとにかく稼ぎまくるのだ!あ、あと顔面火傷の治療費も。

 その幸せな労働時間も、長くは続かなかった。
「コラー! 誰に許可とって商売してやがるです!」
 咆哮の主は、鮮やかな金髪の女性。品の無い言葉もねじ伏せてしまうような、芯の通ったとても通る声だ。
 二の腕の半分あたりまでの白いシャツ。鉄の胸当て。左胸にある心臓だけを守った胸当てには、この国の紋章が彫られている。聖剣『カリヴァーン』をモチーフにしたこの国の紋章。彼女がはいている布のスカートは、布の上に鉄のプレートを幾重にも重ねて広範囲を防いだもの。見た目軽そうな鉄の篭手は肘まであり、同じ素材であろう脚絆は膝まで。篭手の甲の部分には、吼えるライオンの紋章。腰に剣をくくりつけている。右に1本。左には、なんだか樽のようなもの。重いのをよしとしないのだろう。たぶん装備はどれも軽量化されたもので、普通の鎧より露出が多く、服の隙間から見える肌は白い。けれど、傷がある。それも1つでなくたくさん。新しいものではなく古いものばかり。だけどそれを差し引いても有り余るほど彼女は綺麗なので、眼福眼福。手を叩いて拝みたいくらいだ。
 ただし、1つ残念なことがある。
 広場の入り口でオレたちを睨んでいる彼女は、この国の兵士だってこと。

 無許可がばれた!

「イルナさん! 逃げるよ!」
「えっ!? ええっ!?」
 地面に置いた刀と金庫を拾い、イルナさんの手を引いて屋台を脱出する。その際にダンボールがいくつか崩れ、お客様が悲鳴を上げる。役所に営業許可とか届けてないから捕まったら大変だ。
「な、なんで逃げるのっ!? レンさんお使いに行ったままよっ!?」
「罰金怖い! アイツどうだっていい!」
「このゲス野郎、無許可だってことをサクッと暴露しやがったです!」
 女の人が走り出す。瞬間、人は驚くぐらい素早く女の人に道をあけつつ広場から姿を消していった。……避難に慣れてるとしか思えない。あれだけ人がいた広場は、何人かの野次馬がいる程度だ。
「ふっふっふっ。この私が来たからにはもう逃がしてやらねーです」
 眼をギラつかせる女の人は、なんだかライオンっぽい。あきらかに捕食者側の人間だ。百獣の王然とした、威風堂々の雰囲気を思わせる。
 捕まったら、確実にただじゃすまない。力強くダッシュ。イルナさんの小さな手を強く握る。
 最近知った。イルナさんは足が速い。前にそれを指摘して殴られた。
 頭の中で逃走経路をシュミレート。来る前に下見したいくつもの路地裏から、最短で宿屋へ帰れる道を選択。相手が見失ってしまえば、潜伏なんてお手の物。残った屋台の回収はレンガにやらせればいい。
「逃がすわけねーです」
 背後でなにやら猛烈な殺意。
「ごめん!」
「きゃっ!」
 嫌な予感がして、イルナさんと金庫を横に突き飛ばした。
「コロッセオ!」
 瞬間、頭上から落ちてきた剣。落ちてきた剣は全部で12本。オレと女の人を囲むように地面に刺さる。剣どうしを結べば、正12角形になるような形。
 と思ってたら、剣と剣の間に光の線が現れ、本当に正十二角形が完成した。目測、中心から半径6メートル。直径12メートルのかなり広い円だ。
 それを見て野次馬達が騒ぎ出す。
「出たー! アリス姐さんのコロッセオ! 地面に刺さった剣の柄に仕込まれた魔術は互いに共鳴して結びつき、あの光る線に触れれば電撃で昇天。相手を逃がさない死のリングになる!」
「姐さんを倒すか倒されるかしねーと、コロッセオは消えない。けど、コロッセオ自体に相手を束縛する力はない。つまり、コロッセオをジャンプするなりして乗り越えれば簡単に逃げられるんだ」
「もちろん、あの剣を超えて逃げようとすれば、その隙に姐さんの鋭い一撃で一発アウト! 今まで何人も敵前逃亡して姐さんの餌食になってるって代物だ!」
「姐さんやっちまえー!」
 喜々と騒ぐ野次馬を横目に、オレは現状を理解した。広場に残ってた野次馬はこれが見たかったのか。あのアリスって人も有名らしいし、なんだか強そうだ。
 幸い、イルナさんと金庫は突き飛ばしたときにコロッセオの外にいる。金庫だけは大事にしろとイルナさんに言い含めてあるので、彼女は大事そうに金庫を抱えてる。
 視線を戻すと、正眼で構えるアリス。なにやら、このコロッセオ全体が彼女の間合いにいるみたいだ。プレッシャーが並大抵じゃない。
 ヘンな汗かいてきた。油分たっぷりのいやな汗。えーっと落ち着こう、とりあえずこの人のあだ名はアリスだからスーちゃんで。ほら、あだ名つけると怖い人もかわいく思えるから不・思・議☆
「ほう、刀ですか。あなたも心得があるなら、正々堂々としたらどうです」
 オレは迅速にこの場から逃げ出したかった。
「もし逃げたらどうする?」
「斬るです」
 やっぱり怖いよこの人。
「じゃぁ正々堂々としたら?」
「斬るです」
「降参したら?」
「斬るです」
「斬るしか選択肢ないの!?」
「斬るです」
 会話が成立しない!
 もしかして、斬るです、じゃなくて KILL DEATHって言ってるのかな? それなら納得だ。最初から殺す気しかないんだから。どの道殺されるね、オレ。
 でも、それは非常に困る。
 命が無ければ意味は無いんだ。お金だって旅だって目的だって。
 右手で触れた刀は熱い。スーちゃんがツバを飲み込みながらオレが抜くのを待っている。
 わざとゆっくり刀身を抜く。鞘と刀のすれる音。それをあえて見ているのは武器を構えるまでは攻撃しない意思表示なのか。それがスーちゃんの自信を感じさせて、オレの緊張をあおる。
 さすが、正々堂々。
 思わずつばを飲み込んだ。
 2人の距離は2メートルあり、彼女が定義した闘技場の外周までは、たぶん5メートル。
 刀を抜いて、切っ先をスーちゃんの少し上へ真っ直ぐと指す。
 スーちゃんの目の色が変る。
 獰猛な、獲物を前にしたときの獣の眼。ツワモノの誰もが持つ、瞳の奥に潜む狂気。心に宿した狂気を飼いならした者が、真の強者。目の前の彼女は、どっちだろう。
 狂気で圧迫される大気。その大気を押し返すように、オレはお腹に力を入れた。

「あ! 東の空から巨大なぬいぐるみが降ってきた!」

 指はスーちゃんの遙か彼方後方をさす。
「な、なんですッ!?」
 釣られて後ろを振り向いたスーちゃんはバカだ!
 しかもあっちは西。
 刹那、オレは振り返り鍛え抜かれた逃げ足で地面を蹴った。(盗賊から)逃げて(自警団から)逃げて(クリーチャーから)逃げまくったオレの足に不可能はない!
 目標まであと4メートル。スーちゃんがよそ見した隙に稼いだ貴重な1メートル。
 2人の距離は3メートル。背後から聞こえる罵声。
「騙しやがったです!?」 
「騙されるほうが悪い!」
 あと方位をわかってないのも悪いと思う。
 そんな思いを心の内に秘めて、振り返りもせず一心不乱に駆ける。不可能を可能とした極貧の両足は、目標までの4メートルを詰めた。
 コロッセオを形成している剣の1本に左手が触れる。電撃を食らうのは線に触れた場合のみのようだ。
 闘技場という名の剣を乗り越えるため、勢いそのまま小さくジャンプ、
 しようとしたまさにその時、
「逃がしてやらねーって言ったです」
 背筋が凍った。
 大気という逃げ場のない檻。
 たった一瞬。
 たった一瞬、ジャンプのため足に力を入れた一瞬の硬直で、スーちゃんは2人の距離をほぼゼロにした。
 魔法でも魔術でも魔導でもなく、ただ己の力のみで。
 ウソだろ。なんて疾さだ。
 空中でどこにも逃げられないオレに剣が迫る。
 ここで、オレはようやく理解した。ああ、野次馬どもが言ってたのはこういうことなのか。

 生と死の距離は常にイチ。
 彼女の足が縮地の如く、2人の距離をゼロにするというのなら、
 彼女の剣が雷(イカズチ)の如く、2つの距離をゼロにするというのなら、
 オレは自分に迫る死との距離をイチにしてみせよう。

 軌跡は刹那。
 残響する金属音。
 零が壱になった瞬間。
 2人を隔てたのは、闘技場を模した剣。
 2つを隔てたのは、一振りの鋼。
 着地と同時に振った鋼を鞘に納める。
 オレは唖然とするスーちゃんを置いて、呆然とするイルナさんの手を引いて、騒然とする広場を後にした。

* WONDER SOWRD ( No.56 )
日時: 2011/07/13(水) 00:18:55 メンテ
名前: now


 【剣の王国カリヴァーン 首都アヴァロン 第7地区 宿屋ガータ】
 天井に吊るしたランプの火が、ゆらゆらと揺れながら狭い部屋を照らす。壁の板の節目が影のように伸びる。窓の外は暗く、部屋の隅には小さな闇がこっそりとはびこっている。
 そんな部屋に無事3人が集合できたにもかかわらず、レンガは不満げだった。
「アキラ、なにも言わずに置いてくなんてひどいんじゃないかい」
 抗議の声を上げるも、そんな事は百も承知。
「何も言えなかったんだもん。しょうがないじゃんよ。それよりも屋台は回収できた?」
「遠隔収納したのなんて久しぶりだねい」
 肩をすくめながらレンガは答える。
「屋台が無くなってたら殺すからね、――イルナさんが」
「あ、あたしがっ!?」
 オレとイルナさん、ついでにレンガは、アップレットから馬車で6日かけてこの国にやってきた。
 6大国のトップスリー、剣の王国『カリヴァーン』。
 人口は大陸一。王政で成り立つこの国は、鉄が主な収入源。様々な形に加工され、国内外問わずに使用される。建築材、精密部品、家具、武器、防具、装飾品など。どの国も鉄が欲しいので、表面上はカリヴァーンと友好的な関係を作らざるを得ない。まぁ、2国例外があるけれども。
 カリヴァーンが誇るものの1つに、屈強な軍事力がある。
 アウストロジカルという13部隊からなる軍隊が配備されており、1部隊100人前後という大所帯ながら、加入条件が非常に厳しいことで有名で、実力はもちろん人格も問われる。それゆえに、国民の憧れの的。国民のほとんどが13人いる隊長の名前を把握しているらしく、知名度が高いらしい。
 兵役の義務がないにもかかわらず、毎年数多くの志願者が後を絶たないことからも、国民の支持の高さがうかがえる。アウストロジカルに入れずとも国の軍隊に身を置き、アスストロジカル入りを虎視眈々と狙う人物も少なくない。
 自国で作った質のいい武器と質のいい兵士。こと軍隊に関して、この国の右に出る国はない。それがカリヴァーンの6大国たる理由。
 ちなみに、この国は全部で13地区に分けられてる。
 四角い国に縦線を2本横線を3本引いて分け、左上から
 1  2  3
 4  5  6
 7  8  9
10 11 12
 という感じの地区分け。13番目の地区は王宮とか政治の中心で、5地区と8地区をまたいだ場所にある。
 今オレたちがいるのは7地区の最西端。このへんが一番宿代が安い。(※アキラリサーチ)
 この国を囲んだ高い城壁が夕日を遮っちゃうから、夕方から光が当たらなくなってしまうからだろう。朝日はとても綺麗らしいんだけれども。
 「人口は」、から始まったレンガの説明をイルナさんとオレはずっと聞いていたけれど、イルナさんはここの宿屋が安いということしか理解していなかった。レンガは自分の説明力が不足してるのではないかと首をかしげていたけど、オレは優しく彼の肩を叩いてあげた。その時のレンガの眼がとても悲しそうだったのを覚えている。
「あのスーちゃ、いや、アリスって人が誰だかわかった?」
 オレがアリスの名を出した途端に、レンガは疲れた溜息を吐く。レンガには、お使いと一緒にこの国のことを多少調べまわってもらってたのだ。
「それがとんでもない人物でねい。この国のアストロジカル『レオ』の隊長らしいねい」
「また厄介な人に見つかったなあ」
 国王→側近・政治官→守護隊総長に次ぐ、この国で四番目ぐらいに偉い地位の人らしい。そんな会話をしてる横で、イルナさんは不思議な顔をしている。
「あの人がアリスっ?」
 首を左に45度。小首のかしげかたが小動物っぽい。ランプに照らされた青い髪がさらりと揺れる。
「そうみたいだけど?」
「ぜ、全然イメージと違うっ!」
 なにやら難しい顔をした直後、露骨にがっかりしてみせた。そんなイルナさんに、今度はオレとレンガが首をかしげる番だった。
 アリスのイメージ?
 ライオンみたいな捕食者のイメージだけどね。あの金髪がどうも、たてがみに見えて仕方が無い。次あったら喰われそうだ。ホーさんとは違う意味で殺られそう。
「スー、じゃなくてアリスに会ったことあるの?」
 怖ければ怖いほど、あだ名で呼ぶ癖が抜けない。
「な、ないけどっ。そのっ……」
 なんだか言いずらそうに顔を背けてしまったのでそうそうに話を区切る。
「とりあえず今後の方針だけど、目立たないように生活費だけを稼ぎながら、しばらくこの国に滞在しようと思ってるんだ」
 そう言って、イルナさんとレンガの3人で向かい合って喋る。部屋が狭いから、ベッド以外家具がなく、部屋の中で立ったまま話している。レンガがいるせいで、心なしか部屋の空気も熱い気がする。
 こんなにも邪魔なレンガが同行している理由は2つ。
 それは実に単純明快で不愉快な理由。
 【借金】
 アップレットにて、レンガは驚愕の暫定5000万イウルという借金を叩き出した。
 他人の銃を、それも勝手に中の魔弾も撃ちつくした結果だ。その魔弾を作った人はもう既にこの世を他界しており、新しい魔弾の入手は不可能。本当なら、希少価値で値段が付けられない代物で、しかも蔵人と交わした契約にレンガが違反したため、慰謝料も請求できる。その契約内容の一部は、
 『蔵利用者が指定した利用期間の使用料を払わなかった場合、保管されている品物の所有は、契約した蔵人のものとなる。ただし、一ヶ月以内に滞納した使用料を払えば所有権は使用者に返却される』
 『蔵人は、契約を正常に履行している使用者の品物を持ち主の許可無く使用してはならない』
 簡単に言ってしまえば、蔵の使用料を払わなければ預けた品物は蔵人のものになる。預けている品物は、蔵人が勝手に出し入れして使ってはならない。
 レンガは、オレが料金の滞納をしてると思い込んで(事実滞納してたけど、レンガが勝手に銃を使った一週間前にはお店の売上で使用料を払っていて、その事実を入院してたレンガは知らなかった)勝手に品物を使い契約違反。
 というわけで、レンガがいると"とても便利"なのでしばらく一緒にいてもらうことにした。
 まだレンガに魔王のことは話さないけど、時機を見て話すつもりでいる。レンガは"必ず"魔王のことに役立つ。ただ、大事なのはタイミング。信用できるタイミングを計ってる。1人で先走らないタイミングを……。
「シーマでの損害が響いてる。アップレットで稼いだ分も、ほとんど引継ぎで使っちゃったからそんなに余裕はないんだ」
 マーさんからぼったくったお金も、病院とお店の修理費に充てたため、少なくなってしまった。
「酒の街での1件はホントにひどかったねい」
 レンガがしみじみ言うも、私の心は雨模様。
「あの無駄野郎次会ったら本当に臓器売り飛ばしてやる。ジャックに売ってやる」
 心の中で滂沱の雨が吹き荒れる。
 途中立ち寄ったシーマという街で、あることを思いついた。多少残ったマーさんからぼったくったお金で、お酒を買って転売しようと思ったのだ。それをこの国で売り払えば、お酒はそれなりの生活費に化け、逃走生活もずいぶん楽になるだろうと思ったのだ。交渉に交渉を重ね、そしておばあさんの良心により高級地酒大瓶を15ダース仕入れることに成功。
 ただし、ある誤算が発生した。
 たちの悪い酔っ払いに絡まれた。
 荷台にお酒を積んだ馬車をひっくり返された。
 高級地酒大瓶を15ダースダメにされた。
 オレはキレた。
「でもっ、そのあとっ、あの人っ、いろんな人に殴られてたわよっ?」
 暴れだした酔っ払いを街中の人が総出で抑えにかかり、最後はイルナさんがとどめを刺した。美しい右ストレートだったと言っておかねばならない。
「殴ってお金が返ってくるなら苦労しないよね」
 オレは何もすることが無く、ただその光景を見ていた。
「やっ、やめてっ! そんな顔で笑わないでっ!」
「あんだけ高額な地酒は弁償できないって土下座されたからねい。街中の人が総出で」
 思い出せば出すほど、胃の中の液体が喉元までせり上がってくるほどにイライラする。ああ、ちょっとトイレ行って戻してこようかってほど。計画が全てダメにされた挙句お金も戻ってこない。ああ、神様は信じないけど神様を殺してやりたいほど憎い。
「闇医者呼んで脅して借用書に捺印押させた上に『末代まで呪ってやる』って胸倉掴みながら言い放って街を去った人初めて見たねい」
「いやっ! 思い出させないでっ! あんな顔で、怒りが一周して逆に笑ってるアキラは見たくないのっ!」
 まだまだ盛り上がる思い出トーク。実被害はすべてオレなので、全然面白くない。
「ほとぼりが冷めるまで、ギルドは使いたくない。使うとしても、地味なヤツを偽名で受けるぐらいかな」 
 ホーさんの話だと、どうやら6大国のトップスリー、ウイズキングダム・カリヴァーン・ドペスターにはオレとイルナさんの情報が出回ってるらしいので、うかつなことはできない。
 ウイズキングダムに捕まればなにをされるかわからないし、カリヴァーンとドペスターに所在がばれれば政治の交渉材料にされかねない。
 最悪、にっちもさっちもいかなくなった場合にだけ、ギルドを使えばいい。身分確認がほとんどないから偽名で受ければ大丈夫だとは思うんだけど……。
「なんでそんなことするんだい?」
 不審そうな顔をするレンガは、魔法狩りがオレたちを対象に行なわれたことを知らない。たちの悪い金融に借金してるってことにしてある。
「ちょっと問題起こしちゃってね。ブラックリストなんだよ」
 魔法狩りの対象者のことも、通称ブラックリストと呼ばれているのでウソはついてない。
「あいかわらず色々やってるねい……」
 呆れ顔のレンガはまぁほっといて、頭を抱えて何かを忘れようとしてるイルナさんの頭をぽんぽんと叩いた。
「明日はイルナさんと朝一で調べモノあるから、レンガは自由行動してて」
「わかったねい」
「調べ物っ?」
「明日話すよ。それじゃ、おやすみ」
 疑問符を残したままのイルナさんをベットへ誘導し、ランプの火を消す。オレとレンガは床で横になった。
 意外と月明かりが差し込んできて、部屋は明るかった。狭い部屋だけど、男が2人横になれるぐらいのスペースはあるし、床は硬いけど、コートを枕にすれば寝れる。毛布も2人分借りれたし、今夜は寒くないから風邪はひかなさそうだ。明日は早起きか、嫌だな。
 そんな思いをめぐらせて、眼を閉じた。
「ふっ、2人とも床で寝るのっ!?」
 声がするので下からベットの方を向く。
 上から覗き込むような姿勢でイルナさんがオレたちを見ていた。薄暗い中でも、イルナさんの青い髪は驚くほど綺麗だった。
「だってベッド1つしかないし」
「女の子を床で寝かせるわけにもいかないしねい」
 この辺はレンガも同じ考えだったらしい。話し合いもせずにベット争奪戦になることはなかった。ホーさん相手ならば話し合いなどさせてもらえず武力行使で一方的に蹂躙されてたであろう悲しき戦争だ。
 この狭い部屋はシングル。部屋にベッドは1つしかない。ソファとかもない。窓とユニットバスがあるだけでも奇跡。宿の人に頼んで、1人部屋を3人で使わせてもらってるのだ。哀れんだ眼で見られたけど慣れてるし、毛布を貸してくれたのでとても満足している。
「アキラ、こういうところケチだねい」
「黙って寝ないと首が絞まるよ」
「お願いだから枕にしたコートから縄出さないでくれい。どこにそんなもの入る余裕があるんだねい」
 それでも納得しないのか、ベッドの端に座りなおしたイルナさんがおろおろしている。
 ベッドからたれた足がせわしなくゆらゆらと揺れる。ああ、そんなに大きく動くとスカートの中が見えちゃう。
 なるべく見てはならんと視界を上の方へ意識すると、イルナさんの顔がまっかなのに気づいた。月明かりは、イルナさんの顔をも照らすのだ。まるで見ろといわんばかりに。月明かりで青白く光るイルナさんの顔は、彫刻で作り上げた芸術なんじゃないかと思うほど、静かに美しさを備えていた。しかし、月の女神様ともいうべき彼女の顔は真っ赤になっていて、オレの心の警報がうなりをあげる。
 すごく、嫌な、予感。
「あっ、あのっ、アキラッ?」
「ナンデスカイルナサン」
「アキラ、声が棒読みだねい」
「黙ってろ」
「俺に対しては棒読みじゃないんだねい」
 とりあえず不毛な言い争いはやめてイルナさんを見ていると、さっきよりも顔が真っ赤。今度は耳も赤い。
 かなり、嫌な、予感。
 イルナさんは、フルフルと震える手で服の胸元をギュッと掴み、一大決心したような顔で、
「さびしいからっ、いっしょにっ、寝てほしいんだけどっ!」 
 いっしょに寝て欲しいんだけどー。
 寝て欲しいんだけどー。
 欲しいんだけどー。
 しいんだけどー。
 だけどー。
 どー。
 ど?
 どど?
 ドドドドドド。
 頭の中が大混乱。
「いや、同じ部屋で寝てるぎゃん」
 舌噛んだ!
 痛みが気にならないほど脳内がパニック!
 一緒に寝て欲しい? 意味わかってる? ねぇ、意味わかってる?
「そのねっ、怖いからっ、同じベッドでっ……」
 恥ずかしそうに顔をまっかにしながらそんなこというなんて卑怯だ反則だ凶器だ! 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。こういう時こそ、あの頃のつらい日々を思い返して落ち着こう。ほら、ドラゴンに四方八方囲まれたときとか、盗賊団に教われて町ごと封鎖されたときとか。そうそう、もっと危険な場面が色々あったじゃないか。それに匹敵する危険な場面であることは間違いないけど、そんなときだっていつも冷静な判断をしてきたじゃないか!
「男の人と同じベッドで寝るほうが怖くないの?」
「えっ? そうなのっ?」
 いやいや、シングルベッドですよ? 
 年頃の男の子と女の子が、いやイルナさんはまだ少し年齢が足りてない気もするけど、女の子と寝たらくっつきすぎてよくわかんないことになりますよ? よくわかんないことってのがわかんないけど、とにかくよくわかんないことに。ちなみにロリコンとかじゃないからね!
(今いかないでどうするねい、アキラ!)
(他人事だと思って、てきとーなこというんじゃないよ!)
 イルナさんがうつむいてもじもじしてる間に、オレとレンガが目線会議。細やかな目の動きで会話するという、普通に生きている間には絶対習得しえない技だ。いかに一瞬で仲間と意思疎通できるかが問われる場面でこの技術は真価を発揮する。どうしたらその状況におかれるかなんて、そこは想像にお任せするけど、これは意外と商売にも役立つ技術なのだ。初めてレンガと会ったときも、こんな感じで会話してたなあ。
 そんなふざけたことを言うクソレンガは真顔だ。
 きっとオレは泣きそうだ。
(兄妹ってのはウソだろい。だから気にせずイケばいいねい)
(むしろ気にするよ!? なにかあったらどうしてくれるんだよ!)
 オレはイルナさんの方を見ながらも、最小限の動きだけでレンガに意思疎通を図る。イルナさんはオレの返事を待っているのか、まだもじもじしていかわいいなこのやろう。
 ああ! 思考が変な方向に……。
(俺は寝てるフリしてるから楽しんでくればいいねい)
(寝てるフリするだけ? 様子をうかがう気満々だよね)
(娯楽が少ないんだから楽しませて欲しいねい)
(死んでよ。お願いだから死んでよ)
「もうヤッちゃえばいいねい」
 もはや口に出して言いやがったよコイツ。
 しかも右手の親指立ててやがる。
 折ってくれない? 誰かコイツの親指折ってくれない?
 折って折って折りまくった挙句、千羽鶴にして闘病中の子供の病室に飾ってやるよ!
「……わかったよ、イルナさん……」
「えっ! ほんとっ!?」
 すごく嬉しそうな顔をするイルナさんを見ていると、こっちは複雑な気分になってくる。この心の中に浮かび上がる感情は何だろう。
 オレは立ち上がってイルナさんの肩に両手を置く。
「だけどね、1つだけお願いしたいことがあるんだ……」
 頭2つ下の位置にあるイルナさんの顔が上目遣い気味に向けられる。
 そして、最高の笑顔、
「うんっ。アキラの言うことならっ、何でも聞くっ!」
 ――オレの汚い心に999のダメージ。
 ああ、なんていい娘なんだろう。
 オレは本気で泣きそうになりながら、イルナさんを避けてベットの奥にある唯一の窓を開けた。
 両開きの大きな窓からは、爽やかな夜風が吹いてくる。夜のお月様が、死んだような顔をしてこっちを見る。
「お、お願い事ってなにっ!?」
 オレの左にちょこんと座ったままのイルナさんが問いかけた。その顔が心なしか顔が赤く、息遣いも荒いように感じられ、オレは変にドキドキしてしまう。
 そんな顔を惜しみつつも振り返る。
 後ろで横になりながらニヤニヤしてるレンガを指差し、
「あいつの右手の親指を折ったあと顔面ぶん殴って窓の外にぶっ飛ばして欲しいんだ」
「うんっ! わかったっ!」
 イルナさん超笑顔超即答超素敵。
「お嬢ちゃん!? 即答しないで、言われてる内容をもう一度よく考えるねい! そこの意気地無しの甲斐性無しの卑怯者は自分の手を汚さずに事を終わらせようとしてるねい! 謝るから! 謝るから聞いてほしいねい! この前もそうだったけどねい、お嬢ちゃんはもう少しアキラの言うことに疑問を感じたほうが指に手をかけな折れるっ折れるねぇぇぇぇぇぇえええええい!」
 俺の心に浮かび上がったのは、殺意以外の何物でもなかった。

 次の日。
 邪魔者の消えた部屋はとても広く感じ、開け放した窓から入る風も心なしか淀んだ心をサラサラに乾燥させてくれそうだ。さんさんと無駄に頑張って輝く大嫌いなお日様の光にも負けず、イルナさんの目はキラキラしていた。
「あ、アキラッ? 図書館ってとこに行くのよねっ?」
 イルナさんは図書館を知らなかった。
「うん。本がたくさんある場所だよ」
 図書館という場所を説明すればするほど、イルナさんの瞳は眼に見えて輝いていく。しかし、それに反比例して自分の姿に疑問を持つようだ。しきりに自分の格好を気にしてくるくると回る。
「本は好きよっ! だけど……そこって、こんなに綺麗な格好して行かなくちゃいけない所なのっ?」
「本当は気にしなくていいんだけど、ちょっと考えがあるんだ」
「そっ、そうなのっ? わかったっ!」
 本日、オレとイルナさんが着ているのはパリッとした白のワイシャツに黒のスーツ上下。2着で驚愕の14800イウル。値切って値切って値切りまくった思い出の品だ。
 就職にだって葬式にだっていける優れもの。けどイルナさんの右腕の腕輪だけが金色で目立ってしまっていた。外してもらおうとしたけど、抜けなくなってしまったのだという。着替えのときは、服のほうがうまい具合にするする抜けるから大丈夫らしい。不思議だ。髪の毛も昨日と同じように、フォーマルに合わせて結んでもらった。背がちっちゃいからスーツに着られてる感は否めないけど、それでも普段よりビシッと決まっている。
「スーツのサイズは大丈夫?」
「ちょっとだけ胸がきついけど大丈夫っ! こんなすごいのいつ買ったのっ?」
 胸か。……哀れあっちゃん。イルナさんはもしや着やせするタイプ? 思わず、イルナさんをまじまじと見てしまった。だめだ、一緒のベッドで一晩過ごしてしまったせいで変な方向に思考が飛ぶ。
 今までは同じ部屋だけど違うベッドだったからまだ大丈夫だったけど、キツイ。寝不足になったなんて、イルナさんには死んでもいえない。鋼の理性アキラさんがそれを許さない。
「だいぶ昔。あっちゃんのサイズに合わせてオーダーメイドで作ったんだよ。着てもらおうとしたら無言で破られそうになった」
 目がふざけんなって語ってた。食べ物のほうがよかったのだろうか。いや、食べ物で就職活動はできないからさ。
「あっちゃん、なにがだめだったのかしらっ?」
 イルナさんには昔話を色々話してる(らしい)ので、あっちゃんについては無駄に詳しかった。なに話したのかわからないから怖いなあ。あっちゃんに関しては、話したくないことがいくつもある。
 努めて平静を保ちつつ、イルナさんに笑顔を向ける。
「わっかんないな。それじゃあ、行こうか」
「うんっ!」

 馬車に揺られて、国の中心第5地区へ。
 昨日の人に見つかりたくないから、素早く馬車に乗った。
 地区ごとに馬車やバスなんかが運行されていて、遠い移動はそれらを使うことになる。バスは燃料代でかなり金額が高くなるのでパス。馬車はいいな。安いから。遠い移動でも700イウル。距離を考えれば、まぁ妥当だろう。
 ここでは、火力や魔力を利用した乗り物がたくさん開発されている。鉱山も炭鉱もあるから資源は豊富。技術開発者にとっては最高の環境だろう。でも、そんな恩恵に預かるにはお金が足らないから関係ないんだけど。馬車より安い乗り物が現れたら使うかもしれない。一生現れないだろうな……。
「どれくらいでつくのっ?」
「あと2時間ぐらいかなあ」
「そっ、そんなに!? だ、だから朝早かったのねっ……。でも、どうして朝なのに大丈夫だったのっ?」
 寝起きの悪さのことを言ってるんだろうか。
 ――寝てないから起きれたなんていえない。
「まぁ、頑張ったんだよ」
 仕方なく、あいまいに微笑んで返すと、それでもイルナさんはステキな笑顔を振りまいてくれた。
「すごいわねっ! 褒めてあげるっ!」
 笑顔で褒められたけど、オレの傷ついた理性を余計にすり減らす結果だけで終わった。
 そんな傷ついた理性をなだめようと景色を眺める。街の景色はどこも異様なほど活気があり、見ていておもしろい。だけど、どうも何かの準備をしているような様子が気になった。通りすがった第8地区。あそこには、訓練所とか闘技場とかがあるはずだけど、どうしてあんなに活気付いてるんだろう。
 その理由は、後日発覚することとなる。
* WONDER SOWRD ( No.57 )
日時: 2011/07/15(金) 23:38:32 メンテ
名前: now


 目的の図書館は、思ったよりも大きくなかった。
「わぁっ! おっきいっ!」
 訂正、イルナさんからしてみれば十分大きいようだ。
 第5地区の大きな通りにある、少し古びた木造の建物。大陸で一番大きい魔法王国大図書館を見た後では、どうしても見劣りしてしまうけれど、やっぱりそれなりの大きさがあるようだ。
 さっそく中に入って、受付の人に挨拶をする。平日の昼間にスーツ姿で現れた2人組を見て、受付の女性はいぶかしんだようだ。
「なにかお探しですか?」
 イルナさんには、なるべく黙っていてもらうよう事前にお願いしてある。
「魔王に関しての資料を探しているんですが」
 笑顔、丁寧を心がけて喋る。オレの隣で、イルナさんもニコニコしている。
「失礼ですが、どのような理由でお探しでしょうか」
 魔王の言葉に、受付の人はより怪訝な顔をした。そりゃ、魔王と聞いていい顔する人はいないだろう。
「失礼しました。私、スウイネス・アグリスタ先生の下で歴史を研究しておりまして、現在はこの大陸の歴史を調査中なのです」
 そう言いながら、胸ポケットから名刺ケースを取り出して名刺を渡す。昔作っておいたテンプレートの名刺に、今日名前を書いておいたのだ。
 女性は名刺に書かれた肩書きを読んで、視線を上げる。
「スウイネス・アグリスタ? 聞いたことありますけど、どちらの出身のかたでしょう」
「北のノーグリーグです」
「申し訳ありません、記憶にありません。なにぶんあちらのかたは研究者が多いので……」
「すると、資料はお見せしてもらえませんか?」
「この大陸の歴史といいますと、八英雄の方の魔王ですか? そちらでしたら、大丈夫なんですが」
「ええ、そっちです」
「かしこまりました。では”キアラ”さん、こちらへどうぞ」
 偽名なんて珍しくもない。
 受付の人は立ち上がり、オレたちを先導して歩き始めた。途中で扉を開け、そこから地下へ続く階段を下りる。外観は小さいと思っていたけど、地下に図書を保管してたのか。それなら、多少小さくても蔵書量は格段に増える。
 その途中で受付の人は言った。
「あの、この国で魔王と言いますと、最近はフレアの方で通ってしまうので、気をつけたほうがよろしいですよ。あの事件に関しては、賛否両論ですし」
「そうでしたね。申し訳ありません。配慮が足りませんでした」
 そこまで答えると、狭い廊下の途中で受付の人はゆっくりとこちらに向き直る。
 真正面から、顔を覗かれた。
「キアラさんは、あの事件、どう思われますか?」
「……事件、と言われるあなたは、そのことをよく思われてないようですね」
 一瞬、受付の人は言いにくそうに顔を背ける。
「……はい。正直、私には正しいと思えません。でも、正しい、国の危機は去ったという人もいます。時々わからなくなります。ですから、他人の意見を聞きたいのです」
「そうですね。……ここで意見を言うと無責任になるので、意見は言えません」
「なぜでしょうか?」
「その事件に関わった人物を、この目で見て、話して、関わってない。それなのに、一概に正しい正しくないの一言で片付けたくないんです」
「……そうですか。失礼しました」
「ですが、殺された魔王にも家族がいたと思うと、少しやるせない気持ちになります。この国は、どうして彼を危険人物とみなしたんでしょうか。その根拠だけでも、私は知りたいですね」
「……そうですか」
「失礼しました。これはとても無責任ですね」
 答えながらも、その時を思い出して少し悲しくなった。
 オレは当事者じゃない。新聞の1面に載っていたのを見ただけ。その後、その魔王の家族と出会ったとき、胸が張り裂けそうだった。
 お金なんかじゃ、解決できないことを目の当たりにしたとき、オレは無力感に襲われる。人間と魔族などの、他種族間の偏見や差別は未だに存在する。
「いえ……貴重なご意見、感謝します。それでは、魔王ロキと八英雄に関しての資料はこの部屋にまとめられています。なにかありましたら、上にいますので私をおよびください」
 受付の人が招きいれてくれた部屋は、本特有のにおいが充満していて、少し埃っぽかった。無言で受付の人は扉を閉めて去っていった。
 部屋に訪れる沈黙を破ったのは、イルナさんの息継ぎだった。
「ぷはっ」
「まさかとは思うけど、また息止めてたの?」
 どうりで途中から顔が青かったわけだ。
「しっ、知らない人は怖いのっ! そっ、それよりも今の話ってなにっ?」
「イルナさんの探してる魔王とは違う魔王の話。――ざっと説明するとね。
 数年前、この近辺で魔族が統治する国『フレア』が出来上がった。特筆すべきは、魔族と人間の共存を目指した国であるということ。まぁ、魔族ってのは人間側の呼称で、人間以外の高い知能を持つ種族の事を指すんだけど。例えば竜人(ドラコイド)、獣人(ビースター)、鳥人(バーダリオン)。人と近い外見を持つものもいれば、有名なドラゴン、精霊、海獣とか、自然な姿の種族もいるんだよ。ただ、この世界の絶対数では人間が圧倒的に多いから、魔族は人里はなれた場所でひっそりと暮らしているもんなんだよ。話がそれちゃったね。
 その国は、それら全てを受け入れたんだよ。国土は小さい国だったけれど、それぞれの種族に必要な環境を整え、諍いを仲裁し、徹底的に話し合わせ、理解を深めた。もちろん、そこには人間族の姿もあった。魔族と人間の共存できる理想郷を目指す、熱意ある人間達。
 建国から1年で、その『フレア』は驚くほど大きくなったんだ。それもすべて、国王である魔族クロウ・ハシブトの尽力と、生きとし生けるモノすべての努力の賜物だったと思うよ。国がある間に1度だけ行った事があるけど、中々すごかった。色んな種族が、同じ道を歩いてるんだからね。壮観だったよ。
 クロウ・ハシブトについた”魔王”の呼び名は、剣の王国カリヴァーンが彼を侮蔑したものだった。元はカリヴァーン領内の属国として立ち上がった国で、彼らが目立ちすぎたために付いた名前だともされてる。魔族の国の王だから、魔王。でも、『フレア』の住人たちは喜んでその呼称を使っていた。彼らにはとってそれは褒め言葉でしかなかったんだ。人間族から、魔族の王であると認められたんだからね。
 だけど、剣の王国からしてみればそれは奇怪で脅威でしかなかった。怖かったのかもしれない。国家会談と称して魔王を剣の王国に呼び出し、会談の席で魔王を殺害したんだ。
 武力にも秀でた魔王だったらしいけど、戦闘の意思はなく、丸腰で部下も連れずにこの国を訪れたという。
 心無い国民の通り魔事件で片付けようとした殺害は、瞬く間に周辺諸国に知れ渡った。そして、それが政府全体の思惑だと発覚するという前代未聞の事件だった。ここぞとばかりに、ドペスターが新聞で書き上げて、カリヴァーンを非難してたよ。
だから、この国で魔王っていうと、その人の話になるんだよ」
「…………」
 長々とした説明に、イルナさんは難しい顔になってしまった。それでも、この話は限りなく今回のこととは無関係。さぁ、とイルナさんを促し、笑ってみせた。
「ほらほら、ここから目的のもの探さなきゃいけないんだから」

 オレは棚から一冊の本を探した。タイトルは『八英雄物語』。この大陸に現れた魔王と、それを倒した8人の英雄の物語。
 この大陸で生まれた人なら誰もが知ってる物語だそうだ。
 残念ながらオレはこの大陸生まれじゃないので詳細は知らず、100年前の話だってことしかわからない。
 だから、イルナさんが言う魔王はこの魔王なんじゃないかと思った。あの時、小さい子は100年云々言ってたはずだったから。
「イルナさんは、魔王がどんなやつか知ってる?」
「うーんとねっ、お父さんから色々聞いたけどっ。変な人だって」
 変な”人”ってのもおかしな話だ。魔王は人なのか?
「まぁ普通だったら魔王なんて呼ばれないだろうね。イルナさんは、この本を読んで、その話がお父さんの話と一致するかどうか考えて」
「うんっ! そのあいだアキラはどうするのっ?」
「魔王のいそうな場所に関する記述がないか探してみるよ」
 こうして、2時間。
 問題の場所はあっさりと見つかった。サウネス大陸の最南端からさらに約20キロに浮かぶ孤島。島の名は無かった。そもそも、そんな島は無かったという。記述によると、魔王が作り出した島。周りの海流は流れがひどく、凶悪なクリーチャーの巣窟となっていて、空には常に積乱雲が渦を巻くという。
 この自然の要塞に守られたため、当時軍隊などは攻め入れなかったそうだ。
 そして魔王がいなくなった後でも、その不気味な島は存在している。
 2時間の成果としては上出来だ。
 例えば1人の英雄の、こんな記述が残ってる。
 『あの島の中は楽園だった。クリーチャーが闊歩してる以外は。
 つーかおかしい。海岸沿いにヤシの樹が自生してて、椅子にパラソル挿せば南国気分間違いなし。魔王のクセに南の島でバカンスなんてうらやまし過ぎる! 戦争の真っ最中よ? 敵じゃなかったら土下座してでもここに居座るね』ジャクサー・ドペスト
 英雄がべた褒めするほどの場所。現在も残っているならば、ここを拠点にして動く可能性が高いだろう。あてもなく大陸をさまようより、たとえ外れてたとしても行き先は決めてしまったほうがいい。
 南に行こう。
 最短はこの王国から南下して、レオポルトの領内に入り、砂漠を縦断する経路だ。そういえば、スウさんに会ったのも、ぶっ倒れて入院費ぼられそうになったのもレオポルトである。あの大砂漠を縦断するのかと思うとげっそりするけど、やるっきゃないのだと自分に言い聞かせる。記憶のため記憶のため。
 と、1人で勝手に納得していて疲れたので、向かいに座って類ルナさんのほうを見た。ずっと集中して調べものをしていたのでまったく相手にしてなかったのだ。
 ――イルナさんの頭は舟を漕いでいた。
 前にカクン、後ろにカクン、右にカクン、左にカクン。 首が折れそうで折れそうで見ているこっちが怖くなる。
「イルナさん?」
「ふぇっ!?」
 声をかけると文字通り跳ね起きた。椅子の上で跳ね上がるなんて脅威のバネの持ち主だ。あとスーツ姿で居眠りなんてシュールすぎる。会社の新人研修を彷彿とさせる。よだれを出していないのだけが幸いだった。
「ごごごごっ、ごめんなさい! あ、あまりにも父さんの話と同じでつまんなかったのっ!」
「そっか。なら、この魔王で間違いないね」
 そしてもう一度、孤島の資料を見た。今も残っている魔王の島。そこが楽園チックな感じなら、すごくお金の匂いがする。ホテルとか観光業とか海とかリゾートとか、出来うる限りの商売がそこにつまってる。ホテル業とか、なかなかお金が稼げるかもしれない。
 そんなことを思いながら、机の上に広げていた地図を取り出してイルナさんに見せる。
「これは、地図っ?」
「この大陸の地図だよ」
「うんっ。同じのを父さんに見せてもらったことあるっ! この地図って、なんか猫みたいよねっ」
 イルナさんの言いたいことはわかる。
 横長の楕円の上部に、イルナさんの言う猫の三角耳をつけた形。それがサウネス大陸。
「まぁ、見えなくもないかな。大昔はまんまるだったらしいけどね」
「どうしてまんまるじゃなくなったのっ?」
「魔王が生まれたときに大陸の6分の1が消し飛んだらしいよ」
「えっ!?」
 ビックリ!ってのを体全体で表してくれた。こっちとしては感情がわかりやすくて助かる。
「ウソかホントかはわからないけどね。
 今、オレたちがいるのは剣の王国カリヴァーン。大陸の中心から少し北側にある国だね。さらに北に行けば、前まで生活してた自治区リバリズムグラウンド」
 イルナさん風に言うならば、猫の顔の真ん中からおでこにかけて指でなぞる。
 大地が消し飛んで出来上がった海岸線に沿った東西に長い国土を持つ自治区リバリズムグラウンド。統治者のいない自治区である理由は、この場所に国を作りたがらなかったかららしい。魔王の生まれた場所だけに誰もが敬遠してる。それにサウネス大陸のイウソニア信仰の宗教団体が反戦争を掲げて不侵領土宣言して各国に圧力をかけたりとか、かと思えば巨大盗賊団の根城があったりとかして、他の6大国もうかつに手を出せば他国から攻撃材料にされかねない。腫れ物に触るような土地だったりする。
 ただし、北の海は海産物が豊富で漁業がものすごく発展していて、北サウネス漁業連盟という海賊まがいの集団がそこを根城にしてるぐらいだ。ここで数週間お世話になったこともある。
「現在地の剣の王国から東側、北に行けばドペスター共和国。戻って南に行けば魔法王国ウイズキングダム」
 大陸の東側は、猫の右耳の下あたりと右ひげがありそうな部分。
「ウイズキングダムの人たちが、あたしたちを狙ってきたのよねっ?」
 マーさんがいなくなった後、魔法狩りのおおまかな話はイルナさんにしている。
「うん、そうだよ。大陸の西側、巨大な森を持つハンティナゴ。南には砂漠の国レオポルト。今挙げた国が、この大陸にある6大国と呼ばれる大きな国だよ」
「うっ、うんっ?」
 イルナさんは思いっきり首をかしげた!
「まぁ、今いる場所だけ覚えてたら大丈夫」
 オレは説明を諦めた!
 まぁ、単語が多くなってきたら混乱するだろう。これで視野を広げて、5大陸の話までしだしたら、イルナさんはきっと知恵熱でぶっ倒れる。断言しよう。ぶっ倒れる。
「それで、魔王がいる場所はここ」
 指を指したものの、地図にそんな島は載ってなかった。大陸の外の、青い色が広がるだけの場所。
「この、部分はっ?」
 当然、首をかしげるイルナさん。
「海の上に浮かぶ島」
「うみっ!? しまっ!?」
 その2つの単語が珍しいのか、イルナさんの目はキラキラしている。やばい、純粋すぎてその瞳がまぶしい。
 じ、自分の汚さに飲み込まれる!
「オレは汚くないッ!」
「へっ? アキラは汚くないわよっ?」
「………………」
 半分冗談でやったつもりだったのに、まさか、何の抵抗もなしに否定してくれるなんて、感動してイルナさんを抱きしめてしまいそうだった。思い出される過去の罵倒の数々。
 それを、イルナさんはたったの二言で片付けてしまった。
 少し自覚があるだけに辛い部分も、全部二言で片付けてしまった。
 声が震えそうになるのを抑える。それだけで、精一杯。
「ど、どうして黙っちゃうのっ!?」
「、イルナさんは、そのままでいてくれるといいなあ」
「っ? っ? っ?」
 徐々に落ち着いてきた。まぁ、それは置いといてだ。
「とりあえず、行き先は南だよ」
「南って、下っ?」
 イルナさんが地面を指差す。それは明らかに、地面を指差している。
「やっぱりそのままじゃダメ」
 まず方角を教えないとダメらしい。
* WONDER SOWRD ( No.58 )
日時: 2011/07/19(火) 23:02:11 メンテ
名前: now

 それからまた調べモノ再開。魔王に関する基礎的な知識が無いので、封印された経緯とかを読み漁った。そして、とある項目で浮上した疑問点。イルナさんがなにげなく口にしていた事と違う。いくつかの資料を再度読み直し、疑問をまとめる。
「イルナさん。気になることが書いてあったんだけど」
 ウソ。実際は書いてなかった。
「うんっ、なあにっ?」
 イルナさんは読んでいた本から目を上げた。
 さっき一度部屋を出たイルナさんは、机の上に大量の本を積み上げ、緑色の分厚い本を読んでいた。とりあえず、魔王には一切関係ない本だろう。表紙のタイトルは、『おやまのいねむりスロウム』。童話か。
「100年前、魔王は倒されたの? 封印されたの?」
 隠し切れない違和感があった。聞き方が少し意地悪で罪悪感を覚える。
 質問の意図がわからないようで、イルナさんは小首をかしげながら答えた。
「えっ? 封印されてたのよっ」
 ――ズキッ。
 頭が痛い。
「どうして知ってるの?」
「お父さんが教えてくれたのっ! あたしの家があった”森”には封印の石碑もあったのっ! 魔王はねっ、そこにずーっと封印されてたのよっ!」
 ――ズキッ。
 頭痛がひどい。
 オレは痛みを我慢しながら、魔王の終結戦について書かれた資料の最後に近い文章をイルナさんに見せた。
「善戦した英雄達が魔王を倒しきる前に、闇の魔術師ってのが出てくるんだ。その闇の魔術師は、最後に魔王と一緒に消えちゃってるんだよね。封印したのか倒したのかがハッキリしてない。
 いくつか別の文献を見たけど、みんな同じだったんだよ。英雄達とは別の呼び名がついてる闇の魔術師は、彼らと共に魔王の城へ行き、魔王を追い詰めた末、最後には魔王と一緒に消えてる。その後の行方はどの文献にも載ってない。それで戦争は終わったけど、英雄達は闇の魔術師について詳しいことは話してない。オレはなんとなく聞いた話で封印されたものだと思ってたけど、そうじゃなかった。でも、実際には封印されてた。
 どうして、イルナさんのお父さんは”魔王を封印した”って知ってたんだろう。
 どうして、誰にも知られていない封印場所がイルナさんの言う”森”にあったんだろうね」
 空気が、自分の気持ちが、冷たくなっていく。
 イルナさんの行動理念には、常に”お父さん”がいた。彼女が頻繁に口にする『お父さんがねっ』。
 イルナさんは”お父さん”に言われて魔王退治に出発したという。
 ”お父さん”は魔王にやられたけどまだ生きているという。
 イルナさんと”森”で暮らしていた”お父さん”はいったい何者なんだ?
 ”イルナさん”・”魔王”・”森”・”お父さん”・”記憶”。5つのキーワードが頭の中を駆け巡る。
 大きく息を吸ったのはイルナさんなのかオレなのか、よくわからない。
「……それは、大事なことっ?」
 静かに、イルナさんが言った。
 いつもの笑顔ではなく、力の抜けた顔。ハッキリとした瞳は、薄ぼんやりと曇る。顔から生気が無くなり、今にも死んでしまいそうなほど。それは苦悩から来るものなのか、それとも……。
 2人の間に、嫌な間が生まれる。
 初めてのことだ。以前、喧嘩した時だってこうはならなかった。この冷たい空気はなんだろう。真剣に向き合う痛みなのか。それとも、今まで都合のよいことばかりに目を向けていたからなのか。そのツケが2人を包んでいる。
 やがて、ややうつむき加減だったイルナさんが、顔を上げてオレの顔を見てきた。イルナさんの瞳の中に、自分の姿が見える。そこに映るオレの姿はどうだろう。どうして自分の顔は、こんなにもこわばっているのか。
 イルナさんは、オレの言葉を噛み締め、そのことについて思考している。
 大事なこと?と彼女は聞いた。答えはもちろんYES。頭の中で1つ1つ整理し、大事なことを考える。オレは続けた。
「ハッキリ言うよ。話を聞いてる限り、イルナさんのお父さんは得体が知れない。信用できない。どうして、文献に残ってないことを知ってるの?」
「……わからないっ。アキラに言われるまでっ、考えたことなかったっ。
 お父さんはあたしに、魔王はずうっと昔に封印されて、今もここに眠ってるんだってっ。あたしが大きくなって、”もし”魔王が復活したらっ、今度はあたしが魔王を封印しなさいって、昔の人と同じやり方を教えてあげるから大丈夫だって、小さい頃から、ずっと言われててっ……。それで、大きくなってからは、……色んな魔法を教わって……。そう言われてたのっ、本当よっ?」
 半分泣きそうな表情。喋ってる間、じっとイルナさんの表情だけを見ていた。目が泳いでいた。額にうっすら汗がにじみでていた。必死に、過去を思い出そうとしてるのだろうか。今まで自分が抱えていた何かに突き当たったのかもしれない。
 考えろ。必死に今の話とキーワードを結び付ける。考えろ。本当だとすれば、いくつか疑問が残る。
 だけど、
 それでも、
「信じるよ」
「ほ、ほんとにっ!?」
「オレに隠し事はしてても、イルナさんはオレにウソをついたことがない。だからイルナさんのことは信じるよ」
 答えは出ていた。信じるべき人と、疑うべき事を。
「でも、イルナさんのお父さんはわからない。最初に魔王に消されたときもそうだ。アレが実は人形で、自分と全く同じものを作っただなんて信じ――」
「アキラっ」
 悲しそうな顔で、だけど力強く、オレの言葉を遮った。
 潤んだ眼は悲壮感に溢れている。
「――お父さんは、確かに茶天パ星人でくるくるぱーでひょろひょろではりがねみたいで得体が知れないかもしれないけどっ。あたしにとっては、大事なお父さんだからっ……」
 言いよどんだ後、イルナさんは右手で頭を押さえてうつむいた。スーツの上の腕輪が揺れて、金色が光る。
 少したってから、オレは反省した。親のことを悪く言われれば、誰だって多少は嫌な思いをするのだろう、たぶん。配慮が足りなかった。言うにしても、もう少し言い方を考えるべきだったと。
 イルナさんの手を取って両手で包み込む。女の子特有の手の柔らかさ、温もり。
 今はこの手の温かさを大事にしたかった。顔を上げたイルナさんの目には、悲しみが溢れてる。
 これは、いつかは絶対踏み込まなきゃいけない話。けれど、今はまだいい。
 この話を先延ばしにすることで、現状を維持したかった。……なぜ現状維持したいのかはわからない。ただ、人との温もりが久しく懐かしかったせいかもしれない。
 そして、この話の終わりを告げた。
「悪く言い過ぎたよ。でも、これだけは覚えといて。
 イルナさんのお父さんは、何か”ある”よ」


 帰り際、図書館から出ると、既に西日が差していた。
 オレは受付の人から本を一冊借りて、再び馬車に乗り込んだ。
 図書館にいる間、しばらくは気まずい間が続いたけど、時間が経つと共にいつもの2人に戻れていた。
 そこから、オレは再び調べ物。イルナさんは自由に好きな本を読んでたと思う。ホントに読んでいたのだろうか? 内容が難しい本ばっかり。オレには理解できない哲学っぽいタイトルの本まで持っていた。あんなの、本当に読めてるんだろうか。
「なにを借りたのっ!?」
 紙袋に入った本を見て、イルナさんは目をキラキラさせる。
 くっ、また自分の汚さに飲み込まれそうだ。
「オレは汚くないッ!」
「ど、どうしたのっ!?」
 なんて綺麗な目なんだ。どうしよう、イルナさんと一緒にいることで自分の汚さがトラウマになりそうだ。最近浮上した新たな悩みを自覚しつつ、話は綺麗に横へそれる。
「これ、今日イルナさんが読んでた本のリメイク版。人気作らしいから、何年かに1度は新装されて出るらしいんだ」
「へーっ!」
「イルナさんは知ってたみたいだけど、オレは詳しく知らないからね」
「そうなのっ?」
「そうなの」
 いちいち大きな反応を返すイルナさん。
 小さなことでもなんでも答えを返してくれる。それがとても嬉しい。
 ずっと1人だったせいだ。根無し草には、帰りを待つ人もいなければ独り言を返してくれる相手もいない。
 もし、イルナさんがいなくなってしまって、またその生活に戻るのかと思うとやるせなくなる。それだけは、少し残念だ。
「アキラって物知りなのにっ!」
「色々やってたからかもね」
「ラーメン屋とか金物屋とかパン屋さんとか?」
「うーん、他にも色々あるけど、話すと長くなるからまた今度ね。明日も出かけるから、今日は早く帰って早く寝よう」
 そう、今夜こそは早く寝よう。がんばって寝ようと決心するオレを、イルナさんは見事に打ち砕いてくれた。
「……えっとっ、今日も一緒に寝てくれるっ?」
「………………」
 勘弁してくれ。


 ――翌日。
「アキラ、目の周りのクマがすごいねい」
「お前に一生消えないクマをつけてやろうか? ……全身に」
 手に包帯を巻いたレンガが、オレの顔の指摘をしやがった。
 眩しいだけの朝日。安心して眠れた頃の夜が恋しい。ああ、オレの大好きな夜はどこへ行ってしまったんだ。
「ま、また病院行かなくちゃいけなくなるから勘弁してくれい」
 脅しにびびってレンガは数歩後ずさった。狭い部屋だから、すぐ壁にぶつかる。
「きっ、昨日はどうしてたのっ!?」
 逃げ場所の無いレンガが、イルナさんを警戒しつつも口を開く。オレから直接手が出ないことは知ってやがるのだ。
「……病院だねい。あのグラサン先生に診てもらってたねい」
「あのお医者さんっ、元気にやってるのねっ!」
「いろんな国の医療機関を巡回してるらしいからねい」
 イルナさんとレンガの談笑の声すら、今のオレには不愉快でならない。
 昨夜も昨夜で、イルナさんとほぼ密着状態でベッドの中にいたため、寝ようにも寝れなかったのだ。あんな状態で健全な男子が寝れるだろうか。いや寝れない。
 途中までしつこくお話をせがむイルナさんに、最初の20分は話を聞かせて、それが満足するとイルナさん”は”眠りにつく。
 でも、オレは眠れない。むしろ、そこからが悪夢の始まりだ。
 至近距離で繰り出されるあどけない寝顔。
 何を言ってるんだかわからない微笑ましい寝言。
 時折オレの体を抱き枕のようにしてくる寝相。
 辛さの中に、甘い誘惑が漂っているから辛いのだ。だって、……いい匂いするし、……柔らかいし、……温かいし、……そこはかとなく気持ちいいし。
 様々な地獄を見て、体験してきたオレですら、この逃れようの無い地獄には精神が焼ききれそうな思いを抱えている。あっちゃんとだってくっついて寝てたけど、あれは身内だからなんとも思わなかったし、そうしなきゃ生きていけない状況だったし、あっちゃん体細かったから柔らかくなかったし。
 理性が焼き切れそうだった。今思い出しただけで焼き切れそうだ。
 レンガはのうのうと床で寝てやがったいっぺん死ね。
 象が踏んでも壊れない理性を持つアキラさんの限界も、近い。
 焼き切れそうな理性を必死に保とうと、借りてきた本を必死に読んでいたら右腕に抱きつかれた。
 小さい窓から差し込む月明かりを頼りに、ずっと読んでいたらあきらーとうわごとのように何回かつぶやいてた。
 ちょうど英雄が8人全員そろったあたりまで読み終わったら寝返りうった少女の顔が至近距離にやってきた。
 内容は興味深い。主人公が、普通の人なのだ。漫画の主人公的な意味での普通ではなく、本当にただの一般人。実は特殊な力を持っていた!とか、突然何かの力に目覚めた!とか、神からのお告げが!なんてことはない。ただの農村の農民。自分が何かをやらなくちゃいけない。そんな想いを持って考えて行動した。ただ、それだけ。まだ最後まで読んでいないけれど、その彼が英雄と呼ばれるようになるなんてとても思えなくて右腕に頬ずりされたときはもうどうしようかと。
 ちょいちょいオレの理性を木っ端微塵にせんとイルナさんのビックバンが発生する。あれさえなければもっとしっかりと読めただろうに。煩悩と本能に立ち向かうオレの理性は孤軍奮闘にして孤立無援かつ背水の陣を強いられている。
 100人乗っても大丈夫な理性を持つアキラさんも、いつまでもつかわからない。

「今日の予定」
 ぼそりと言ったにもかかわらず、2人は気づいてこっちを見た。
「第11地区の知り合いのところに、スペラボードの修理を依頼」
 途端、イルナさんが気まずそうな顔をする。
「ごっ、ごめんなさいっ」
 そりゃそうだ。ぶっ壊れたのだ。ぶっ壊したのだ。イルナさんが。
 壊し方は実に豪快。最初の魔力を充填する作業で魔力を入れすぎてオーバーヒート。そしてオーバーヒートしたまま思いっきり全速前進したために、魔力を魔力変換機へ送るための魔力経路がぶちぎれたのだ。頑丈で有名なノダイ社の製品を壊すなんてさすがとしか言いようがない。
 自分1人で乗ってみたいという夢を一瞬だけかなえた代わりに、スペラボードは爆発した。
 幸い他の素材自体は壊れていない。壊れているのは魔力経路だけなので、そこさえどうにかなればまた使えるだろう。
「レンガは、折られた両腕を治しに病院へ。以上」
「ん? おかしいねい、アキラ。折られたのは指だけで、腕は折れてないねい? ん? なんでお嬢ちゃんはこっちに近づいて腕をつかぎゃぁぁぁぁぁぁあああああ!」



 今日も馬車に揺られてお出かけ。服装はいつもどおり。むしろ、綺麗にしていけば服が汚れる。10、11、12の3地区は、特に鉄鋼業が盛んな地域である。
「今日も人がいっぱいねっ!」
「ああ〜、そうだね〜」
 オレは眠くて仕方なかったけど、しょうがないからまわりを見る。
 人が多い。わらわらとなにかの材木を担ぎ上げてたりなにかを運んでたり。なにかの目的のために集まっているように見える。
 でも眠い。
 オレはそのままイルナさんに起こされるまで、貴重な睡眠時間をむさぼった。
* WONDER SOWRD ( No.59 )
日時: 2011/08/08(月) 11:07:27 メンテ
名前: now

てst
* WONDER SOWRD ( No.60 )
日時: 2011/08/08(月) 11:08:45 メンテ
名前: now

「おやっさん、いる?」
 第11地区。重たいまぶたと体と心を引きずって、ここいらで5番目ぐらいに大きいらしい工房を訪れた。
 なかではトンテンカンテン何かを叩く音や、チュイーンって鉄どうし溶接する音が聞こえる。みんな何かを作ってる。
「んだ? おめーは……?」
 油まみれのツナギを来た若いお兄さんがオレをじろじろ見る。不審者あつかいは慣っこなので、無視して用件を伝える。
「顔見ればわかるから、おやっさん呼んで欲しいんだ」
「んなこと言われてもなあ」
 まぁ、いきなりきて会わせろっていうのもわかるんだけれども……。
 頼み込んでも、お兄さんは一向に相手にしてくれない。工房の奥もから、何人もの作業員が何事かとこっちを見ている。やっぱりいきなりは無理だったのかなあと諦めかけたときだ、工房の一番奥の扉から大柄な人が出てきた。
「オイコラ、なにさぼってんだコンチキショー」
 ガナリ声が工房の様々な音に負けないくらいの大きさでこちらに飛んできた。見覚えのある懐かしき白髪まじりの短髪オヤジ。
「おー! おめーは確か、あんときの坊主か! ずいぶんでっかくなったじゃねーかコンチキショーッ!」
「ひさしぶり」
 こちらを見たら少しうなってからニッと笑った。前見たときと同じ油ぎったツナギとタオル、手にはスパナ。
 機械油に漬け込んだって、あんなに汚くはならないだろう。年季の入ったそれらは、それだけでこの人のモノ造りに対する執着心が伝わってくる。三度の飯より機械をいじってる方が好きだと言わんばかりだ。
 一昨年ぐらいに、名前も知らないオレを助けてくれたことのある人だ。そのときの流れでお互いの名前を知らなかったりする。
「これ直して欲しいんだけど」
 俺の言葉に反応して、後ろのイルナさんが持っていたスペラボードを見せる。
 マーさんの血は完璧に洗い流してるから、誰がどう見てもスペラボードだ。ただし、板が少しだけ黒ずんでいる。爆発の時の焦げ跡だ。
「あん? また高価なもんもってきたなコンチキショー」
 ニヤニヤしながらスペラボードをじろじろと観察する姿は、今にでもこのボードをいじりたくてしょうがないんだろう。損得勘定抜きで自分の好きなことをやってる珍しい人だから、そこが信頼に足る理由。
「直る?」
「直せないわけないだろコンチキショー。でもな……」
「でも?」
「……金、かかるぞ?」
「こんちきしょー!」

 世の中、やっぱ金だった。

「おやじ。ちょうどいいから頼んでみたらどうだよ?」
 若いお兄さんが、おやっさんの肩を叩いた。おやっさんが警戒してないのを見て、お兄さんの態度も少し柔らかいものになった。
「そういやそうだったなコンチキショー!」
 おやっさんはまたニヤニヤしながら、オレとイルナさんを見た。いい予感と怖さが半分ずつ。
「坊主、スペラボード直してやる代わりによ、ちょいと実験に付き合ってくれねーかコンチキショー」
「実験?」
「うちの工房でな、火力と魔力を動力にした乗り物を造ってんだコンチキショー」
 嬉しそうにニヤニヤしながら胸を張る。物作りが、この人の誇りだ。そして実験は生きがい。
「今までの乗り物は火力なら火力だけ、魔力なら魔力だけだったからな。今度は2つをいっぺんに使って燃料のコストを下げようって試みなんだ」
「そういうわけだ。ただで直して、ついでに新しい乗り物にしてやるからスペラボードをよこせコンチキショー」
 素直には頷けなかった。
 どうしてか、このスペラボードはとても大切なものだ。
 それはこのスペラボードが高価なものだからじゃない。
 どこで手に入れたのかもわからないけど、とても大切なもの。
 なにか大事なものを、このスペラボードに託している。
 それは、断言できる。
「その実験にスペラボードを提供したら、スペラボードは原形とどめてないんじゃないの?」
「ああ、そうだな。恐らく解体するぞコンチキショー」
「直ってないじゃん!」
「浮いて前に進む機能さえあればスペラボードと変わんないだろコンチキショー」
 おやっさんのてきとう具合も相変わらずだ。
「それじゃ意味ないんだってば」
「おやじ、その必要はないかもしんねー」
「あんだって?」
 オレがおやっさんと話してる間に、イルナさんの持っていたスペラボードを若い男の人が調べていた。
 手つきが慣れているところを見ると、この人もすごく長いこと技術者をやっているのかもしれない。
「壊れてんのは魔力経路だけで、こいつは相当いいシロモンだぜ。見た目だけでも浮遊装置の最大出力が大きいな。属性も『風』だから火力と相性がいい。こいつをこのままひっつけるだけでいけるんじゃないか。……こんな頑丈なもんを、どうやって壊したのかが気になるな。にしても、こんな型のスペラボードは見たことねーな。今調べさせてるけど、ノダイ社のカタログにも載ってないぞ。部品も高価なものばかりだ」
 そんな、オレが見ただけではわからなかったことまでこの人はわかったようだ。
 スペラボード自体が高級なのに、その中でもさらに高級って、いったいどういうモノなんだ?
 ホントにどこでこれ手に入れたんだろう……まさか、盗んでないよね?それは無いと思いたいけど、前科が多すぎるので断定ができない。
「だ、そうだコンチキショー。スペラボードよこしてくれるな?」
 大丈夫だといわれても、ためらいはあった。
 直したいけど、金はない。だけど、解体されたらたまったもんじゃない。
「絶対、原形は残しておいてよ」
「はっはっはっ! まかせておけって坊主!」
「なんだかなあ」
 寝不足の頭を抱えながらため息をつくと、若い男の人が俺の肩に手を置いた。
「安心しろとは言えねーけど、協力者の意見は尊重する。絶対原型は残した設計にする。ただ、設計してもなあ。おやじがああだから……」
「お願いします。完成はいつ頃になりそう?」
「設計し直すからなあ。こっちも早く作りたいから2週間ちょいか?」
「なに言ってんだコンチキショー! 善は急げだ! 材料がそろったなら今から造りはじめんぞ! さぁ、楽しみに待ってろ。 できた頃にきやがれ坊主!」
「勘弁してくれおやじ。もうすぐ聖剣戦なんだから休ませてくれよ」
「そうはいくか。おら、設計室に全員集めんぞコンチキショー」
 おやっさんはガハガハと笑いながら去っていく。
 名前も知らないで協力してくれるのは、ふところが大きいのかてきとうだからなのか。
 おやっさんがいなくなって、初めてイルナさんは口を開いた。
「ふはっ! せっ、せっけんってなにっ!?」
「洗うやつ」
 まだ人見知りは完全克服できてないイルナさん。おやっさんのように人見知りしないタイプや、ホーさんのように怖い人は苦手らしい。そういう時はなにもせずに息を止めて黙っている。長時間息を止め続けてる肺活量が気になる。最初のふはっ!って音は、肺に空気を入れ込んだ時の音。水泳の息継ぎみたいだ。
「じゃっ、じゃなくてっ!」
「聖剣戦な。この国の、祭りみたいなもんさ。8地区の闘技場でやるのさ。人、多かったろ?」
 お兄さんがため息混じりに教えてくれる。
「ああ、それで」
 聞いたことはあったけど、戦いたいわけじゃないので興味は無かった。
 優勝すると、実現可能な範囲及び道徳観念に触れないの条件付きでなんでも願いを叶えてもらえるらしい。
 団体戦だったらあっちゃんと出場でもして一生遊べる金額を貰ったけど、残念ながら個人戦だ。
 オレだけでは優勝なんて絶対無理。
「知らないでこの国にきたんか? 大陸で一番有名な大会だぞ?」
「なっ、なにをするのっ!?」
「要は戦うんだ。ああ、予選はすごいぞ。大混戦だ。何万の観客が見てる中でだ。圧巻だ」
「何万?」
 匂う。
「今年は特にすごいらしいぞ。去年よりも座席を増設して観客が増えるそうだ」

 金の匂いだ。
 
 


 わくわくしながら工房を出る。油や鉄の匂いに混じってお金の香りまでしてくるんだから気分は最高。
 急いで馬車乗り場まで行って第8地区まで行かなければ。
 進めば進むほど工房通りは段々と姿を変え、路上販売の多い通りになった。最初は工房を探すのに必死で見てなかったけど、今は帰るだけなので多少眺める余裕もある。
 右にも左にも、ゴザをひいた売り子がならんで何かを売ってるみたいだ。いかがわしいツボ売りから、オリジナルのアクセサリーを売る装飾師まで、様々な職種のヒトヒトヒト。
 隣にいたイルナさんはそれが珍しいらしく、ひっきりなしに目が泳ぐ。
 あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。
 視線に合わせて足取りも右へ左へ。
 一瞬でも目を離せばはぐれちゃうんじゃないだろうか。オレは足取りの危ないイルナさんの手を捕まえる。
「へえっ?」
 急に手を掴んだからなのか、イルナさんは素っ頓狂な声を上げる。
「はぐれないでよ。はぐれても、南は下じゃないから気をつけてよ」
 右手でイルナさんの左手をしっかりと確認しながら考える。
 今度、どうやってイルナさんに方位を教えるべきか。また迷子になられたら困るもんな。1人でも行動できるようにならないと、この先なにかと困るだろう。
 コンパスを使って方位を教えることがまず第一だよね。そこから、地図を見せながら大陸の国分布を見せておおまかな位置関係を覚えてもらって、あ、太陽が東から現れて西に消えることを教えれば早いかもしれない。どうして?って聞かれたら、昔話でこの世界の神話を話せば楽しみながら勉強できるだろうし。っていうかなんで東から西にしたんだろう。ああ、神様のアスラとエタングの仲がよかったからだっけ。思い出した思い出した。
 考えながら歩くうちに、段々と物売りの人も少なくなってきた。
 もうすぐ馬車乗り場も近い。
「あっ」
「ん?」
 その時、突然握っていた手がギュッと握り返され、オレの体は先へ進まなくなった。引っ張っても引っ張っても前へ進まない。本気で引っ張ったのだが、微動だにしなかった。
 振り向くと、山の不動イルナさんがじっと何かを見ていた。
 その視線の先には、ゴザに並べられたアクセサリー。髪留めだろうか。鉄を器用に加工して作られた髪留めの中に、1つだけ赤い石の埋め込まれたものがある。
 イルナさんが見ていたのはコレだ。断言できる。
 なぜなら、その髪留めは赤い石と金細工の台座がリンゴの形を模し、上部にはちょこんと緑色の石、リンゴの葉が乗っていたから。
 ずいぶん上手くできている。金属をまげてリンゴの形を作り、その形に合うように石を削ってはめ込み、さらにはもっと小さい石を葉っぱの形にカットして金属にくっつけるのだから。
 職人技だ。いい仕事してる。申し訳程度に金属加工の知識があるので、これがすごいものだと理解することができた。
 イルナさんは何も言わずそれをジッと見ていて、やがて立ち止まっていたことに気づき、
「あっ、ご、ごめんなさいっ! い、行こっ!」
 逆にオレの手を引っ張って先へ進もうとした。
「欲しいの?」
 引きずられながら聞いてみた。立ち止まろうと本気で踏ん張るけど、靴のそこがガリガリ地面を削るだけだった。
「えっ!? なにがっ!?」
「リンゴの髪留め」
 徐々に遠くなっていく物を指差す。
「なっ、なんでもないっ! なんでもないっ、なんでもないのようっ!」
 途端、顔を真っ赤にしたかと思えば繋いでいた手を離してぶんぶんと振り回す。
 そして顔を殴られる。宙を舞うきりもみ4回転。ほっぺたから着地したために抉られたような鈍痛。
 なんで顔を真っ赤にしてそこまで強く否定するんだ!
「な、殴らなくてもいいじゃんよ! 買ってあげるから! だから殴るの止めよ!? ねっ!?」
 なんで優しい気持ちになったのにオレ必死なんだろう。
「ほ、ほんとにっ!?」
 これは新手の戦略なんだろうか。
 物を買ってもらうためにわざと俺を殴ってるんだろうか。いや、それはないか。考えすぎだ。
 考えすぎ、考えすぎ、考えすぎ、だよね?


 とか一悶着終えて、髪留め購入。
 12000イウル。それなりにいい値。
 ダメ元で値切って、3000イウルはオマケしてくれた。
 近くで見ても、やっぱりいい物だ。いい買い物をした後は、いい気分になる。
 そのまま髪留めをイルナさんに渡すと、嬉しそうにしながらも不思議でしょうがないといった顔をされた。
「な、なんで買ってくれたのっ?」
「なんでって、欲しそうだったから?」
 半分はそういう気持ちだった。
 それでも納得しないのか、嬉しそうな顔をしながら腑に落ちないといった特殊な顔を続ける。
 イルナさんの顔だけで100面相ができる。表情の変化がとても激しいからだ。見ていて飽きることは無い。
「あ、アキラって、言ってることとやってることが変よっ?」
「イルナさんに言われたくない」
 顔を殴りながら謝ったり、鳩尾きめながらありがとうって言ったり。
「お金使いたくないって言いながらこういうの買ってくれたり、お金稼ぐって言いながら人のために使っちゃったり」
 似たような反論。
 これはもう一度ちゃんと説明しておくべきだろうか。もうしばらく一緒にいるんだし、また勘違いされたら困る。嬉し不思議な表情のイルナさんに、オレは真面目に答える。
「オレが言いたいことは3つ」
 右手の人差し指・中指・薬指を立ててイルナさんの前に出す。
「1つ、お金は使うもの。
 使う時は使う。貯める時は貯める」
 薬指を折る。自然手の形はピースになる。
「2つ、今イルナさんに髪留めを買ってあげたのは、カフェでしっかり(?)働いてくれたお礼。
 売り上げに貢献してくれたけど、イルナさんには給料出してないからその代わりでもある」
 中指を折る。立ってるのは人差し指だけ。
「3つ、イルナさんは人のためって言うけど、それは全部オレのため。自分に何かしてくれた人にお礼をするのも巡り巡って自分のためになるんだよ。そのためだったら、お金も労力も惜しまないよ。
 情けは人の為ならず、自分の為なり」
 少し冷たい言い方かもしれないけど、ハッキリしておかなければならない。この国に来る途中のように、勘違いして喧嘩してたら面倒くさい。
「…………」
 イルナさんは難しい顔で少し黙ってしまった後、
「えへへ〜っ」
 なぜかニヤけた。
「だらしない! 顔がだらしないよイルナさん!」
 オレ、なんか変なこと言った?
「お酒の街も、今も、言ってることは難しいし冷たく聞こえるけどっ、アキラはやっぱり優しいんだなあっ……って。……えへ、えへへへ〜っ」
 だらしなさ極まれり。見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
「どうしたらそういう結論に至るのさ……」
 優しいだなんて、考えたことも無い。
「つまりっ!」
 イルナさんが俺を真似て人差し指をピッと立てる。
「あたしはこれからもアキラと一緒に頑張ればいいのよねっ!」
 だらしない笑顔はなくなり、満面の笑みが姿を現す。
「もう好きにしてください」
「うんっ!」
 言ってる内容は理解できなかったけど、自信満々なイルナさんを見ているのは気持ちがよかった。


 ――それから、一週間。
* WONDER SOWRD ( No.61 )
日時: 2011/08/09(火) 15:27:59 メンテ
名前: now



「国王チヨバ・ガーバル様、そしてアストロジカルの総隊長であり五剣帝に名を連ねるレーヴァ・テイルズ様のお言葉を頂き、始まりました聖剣祭。
 第一予選、アクエリアスブロック。闘技場内は激しい熱気に満ち溢れております。
 中央で堂々と剣を構えるのはアストロジカル『アクエリアス』のルモ・ウダ隊長。
 母なる流れの異名を持つにふさわしい剣捌きです」

 聖剣祭、予選のルールを簡単に説明しておこう。
 予選は、指定され用意された剣の中から選ぶ。
 予選の剣は全て刃を抜かれたものだから、死ぬことはほとんどない。
 どうしても自分の剣を使いたい場合は、事前の審査が必要。審査を通れば、刃の部分だけに特殊なカバーをつけて切れないようにすることで予選に参加することが出来る。
 本選のトーナメントに参加できるのは全12ブロックから各1名ずつ。
 今回の参加者数は過去最高の3743人。1ブロック約300名だそうだ。
 ただし、各ブロックには1名ずつ守護隊アストロジカルの隊長が参加していて、彼らを倒せば本選進出というルール。アストロジカルの隊長は、全国のギルド長に次ぐ実力の持ち主と言われているので、倒せる人はそうそういないだろう。誰も隊長を倒せなかった場合、隊長自ら本選に進むか、隊長が推薦した人物が本選に進むかのどちらかの措置が取られる。そのため、参加者の行動はだいたい2パターンに別れる。勢い勇んでまっさきに隊長を倒しに行く人、少しでも注目を得ようと他の参加者を片っ端から倒す人である。どちらにしても同時に大人数を相手にすることになるので、少し腕に自信のある人程度じゃ勝ち抜けない。
 そう簡単に、願いは叶えられないらしい。オレなら絶対パス。
 そして驚くべきは、規模のでかさ。恐るべき数。
 第8地区の闘技場はでかい。ちょっとした村ならすっぽり入ってしまうんではないだろうかという広さだ。
 形はすり鉢状になっていて、底の部分が戦闘する場所。半径200メートルほどの戦闘場所。300人で戦っていても余裕がある。
 底辺をグルリと囲んでそびえ立つ壁は、絶対人が乗り越えられないよう3メートルほどの高さになっていて、その上から座席が奥に行くほど段々に上がっていき、観客は見下ろす形となっている。
 いまさらだけど、観客は参加者の何倍以上もいて、圧巻される。戦闘の激しさよりも、それを眺めている観客の方に圧迫感を感じてしまう。
 潜在需要は最高だ。
 ものすごい大歓声。
 会場中が、声だけで震える。時折なにかの拍子にウェーブが起こっている。そんな中、オレたちは闘技場の、

 北側の一番はじに位置する小さな物販スペースで、予選を眺めていた。

 1.5メートルの長机2つ分。その後ろに大量の商品在庫スペースがあるので、3人だと狭くてしょうがない。それに、眺めてるなんていえば聞こえはいいけど、会場に設置された戦闘の様子を映像化してくれる大画面を見なければどうなってるかなんてわからない。しかも仕事をしながら。
「すごい人だねい。あ、サインペンと色紙、合計で700イウルになりますねい。ありがとうございますねい」
「これは予想以上だよ。もっと値段高くしてもよかったかなあ。
 え? 高くしないで欲しい? ええ、もうこのままの値段でいきますよ。はいはい色紙ですね。3枚で1500イウルです。ペンは大丈夫ですか? ああ、もう持ってるんですか。準備いいなあ。はい、お釣りで500イウルです。まいどあり〜」
「さ、サイン帳ですねっ! サインペンとセットで1000イウルになりますっ! 丁度ですねっ! ありがとうございますっ! 双眼鏡を2つですか!? 3000イウルですっ!」
 お店は盛況を迎えていた。
 そう、他のお店がアストロジカルのファングッズや武器のレプリカをそろえる中、うちのお店は色紙やサイン帳など、ファンの人が自分の力で価値を見出さなければならない商品を前面に押し出して売っている。物珍しさから、お客様は後を絶たない。あんまりこの発想をするお店はいなかったようだ。事前の調査が役に立ったといわざるを得ない。
 でも、周りのお店を見ててアストロジカルの隊長ファングッズはかなりの人気を誇っているのも確かだ。
 隊長フィギアをはじめ、隊長キーホルダー、隊長ブロマイド、隊長名言タオル、隊長写真集、隊長顔写真プリントマグカップ、隊長Tシャツ、各アストロジカルメンバーリストがプリントされたジャンボバスタオルetc...
 ああ、例のスーちゃん、アリスの名言タオルなんかもある。黒いタオルに白の影で描かれたスーちゃんの横顔。その横に毛筆で大きく『斬るです』の文字。『斬るです』の下に小さく英語で『KILL DEATH』。
 すごいなあ。あんなに強力にタイアップした商品は、地元の人たちじゃないと生産できない。っていうか本人の許可取ってんの?
 まぁ、それでも外様だって頑張らねばならない。仕入れの段階で借金してるから、ここで稼がねば金融機関からもブラックリスト入りすることになる。
 ここは貪欲に売り上げを出したいんだけど、なんかウチのお店もそういうグッズをおいたほうがいいかなあ。有名人御用達!とかの、関連商品というヤツだ。
 でもそんな有名人に関係する商品は全部権利とか押さえられてそうだし、売ってもいい知り合いの持ち物なんて……。



【ナイフ 切り裂きホープ仕様 10万イウル】
 ポップを書いた途端、レンガが血相を抱えてナイフを排除しようとした。
「待て待て待て待て、あきらかにこの凶器だけういてるねい。色紙の隣に置くなねい。禍々しいオーラが出てるねい」
「だいじょうぶだいじょうぶ。ちゃんと手入れしたから血の匂いはしないよ」
「そんな心配誰もしてないねい。そんな呪われた凶器一体誰が買うんだねい」
「誰か物好きが買っていくでしょ」
 静かな言い争いの最中、金色の何かが視界にちらつく。あれ、と思ったときには遅かった。
「あんたたち、ここでなにやってるです」
「げっ」
 お店の前に、スーちゃんがいた。
 オレとレンガは露骨に顔をゆがめてしまい、スーちゃんの反感を買い叩いてしまった。
 人ごみの中から出てきたスーちゃんはとても場違いな気がする。竹を割った中に宇宙人がいたらこんな気分だろうか。左胸のプレートに彫られたライオンの模様がこっちを睨んでるみたいで怖い。スーちゃんとライオン、視線のダブルパンチ。よく見たら胸当てだけじゃなく、スカートの布に縫い付けられた何枚ものプレートにも紋章が彫られていた。水色のシャツに白いスカート。派手な金髪を無造作に流してるのに、どうして枝毛の一本も見当たらないんだろう。スッと綺麗な直線を描いて下まで落ちる髪は、絶対何かの間違いだ。どんな手入れしたらそうなるんだ。よく見たら胸当てだけじゃなく、スカートの布に縫い付けられた何枚ものプレートにも紋章が彫られていた。水色のシャツに白いスカート。
 この国の誇り高き騎士様が、ズカズカとこちらへやってきた。
 胸倉を掴まれ、いやあな視線を容赦なく突き刺しながら、
「この前はよくも逃げやがったですね。証拠で押収しようとした屋台も忽然と消えちまって証拠無しで逮捕できねーなんて屈辱です。まさかここでも無許可じゃねーです?」
 騎士にあるまじき不敵な笑みを見せて、剣に手をかけるスーちゃん。その後ろではスーちゃんの存在に気づいた人たちが、ある一定の距離を保ちながらキャーキャー言ってる。その一定の距離は、たぶんスーちゃんの間合いの外、安全圏。きっと剣を振り回すのが有名だからなれてるんだろうな。自然と間合いを計れる一般人がいるなんて思わなかったけど。
「もらってます、許可もらってます」
 鼻息すら感じるほどの距離の顔を少し引いて、机の下においてあった許可証を見せる。小難しいことが書いてある紙に、見まごうことなき王国の判がでかでかと押されている。
 判は複雑な形をしていて、オレ程度なんかじゃ偽造不可能だ。それがわかってるからなのか、胸倉を放した途端に不機嫌なスーちゃん。
「ちっ。ところであんた何者です。あの動き、ただもんじゃねーです。空中で剣を受け流されるなんて屈辱です死ねです」
「スーちゃんは仮にも隊長なんだから舌打ちはやめよーよ」
 憎々しげに、それはもう親の敵を見るような目つき。これがこの国で有名な"隊長"の1人だってんだから驚きだ。
「す、スーちゃん!? なれなれしいです! やっぱ斬るです!」
 顔を一気に紅潮させ、スーちゃんが剣に手をかける。
「ストップストップ! たくさん人いるから! 商品もオレも傷つくからやめて!」
 ここで商品を台無しにされたら元も子もない。
 関係ない一般人に被害が及ぶことをわかったのか、すこし落ち着いたスーちゃんは不満げな顔で商品を眺める。
 なんか、スーちゃんは感情の起伏が激しい人らしい。イルナさんを負の方向へ持っていったらこうなってしまったんじゃないだろうか。その事実に俺は戦慄を隠せない。
『ふ、ふざけないでっ! 殴るわよっ!!』
 …………想像の中の10分間で、少なくとも8回は殴られた。
「売ってる商品は割とまともじゃねーですか。……不正を見つけて斬ってやろうと思ったです」
「目がマジだからやめてください」
 ギラつく目におびえ、オレに比較されてるとも知らずイルナさんは縮こまっている。人見知りが多少緩和されたものの、相変わらずこういう人はダメみたいだ。
 怯えられてることに気づかず、じろじろとオレの不正を探スーちゃん。8の字を描くように視線が動くと、突然視線が止まる。
 目が見開き、呼吸が怪しくなる。あと数秒でも固まってたらオレは本当に医者を呼ぼうかと思ったぐらい、その姿は異常だった。
「こ、これは!? ちょっと見せてもらっていいです?」
 どこからか、白い手袋を出した。汚れ1つ見当たらないとてもきれいなヤツ。しかるべきお店に有りそうなとても高級品。
 なんて準備がいいんだろうっていうか、騎士が持ってるもんじゃないでしょ。
「いいよ」
「失礼するです」
 オレへの態度とは違った丁寧な対応に、少し気おされた。
 手袋をはめてホーさんのナイフを丁寧に観察する。
 いつもきつく睨んでいる目つきはさらにきつくなり、プロの鑑定家然としている。スーちゃんはものすごい集中力だ。まわりの音も気にならないのか、一心にナイフを観察している。刃の先から、柄の彫りの細部までじっくりと眺める。あまりにも長く見つめているので、なんだか緊張してしまった。自分の商品が鑑定されてるって、本物だとわかってても怖い。
 それにしても、鑑定慣れしすぎてるでしょ。この姿を見ていると、趣味は刀剣市です!って言われてもすんなり納得してしまいそうだ。ずっと黙っていたスーちゃんが一度ため息をつき、重い口を開いた。
「……これは、ムラマサ一門です。ムラマサ本人か、その弟子ヨサクです。銘が入ってないのでどちらかはわからないですが……。ともかく、贋作じゃねーです。どこでこれを?」
 世界の中で3本の指に入る鍛冶屋『ムラマサ』の名前が出てきてびっくり。
 確か、この国に大工房を構えてるはずで、そこでは日夜弟子が何十人も修行中だとか。その上、ムラマサはどれだけ大金を積んでも気に入らない人物には武器を作らず、気に入った人物にしか武器を作らないという変わった人らしい。
「ホーさんに殺されかけた人のお腹に刺さってた」
 このナイフはマーさんのお腹に刺さってたやつ。初見でいいモノだとは思ってたけど、まさかムラマサだとは。改めてホーさんの無茶苦茶さに呆れた。ムラマサに気に入られるホーさんって一体……。
 鼻が触れるか触れないぐらいにナイフを近づけて匂いをかぐ。
「……手入れでごまかしてますが、かすかに血の匂いがするです……これは、売り物です?」
「うん。1本10万イウル」
 値段を告げると、スーちゃんはかなり真面目な思案顔になる。
 まさかとは思うけど、脈あり?
「くっ。確かにこの業物だったら妥当な値段です。でも中古だということでもう少し安くしやがれです」
 ま、まさか値切りまでするなんて、スーちゃんは相当な(刃物)マニアと見た。買い物慣れすぎてる。
 コレはいける!
「むしろホーさんが使ったっていうプレミアがつきそうなもんだけど」
「さっきから気になってたですがホーさん? 誰です?」
「ホーさん」
「ほー、ホー、ほー、ホー、プ、……ホープ!? ききき、切り裂きホープのナイフです!? すごいです! 感動です! まさか、生きてるうちに彼女のナイフをこんな間近で見れる機会が来るなんてです!
 それならこのこだわりようも納得がいくです! 一度だけこの国で見かけたことがあるです!
 あの全身から溢れ出る殺意とナイフ。まさに歩く殺人鬼です! ――ちっ、買ってやるです。ありがたく思いやがれです!」
 あの全身からあふれ出る殺意とナイフ……、殺意もナイフもダダ漏れ? 状況を想像しただけで阿鼻叫喚だ。スーちゃんは興奮して自分が何を言ってるのかわかってないのかもしれない。
 興奮してナイフを掴む姿はさながら子供のようで、ってホーさんのことを楽しそうに話す人をはじめてみた。あの街の人ですらちょっと怖がってたのに。
 そして高級そうな皮の財布から1万イウル札を10枚も出して、平然と。
 スーちゃんは鼻を鳴らす。
 早く売れ! 目は口ほどにモノを言う。
「お会計は15万イウルです」
「上がってるです!?」
「いや、お客様の態度が悪くて信用できないので保証金を付けさせていただきました」
 楽しそうにホーさんのことを話す人を信用するわけにはイカナイヨネ。
「この野郎、ついに本性をあらわしやがったです! やっぱこの場で斬るです!」
 憤怒の表情で剣を抜き、大きく振り上げた。
 ついに本性あらわしたな!って言いたいのはこっちのほうだ!
 一般人を斬ろうとする人をどう信用しろと!?
「オレを斬ってもこのナイフは手に入りませんよ。オレが亡くなったら隣の彼女に所有権が移行します」
 隣(スーちゃんから少しでも離れようと努力してるのがわかるが、狭いからそれが出来ない)で縮こまってるイルナさんを手で指す。
「くっくっくっくそ野郎です! 卑怯です! 正々堂々したらどうです!」
 華麗に踏まれる地団太。髪を振りまいて怒る様子はキレたオスのライオンにしか見えない。金髪がどうにもタテガミに見えるのだ。
「正々堂々商売やってます」
「うそです! うそつきは泥棒の始まりです!」
「泥棒から商品買おうとしてるスーちゃんはなんなんですか」
「人の揚げ足ばっかりです!」
「そう言ってスーちゃんはさらに5枚お札を出して、ナイフを丁寧に布で包んで去っていった」
「勝手にモノローグ語るんじゃねーです! くそ野郎っ! でも買ってやるからありがたく思いやがれです!」
 あれ、この人おもしろいかもしれない。いじられ体質なのかも。
「はい、ちゃんとしたケースはないけど木綿で包んでおいたから。大事にしてね」
 かなり親近感が沸いたので、これ以上意地悪するのもかわいそうだから普通にナイフを渡した。
 それにこんな呪われた凶器を大事にする物好き、スーちゃんぐらいだろう。きっとこの凶器も幸せだ。ホーさん以外に自分を大切にしてくれる人に出会えたんだから。
「……ちっ。微妙に気がきくです。調子狂うです。クソ泥棒からカス泥棒に格上げしてやるです。最後に、あんたの名前を聞かせろです」
 少し迷った。
「キアラっていいます」
「ウソです」
 即答で返された。
「見損ないました、クソカス泥棒。私はてめーが大嫌いです」
 オレはどこでポカをやらかしただろうか。あの一瞬の間で看破されてしまったのだろうか。
 腑に落ちない、嫌な捨て台詞でスーちゃんは姿を消してしまった。
* WONDER SOWRD ( No.62 )
日時: 2011/08/11(木) 14:09:57 メンテ
名前: now



 人の熱気がむせ返る観客席。その最前列にて、紙を虫眼鏡でかじりつくように見ている男がいた。
 その異様な光景を目にして、彼の友人はため息をつきながら声をかけた。
「よお、自称バトルマニア。今回は誰が勝つか予想はついてるかい」
 男、トルーゴンが顔を上げて、持っていた紙をひらひらさせる。黒ずんで見えたのは、全て小さな文字のようだ。
「よっ。いやあ、参加者が多くて目ぼしい奴を見つけるのも一苦労だ。見てみろよこの参加者リストの字の細かさを」
「だから虫眼鏡で見てたのね、お前」
「何度か紙が焦げちまったぜ」
 ははは、と2人で軽く笑いあい、フラットはトルーゴンの隣に腰掛けた。
「んで、いたかよ」
 トルーゴンがニヤリと笑った。彼がこの笑い方をするときは、よほどの自信があるときだと、フラットは知っている。その訳をトルーゴンの口から出るのを待った。
「おう、まさかとは思ったが間違いねえ。”勇者”がこの大会に参加してる」
 よほどの自信の訳に、フラットは最初は言葉も出なかった。しばらくあんぐり口を明けてから、ゆっくりと確認する。
「ホントに勇者か? あの伝説の?」
 トルーゴンは嬉しそうに笑うだけだ。
「おうともよ。かの有名な勇者ユーティ・イミヤ。今回はタウロスブロックだ」
「モーリシャス隊長が相手か。楽しみだな」
 試合が楽しみになってワクワクするフラットとは対照的に、トルーゴンの顔は曇った。
「ああ、だがこのブロックは勇者の勝ちで間違いないだろう」
 わかりきっている結果が面白くないのだろう。フラットからしてみても、トルーゴンがここまで言うのなら大番狂わせも無いのだろうと思う。
「そんなに強いのか?」
「五剣帝と並び称される実力者だからな」
「五剣帝ってまた物騒な名前だよな」
「サウネス大陸で5本の指に入る実力者だからな。まっ、得物は剣限定だけど」
「ほう、じゃぁ剣を使わない実力者で有名なのはいないのか?」
 自称するだけあって、トルーゴンはこの手の話題に事欠かない。いつも会えば、どこの誰がああでこうだと聞かされるのだ。聞き役はいつもフラットなので彼はうんざりしていたが、今日は年に一度、唯一フラットが自分からこの手の話題を振る日なのでトルーゴンの口も饒舌さを増していく。
「六王とかギルド長とか四方とかいっぱいいるじゃねーか」
 フラットはなじみの無い単語ばかり出てきて混乱する。
「具体的に派手なやつ教えてくれよ。知ってんだろ?」
 ピンポイントな説明を求められると、トルーゴンは止まらない。
「例えばなあ、古今東西の武器を召喚して戦う正体不明の蔵人、通称『宝物庫』。ハンティナゴに君臨する六王が1人、銃王の『紫電龍』ミネル・アートナー。八英雄ジャクサー・ドペストの子孫にして魔法王国大図書館勤務司書『神語り』ユーリン・ドペスト。魔法王国のブラックリスト入りしたにも関わらず、魔法狩りを全て撃退。それを期に、魔法狩りの対象者を支援する魔術師傭兵団【マリン】を立ち上げた『エクスプロージョン』ヴァンガ・ヴォンガとかな。他にもいるけどよ、こいつらはサシで派手で有名だ」
「派手だなあ、やっぱみんな物騒な名前がついてんだな。ん? サシでってどういうことだ?」
「2人組とか3人組とか、複数で有名なやつもいんのよ。ジェミニ隊のシン隊長とメトル副隊長みたいな感じな」
「へー。たとえば?」
「たとえば、そうだなあ。有名どころだと、『雷の双子』エレクとサンダ。こいつらは雷属性を得意とする魔法使いだ。2人で1つの魔法を唱える特殊なスタイルだが、街1つを消したこともあるってな眉唾の話もあんのよ。『阿吽』、『天使と悪魔』、『ゴンダブラザーズ』とか聞いたことねえか?」
「ぜんっ、ぜん知らん。飲み屋の名前か?」
「まぁ、マイナーっちゃマイナーか」
 なにをもって一般的なのかがフラットにはさっぱりわからないが、彼がそうだというのだからそうなのだろう。そういうことにした。
「そうだ。こいつはお前にも関係あるぜ。『鬼』と『鬼の盾』と呼ばれた2人組。数年前に突然有名になったんだ」
「なんで?」
「なにせ、あの盗賊団『BlackZERO/BE TOO』をたった2人で壊滅させたからな」
「ウソだろ? 壊滅っていうか勝手に自然消滅したもんだと」
「まぁ、表向きはそうなってるけどな。ウソじゃない、これはその筋ではかなり有名な話さ。盗賊団大討伐作戦の準備でタウロス隊の兵士が数人、『BlackZERO/BE TOO』が根城にしてる街に張り込んでる時に起きた事件だから確かさ。その事件のせいでメンバーは散り散りになっちまって、やつらは暗殺集団と職業を変えて細々とグループを維持するのがやっとだったとか」
「だって、そいつらはウチの国を襲った奴らだろ?」
 野次馬根性で話を聞いていたフラットも、いい加減神妙な気分になってきた。
「ああ、18年前各地で起こった『英雄殺し』の大反乱な。しかも『鬼』と『鬼の盾』は、目撃情報によると12かそこらのガキなんだ。1人は白髪、もう1人は黒髪だとか」
「そんなやつらが、あの盗賊団を? 何百人規模だろ、あの盗賊。にわかには信じられん」
「当時の奴らは全盛期ほどじゃないがそれでも900人強。実際、被害者たちの証言も一致してるから間違いないだろうよ」
 この国に住む人たちで、あまり盗賊団の話を好んでしたがる人はいない。フラットもその例外じゃなく、話題をそらしにかかった。
「はぁ、全然知らなかった。ところで、お前っていつもどこから情報調達して来るんだ。詳しすぎないか?」
 露骨な話題変更だったが、さして気にした様子もなくトルーゴンは淡々としゃべる。
「ドペスターの新聞社に友達がいんのよ。他にも色々な」
「ま、色々教えていただき感謝しますよっと。んで、今回隊長たちはどうだ?」
「う〜ん、聞くところによるとな、よっぽど自分の認める奴が現れない限り、勝ち進むように言われてるらしいんだコレが。年々参加者が増えて、全体のレベルがさがってるらしいからな」
 ふーんと頷きながらフラットは素朴な疑問を投げかけた。
「ところで、隊長で一番強いのって誰なんだ」
 うーんと腕を組んでトルーゴンは慎重に口を開いた。
「序列の参考がねーんだよなあ。隊長同士で直接戦うことは少ないからなあ。ただ俺の見立てだと、サジタリウスのシャトー隊長、リブラのジャッジマン隊長、レオのアリス隊長なんかは、抜きん出てると思う」
 右手の指を折り数えながらトルーゴンが頷く。
「ああ、あの超物騒な名前のついてる3人だっけか?」
「おうともよ。だれが呼んだか、心臓突き、断罪者、獅子嬢」
「ジャッジマン隊長ってちゃんと戦ったことあるのか? っていうかジャッジマンって本名なのか? ジャッジマン隊長って呼ばなきゃダメなのか? あの人あまりわからないんだ」
「ありゃ本名じゃねーよ。わからないのはしょうがない。隠してるからな。鍛錬とか練習試合とかなら剣を振る姿が目撃されてるぜ。その時の相手はたいがいアリス隊長だ。戦績は6:4でジャッジマンが勝ってる」
「じゃぁ、ジャッジマンのほうが強いんだな。っていうか俺もあの2人で警備してる姿見たことあるんだけどよ。仲良くないか、その2人」
「ウマが合うんだろうな。どっちも曲がったこと嫌いだし」
 あれは困ったもんだよなとトルーゴンがため息をつくと、フラットもそれにあわせてため息をついた。
「ふーん、シャトーは?」
「得物はレイピア。的確な剣裁きで相手の急所をつくような戦いかただ」
「なんか普通だな」
 派手さがないと途端にフラットは冷めた気持ちになる。
「ああ、普通さ。でもな、普通も極めればすごいんだぜ」
 自信満々にトルーゴンは胸を張る。自分のことじゃないだろうとフラットが茶々を入れるのも気にせずもったいぶった口調になった。
「どういうことだ?」
「疾いんだ」
「はやい?」
「とにかく、疾いんだ」
「はやいのか」
「ああ、疾いんだ」
「……普通だな」
「悪い、俺もそれ以上は褒めるところがねえ」
 2人は苦笑いで会場に視線を戻した。トルーゴンは準備がよく、手には双眼鏡を構えて会場を眺めている。それを見たフラットは、先ほど会場の物販を回ってようやく双眼鏡を手に入れたのだ。そこの売り子である青い髪の女の子がかわいかったのを覚えている。声をかけようかと思ったが、自分と同じ考えを持っている人間の気配を感じ、断念した。みな、考えることは同じなのだ。特に男なんて。
「さて、今年のダークホースでも探すかねえ」
「そうだなあ。お、あいつなんかどうだ。申し訳程度に短剣もってやがるが、剣を使う気は皆無だな」
「格闘家か? アリなのか?」
「飛び道具無しで、国の認めた武器を持ってればおっけーだ。魔法は無し。素手だったら許されるんじゃねーか」
「ま、今年は勇者と隊長たちの戦いに注目だな」



 ――北の物販スペース――
 試合開始を知らせる大きな鐘の音がしてからお客様がまばらになり、ついには誰もこなくなった。周りの店も同じようで、みんな一様に暇そうにしてる。
「あー、なんだか暇だねい」
 さっきまで馬車馬のように働かせてたレンガも休憩するには十分な時間だったようで、今はぐてんとしている。そりゃ、試合開始前からだってお店はスタートしているのだ。朝早くから商品を運んで陳列などの準備をして、一般客の入場が始まる。入場が朝の9時。業者などの関係者入場が朝の7時から。開会式などは10時からだ。
「急に人が引いたね……誰か目立つ人が戦ってるんだろうか」
「み、みんな必死に試合見てるわよっ!」
「どれどれ」
 商品の双眼鏡をレンガにもらって試合会場を見た。2つの穴の中に映る光景の中から、この暇な状況を作るほどの人を探す。
 死屍累々と横たわる脱落者。
 脱落者を片っ端から運ぶ救護班。
 その中心に、大柄な男が圧倒的な存在感を放っていた。身長は2メーター近くあるんじゃないだろうか。長身、筋骨隆々、その巨躯に見合う大剣が、高く上った日に煌く。あれは確か、アストロジカルの隊長の誰かだ。開会式の時にずらーっと並んでたのを覚えてる。
 その隊長越しに見えた参加者を見てオレは驚いた。まさか、またここで彼を見るなんて思わなかったからだ。
 山のような巨躯に対峙するのは、普通で、平凡な、特徴のない、5分もすれば忘れてしまうような。
 しかし、強い意志を持った、
 オレの友達。



 日は高く、風は熱を持って戦いを煽るように吹き抜ける。客席から吹き降ろす風は客の熱気をさらって会場に吹く。
 その熱気を直接肌で感じる参加者達はいったいなにを思うだろうか。
 自分からは口を開かない男に、彼は問うた。
「お初にお目にかかる。私はタウロス隊の長、モーリシャス・リンドウレイク。貴殿が噂に名高いユーティ・イミヤ殿であるか?」
 巨大な体からは想像もつかないほど丁寧な言葉。彼の態度は、いつ誰が相手でも丁寧さを忘れないのだが、目の前の相手は普段以上に敬意を払ってしかるべき相手である。
 小さな体の男はこたえる。
「はい」
 男、ユーティはニコニコしながら答える。彼の顔は常に微笑んでいて、誰かに不快感を与えることは少なかった。それ以上そこから話も広がらず、モーリシャスは剣を構えた。
「話に聞いたとおりの寡黙さである。では、お互いの力を持って語り合うとしよう」
「はい」
 瞬間、2人の武器が交差する。
 モーリシャスの大剣『シャブU』。
 ユーティの竜剣『ドラゴンキラー』。
 どちらも名剣の部類に入る業物。
 互いに一歩も譲らない初撃。そこから始まる激しい斬撃の応酬。
 鍛え抜かれた巨躯から振り下ろされる剣戟は、さながら四方八方から殺到する闘牛の突進のようだ。本来ならばありえない場所から来る闘牛。直接剣で防ごうと思えば、いくら勇者といえど無事ではすまないだろう。
 それがわかっているのか、ユーティは防がなかった。最小限の干渉で大剣の軌道を微妙にずらし、自分の身を守る。
 一振りごとに風が巻き起こり、大剣がうなり声を上げてユーティを襲う。
 その場から一歩も動かず、ユーティは静かにその剣を弾き、いなす。
 大振りで隙のできたモーリシャスにすかさず反撃を加えることも忘れない。
 攻めるときに攻め、守るときに守る。
 攻め方は一般的な剣の扱い方と同じ。
 守り方は一般的な剣の扱い方と同じ。
 モーリシャスは改めて、目の前の勇者に恐れおののいた。
 彼は、基本的なことしかやっていない。
 特別な技も技術も持ち合わせていない。
 ただ基本に忠実に、状況にあわせて戦うだけ。
 この強さを目の当たりにした者は、いつしか口をそろえて言うようになった。
【基本にして最強】
 一向に変わらない状況を打破したいモーリシャスは、一度距離をとって大剣を構えた。
 荒ぶる闘牛の如く、地面を蹴る。放つは、渾身の一撃。
 大剣をギリギリまで低く構える突進。  
 前傾になった巨体は速度を増し、ユーティの体を貫くべく剣が光る。
 ユーティは避けない。ただ息を吐いて身体から力を抜き、ギリギリまで待つ。
 相手の攻撃を真正面に構え、息を止める。
 一閃。
 砂埃が舞い、2人の姿を視認することはできなかった。
 ほんの一瞬の出来事。
 重く響く金属音。
 やがて吹いた風が砂埃を消し去り、地面に突き刺さる大剣が姿を現した。
「まいった」
 大男は手を上げ白旗を振る。
 渾身の攻撃を回避し、逆転したにもかかわらず、勇者は平静でい続けた。特別なことをしたわけではないのだ。ただ、目の前に迫る剣を弾いただけ。言葉にすればそれだけだが、それをするのにどれだけの積み重ねが必要だろうか。
 モーリシャスは勇者と戦えたことに感謝し、そして静かに剣を納めた彼に問う。
「貴殿は、なにか望みがあるのか?」
 汗1つ見当たらない勇者は普段の笑みで言った。
「はい」



 着々と予選が進む中、高く上る日とはかけ離れた日陰で、暗い路地で、湿った地下で、事は進んでいた。


 ――全身包帯の男は立ち続けた。
 使命を果たすため、
 あまり温度の上がらない日陰で。
 右耳の耳たぶの小さな穴をいじり、暑さに耐えていた。
 にじる汗もそのままで、使命を果たすため、彼は立ち続けた。


 ――連れ込まれたのは、暗い路地裏。
 連れ込まれたのは、大会の係員。
 逆光で自分を連れ込んだ人物の顔はよく見えない。
 ただ、首筋に小さな刃物を押し当てられたことはわかる。
 体格が明らかに自分より小さいこともわかる。
 自分の命が、この後の返答次第で変わることもわかる。
 黒いシルエットに、端まで釣りあがった口だけが真っ赤に見えた。


 ――地下で影が擦れる。
 誰にも気づかれず、誰にも遮られず、影は動く。
 スルスルと闇に溶け合い流れる。まるで闇こそが自分の住処のように。
 影が歩を進めるたびに、美しい衣擦れの音。
 深い泥の闇を悠然と進む。
 苦しく重い抵抗などものともせず、ただ美しい歩み。
 どんなことでもエレガントに。
 影が主に最初に言われた言葉。
 自分の仲間を救う仕事を与えられ、地下牢までやってきた影。
 忘れもしない初対面の禍々しさが、今でも地下に満ち満ちている。
 背筋がゾクゾクするほどの禍々しさは、今でも忘れない。
 影はふっと笑い、歩を速めた。
 もう一度、あの傲慢な仲間に会うために。



 予選が進むほどに、客足が増えた。
 なぜか。
 自分のひいきにする選手、めぼしい選手が見つかり、その選手にサインを求めるため、色紙とサインペンが飛ぶように売れた。1人で5枚買うような人もいた。
 色紙は多すぎるほどに仕入れていたけど、このペースで行けば決勝開始には在庫がなくなるかもしれない。サイン帳も在庫が心配だ。
 試合は見れたり見れなかったり。
 ゆってぃの試合は偶然客足が引いたから見れたけど、それ以外はまちまちだった。ゆってぃ以外、誰が勝ち上がってるか正直わからない。
 時折誰かのアナウンスが聞こえるけれど、それすらもよく聞こえないことが多かった。
 そして徐々に会場が静かになっていく。
 なにかが始まるんだな。って肌で感じた。

『さぁ、聖剣祭の予選が終了いたしました。今年はアストロジカルの隊長の半分が倒されるという大番狂わせ。
 さて。決勝の前に、もう一度ルールの説明をさせていただきます。
 決勝戦は一対一のトーナメント方式。現在、闘技場に石の舞台を設置しております。縦横80メートルの正方形。そこが、戦いの舞台となります。
 武器は刃抜きのものでなく、各個人の物を使っていただきます。
 重火器及び飛び道具は禁止。必ず、刃物に分類される武器を使っていただきます。ですが例外といたしまして、審査を通った刀剣類なら投擲もオッケーです。
 魔法の使用は禁止。万全を期すために、魔法の使用を制限する魔石を闘技場の四方に設置いたしました。選手が戦う闘技場での魔法は使用できません。
 そして試合結果は、場外と、審判が戦闘不能と判断した時点で勝者を決定いたします。
 試合によって受けた怪我は、大会委員が全力でバックアップいたしますが、死亡や障害の責任は一切請け負いません。ただいま、選手たちにその旨を含めた誓約書に署名していただいております。
 なお、決勝戦につきましては試合の模様を会場にあります2つの大画面にて放送致しますので、ぜひそちらもご覧ください。
 この会場に設置しております魔石の技術はすべてノダイ社の提供です』

「この大会って結構危ないんだねい」
 場内に流れるルールのアナウンスを聞いてレンガは呟いた。
 関わりたくないと言った仕草だ。
「それに関しちゃ同感。
 わざわざ命の危険さらして他力に頼って願い叶えようだなんてバカげてる。
 せやったらてめーでどうにかするっちゅうんねん」
 そりゃ国家レベルで願いを叶えてくれるわけだしね。
「なんかアキラらしくない言葉が出てるねい」
「ありゃ?」
 思った事と言いたかった事が入れ替わっちゃった。
「違う違う。まぁ、そりゃ国家レベルで願いを叶えてくれるわけだしねってことが言いたかったわけだよ」
 世界制服とか本当に大きな願いは叶わなさそうだけど。
「お願いが叶うのっ!? アキラならなにが欲しいっ!?」
 イルナさんの特技発動。
 キラキラする目。イルナさんの瞳は1万ボルト!
 オレは自分の汚さに飲み込まれそうになった。
「記憶かお金。いや、記憶はイルナさんが知ってるわけだからお金かな」
 あっさり飲み込まれたオレはセリフが全面的に汚くなった!
「うっ! い、言わないわよっ教えないわよっ! れ、レンさんは!?」
 力技で話をレンガに振った!
 恐るべしキラーパス。
 そんなに必死にならなくてもいいじゃんよ。
「アキラに作った借金の返済だねい」
「み、みんなお金ばっかりなのねっ……」
 ため息をつきながらがっくりと肩を落す。
 イルナさんにはお金のすばらしさがわからないようだ。
「そう言うイルナさんは?」
 オレが振ると、電源を入れたようにパアッと顔を輝かせる。
「えへへ〜、みんなと、ずーっと一緒にいることっ!」
「それは無理だね」
「無理だねい」
 オレとレンガはほぼ同時に答えた。
 そしてお互いの顔を見てため息をつく。
「即答なのッ!?」
 即座の否定はさすがに凹んだようで、テンションは再び急降下した。
 とりあえず理由だけでも言っておかないと収集がつかないかもしれないから、ちょっと要点をまとめた。
「人はいつか死ぬし、モノはいつか壊れるし、記憶はいつかなくなる。ずーっとなんて永遠はどこにもないんだよ。それよりも、生きてるうちにオレが覚えてないこと教えてよ」
「アキラ意地悪だから教えないっ!」
 イルナさんはぷんぷんしながらあっちを向いてしまった。
 狭いから違う方向むくしかないんだけど、それでもオレと違う方向を向き続けるのはなんか子供の喧嘩っぽい。くだらないなあ半分、大人気ない意見だったなあ半分。
 ま、オレが意地悪じゃなくても教えてくれないから期待してはいないけど。
 困ったもんだよ、とオレがため息をついて、この話は終わるはずだった。
「アキラの言うことも間違っちゃいないねい。ただ、この変態は何を言ってるんだねい」
 オレがプチ記憶喪失だということを知らないレンガは何かを勘違いした。
「あれ? なに勘違いしてるの?」
「まったく、酔った勢いだなんてアキラも隅に置けないねい」
 ニヤニヤしながら親指を立てるな。
 オレは次の言葉に万感の思いを込めた。
「いっぺん死んだら?」
* WONDER SOWRD ( No.63 )
日時: 2011/08/15(月) 00:59:32 メンテ
名前: now


 しばらく時間が経ってお客様が減ったので、オレは休憩させてもらうことにした。珍しく、レンガが気を使ってくれた。「疲れてそうだから少し寝たほうがいいねい」って。
 それはここ一週間睡眠時間が激減したせいだ。原因はもちろんイルナさん。おかげさまであんなに分厚い『八英雄物語』を読破することができた。ああ、あんなあどけない寝顔でくっつかれなければもっとしっかり読むことができただろうに。大雑把に言えば、この大陸が今の形になった由来のお話。6大国が出来上がったのはこの辺の出来事なのだ。
 目をつぶるとたくさんの活字が滝のように上から下へと落ちていき、その中にイルナさんの寝顔で浮かんでくる。睡眠の間もオレの邪魔をするのか! 無理矢理心を静めて、頭の中を空っぽにする。ちょくちょくイルナさんが出てきたけど、何度も追い出す。そうしてようやくイルナさんが出なくなった頃、オレは安らぎの睡眠を手に入れた、
 はずだった。
 商品の中に椅子を移動させて眠っていたのに、誰かがたたき起こした。
「アキラ、大変だねい」
 声はレンガ。
「ん、レンガの借金が10倍に増えた?」
 それで借金が返ってくれば5億だひゃっほう。
「微妙に寝ぼけてるねい。なんでそうなるんだねい。コレで会場見てみるねい。今第2試合だねい」
 双眼鏡を渡され、オレは目をこすってから試合会場を見た。
 眠気が一気に醒める。
 そこには、忘れもしない顔が戦っていた。
「アキラ、気持ちはわかるがねい。顔がやばいねい。お嬢ちゃんがびびってるねい。通行人が引いてるねい」
「いやっ! あたしっ! そんなアキラ見たくないっ〜!」
 双眼鏡を付けたままなので、2人がどういう顔をしているのかはわからない。
 思わず双眼鏡を地面に叩きつけそうになる。両手がギシギシと双眼鏡を軋ませる。けれど商品だというおかげで、最後の一線を越えずに済んだ。
 憎い、あいつが憎い!
「この気持ちをドウスレバイイ?」
 試合会場で戦っていたのは、忘れもしない、オレの儲け話をおじゃんにした憎き男。こいつのせいで、今オレたちは経済的に苦しい状況にいるのだ。それがのうのうとこんな場所で戦ってなめてんのかアイツは!さっさと稼いで借金返しやがれ!
 オレはリュックからメモ帳を取り出すと、ペンで言葉を書きなぐる。憎しみと憎しみと憎しみを込めて、最後に呪うような想いでレンガに渡した。
「レンガ、あいつにこれ届けてきて」
 レンガがその内容を見ると、苦い顔をして頷いた。
「……わかったねい」

 選手控え室。
「よっしゃあ! 快勝だぜ! この調子で優勝はオレのモンだ」
 選手控え室から飛び出した青年。先ほど、アキラが鬼の形相で睨んでいた男。
「お久しぶりだねい。ナックさん」
 その前で待っていたレンガアカは軽く挨拶をする。
 身長は170cmを少し超えたぐらい。赤の鮮明な髪の毛が、ニワトリのトサカを連想させる。服は麻の簡素なもの。しかしその隙間から覗く体つきはガッチリしていて、研ぎ澄ました精悍さを持っている。
 この青年が、酔った勢いでアキラの仕入れた酒を馬車ごとひっくり返した事件の首謀者。アキラが殺したいほど憎んでいる人物である。
 ナックが自分と同じ借金仲間と思うと、レンガアカは妙にやるせなくなる。なぜあんな男に借金してしまったのだろうかと。
「げっ、お前はあんときのあいつの……」
 さっきまでの笑顔はどこへやら、引きつった表情でレンガアカを見るナック。無理もない、ナックの中でアキラの存在はトラウマ化している。悪魔(アキラ)は前途ある青年に、一生拭いきれないトラウマを生みつけた。その光景は筆舌に尽くしがたく、泣いていた子供が泣くのを止め無理に笑いながら逃げ出すほどだった。半分以上、イルナもそういう子供たちの部類に入りたかったのだろうが、相手がアキラだったために目をつぶって耳を塞いで逃避するだけに留まった。
「そうだねい。それでアキラからコレを届けるように言われたねい」
「そ、そうか」
 ”アキラ”の名前が出た瞬間に、ナックはうろたえる。アキラの発音だけで、体が自然と萎縮する。似た音声でも同じ現象が起きる。彼はここしばらくバニラ味のアイスが食べれなかった。
 渡された紙を見ると、そこには紛れもなくアキラの筆跡でこう書かれていた。
【死んでも優勝して借金返せ死ね。
  さもなくば死ね臓器死ね売って死ね。
   さもなくば死ねジャックに臓器死ね売り死ね飛ばす死ね】
「……さもなくばが2回、あとは、死ねって書かれすぎてて読めないんだけどよ……」
「死ねを抜いて読むしかないねい。じゃ、頑張ってくれよい」
 これ以上やることもなく、かといって早く戻らないとまたアキラに怒られそうだったので、レンガアカは踵を返して選手控え室の前の廊下を歩いていこうとした。
「ま、まてっ。ここにあいつがいるんだな?」
 ナックは確認する。
「ああ、北のほうで見てるねい」
「絶対勝ってみせるぜって、アイツに伝えといてくれ」
 ニッと歯を見せて笑うナック。突き出した拳が頼もしい。
 彼は最初から、この試合で優勝し、賞金を得ることだけを目的にやってきていた。その金で借金を返済し、アキラのトラウマを克服するために戦ってきた。
 事情を説明され、レンガアカは感心しながら頷いた。
 その根性は見上げたものだ。しかし、彼は勝てるだろうか。
 いくらなんても国家レベルの強者が集まる試合で、たかが田舎の酒屋の青年が優勝できるなんてことがあるのだろうか。
 酒が入ればあるいは。
 そんなことを思い、レンガアカは彼を応援した。
「楽しみだねい」



 北物販スペース。
 再びダンボールにまみれて寝ているオレを誰かが揺さぶった。
「あ、アキラ大変ッ!」
 イルナさんの声。
 レンガなら怒鳴り散らすところだけど、女の子を怒鳴り散らすのは気が引ける。
「今度はどうしたの?」
 目をこする。
 珍しくイルナさんが焦ってる。
 あわただしく腕を振り回したくてうずうずしてる。商品があるから腕を振り回さないでいるのは成長の証だろうか。保護者として嬉しいです。
「あ、あそこで戦ってる人っ、あたしを襲ってきた人っ!」
 オレに双眼鏡を手渡し、舞台を指さした。小さくて綺麗な指筋の指す方向には黒い人。双眼鏡を覗きながら小声でたずねる。
(それって魔法王国の人?)
 見覚えがない。っていうか相手はみんなローブを目深にかぶってたから認識する暇なんてなかったし。
(そ、そうなのよっ!)
 でもイルナさんが言うからにはそうなのだろう。
「びっくりだねい。あの借金取り、こんな場所まで来てなにやってるんだねい」
 魔法狩りのことを、借金取りの説明で納得したこいつはオレのことをどう思ってるんだろう。

 試合会場第3試合。
「慈悲深い我は、先に宣言しておこう。貴様に棄権する権利を与えてやる」
 白い儀礼用のローブを纏った白髪の男が高らかに剣を掲げる。十字架のような、煌びやかな装飾の剣。胸元には大きな銀の十字架。左手に茶色の背表紙の本を掴んでいた。
 明らかに異質だった。
 なぜ宣教師がこの大会に参加しているのか。会場に疑問符の嵐が飛び交う。
「我ら四神教は許すこと与えることを教義としているゆえ、貴様に我から与えることは棄権の権利だ」
 チェアー・ゴッズが宣言したことは、ほとんどの人が理解できなかった。なにゆえ、そんな上から目線なのか。戦いに来てる相手に対して棄権を促すなど、何事なのか。そして、彼が大真面目であることも、全員が理解しがたいことだった。ただ、この会場にいる一部の四神教信者は首を傾げるばかり。チェアーが口にしているのは確かに四神教の教義であるのだが、行動が一致していない。許すこと与えることとは、あれほど傲慢に行なえるものだったのだろうかと。
「神様信じない」
 NO表情NO興味。
 バッサリと返すのは、魔法王国『インフィニット』青の部隊ギバップ・コンテニー。この大会には、素性を隠しての参加である。
 チェアーの自己主張の強さに比べると、影のように存在感がないギバップ。黒い髪、黒いパンツ、黒いシャツ。全部が黒く、闇にまぎれたら存在を消すことすらしそうなたたずまい。
 右手に持った切っ先のない剣が、所在なさげに地面をこする。
「おお、神を信じないとはなんと哀れな。この試合が終わり次第、貴様にも我らが教典を与えてやろう」
 左手の本を差し出す仕草を見せる。
 ああそれ教典だったんだ、と何千人もの人物がごちた。
 会場の大画面には、チェアーの本が拡大して映される。
「教典いらない」
 NO表情NO興味。
「まぁそう言うな。我が優勝した暁には、願いとして四神教の布教活動の全面協力を要請するつもりだ。使徒は多いほうがいい。早いか遅いかだけの違いだ。ぜひ受け取るといい」
 こちらも負けじとNO遠慮NO常識。
「そんなの信じない」
「では何を信じるというのだ」
「我らは王の意思と共にあり」
 端的に言い放ち、ギバップは剣を構えると同時に走り、斬り上げる。
 さまよえる幽鬼の如く。影のような斬撃。
「無駄だ!」
 チェアーは容易に剣を弾く。派手な音がして、ギバップが左にサイドステップ。再び斬り返し、それも弾かれる。
 たった二撃のやりとりで、会場中の人間が意識を変えた。ふざけているだけかと思われたチェアーの技量が証明されたのだ。つまり、言うだけのことはあるヤツだと認識された。この国は、腕っ節の強い人物に対しては寛容なのだ。
 何度か切り結びながら、チェアーは高らかに叫んだ。
「神の加護がある我にそんな攻撃は通じん!」
 一度距離を置き、首をかしげたギバップ。
 2人の間に妙な間。当のチェアーも、動いてはいけないような気がしてしまったのだ。
 緊迫した戦闘が続くと思われた会場は拍子抜け。
 その時間、約5秒。
「神の加護、具体的になに?」
 5秒前に宣言したチェアーが少しうろたえた。
 超然的な意味で使っていた彼は、その具体性を全く考えたことがなかったのだ。
 初めてされた指摘。
 このままでは、神にも申し訳がない。
 少し考えてから、再び自信満々に宣言する。
「貴様の動きが手に取るようにわかる」
 それは神の加護じゃなくただのエスパーじゃないかとツッコミを入れた観客は何万人もいた。遠く北の物販スペースで、双眼鏡を覗きながらため息をついたある男はこう呟いた。「ああ、バカなんだアイツ」、と。
「それほんと?」
 NO表情BUT興味。
 神様は信じないくせに人の話はすぐに信じてしまう。
「ならこの私に一太刀入れてみるといい」
 自信が白い法衣を着て立っている。という表現が相応しいほど、彼は堂々としていた。その自信はどこに埋蔵されているのか。それとも、銀行に定期預金でもしているのだろうか。しかし、彼は言葉通りこれまでに一太刀も食らってはいない。
「試してみよう」
 靴のつま先をぽんぽんと地面に叩きつけ、ギバップが剣を構えて問う。
「次の攻撃。右、左、どっち」
 ゆらゆらと、切っ先の無い剣を左右に振る。どちらから攻撃を加えるか当ててみろ、ということらしい。
 ギバップの意思を汲み取り、チェアーは自信満々不適に笑う。
「どこからでもくるといい」
 チェアーが剣を構えたのを確認し、ギバップは頷いた。
 無表情なまま、
 土を蹴り、
 彼の姿は消えた。
 よそ見をしたわけではない。
 ただ、見えなかったのだ。
「どっ、どこだ!」
 左右に首を振る。
 右でもない、
 左でもない。
 ――声は、
「後ろ」
 背中を蹴りつけられ、チェアーは倒れた。
 その首筋に、切っ先のない剣をそえる。
「残念、諦めろ」
 NO表情LOST興味。
 つまらなさげに、ギバップは冷たい息を吐いた。
「ま、まいった」
『勝者、ギバップ選手です!』


 北物販スペース。

 会場の大歓声。
 あのギバップって人が勝っちゃって、司会者にインタビューを受けていた。
「ところでギバップさんの願いはなんですか?」
「国に連れてきたい人、2人いる」
「おー、一緒に暮らしたいというわけですね」
「そんな感じ」
 そのやりとりを聞いて、オレとイルナさんは顔を見合わせる。レンガはずっとモニターを見たまんまだ。
(誘拐のまがいごとみたいなことさらっと言いやがったよ!)
(ど、どうするのっ!?)
(負けてくれることを祈るしかないよ)
(そ、そうよねっ)
「あの借金取りずいぶん強かったねい」
 レンガがこっちを振り向いた瞬間に、オレとイルナさんはばっと離れる。離れるっていってもスペースは狭いから不自然な感じにしかならなかった。
「ん? どうしたんだねい?」
「ああ、確かに強かったけどさあ、アレは単純に相手がバカだから余裕だったんじゃない?」
 まさか、四神教にあんなバカがいるとは思わなかった。四神教とは、この世界に広まっている宗教の1つ。この世界を作ってくれた神様に感謝しましょうっていう穏やかな概念を持つ宗教だ。
「あの宗教の信者にしちゃ強かったねい。たしか、そっちは修道女に知り合いがいただろい? それと比べてチェアーって人、どう思うねい」
「どうもなにもただのバカでしょ。教義の拡大解釈にも程があるよ。きっと金持ちだろうね、あういうやつは」
「アキラは相変わらず金持ちが嫌いだねい」
 金持ちはきらいっちゃきらいなんだけど、もっと嫌いなのはその考え方だったりする。どうにもお金を持っている人ってのは上から目線になりがちなのだ。同情とか優越感を味わいたいがために人に施しをするとか、そういうのがムカつく。鼻持ちならない。死ね!
「あーあ、自給自足の慎ましい生活送ってるさっちゃんが聞いたら苦笑いだろうなあ」
 彼女は今も元気にやってるだろうか。
 北のほうの空を遠く眺めてみた。鳥が三羽、飛んでいただけだった。



 ***

 次の試合は、もはや見逃せないものだった。
「フレー! フレー! ユッウッティーッ!」
「フレーッ! フレーッ! 勇者さんッ!」
「2人とも応援に熱が入ってるねい」
(トーナメントでゆってぃにギバップを倒して欲しいだなんていえないよ)
(そっ、そうよねっ!)
 せっかく逃げ切ったのにここで捕まるなんて悲しすぎる。
 そしてゆってぃが出るとお店が暇になるから困る。
 だから応援に専念できるわけなのだ。



 試合会場第4試合
 風貌は異様。
 全身に黒色の甲冑を纏った騎士。
 顔も円柱のようなヘルメットで閉ざされている。彼の視界は、そのヘルメットの前方に無数に入った縦線の隙間だけである。柄の石づきを強調した黒剣を構えるが、動かなければ飾ってある中身の入っていない甲冑と見まごうほど、彼は真っ直ぐと立っていた。
 守護隊最強と名高い実力者。断罪者ジャッジマン。
 彼の在り方は、他の守護隊とは別な形で国民に一目置かれている。 
「参る」
 重みのある声が、音を集積し増幅拡散する魔石を通じて会場に響いた。
 対するのは、あくまで普通の、
「はい」
 ”勇者”
 甲冑の漆黒が白く光る。
 咄嗟に勇者は剣を前に出した。
 鉄の激突。
 ジャッジマンが勇者を斬りつける。相対したために金属音がして、勇者が後方に飛ばされる。
 断罪者が繰り出した剣撃は鋼をも切り裂く剛の剣。かろうじて剣で受け止めた勇者は勢いを殺しきれなかったのだ。しかし、飛ばされながらも体勢を崩さないままでいるのはさすが勇者。
 ようやく勇者が動きを止めた時、その場所は石舞台の端。ここから落ちれば、彼は場外となり問答無用で敗北となる。
 急いで安全な中央へ移動しようとするが、できない。
 騎士の姿を認識した直後、彼はすでに新たな斬撃を放っていたからだ。
 勇者は動けない。断罪者の一撃は、洪水のような重さ。押し返すことのできない剛剣。全身に力を込めることで、かろうじてその場で立ち止まれるだけ。
 力は圧倒的。
 位置は絶望的。
 あと80センチ。たった80センチ押すだけで、勇者は舞台から落ち、騎士の勝利が確定する。
 鉄の騎士は動かない。――動けない。
 いくら踏み込もうとしても、
 いくら力を込めても、
 勇者は退かず。
 勇者に、さして特別なものがあるわけではない。
 彼が動かないのは、しっかりと足で地面を踏ん張っているだけ。口で言えばそれだけのことが、いったいどれほど重要なことだろうか。立つという基礎中の基礎が極められていなければ、騎士の剣は止められない。
 顔の見えぬ騎士の口から、言葉が漏れた。
「勇ましい者とは、見る聞くでしか知らぬ者だと思っていた」
 その姿に心の在り方を見たようで、騎士は大いに満足した――。


 ***
 北物販スペース。

 中央までジャッジマンを押し返したゆってぃは、剣舞の応酬を重ね、最後はジャッジマンの剣を弾いて勝利した。
「さっすが勇者さんっ! コウホさんも見てるのかなっ!」
「どっかにいるだろうね」
 イルナさんがゆってぃの勝利に喜んでる横で、オレはどうにも腑に落ちなかった。大画面に映るゆってぃの姿。その後ろを、ジャッジマンが黙って歩いていく。
 立派な甲冑。お金持ちの家に1つは飾ってありそうなやつ。売ったらすごくいい値がするんだろうな。なんたってフォルムがいい。あの甲冑は防御よりも、動きやすさを重視している。光り方が軽い金属の特徴で、安っぽくテカテカしているのだが、見ていて気づいてしまった。あの光り方とは裏腹に、その金属は超貴重な素材だったのだ。お好み焼き2000枚売ったって、あの大きさの鎧は作れない。うわー、あの鎧欲しい。
 ”無傷”の2人は舞台を降りる。
 腑に落ちない。
「やっぱり、アキラもだねい?」
 オレの表情を見て、レンガも思案顔。
「ああ、やっぱり?」
 お互いの顔を見合わせた。
「どうしたのっ?」
 曖昧にごまかせばよかったのだけど、レンガはオレにアイコンタクトしてから疑問のわけを話した。
「あのジャッジマンって人だけどねい。……わざと負けたような気がしてならないんだねい」
 途中から、声のトーンを落したレンガ。それは正しい。根拠がなく、違っていたら失礼な話になってしまう。大声でするような話じゃない。
「ええっ!?」
「しっ、声が大きいよ」
「ごっ、ごめんなさいっ……」
 しゅんとするイルナさんに、複雑な顔でレンガは続ける。
「俺は剣に詳しくないけどねい。それでもジャッジマンって人からは、なんていうか、戦う気持ちみたいのが感じられなかったんだねい。勘違いかと思ってたけどねい、アキラもそう思ったねい?」
「うん。レンガの言うとおり、彼から戦う意志を感じなかった。負けてもいいって思ってるんじゃないかな」
「でもっ、でもっ、ちゃんと戦ってるように見えたわよっ?」
「内容としては、素晴らしくて飽きなかったねい。ただ、それ以上になにかが欠けてるように思えたんだねい。具体的なことじゃないからうまくは言えないねい」
 オレも同様の意見だったから、それ以上はなにも言わず、集まり始めたお客様の相手をして、もやもやを忘れようとした。
 いいじゃないか、ゆってぃが勝ったんだから。
 そう何度も言い聞かせた。
* WONDER SOWRD ( No.64 )
日時: 2011/08/16(火) 03:07:41 メンテ
名前: now




『次は今回の最注目カード、アストロジカル同士の戦いとなりました。レオ隊からアリス・ハルジオン隊長と、サジタリウス隊からシャトー・ノマリア隊長!
 個性的な隊長達の中でも”特に”主義主張が強いアリス隊長と、唯一の良心かつ”無”個性シャトー隊長。これはこれはとても気になる組み合わせであります。数少ない女性参加者同士の対決としても、これは注目です!』
「あ、スーちゃんも出てるんだ」
 実況の勝手な解説を聞きながらつぶやいた。さっきナイフ買ってったから暇してると思ったんだ。
「アリスさんっ、かっこいいけどっ、全然イメージが違ってっ」
 イルナさんがもじもじしながら言う。
「スーちゃんのイメージって何?」
「あ、あたしのねっ、好きな本の主人公の名前がアリスなのっ!」
「……」
「ど、どうして黙るのっ!?」
「本読むんだなあって」
 ただの頭の弱い子だと思ってたなんて心臓が裂けてもいえない。
「あ、あ、あ、あたしだって本ぐらい読むわよっ! 図書館でも本読んでたでしょっ! ”森”ってあまりやることないのよっ! 忘れちゃったのっ!?」
 イルナさんの顔が噴火した!
 激情しながら腕を振り上げる!
「だから覚えてなげべらっ」
 顔面インパクトの瞬間、イルナさんの目に光るものがあったのをオレは見逃さなかった。
「あっ、そうだったっ…………ごめんなさいっ……」
 イルナさんは塩をかけられたナメクジのようにしょんぼりしてしまった。
 オレは頬が焼けるように痛かった。
 焼けてないよね?
 時折、イルナさんの口から語られる”森”。
 それっていったいどんなとこなんだろう。


 アキラの顔面衝突とは無関係に、事件は物販スペースではなくでなく、舞台上で起きていた。
「その実況、納得がいかない!」
「主義主張が強いとはどういうことです! わがままみたいに思われるじゃねーですか!」
 試合会場で向き合う2人。アリスとシャトーは大きく叫んだ。
 そんな2人の姿は、会場に2つある巨大モニターに映し出されている。集音マイクが舞台に設置してあるが、それでも地声で会場中に声を届けてしまわんばかりの叫び。心からの叫びだった。
「いや、あなたはわがままだと思う」
 しかし、シャトーは突然冷静の面持ちでアリスに向き直った。
「なんです! あんたこそ空気女です!」
 言葉にカチンときたアリスは猛烈に噛み付く。吼える姿が、どう見てもライオンのそれだ。
「人が気にしてることをズケズケと言わないで。それにそんなことで怒るなんて単細胞っぽい」
 冷静に返すシャトー。だが、額に浮かぶシワにアリスは気づいている。空気とか影が薄いとか言われることをシャトーが嫌っていることも、アリスは知っている。
 そこからさらに、彼女が気にしている名前を言った。
「あんただってさっき抗議してたです! 棚に上げんじゃねーですシャトー・”ノーマル”!」
「シャトー・ノ、マ、リ、ア! 私の名前をもじらないで!」
 額に浮かぶ♯のようなシワはさらに大きくなった。
 2人の言い争いが面白いのか、舞台の実況席にいる司会者の男がマイクで声を張り上げる。
『ちなみにシャトー隊長は、カリヴァーン発行の情報誌『月刊エスオーディーオー』にて企画された一般市民10000人アンケートにて作成したランキングより、〔一番身近にいそうな守護隊隊長〕で他の12人を差し置きぶっちぎりの9945票を獲得。栄光の1位に輝いています!』
 火に油が注がれた。
「こらー! その情報傷つくからやめなさい!」
 半音上げる記号が、今度は井の字と読めてしまうほど大きくなった。
「むしろ残りの55票はどこへ消えたんです」
『えーっと資料によりますとタウロス隊のモーリシャス・リンドレイク隊長ですね。理由は近所で酪農やってるから、牧場があるから等、本当にご近所さんの票が入ったようです。他の隊長にこの項目での票は入ってません』
「納得がいかない! ……いえ、やっぱいい。他の隊長達が身近にいるなんて想像できない」
 ため息をついて抗議を撤回した。
 他の隊長が個性的なのは、隊長である自分が最もよく知っていたから、だんだん反論できなくなってしまった。
「ふふん。自分の普通さを身をもって知ったです」
 勝ち誇ったアリスが高らかに笑っていると、再び司会者が手元の資料に目を通した。
『これもちなみにですが、レオ隊のアリス・ハルジオン隊長は〔一番危ない隊長〕・〔守護隊の仕事以外で人を殺してそうな隊長〕・〔長時間一緒にいたくない隊長〕・〔会話が続かなさそうな隊長〕・〔彼氏彼女にしたくない隊長〕ランキングで五冠に輝いています』
 火に爆弾が投げられた。
「ウソですッ! ロードの野郎以上に危ないなんてウソです!」
 アリスが叫んで上げた人物は、ヴァルゴ隊の隊長、ロード・マックス。アストロジカル随一のコワモテで、右頬にある一直線の刀傷が彼の過去に対して勝手な妄想を抱かせるためか、前科が三桁超えてるんじゃないかとまことしやかに囁かれるような人物。
 だが彼の名誉のために言えば、家で育ててるサボテンの鉢に毎朝水を上げることが日課という心優しい人物であると言っておかねばなるまい。
 アリスはそれを知っている。しかし、それを認めるわけにはいかない。特に最後は、女性として屈辱だった。
「いや、あなたは結構危ない」
 その思いをあっさりと否定され、アリスは激怒する。
「ウソですッ! なら私の危ないと思うところを今!ここで!10個以上上げてみろです!」
 そう噛み付くと、一瞬だけシャトーは思案顔になった。
 その表情の意味を、アリスはウソをついているのだと断定した。本当は、危ないと思うところが見つからないから、今ここで言えなくて、それがバレると思って言えないのだと。
「いいの? 長くなるわよ?」
 シャトーは躊躇する。
「ふん、そんなのウソです」
 そらみろ、と言わんばかりの表情でシャトーを睨む。
 シャトーがためらう理由は1つ。
 思いつかないのだ。自分のような潔癖の人間が危ないと思われるなんて心外もいいところ。早く、本当は見つからないと言って謝罪してくれればいい。謝ってくれさえすれば、あとは試合でぼこぼこにするだけ。
 長い間が流れ、シャトーはついにその重い口を開く。
 さぁ、早く謝るです。
 そんな視線でアリスはシャトーを睨み続けた。


「そうね、まず剣フェチなのが一番危ない。いつだって刃物持ち歩いてるし、あなた給料の大半を鍛冶屋で使ってるでしょ? 毎週日曜日には刀剣市に一日中入り浸ってニヤニヤしながら剣を眺めてる姿は異常ね。自分の家を改装して半分を武器庫にしちゃったのも信じられない。それに」
「だだだだだだ、黙りやがれです!」
 白日の下に晒される自分のプライベート、もとい至福の刀剣ライフ。恐るべき速さ、音速で遮るも、時すでに遅し。音は光の早さにはついていけないのだ。
 自分の顔から冷気が失われていることに気づくアリス。今ならお茶でもコーヒーでも食べ物でも温められるんじゃないかというほど頬が上気し、冷める気配を見せない。そのくせ背筋には寒気が蠢き、手足の先は虫が歩いてるんじゃないかと思うほどムズムズする。
 つまり、穴があったら埋まりたいほど恥ずかしがっている。
「まだ半分も言ってないわよ?」
 冷ややかな目でシャトーはアリスを見た。
 その目が堪らなくアリスは許せないが、今はそれどころじゃないほど混乱していた。会場中が、まだあるのか、と好奇の眼で自分を貫く視線が痛い。
「な、なんで私が休日に刀剣市へ入り浸ってると知ってるです! バッチリ変装してたです!」
「え、あのPコートとサングラスとニット帽はそういうことだったの?」
「な、な、な」
「その髪は帽子におさまらないでしょ。あなたは自分がもう少し目立つと自覚したほうがいいね」
「あんたはもっと目立ちやがれです! この空気使い!」
「私は一回も空気なんて使ったことなんてない! レイピアもわからないなんてやっぱり頭弱いんじゃないの! あなたなんてアリスじゃなくてバカリスよ!」
「馬鹿とアリス合わせてテトリスみたいに言うなです!」
「何度でも言ってあげるよ、バ カ リ ス! ア ホ リ ス!」
「ムッキーです! この影幸 薄子!」
「なんですって、この不思議な頭のアリス!」
「なにを蜃気楼人間!」
「私は消えたことなんてないよ! あなたは彼氏いない暦=年齢女でしょ!」
「地面に落ちてるBB弾女!」
「剣フェチ!」
「ほぼ一般人!」
 ・
 ・・
 ・・・
 ・・・・
 ・・・・・

「「はぁ」」
 肩を落して、2人は同じようにため息をついた。
 深く深く、後には何も残らない溜め息だった。
 いい加減言い争いが不毛だということに気づいたのと、自分たちの認識の悪さについて改めて思い知らされ、精神的に大ダメージを負ってしまった。
『あのー、戦い以外で戦い終わったみたいな感じやめてもらえますか? 試合なんでそろそろ始めていただかないと』
「……やりましょうか……」
「……そうですね……」
「……終わったら一緒に呑みに行きましょう……」
「……そうですね……」
『葬式のようなテンションやめてもらえませんか?』
「誰がそうさせた!」
「誰がそうさせたです!」
 同時に響いた叫びは、空の雲に飲み込まれた。


 北の物販スペース。
「スーちゃん普通に勝ったね」
「うんっ、普通だったわねっ」
 戦いよりも言い争いのほうが面白かったなんて、失礼だろうか。


***
 みんなの言いたいことはわかる。
 全部わかってる。
 それでも、納得のいかないことっていうのはある。
 それでも、どんなことがあっても、いつだって青い空。
「……っ」
 青い顔のイルナさん。
「なんでだねい」
 青い顔のレンガ。
 恐らく、オレだけが、平静を装っていた。目の前で自分のお金を盗もうとしてる人に対して、完全に無視して盗られろというようなもので、本当ならば叫んでお店を閉店にしてしまいたいほど、とりあえず今の試合を見たくないという気持ちが強い。
 それでもやってくるお客さんを無視するわけにはいかない。
「あ、おにーさんおにーさん! 今戦ってる隊長じゃない方って予選でどういう感じだった? え? 見ているこっちが残念な気分になる無双状態? バルゴ隊のロード隊長との戦いはただの私刑(リンチ)だった? うん、よくわかりました。ありがとうございます。お礼に色紙一枚おまけしときますよ。まいどどうも〜」
 買い物に来ていたお兄さんは、その時のことをバツの悪そうな顔で話してくれ、そのまま色紙を買って人ごみに消えていく。
「アレもグッズになったんだね」
「アキラ、無理して冗談言わないほうがいいねい。唇が青いよい」
 肩にぽん、とレンガの手が当たった。

『アーハッハッハッハッー! 死ねぇ!』
『ホープ選手圧倒的! 圧倒的です! ストラバークス隊長の尾剣『デスストーカー』も為す術なしです!』

 舞台の上のちっこい悪魔が、隊長と思わしき青年を、
 一方的圧倒的かつ鬼の所業の方が血が通ってるんじゃないかと思えるような阿鼻叫喚の地獄絵図でズタズタにしている。
 近くの客席には、子供の目をふさぐ親の姿が数多く見られた。 
「……哀れ、スコーピオンの隊長……」
「――あッ、アリスさんッ、大丈夫かしらッ……」
 珍しく苦手な人の心配をしていた。
 苦手意識すら引っ込んでしまうほどの光景だった。
 今日の夕飯は喉を通るか心配。
「次の相手があの人だなんて哀れすぎるねい」
 レンガの言葉に、オレとイルナさんは大きく頷くのだった。

***
『さぁ、1回戦が全て終わりました。Aブロック第2試合はカーレット選手VSナック選手。勝てばシード権獲得で、決勝へ進むことができます。Bブロックはギバップ選手VSユーティ選手。Cブロックはアリス選手VSホープ選手です。BブロックとCブロックの勝者が互いに戦い、勝ったほうが決勝へ進出です』
 人足が少なくなって、またしても束の間の休憩。
 とりあえずお店の机の前に座っているけれど、お客さんがこないから開店休憩状態。
 イルナさんとレンガは2人でどこかへ行ってしまった。
 いつもオレの後をついてこようとするイルナさんが他の人と行動を一緒にするのには成長を感じる。保護者?としては嬉しい限りだ。
 実況をゆっくり聞く余裕が出来たおかげで、今の状況が大体わかってきた。
 どうやら、今回はかなり異常らしい。
 予選で王剣隊のメンバーが半分になり、さらには1回戦でアリス以外王剣隊のメンバーが敗戦。それと1回戦が終わった段階で色紙と双眼鏡の在庫がなくなった。サインペンもあと150本ぐらい。サイン帳も50冊程度。この時点で、すでに借金を返済&利益が発生しているので万々歳だ。
「あつい……」
 日は段々と西に傾いてきたけれど、それでも会場の熱気はすごい。
 必死で働いてたから気にする余裕もなかった。けれど暑くて頭がくらくらするのはずっとずっと続いてる。
 頭の中が真っ赤になりかけて目を閉じる瞬間、爽やかな青が体をつきぬける。
「暑いの、ダメなのよねっ」
「あ、お帰り」
 テーブル越しに、彼女がいた。
 はい、とイルナさんが冷たい何かを手渡す。持てば手がひんやりとしたもんだから、そのまま額に持っていって頭を冷やした。冷たくてすげー気持ちい。近くの売店で売ってるジュース。氷のたくさん入ったヤツ。
 コレを買いに行ってたのか。
「なんで熱いのダメなの知ってるの?」
「アキラから聞いたものっ。火とかもダメなんでしょっ?」
 オレのことをオレから聞いたって嬉しそうに言うもんだから可笑しい。
「そうだよ」
 昔ガンガン火の魔術を使ってたせいか、はたまたその反動か、熱いのがだめになってしまった。必死になって攻撃を練習している時だった。ある日、魔術を大爆発させて大火傷を負って以来、火の魔術は使わなくなった。それでも、お金稼ぎしなきゃいけないから料理の火とかはまだ我慢できる。
「オレって、イルナさんにどこまで自分のこと話してるの?」
「う〜んとっ、う〜んとっ、あんまりっ? 聞いても教えてくれなかったし……。あ、でもあっちゃんのことと、思い出話はいっぱい話してくれたっ!」
 あっちゃんのこと=思い出だから、結局はあまり話していないのだろう。現在のこととか、大事なことは。
 過去の2人はどういう関係だったんだろう。そんなにたくさん話す時間があって、そんなにイルナさんを楽しませてたのだろうか。オレはどんな想いで、イルナさんとの時間を過ごしていたのか。
 少しずつイルナさんは過去のことを喋ってくれるようになっている。
 ちょっと聞けばちょっと答えてくれる。ただ、途中で気づいて口を閉じることもたくさんあったけど。
「オレとイルナさんって、どんな関係だったの?」
「えーっとねっ、友達っ! あたしの初めての友達なのっ! えへへ〜……」
 顔を赤くしながら、失われた事実を誇るイルナさんは、かわいかった。
 友達。
 オレが初めての友達だという彼女は、いったいどこまでオレのことを知っているのだろうか。
 思い出せない記憶の在処。
 友達だったら教えてくれてもいいじゃないかと思うけれど、この関係は、記憶が戻ったらなくなってしまうのだろう。
 記憶が戻らないことで、ずっとこの関係が維持できるのなら。と、少し悩んでしまう。
 でも、それは悲しいと思う心がある。
 忘れたという事実すら忘れてしまうのは、もう2度と取り戻せないもの。
 取り返しがつかなくなること。
 取り返しがつかなくなる前に、取り戻さなくてはならない。
 記憶が戻ったら、きっとオレはイルナさんと別れてもとの生活に戻るはずだ。 
 だって、それ以上イルナさんと居てもなんら利益はないはずだから。
 ないはず、なんだけど。
 矛盾した行き場のない感情が胸に渦巻く。
 それ以上、利益はないんだ。
 それ以上――。
「……」
「……あッ! なんでもないっ! なんでもないっ! 今のは忘れてッ!」
「むしろ思い出したいからとびぁっ!」
「思い出さないでーっ!」
 これ以上忘れたらどうしよう。
 もしかして、イルナさんに殴られてオレの記憶はなくなったんじゃないだろうか。
 でも、昔のオレが抱いていた感情と今のオレが抱いてる感情が同じものであればいい。
 ――ズキッ。
 なんとなく、そう思う。

* WONDER SOWRD ( No.65 )
日時: 2011/08/19(金) 09:35:55 メンテ
名前: now


 試合会場第6試合
 舞台の上へ上がったの2名。互いに互いの右手に視線がいき、思わず顔が綻ぶ。
 ナックが反対側に立つ相手を見た。
「自分と同じ事考える奴がいるなんてな」
 相手は両手を上げ、まったくだと同意してみせる。
「ふむ、世間は狭いようだ。小生の名はカーレット・グルージ。見た目どおり、竜人族(ドラコイド)だ」
 見た目どおりと言われたとおり、彼の素性は見た目で全て分かった。
 トカゲを大きくしたような面長の顔。頭髪は無く、切れ目の中に覗く眼球は黄色。中の黒い瞳は横に長い菱形をしている。肉眼で確認できる肌全てが赤銅色の鱗で覆われていた。堅牢な城門を彷彿させる硬い鱗である。その色は、もし赤土で人形を作って赤い服を着せたらカーレットになるのではないかというぐらい特長的。
 竜、と聞くと巨大なイメージがあるが、竜人族は比較的人間族よりの魔族であり、彼の身長はおよそ2メートル。本物の竜ならば比較にならないほど大きく、2メートルではおさまらない。竜人族の平均的な身長が2メートルなのだ。
 ニワトリの足を太く大きくしたような三又の二本足で歩行し、2本の手、これまた人間よりひとまわりもふたまわりも大きな手には人間でいうところの親指がなく、4本のゴツゴツした長い指を器用に使い、新品同様の剣を握り締めていた。
「おう、ナック・アーレス、一応人間族、よろしく」
 同じように新品同様の短剣を顔の位置まで上げ、ナックは挨拶を返す。逆手で短剣を持ってみたはいいが、ナックは剣の扱いなどまったく知らない。
「はっはっ、人間族が自分で人間族と言って挨拶をしてくれたのは君が初めてだ」
 カーレットが豪快に笑うと、中型モンスターにも匹敵する巨大な口が開き、中から鋭利な大量の歯、もとい牙が姿を現す。喉の奥から出る声も、人間には出せない深く低く響く音である。
「そうなのか?」
 全くといっていいほど見知らぬものに対して戸惑いや反発が無いまま首をかしげるナック。そんな彼が、カーレットには眩しく見えた。常に差別と隣り合わせの生活を送る魔族。特にカーレットのような、見た目で魔族だと認識される種族には、ナックのような偏見を持ち合わせず接してくる人間が珍しく、同時に大切にしなければならないモノとして意識される。
 彼の素朴な疑問に、カーレットはできるだけ丁寧に答えた。
「人間族はこの世界で圧倒的に数が多いせいか、他種族に対しての認識を疎かにしてしまいがちだ。私が見てきた中では、自己紹介がそのうちの1つだと思うのだ」
「ふーん。自己紹介にそこまで考えたことないぜ」
「そうか。では、さっそくはじめよう」
「おう!」
 笑顔で頷くナックを見て、カーレットは思わず笑みをこぼした。こぼした笑みの表情は他人から見ればキツくて怖いだけなのだが、カーレットができうるなかで最も笑顔に近い笑みだった、はず。
 2人は笑顔で拳を構えた。
 ――つい剣を構える事を忘れて。

 北の物販スペース。
 ひたすら殴り合いの光景を見せられて、精神的にかなりげんなりしていた。例えるなら、ボルト工場のベルトコンベアで流れてくるボルトの不備をチェックし続ける仕事に近いような試合内容だった。とにかくひたすら殴り合ってた。あの右ストレートに対するあくなき執念はなんだったんだろう。生まれも種族も年齢も違う二人が、ただ拳によってのみ語り合ってた。
「ただの激しい殴り合いだったね……」
 レンガも感想は似たようなもんらしいけど、どっちかって言うとアイツが勝って嬉しいみたいだ。顔がいつもより嬉しそうな雰囲気がしたからそうだと思った。
「ま、ナックさんが勝ってよかったねい」
 うんうんと頷き振り返る必要もない試合内容を振り返るレンガをスルー。オレは勝手に個人的な感想を述べる。
「……それにしても、竜人族(ドラコイド)でこの大会に参加した彼は勇気があるよ……」
「そうだねい」
「な、なんでっ!?」
 さっきの試合が殴りあい一辺倒になるや否や興味をなくし、椅子に座りながら、その辺を飛んでるすばやいハエを追っていたイルナさんがようやく帰ってきた。
 イルナさんは――殴り合い<ハエ――の図式が成立するみたいだ。
「この国は色々あって、魔族をあまりよく思ってないからだよ。この前、あのフレアの魔王の話はしたよね? あれもこの国の魔族嫌いに由来する話なんだ。
 カーレットさんは自分でも言ってた通り竜人族。種族差別には敏感なはずなんだよね……。
 それと一応言っておくけど、実はレンガも種族的には人間族じゃないんだよ」
 イルナさんのもっともな疑問の答えを言いつつレンガについて話しておくと、レンガ自身も補足を加えてくれる。
「俺は身体的な特徴は人間と変わらないからねい。魔族の中にも、人に近い種族があるからねい」
 あんまり大きな声じゃ言えない稀少種族なので、種族名は言わなかった。倉庫の魔法が使える彼ら蔵人は、誘拐されて酷い扱いを受けることが少なくなかったらしい。今も油断ならないので、あまり人前で倉庫魔法は使いたがらない。
「竜の生まれ変わりといわれる竜人族なんだ。全身にある鱗とおっきな爬虫類トカゲみたいな顔が特徴。ちなみにカーレットさんが着てる服は火炎竜ヴォルヴァの皮を剥いでなめした服で、火炎に耐性がある燃えない素材。竜人族が18歳で迎える成人の儀式の時にヴォルヴァと手合わせして、認められれば皮を譲ってもらって作るんだ。あの皮の加工が難しくてすごく稀少で高価だから売ればすごいんだ」
「へーっ」
「アキラ、やけに詳しくないかい?」
「オレにもあの服を作って売れないかなって研究してた時期があったんだよ」
 フッとその時のことを思い出してため息をつくと、イルナさんとレンガが同時に、
「実はまだ諦めてないくさいねい」
「わぁっ、アキラがまだ諦めてない顔してるっ!」
 ――なんでバレたんだろう。


***
 見逃せない試合が、そこにはある。
 オレとイルナさんはレンガに仕事の全てをブン投げ、机の上に立って声を張り上げた。
「フレー! フレー! ユッウッティ! ハイッ!」
「ガンバレガンバレ勇者さんッ! ガンバレガンバレ勇者さんッ!」
 オレが大きく手を振り、イルナさんが手拍子と一緒に声をからす。まわりにめっちゃ見られてるけど、しょうがないのだ。勝ってもらわなきゃ困るのだ。万が一、いや億が一、ユッティが負けるようなことがあれば、願いが叶えられてオレとイルナさんは魔法王国へ強制連行だ。
「2人とも応援の仕方が段々うまくなってるねい」
 机の上に立っていたので、レンガが下からしみじみと言う。
「勝ってもらわなきゃ困るんだよ! さぁ、レンガも一緒に応援だ!」


 試合会場第7試合
 
――その姿迅雷。
 体そのものが刃となって相手を切り裂く意志が形になる。
 空間すら断つ一振り。
 一般人には光ったようにしか見えない斬撃。
 その斬撃を勇者は眉1つ動かさずに捉えた。
 弛まない修行の下で得た経験と、基本的な防御の姿勢で受け止める。
 鉄同士が生み出した火花が消える前に、ギバップが新たな攻撃を繰り出す。。
 すばやく身を翻し、勇者の左わき腹めがけて一閃。火花はまだ消えていない。
 しかし勇者は捉える。
 止まらないギバップ。
 火花が消える前に次の斬撃を放ち、そこで生まれた火花が消える前に次。極限まで無駄を省いた動きなのだが、縦横無尽、ありとあらゆる方向からの攻撃を仕掛ける。
 早さをもってなお必殺の威力を持った一撃。その一撃が嵐のように降り注ぎ、滂沱の雨は数え切れないほどの火花で再現され、その美しい輝きで見る者を圧倒させる。
 しかし、勝敗は一瞬。
 何度目かになる背後からの逆袈裟切り。ついにタイミングを見切ったユーティが火花の中から斬撃ごとギバップを押し返す形になり、よろめいた隙を突いて足払いをかけ転倒した直後首筋に剣を突きつけた。
「残念、あきらめよう」
「はい」
 たった一瞬の隙を見逃さず反撃する。
 言葉にすればそれだけの事を、ユーティは完璧にやり遂げて見せた。
 勇者に対する興味が、新たにギバップの中に生まれた瞬間だった。


***
 実況・解説席。
『次の試合は獅子嬢ことアストロジカル『レオ』のアリス・ハルジオン隊長。そして対峙しますは切り裂きホープの名を持つ幼児体型の悪夢ホープ・ナウケ選手です!
 解説の自称バトルマニア、トルーゴンさんはこの試合どう思われますか?』
『あのロリコンホイホイ、切り裂きホープの華麗なナイフ捌きがまた見れると思うとゾクゾクしてくるね』
『実は少々疑問に思ってたんですが、歩くナイフの見本市ホープ選手はナイフをいったいどこから出してるんでしょうか?』
『コートの中らしいな。ちなみに、早すぎて見えナイフホープ本人が教えてくれないから謎なんだが、何本のナイフを所持してるかは不明だ』
『健やかなる時も病める時もナイフホープ選手がナイフを投げ終わるところを見たことがありませんからね! あと、もう1つ』
『なんだ?』
『殺人交響曲第九番ホープ選手って、この大会参加してましたっけ?』
『……それ、言っていいのか?』
『…………え?』
『ちなみに切り裂きホープ以外の呼び名は先ほどの試合を見た観客から一般公募したものを厳選して使用しました。考案したのは私たちじゃないんで殺さないでください、以上』


 北物販スペース。
 ついに、この瞬間が来てしまった。
「……スーちゃんが、殺されないことを祈ろう」
「……ッ!」
 オレとイルナさんは必死に祈っていた。
「殺されないことを祈ってるんだよねい? 合掌しながら念仏唱えてるとアキラはアリスを供養してるようにしか見えないねい。あとお嬢ちゃんがぶるぶる震えてるねい、マッサージ器もビックリなぐらいの震えかただねい。殺される前提なんだねい? アキラは絶対殺されることを望んでるねい」
 ――なんでバレたんだろう。

 試合会場第8試合
『さぁ、試合開』「社長ーー!!!」
「社長言うな! はっ、しまった!」
 本当に、今からまさにアリスとの試合(処刑)が始まろうとした瞬間だった。
 目の前の獲物(アリス)そっちのけで、舞台の上のホープが目を剥いて入場口を見る。
 そこには、鬼をも黙らせる気迫を纏った自分の部下。
 この炎天下にも近い気温のくせに、黒魔術でも扱いそうな全身黒装束。目深にかぶったコートからちらりちらりとのぞく双眸が、見るだけで他人を呪いそうなほど禍々しくギラつく。
 揺れる影法師のように、誰の有無も言わさず音もなく舞台の上に上がったネイル・バインズが、呪詛を吐くかの如く口を開く。
「バリ、やっと、見つけましたよ、社長」
 一語一語の重圧に、ホープがたじろいだ。
 かつて、この部下からこんなにも攻撃的な言葉を受けたことがあっただろうか。いや、自分が攻撃されていると”認識”しなくてはならないレベルの言葉を受けたことがあっただろうか。いや、ない。
「ね、ネイル、あんた一体どうしてここが。あと社長言うな」
 段々と激しく燃え上がる瞳。仕事をする者の、責任を纏った社会人としての眼だ。社会不適応者のホープは、この手合いが世界で一番苦手である。と、本人が無理矢理自覚させられるほど、今のネイルが嫌で嫌で仕方ない。
 ホープがこの試合会場に来て、初めて緊張に身体をこわばらせた。
「仕事サボってバリ何してるです社長! 天の縄天より下へ唯我(ただわれ)は縛る存在ヘブンズダウンロープ!(超早口)」
 頭、首、肩、肘、腕、手、腰、膝、足、考えうるありとあらゆる方向から要所に迫るロープ。生命を得たかのようにロープは踊り、ホープの小さな身体に殺到する。
 反論も許されず、ホープはがんじがらめになった。ロープが身体を無理矢理支えてしまい、ホープは倒れることもできない。
「ちょっと! 社長言うな! 早い! なんで詠唱だけ早口なの! はなしてちょうだい!」
 かろうじて動かせた口を動かして反論するも、
「社長相手じゃゆっくり集中してる暇なんてバリありません。ちなみに戦ってる暇もバリありません。ムラマサさんをバリ待たせるんですよ」
「社長言うな! 戦わせろー!」
「バリ断る」
「引きずらないでちょうだい!」
 突然現れたネイルの所業により、ホープがグルグル巻きのままで退場。
 ネイルはホープの下で働き始めてから初めてホープを捕縛することに成功した。
 この瞬間に、ネイル・バインズが1つ強くなったことはまた別の話。
 ホープが唯一この世で弱いものは、責任感のあるネイルだったことが発覚した。
「……」
 ぽつねんと立ち尽くすアリス。
 焦った視界が声を張り上げる。
『た、対戦者がいなくなってしまったので、試合はアリス隊長の不戦勝です! え? これは? え、ええ。えーっとですね、今入りました情報によりますと、ないふだいじにホープ選手は元はこの大会にエントリーしていなかったようです。どうやら大会の係員を脅し、無理矢理予選に参加したとのこと。よってどのみち量産型アルテマウェポンホープ選手は失格だったことをここに明言させていただきます』


***
 試合会場準決勝。
 試合開始の時刻から、既に10分が過ぎていた。会場中がざわめく中で、司会者が口を開く。
『次の試合はユーティ選手VSアリス隊長なのですが、……ユーティ選手現れません』
 伝説の勇者が現れないとだけあって、会場の誰もが異常を感じていた。
「彼が逃げるとは思えないです」
 その対戦相手であるアリスも同様に、疑問を隠しきれない。あれほどの実力者・人格者である彼が、たかが自分後時の試合に恐れをなして逃げるだろうか。絶対にない。
 言い知れない不安がこみ上げる。
 なにか、この大会の裏でよくないことが起こっているのではないか。そう思わずにはいられない。表面上は冷静に取り繕っていたが、アリスの内心には様々な憶測がよぎる。
『ルールにより、15分経過してもユーティ選手が現れなかったので、残念ですがアリス隊長の不戦勝です。 ユーティ選手、いったいなにがあったのでしょうか』
「……」
 無言で舞台から降りるアリスが、強く唇を噛み締めた。


***
 北の物販スペース。
 おかしい。ゆってぃが逃げるなんてありえない。
 幸い決勝前とあって観客は試合会場の方に集中してるから店がは暇で考える時間はある。
 考えろ。なにがあったんだ?
「……アキラっ。難しい顔してるっ」
 横からオレの顔を覗き込んできたイルナさん。彼女の真面目な顔が、酷く自分の余裕のなさを痛感させた。だから思わず甘えてしまう。
「……ゆってぃが、いなくなるなんてこと絶対にないと思うんだ」
 いつもならイルナさんになんでもないよって誤魔化していたんだけれど……。どうも心が弱っているみたいだ。
 するとイルナさんは控えめに笑って、
「なにがあってもっ、勇者さんなら大丈夫っ。だってっ、アキラの友達でしょっ!」
 自信満々に言った。
 友達だから大丈夫って理論はよく分からないけど、不思議と頭の中のもやもやは治まる。治まるだけで、嫌な予感は拭えないんだけれども。
 大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 そう心の中で繰り返して、深呼吸。
「……そうだね」
 心配しながら会場の巨大モニターを眺めていると、画面に映ったナックが大きく手を振っているのがわかる。
『絶対勝つからなー!』
 引き締まった顔からその覚悟がありありと伝わってくる。本気なのはいいことだ。
 それを聞いてレンガが笑う。
「きっと、アキラにむけて言ってるんだねい」
「勝ってくれりゃいいけどさ。でも、相手はあのスーちゃんだよ?」
 勝って賞金もらって借金の返済に充ててくれるより、全身の臓器をバラバラにして売りさばいた方がお金になるんじゃないかと、それもずっと考えてたわけで。
「あっ、アキラが怖い顔してるっ!」
「よくないこと考えてるねい」
 ――なんでバレたんだろう。

 試合会場決勝戦。
『ナック・アーレス選手VSアリス・ハルジオン隊長の決勝戦です。それでは両者、準備はいいですか?』
 ナックが持った短剣をクルリと弄び、アリスが静かな動作で剣を抜く。
 2人の中では、闘志が燃え上がっていた。
 決勝戦という最後の舞台。見守る大観衆。
 この大会の最強を決める戦いに、2人のテンションはいやがおうにも上昇していく。
『それでは、試合開始です!』

 合図と共にナックが飛び出した。先手必勝。守りなど無意味。
 すばやく大きな動作で短剣を振り下ろす。隙だらけの攻撃だが、ナックが狙うのは短剣を振り下ろした直後に放つ回し蹴り。斬撃は最初から最後まで囮に過ぎない。彼は最初から剣で戦うつもりなど毛頭ない。ただ、ルールにのっとらなければならないから短剣を所持しているだけなのだ。
 サイドステップで短剣をかわしたアリスが反撃に出ようとした直後を狙い、ナックの回し蹴りが炸裂する。タイミングは完璧。薙ぐために剣を引いたまさにその瞬間である。
 しかしそれにもかかわらずアリスはかろうじて回避し、蹴りはつまさきがわき腹を掠めた。蹴りを放った勢いそのままで回り、再び短剣で斬りつける。狙いは変わらない。短剣の素人には上出来のコンビネーション。短剣からの体術はよどみなくアリスを翻弄しているように見える。なんなく短剣を回避したアリスに向かって中段蹴り。さっきよりも遠心力を得た蹴りは速度も体重も乗って彼女に襲い掛かる。
 アリスは咄嗟に剣を持っていない左手の小手で蹴りを受け止める。体重が乗った蹴りを受けてアリスが後ろに下がる。それを好機とみて蹴りに出した足を地面に叩きつけてから渾身の正拳突き。短剣を持ってない左手が、空気を裂く力でアリスの鳩尾めがけて飛んでいく。
 アリスが方眉を上げた。
 鳩尾に吸い込まれるように飛んでいった拳はあっさりといなされ、渾身の力が空回りしてよろめく。その瞬間をアリスが見逃すはずもなく、どてっぱらに強烈な膝の一撃。ナックがその場に倒れこんだ直後、首筋に剣を突き立て、
「あんたの負けです」
 冷たく言い放った。
 アリスはガッカリしていた。短剣と体術という思わぬ組み合わせで勝ちあがってきたにもかかわらず、短剣の扱いはお粗末な上その短剣が彼の体術の足を引っ張ってるようにしか思えないのだ。本来ならばもっと強いはずであろう相手が、戦い方を間違えて弱くなっている。しかも決勝戦。実に釈然としない。
 誰もがアリスの勝利を確信した。
 それ以外の結果はありえなかったが、この程度で彼が諦めるのもありえなかった。
 ナックは右手で剣を掴み、顔を上げて不適に笑った。剣を握った彼の手からは血が流れる。
 剣を動かそうとアリスが腕に力を入れるも、剣はびくともしない。血が出るほど強く握っているのだ。そのまま斬ることも、引き抜くことさえもできない。まずいとアリスが思ったときには、既に遅かった。
「そうは問屋が卸さ、ねえッ!」
 全身のバネで身体をひねり、アリスの側頭部を蹴り飛ばす。防ぐこともできず、もろに入った強烈な一撃にアリスは地面を転がる。すぐ体勢を立て直すも、真っ直ぐに立てずによろめく。
「……なんつーバカぢからです」
 くそっ、と悪態をつきながら体勢をととのえようとする。ほんの一瞬の油断を突かれたことが彼女にはたまらない。
 ――あんな原始的な反撃を食らうなんて屈辱です。こいつをなめてたです。油断です。
 怒りで頭に血が上るも、血が上る頭がふらついてそれどころではない。
「世の中タフじゃないとやっていけないんだよ!」
 血だらけの拳を握り締め、ふらつくアリスに容赦なく繰り出される技の数々。
 腹部への正拳。両手で防ぐも衝撃は内臓へ響く。硬直してるあいだに頭部への上段蹴り。それを避けようと身体をひねるが、予想していた場所に蹴りはこない。フェイント。避けきって動作が緩慢なタイミングを狙っての裏拳が炸裂。もはや短剣など忘れたかのように体術を繰り出すナック。
 普段ならまだしも、今のアリスにはこれらすべてを避ける余裕などなかった。そのことを承知の上でナックは猛攻を仕掛けている。
 それでもナックの鋭い攻撃をいくつか回避し、捌いたのはさすがとしか言いようがない。今、ここで倒しきることができなければ勝機がないとナックは悟った。
 トドメの一撃を放つため、大きく右手を後ろに下げた。
「これでおしめーだ!」
 会場中が息を呑む。誰もがアリスに降りかかる敗北の二文字を想像し、目をつぶる。まさかの逆転劇に唖然としていた観客達がようやく事態を把握し始めたのだ。この国の象徴であるアストロジカルの隊長が敗れる。自分達の憧れの敗北は、国民には大きなショックを与える。隊長達の強さは、その国民の思いに答える形で成り立っている部分が大きい。故に、隊長が負けるとは国民の思いに答え切れなかったということになる。
 金色の髪を振り上げ、彼女が眼を見開く。
 血走った眼がナックを見据える。
 百獣に君臨する獣の如き気高い瞳。
 正々堂々の戦いにおいてこのまま無様な敗北を喫するほど、
 国民の声援を無視してこのまま呆気ない敗北を認めるほど、
 彼女は甘い騎士ではない。

 踏み込む右足。
 脚絆と地面の耳障りな衝突音。
 衝突の力に耐え切れずゆがむ脚絆。
「はぁっ!」
 気合の咆哮。百獣をひれ伏す王のミコトノリ。
 彼女の全身が発する異様な気迫、ナックは恐怖を感じた。原始から存在する本能的な恐怖である。生まれたときから誰もが持っているもので、克服などできるわけがない。全身を駆け巡る冷気に似た恐怖。
 萎縮する筋肉。
 明滅する視界。
 全ての音が残響する聴覚。
 たった一瞬の停止中に彼が感じた要領は、一瞬をはるかに凌駕した。恐怖でパンクした情報は脳内で処理できなくなる。
 自分の腹に蹴りが入ったことすら認識できずにあっけなく倒れ、手が踏みつけられ、再び首筋に剣がそえられる。
 ナックは腕を動かすことも叶わず、剣を掴むこともできない。反撃することができない。
「あんたの負けです」
 そう告げる彼女の顔には満足も優越の表情もない。
 ただ、当たり前の結果を受け入れた冷たい表情。
* WONDER SOWRD ( No.66 )
日時: 2011/10/11(火) 22:49:38 メンテ
名前: now



 西に傾いた太陽が血のように真っ赤だと思った。タルトの上にかけるイチゴのソースもあんな色をしていたかもしれない。
 あれだけ盛り上がった聖剣祭も閉会の辞を終えて一区切り。ひとまず落ち着きを取り戻した闘技場の舞台の上には、スーちゃんが1人で立っていた。解説席の司会が前口上を述べる。表彰の後に優勝者のスピーチがあるのだという。そのために出てきたらしいスーちゃんは憮然としていて、どこか不満げだった。遠目から分かるほど不機嫌なオーラを出してる。巨大なモニターを見れば不機嫌さは一目瞭然だ。ムスっとしてる。
 巨大モニターのスーちゃんが口を開く。
『今回の優勝は非常に納得のいかないものです』
 開口一番にその不満の正体を語った。2回も不戦勝が続き、しかも最後の相手は剣技に関して素人。
 確かに、不戦勝が2回も続けばスーちゃんとしては納得いかないかもしれない。結局、ゆってぃはどこ行ったんだろうか。行方知れず。探す暇もなかったから事実も分からない。……そういえば、ホーさんはちゃんと仕事してるんだろうか。そっちの事実も分からない。
『ですが、優勝は優勝です』
 全然嬉しくなさそうに言ったにもかかわらず、会場中からは大きな拍手と大歓声。隣でイルナさんもパチパチと手を叩いてる。きっと彼女の強運を祝福しているんだ。ホーさんに殺されなかった強運を。つまり会場の誰もが、彼女の優勝を祝福していた。
「ナックさん、勝てなかったねい」
「…………見つけたら半殺す」
「そ、それはやめてあげて欲しいねい」
 ――ここにいる2人を除いて。
 オレたちは一度も拍手をしなかったし、スーちゃんの優勝なんてどうでもよかった。利益の出ないごみぐらいどうでもいい。生ごみのほうが土に埋めて堆肥にできる分、価値がある。
『今ここで私の願いを発表します』
 観客がどよめく。国家レベルで叶えられる願いとあれば、誰でも興味を示すだろう。そこに興味がないといえばウソになる。国の騎士だから、自分の国のことなんだろうか。組織の人間だと、そう言うように圧力がかかってるかもしれない。うーん、分からない。
 会場中がスーちゃんの願いをいまやいまやと待ってる間、
 なぜかスーちゃんはこちらを”見た”。
 不可能なはずだ。
 頭ではわかってる。会場の真ん中から、会場の端にいるオレをにらむなんて無理だ。
 頭ではわかってる。あんな遠くからオレと目を合わせるなんて無理だ。
 頭ではわかってる。
 でも、確信とも言える寒気がオレの背中を這いずり回った。
 遠めにも分かる大きな動作でスーちゃんが大きく息を吸う。
 溜め込んだ息を、驚くほど静かに吐き出しながら言った。
「アキラと一騎打ちをすることです」

***

 スーちゃんの宣言から30秒もたたないうちに、お店の前までアストロジカルの隊長が2人(多分リブラのジャッジマンとヴァルゴのロード)が現れて、オレは連行されてしまった。
 全身鎧の人と、顔面ヤクザの人に挟まれて、ずるずると客席を連行。入り口の大きな階段を降りて薄暗い廊下を進むと、やがて別の出口に出る。途中に進入禁止のプレートがあったけれど、あっさり無視して通過した。
 出た瞬間、まぶしくて目をつぶる。
 360度、視界のすべてに観客という観客。こんなすごい景色の中、選手たちは戦っていたのかと思うと、げんなりした。だって、今からオレもそうなるわけなんだから。
 2人の騎士に舞台の上へ上がらされ、オレは仕方なくスーちゃんと向き合った。ここまで上がってしまったら、きっとあの巨大モニターにオレの姿が、ああ、ばっちり映ってるよ。きょどってるのまる分かりだよ。恥ずかしいからもう二度と見ない。
「よく逃げずに来たです」
 最初に目に入った光景を、オレは綺麗と思わずにはいられなかった。
 夕日を背に立つスーちゃんは、近くで見ると綺麗な彫像のよう。画面越しでは伝わらない空気と陰影、そして迫力。その全てを彼女は纏っている。金髪に映り込む夕日の赤が、なにかの間違いじゃないかと思うほどゾッとする色合いで目に焼きつく。前衛的な印象派の画家が、金色と赤だけを使って人を描いたら今の彼女に近いものになるんじゃないだろうか。鮮烈で強烈な印象は、目に焼きついてしまえばなかなか消えてくれなかった。
 スーちゃんは笑わない。
 逆光で黒い影を生み出し、オレを前にしても依然、憮然とした態度だ。
「逃げる暇もなかったよ?」
「でしょうね。事前にほかの隊長に頼んだですからね」
 笑えばいいのに、もったいないなあとか言ったら斬られるんだろうな。
 スーちゃんが俯くと顔の影はさらに濃くなり、表情が判断しづらくなる。
 彼女が、オレにしか聞こえないような小さな声でつぶやいた。
「名前知ってたことには驚かないんです?」
 その答えは、ここに来る間に解決していた。
「うん、よく考えたら資料出回ってるしね。そりゃ、写真とかもついてるよなって。失敗したよ。変装もするべきだった」
 反省すべき点が多すぎて、我ながら落ち込んでたのだ。
 昔はもっと慎重だったのになあ、いったいどうしてしまったんだろう。
「あなたに逃げられた日です。私があなたの資料を読んだのは」
 まるで自分の罪を告白するかのごとく、スーちゃんは続ける。気づかなかったこと事態が彼女の罪なのだろうか。
「そうなんだ」
 まるっきり興味がないわけでもないけどそこまでの興味もないオレは、相槌を打ってうなずくしかなかった。もうここで戦う事実は変わらない。いやだなぁ。面倒だなぁ。一円の得にもならない。
「今度は逃がさねーです」
 彼女の瞳に闘志が灯る。
 燃えるような熱い魂。
 オレは冗談交じりに、「負けたらどうなるの?」と聞いてみた。
 スーちゃんは一瞬目をそむける。
「捕まえて牢屋行きです。公共区域での無許可営業と、あとは恐らく、上の連中が、てめーらに聞きたいことがたくさんあるです」
 後半から、歯切れが悪くなる。憎々しげに、言葉をつむいでいる。
「スーちゃんはどう思う?」
「なんです?」
「オレが牢屋に入れられること」
「……罪には罰です。それが、正しい処罰ならいいんです」
 言葉とは裏腹に、彼女が自分の拳を握り締めるのが見えた。篭手ごしなのに、指が食い込むほど強く。
 彼女が許せないのは、
「正しくならなそうってこと?」
 オレの言葉に、大きくうなずいて肯定の意を示す。
「です。てめーらがなにか余計なことをしたせいで、上はよくないことを考えてるです」
 よくないこと、と言ってスーちゃんは濁したけど、それはきっと国家情勢にも関わるような話だ。魔法王国が躍起になって探してる”人物”を先に抑えてしまえば、それは大きなアドバンテージになる。さらにその”人物”を調べて、魔法王国が何をしようとしていたのかだってわかるかもしれないのだ。この場合、”人物”が全て”イルナさん”に置き換わる。
 それだけは、させたくない。
 得にならないどころか、死活問題だ。
「スーちゃんはそれでもいいんだ」
 彼女は細かい話まではわかってないだろうけど、人権や色々な権利が無視されるような事態に陥るという漠然的なことには気づいているんだろう。だからこそ、自分の国家が不正に携わるようなことが許せないのだから。
「それは侮辱とみなすです。そうなったら、私が上に直談判するまでです」
 そこを突くと、彼女は再び気丈な態度を見せてきた。
 本当に、そうするつもりなのだ。
 オレは少し、スーちゃんに対する考えを改めなければと思った。
「正義の味方みたいだね」
 もし本当にそうなればカッコイイ。
 ただ軽くその思いを口にしただけだったのに、彼女は大真面目に否定した。
「味方じゃないです、正義です。私たちは常に正義でなければならないんです」
 なんて、愚直。
 発した言動は、美しいまでに飾り気が無く素っ気無く迷い無く。謙虚とは程遠い場所にて、彼女は自分の立場を、生き方を示して見せた。
 アストロジカルという立場を、正義と言い切った。そこにあるのはなんだ。
 ここまで強く、正義という信念に対して真面目に向き合っている。
 いい。
 それはすごくいい。
 この言動で、オレはスーちゃんのことを好ましくすら思っていた。
 行動原理は単純にして明快。こんなスーちゃんだったら、約束は絶対に破らない。
「じゃぁ、オレが勝ったら、無事にこの国から逃がして欲しいな。
 30分間で、オレに傷を付けられたらスーちゃんの勝ち。
 無傷だったらオレの勝ち」
 勝つ事の出来ないオレの、唯一の活路。
 ジャンケンで、アイコだけ出し続けられれば勝ちにしてもらえる、そんな不平等極まりないルール。
「なめてるです?」
 あからさまにスーちゃんは顔を歪ませた。不愉快、という感情を隠しもしない。
 そんな彼女だから、話を持っていくのも容易い。
「まさか、それとも自信ないの?」
「斬るです」
「さすがスーちゃん」
 なんてわかりやすい性格なんだろう。
 いつの間にか、オレはスーちゃんのことがまったく嫌いじゃなくなっていた。
 真っ直ぐ、正直、愚直、なんて美しい生き様。
 彼女と関わるのが面白くなってきた。
 ちょっとうらやましく思えるような彼女の性格に愛しさすらこみ上げて笑いがこぼれる。
「んっ」
「なめてるです?」
「ごめんなさい」
「? いったいなんなんです」
 急いで表情を切り替え、
 素直な気持ちで刀を抜いた。
* WONDER SOWRD ( No.67 )
日時: 2011/10/13(木) 23:21:45 メンテ
名前: now




「司会、話は聞いてたです?」
「ええ、なにがじゃぁなのかわからないですけど、30分の時間制にする話は聞こえましたよ」
「その旨を会場に伝えて欲しいです」
 舞台の端にいた司会者の男の人に対して、スーちゃんがあれやこれや指示を出す。
『さてみなさん! アリス隊長VSアキラ選手の試合は、両者の希望により少し特殊な形式で行います。時間は30分、その間にアリス隊長がアキラ選手に傷を付けたらアリス選手の勝利。30分間無傷だったらアキラ選手の勝利となります。時間はこの闘技場の巨大モニターの横にあります時計を基準にさせていただきます』
「こんな感じで大丈夫ですか?」
「助かるです」
 会場中にルールがいきわたった事を確認してスーちゃんが頷く。ここまで徹底していれば、お互いに遺恨はないだろう。
 白いコートを翻して刀を構える。西日を浴びて『白斑』が輝いた。真っ白な刀にも、夕日色の斑模様が反射する。美しき一振りは、聖造者が打ち込んだ鉄魂。視ているだけで呪われそうな美の芸術に、オレは息を呑む。やがて、オレと一緒に刀を眺めていたスーちゃんと眼が合う。
「準備は済んだです?」
 見とれていたことを隠したがるのか、一度場を仕切るスーちゃん。オレは2回ほどブーツのつま先を地面に打ち付けて、息を整えた。地面を均等にならすように、足を左右に動かす。ガリガリと、金属が石の地面を削った。
「ああ、きなよ」
 突進。
 俺の言葉が合図だったのか、まさに文字通り。鋭い剣が彼女の前で光る。荒々しく揺れる金髪が獅子のタテガミに見えた。並みの人間ならば見失ってしまうような脚力。一切の無駄のない踏み込み。剣は確実にオレの胴体を捉えていた。
 胴が真っ二つになる直前、刀を振って剣を右に弾く。スーちゃんは弾かれた方向へ加速し、左回転しながら一閃。すぐさま刀を振り下ろすて、真一文字の剣閃を途中で叩き落す。
 スーちゃんはためらうことなく剣を振り上げる。目の前で剣の切っ先が光る。振り上げた剣が背後の夕日で真っ赤に染まった。
 血のように、真赤な剣だった。
「はぁ!」
 スーちゃんが吼える。
 これだ。これにナックは敗北した。覚悟するも、理性は本能に勝てない。その声は脳を手で直接揺さぶるような、人間の本能的な恐怖を呼び覚ます。
 怖い。怖い。怖い。
 頭の中が”恐怖”の二文字で埋め尽くされた時、ライオンは牙を振り下ろしていた。受け止めれば押し負ける。とっさの判断で刀を垂直からやや斜めに構えて左へ受け流す。そして堕落していく剣の腹を思いっきり蹴り上げた。金属の嫌な反響が空へ舞い上がり、一緒にスーちゃんの剣は左方向へ飛び上がって、その所有者をも左方向へ導いた。これで後ろに下がって状況を見よう。未だ明滅する思考を振り切って一歩バックステップ。早く立て直そう。一秒でも早くスーちゃんから離れたい。
「舐めてるです」
 左方向へよろめいたはずのライオンは、跳躍してオレの脳天に剣を振り下ろしている。
 いつの間になんて思う暇もなく、すぐさま刀でいなす。予想してたかのようにすぐ反撃。
 激しい打ち合いが5回。テンポのよい金属音。刀と剣のぶつかり合い。火花が散る。
 その華奢な見た目に反してスーちゃんの剣は重い。
 一撃ごとに、根こそぎ力を持っていかれるようだ。疲労感ばかりがオレの腕を侵していく。
「そのひん曲がった根性、叩き直してやるです」
 またしてもスーちゃんが吼える。
 体の芯が震えた。
 今度は脳よりも先に、体が恐怖を体感する。
 体の全神経一本一本を束ねて鷲掴みにされたといえばいいのだろうか。思い当たる語彙が見当たらない。とにかく先行する恐怖、恐怖、恐怖。
 その間にも繰り出される袈裟斬り、反転、一閃、垂直斬り。
 あらゆる方向からの斬撃を受け続ける。
 受け、――怖い。
 弾き、――怖い。
 退く、――怖い。
 だんだんと、オレはスーちゃんを相手にしてるのか、体に染み渡る恐怖と戦っているのか区別がつかなくなってきた。
 それでも、少しでも、スーちゃんの剣を完全に見切るために必要な時間を稼ぐ。もっと色んな速さを、速さを。見て覚えて反復。幾度となく繰り返される、荒ぶる斬撃。冷静に弾き返していくしかない。恐怖を抱えたまま戦い続けるしかない。反撃できないのだから受け止め続けるしかない。
 いつだって、オレは何かを守るために戦ってきた。
 四方八方からやってくる剣。
 オレはこの戦いで何を守るというのだろう。
 自分の身だろうか。
 ――それならとっくの昔に逃走してたはずだ。
 それでも逃げずにこの場にいるというのは、きっと。

 あの姿が現れる。
 あの笑顔が浮かんでくる。
 あの笑い声が木霊する。
 恐怖を溶かして頭に浮かび上がったのは、
 いつも元気で、
 いつも笑ってて、
 いつもそばに居た、
 彼女の姿だった。


 ***

 会場の熱気と歓声が渦を巻く。
 王剣隊レオの隊長アリス。
 隊内でも誇り高く正義感に溢れる彼女は、国民に慕われる良き騎士である。
 少々行き過ぎた正義感と融通の利かなさはご愛嬌。ひたすら邁進する彼女を悪く思う者はほとんどいない。
 そんな彼女が大会で優勝し、そして名指しで相手を選び戦っているという状況に、国民の興奮は上がっていく一方。
 戦いは終わったのにもかかわらず、再びリスクを犯して戦闘を続ける彼女に国民は様々な感情を抱いた。
 ある者は歓喜し、ある者は心配する。
 しかし誰もが持つ共通の願い。
 ――勝ってほしい。
 怪我なく無事にと誰もが願う。
 歓声、応援、絶叫、応援、溜息、歓声、歓声。
 それら全てはアリスに向けられたもの。
 全てを受け止め、抱き、彼女は戦う。
 応援を誇りに、歓声を責任に。
 負けることは許されない。
 国を守る者の義務として。
 国民の期待に応える義務を果たすため。
 絶叫、溜息、歓声、応援、歓声、応援、歓声。
 剣の打ち合いの音は国民にとっても誇り。
 彼女の咆哮は国民にとっての羨望。
 謎の男を圧倒し続ける彼女は、国民にとっての希望だった。  

 だが、次第に歓声は小さくなっていく。
 おかしい。
 誰もが疑問に思った。
 アリスは圧倒し続けている。
 その優位性は試合開始からずっと変わらない。
 変わらない。
 変わらないまま、
 終わらない。
 優位なら、次第に相手を追い詰めて終わるのが戦い。
 それが終わらないのだ。
 謎の男、アキラは圧倒されているのに。
 誰もが疑問に思った。
 アイツはなんなんだ。
 罵声、罵倒、雑言、悪口、雑言、悪口、罵倒。
 それら全てはアキラに向けられたもの。
 国民の希望に立ちふさがるモノは、誰であろうと敵である。
 それがわけもわからぬ男ならなおさら。

 アキラはこの時よりカリヴァーンの敵となった。
 
 歓声も罵声も小さくなり、闘技場は静寂に包まれる。
 響くのは金属の打ち合う響きと獅子嬢の咆哮。
 途中まで怯んだ様子を見せていた男も、次第にそんなそぶりすら見せなくなった。
 試合は荘厳な雰囲気を醸し出し、国民の目に焼きついた。
 かつて、ここまで一方的な戦いがあっただろうか。
 ここまで終わらない試合があっただろうか。
 剣が啼く。
 刀が哭く。
 残り時間は10分。
 時間の縛りさえなければ、いつまでも続く永遠。
 久遠にすら感じられる時間が流れる。
 それも針がたった10回動くだけで終わってしまうというのに。

 幾度刃を交えたのか。
 終わることのない打ち合い。
 銀が打ち白が止め、金が攻め黒防ぐ。
 単純明解な構図ゆえに誰しもが理解できた。
 出でた火花の数だけ呼吸は止まり、弾けた咆哮の大きさに固唾を飲む。
 両者のいる場所が、正反対の極地であることは誰しもが理解できた。
 そして、武の道にいる者はさらに見る。
 黒の極地に金が呼応したことを。
 荒ぶる攻守が彼女の誇り。
 それは今や、攻めることでしか守れないモノとなった。
 攻攻攻攻。
 傷1つ。隙1つ見せない黒に苛立ちを覚え、自分の無力を知る。
「攻撃は最大の防御。ならば防御とは?」
 見守る断罪者の呟きは誰にも聞かれない。
 誇りは弾かれ刃は届かず。
 国民の全てを敵に回した男は孤軍にして難攻不落。
 彼女が相手にしているのは人でも刀でも嘘でもなく、不落の城。
 千の剣戟。
 閃の調べ。
 鉄同士が奏でる、美しき狂想曲。
 やがて終幕を迎えるであろう共演は最終楽章へ。
 彼女の前に現れた壁。
 それに立ち向かうための聖なる独奏が高らかに奏でられる。
 彼女は誓う。
 自らの正義を貫くため。
 残り300の刻限を持ってして必ずこの壁を越えてみせると。
 

* WONDER SOWRD ( No.68 )
日時: 2011/10/15(土) 01:48:05 メンテ
名前: now



 息も上がってきた頃、スーちゃんの面構えが変わった。
 残り5分。長い25分。振り返って、その壮絶さに息を呑む。あと、5分も耐えなきゃならないのか。意識すればするほど時間が長く感じる。腕は痺れるし足は痛いしで、いいことなんて何もない。
 途中、恐怖は克服した。他人のために。その思いだけでこんなにも自分を変えられるものなのか。現実味がなくて本当に驚いている。もう、怖くない。あるのは、取れない疲労感と少しの勇気。もう少し、もう少し動いてくれ。
 そんなことを思ってたラスト5分。底の知れないスーちゃんは吐き捨てる。
「一般人には使いたくなかったです」
 騎士豹変す。
 釣りあがった眼。口の端に見えた犬歯。
 左肩を落とし、構えた剣に殺意をみなぎらせる。
 瞳の奥に映る、獅子の眼。
 警戒しなければ確実に命を持っていかれるような、そんな覚悟。
 なにかくる。2人の間は3メートル。それ相応の覚悟で臨む。
 ライオンは一息で間合いを詰めてくる。
「コンフォーコ!」
 火のような咆哮。残像が見えるほどの突きの連打。突きの1つ1つが重なって襲い来る。
 太刀筋は、烈火の如く。
 揺らめく火炎が如く繰り出される突きの応酬を左右に弾き散らす。石火の速さを持って迫る剣を、電光の疾さで捌く。見てから反応してたんじゃ間に合わない。火の流れを全身で感じ、思うがままに刀を躍らせる。自然と刀の速度は上がる。一太刀でも感じ間違えればオレは串刺し。散らせ散らせ散らせ!!
 来るなら来い。覚悟をみなぎらせた瞬間に突きの連打が止まった。
 目の前にスーちゃんはいない。
 視界が陰る。
 ――上。
「ハイドン!」
 確認する間も無く振り下ろされる鉄塊。
 自らの体重、落下、重力、その全てを剣に乗せ、獅子は渾身の一撃を放つ。
 今までの振り下ろしとは比べ物にならない鉄塊の威力。動かし続けた腕は痺れで一瞬だけ硬直する。たったその一瞬が、今後の行動に大きく影響を与えた。刀で受け止める事などできず、避ける。とっさの判断が生死を分け、コートをかするかかすらないか、間一髪のところを鉄が通過する。鉄塊が石の地面を大きく割った。そこから周囲の地面に入ったヒビは次第に大きくなり、ガパッと生々しい音を立てて遠くの地面まで割っていった。地割れは約4mほどまで伸びたのだ。受けていたら危なかった。どこか確実に持っていかれただろう。運が悪ければ即死。
 急いで態勢を立て直す。
 それでも百獣の王は容赦しない。
「グランディオーソ」
 地面に突き刺さったままの剣は、割れた地面をさらにえぐりながら振り上げられる。なんて荒いんだ。あれじゃ刃こぼれするにきまってる。一瞬よぎる思考。振り上げられた際に小石や砂が砂塵を巻き起こし、太刀筋を隠した。
 見えないけれど剣は一直線。かろうじて見えた手元を頼りに、軌道を予測。
「ふんっ」
 気合を込めて、砂埃を上から足を踏みつける。勇気のいる行動だった。間違えれば、足が確実に持っていかれるのだ。でも、やらなきゃ体が持っていかれる。
 砂埃の中で一瞬火花が散った。足にガキンという衝撃。
「そのブーツになに仕込んでやがるです」
 憎らしげにスーちゃんが睨む。お互い至近距離で言葉を交わす。
 砂煙が晴れ、ブーツに踏まれて停止した剣が姿を現した。
「鉄だよ」
 睨まれても怯まないように、少し笑いながら答えた。結構、いっぱいいっぱいなのだ。
 しかし、それが気に食わなかったのかスーちゃんの目つきはさらに悪化する。
「ウソです。鉄程度だったら斬れるです。なんの合金です」
 ”鉄程度なら斬る”
 そう言いきった彼女の目にウソはない。怖いぐらい真実のみを語る彼女は、オレとは程遠い存在。オレには絶対成りえない在り方だった。
 ブーツの底に仕込んでいるモノ。それは”硬質の魔石”と”アトスの嘆き”と”火岩鉄”を溶かして作った代物。けど後ろ2つは採取禁止されてる希少素材だから言えば捕まる。捕まるぐらいならウソにまみれてやる。
 こうして、オレはまた1つ新しいウソをつく。
「”硬質の魔石”つかっただけだよ」
「それだけなわけないです。たかが硬質の魔石で私の”WALTZ”止められると思うんじゃねーです」
 踏んでいた剣がゆっくりと引き抜かれる。行動を起こされる前に剣の腹を蹴り飛ばした。
 火花が散る。
 スーちゃんが吼える、
「なんでウソばっかりつくです。どうして正直に言わないです」
 散った火花を切り裂いた豪剣。オレの眼前で踊っていた。舞踏に合わせて刀を動かし、必死に受け止める。また火花が散った。
 ギリギリと鍔迫り合い。力を込めて押し返そうとするも、スーちゃんはまったく動かない。お互いの顔がものすごく近い距離にある。
「ウソも方便だよ。少しのウソで少し自分が得するならそれがいい」
「ウソは詭弁です。人を騙して得するということは、騙した相手が損するということです。それは罪です」
「さっきの質問でオレがウソついてたとして、スーちゃんは損をした?」
「損しなきゃいい訳じゃねーです。ウソはウソ。罪は罪です」
「誰も損をしないウソなら、オレはありだと思うよ」
「ふざけんじゃねーです。所詮ウソはウソ、いくら肯定したところで悪いことは悪いことです」
「じゃぁ小説家や作家は? お話って、実際にあった話だけがこの世に出回ってるわけじゃないのはわかるよね?」
「屁理屈こねるんじゃねーです! ウソは悪いことです。悪いことは罪です。そして、罪には罰です」
 必死に力を込めていた刀が押し返される。均衡状態は簡単に崩れ、スーちゃんが渾身の一撃を放った。
 迷うことなき剣。
 紛うことなき真理。
 彼女の一撃に込めた思いがそのまま刀に伝わり、弾こうとして前に出した刀は呆気なく弾かれる。
 真実が欺瞞を打ち負かした瞬間。地面をむなしく滑っていく刀の音が耳の中で反響した。なんて強い信念から来る重い一撃なんだろう。
「カンツォーネ!」
 突きの極み。
 美しいまでにシンプルで簡素な直線運動の極致。空気を裂き、敵の体を串刺しにする刺突。
 彼女の貫く信念そのもの。
 避けることはできない。
 高すぎるプライド、美しすぎる信念。
 どうか、受け止められないだろうか。
 もはや、オレの考えを認めてもらおうだなんて思わない。
 ただ、間違ってるとも思わない。
 だから、オレは証明しなければならない気がした。
 ウソつきだって人と真正面から向き合うって事を。
 騙して得するためにやってるんじゃないって事を。
 真実は体の中心に狙いを定めている。
 オレは持てる全ての欺瞞でもって、彼女の真実を受け止める。
 オレにだって守るもの守りたいもの貫きたいものがあるんだ。
「ぐっ」
 体に衝撃。
 腕に熱。
 直後、紅い何かが舞台に堕ちることとなる。


* WONDER SOWRD ( No.69 )
日時: 2011/10/20(木) 23:42:26 メンテ
名前: now



「ふっざけんなです」
 スーちゃんがこれでもかと悪態を垂れた。なにぜ、刃の切っ先は鳩尾の直前でぴたりと止まってるから。剣の腹を押さえた両手は奇跡的に無傷。真剣白刃取り大成功。傷1つでも付いたらオレの負けだから、素手での白刃取りは自殺行為に等しい。
「ま、……なんとかなったよね」
 安心してため息が出てしまった。スーちゃんにとって、あまりに納得のいかない状況は、彼女を硬直させた。剣からは既に力が抜けている。

 そして、それは突然現れた。

 ***

「もう、封印解いてる途中で勇者様に出会うなんて運命かしらん」
 アキラとアリス、2人の頭の上に現れたのは女。ふわりふわりと降り立つ女に、2人は同時に後ろへ下がった。
 着地。
 揺れる真紅のドレス。胸元を強調したデザイン。袖や胴、スカートなどいたるところに付いたフリル。脚線を意識させるような細まった裾。紅のヒール。全身が紅に包まれた全身も、細く引き締まっており、肌は不健康なほどに艶かしい張りがある。他人を見下すことをいとわない強気な視線、華麗なドレスすら色あせるほどの美しい顔立ち。血をそのままひいたような唇。この埃っぽい舞台に似つかわしくない美女が突然現れ、アリスとアキラはこれ以上もないほど警戒した。お互い反対側で構えを取る。そのままアキラはじりじりと後退し、落ちていた刀を拾う。
 女性は周囲の二人には目もくれず、会場の特別席で様子を見ていた王に向けて恭しく一礼。その動作も、背筋が凍るような美しさであった。会場に設置された大画面モニターにその光景が映る。会場中が唾を飲み込んだ。
「こんな汚いところから失礼するわん。王様、お目にかかれて光栄よん。本日は、魔王様から直々にお願いがあってまいりましたん。魔王様の部下、リンネ・ミザルディと申しますわん」
 慇懃に、変な節をつけて喋る女、リンネはまっすぐに、気だるげに王を見上げている。女の全てに王は不快さを示した。
「魔王は死んだはずだ」
 王の声も、会場中に響いた。席に取り付けられた集音の魔石が、連動している拡散の魔石に声を送っているからである。王の発言にリンネは疑問を持つ。そして気づいた。この国で魔王といえば、過去に平和な理想郷を築こうとした『フレア』の魔王であること。
「あらん、そんなちっぽけな魔王じゃなくてよん。魔王、ロキ様からのお願いよん」
 この大陸の歴史を知る全ての者が、息を呑んだ。100年前、この大陸を終焉に追いやった史上最悪の魔王の名は、人々を混乱させるのに充分すぎるほどのインパクトを持っている。
「ウォータスを開放して欲しいのん。先に会いに行ったら、勇者様に追い返されちゃったわん」
 次々と出る名前は、観客の神経を麻痺させていた。『リンネ』・『ロキ』・『ウォータス』・『勇者』あまりにも突拍子のない人たちだ。
 リンネが左腕をなぞりながらため息をつく。その腕には、明らかに剣でつけたと思われる切り傷があった。
「断る。やつは過去、一国の王でありながら魔王に加担した大逆者だ」
 大きく、力強く王は断言した。
「あらん、ウォータスも報われないわねん。それなら、今度日を改めてこの国を攻めないといけないわん。それでもよくって?」
 本来なら、断られることなど前提。最初からこの大会の隙に、地下牢に幽閉され封印を施されているウォータスを奪還する手はずだった。だが、封印の結界にリンネが苦戦している間、事に気づいた勇者によって阻まれてしまった。リンネを追い返した後も、勇者はリンネを追いはせずあくまで牢屋を守り続けた。そのため、リンネは表舞台に出ざるを得なくなり、予定を変更して大々的に攻めることにしたのだ。『できることならいつでも優雅に』。彼女が主に最初に言われた命令だった。
「武力に屈するような国だと思うか?」
 王は威圧する態度を変えない。それこそが、この国がこの国たる理由であると強く示す。リンネは慇懃にうなずいて、
「それもそうねん。魔王様にはそう伝えておきますわん。でもねん。このまま手ぶらで帰っても怒られてしまうのよん」
 不適に笑い、ここで初めて舞台の上の男女に視線を向けて微笑んだ。
「ここの2人には死んでもらって、首だけ持って帰ることにするわん」


 ***

 ゾワッと広がる恐怖。空間が重くなったような錯覚。アレだけ場を支配していた歓声が無くなる。
 ただ静かだった。
「結界を張ったわん。邪魔はさせなくってよ。じゃぁとりあえず死んでもらいましょうかねん」
「ふっざけんなです。斬るです!」
 リンネの話に、途中まで俯いていたスーちゃんは、なにかを振り払うように一気に突っ込んで行った。相手が何をするかもわからないのに突っ込むなんて自殺行為だ。
「そっちから来てくれるなんて助かるわん」
 うふふとリンネは余裕の表情。ドレスなんて着て場違いだけど、間違いなくこの女は戦闘慣れしてる。纏う雰囲気が、柔らかくスーちゃんの敵意を押し流している。
 反対側からスーちゃんを止めるために駆け出す。けど、出だしが早かったスーちゃんを完全に止めることはできない。どうすれば止められるんだ!? リンネは無防備にスーちゃんだけを見ている。後ろから見える。リンネは何かを構えた。先端にたくさんフサフサがついてる、――紅い扇子?そのフサフサが伸びた。まるで針だ。先端は凄く細いけど、根元に近づくにつれて太くなる。円錐状。風になびいていた無数の細かい糸が、槍のようにスーちゃんを串刺しにしようと伸びたのだ。恐らく、本当に恐らくだけど、あの針は硬質化しているかもしれない。あれが身体に触れれば、簡単に身体に穴をあけることができるんじゃないだろうか。そんなんで突っ込んだらスーちゃんは串刺し。無数の針は剣じゃ防げない。数が多い上に、勢いがありすぎて斬れない。
「斬るです」
 乱立する針を、たった一振り。糸から生まれた針は、全てむなしい音を立てて地面に落ちる。
 斬っちゃった!
「あらん、すごく上手いのねん」
 オレの驚きも知らず、余裕の態度を崩さないリンネ。
「斬るです」
 スーちゃんは吼える。さらにそこから一歩踏み出し、無防備と思われるリンネに一撃を加えようとする。高速の反撃だ。
 オレは走りながら、スーちゃんの足元で針が動いたのを見た。真っ直ぐだった針の先端が斜め上に曲がり、明らかにスーちゃんの方向へ動いているのだ。獲物を狙う蛇のような動き。やがて勢いよく獲物に食らいつくような動き。
 最初のは囮。
 わざと針を全部斬らせたのだ。
 足にもっと力を込めた。
 もうすぐ手を伸ばせばスーちゃんに触れる。スーちゃんは剣を思い切り振り上げて硬直。下の針が伸びていることには気づいていない様子。やるなら今しかない。
 リンネの背後から追い越して、真正面からスーちゃんのわき腹に手を伸ばして掴んで思いっきりぶん投げる。あっちゃんより重い!
 後方へ投げ飛ばした瞬間、スーちゃんがものすごく驚いた顔を見せた。けど今は無視。
 なんたってスーちゃんの代わりにオレには危険が迫ってる。地面の針はオレに食らいつこうとする。
 振り返りざまに目視9本。
 揺れる光。
 ――壱閃。
 5本切断。
 ――弐閃。
 4本切断。
 さらにリンネが扇子を振る。伸びる毛玉の針。多すぎ。多分37本。
 ――参閃。
 後7本。
 ――四閃。
 全部落下。
「あらん、あいかわらずお上手なこと」
 目の前でリンネがキレイに笑う。血液の色みたいな唇が歪む上品な笑い。誰が見てもイイ育ち。絶対金持ち。オレの不愉快のツボを刺激しまくり。余裕な態度がいちいちイライラした。目の前でオレが針の相手をしてる間、リンネは何もしてこなかったのだから。彼女のセリフが頭の中で反響する。
 ――あいかわらずおじょうずなこと――
 あいかわらず?
「あいかわらず? 知ってるの? オレを」
 リンネは初めて意外そうな顔でオレの事を見た。
「あらん? どういうことかしらん。あなた顔見知りでしょう、忘れちゃったのん?」
 それは見下してるとか余裕とかそういう態度でなく、純粋に困惑してるのが見て取れた。
 ――ズキッ。
 頭が痛い。
「全然覚えてないんだよ」
「それはザンネン」
 全然残念そうじゃない表情でリンネが扇子を振るう。
 風になびくふさふさの毛玉が伸びる。
 槍が如く、鋭い突きがいくつも同時にオレの身体を狙う。
 迎撃の一閃。
「あんな衝撃的な出会いと別れだったのにん。あ、別れは覚えて無くて当然ねん」
 ――ズキッ。
 針を斬られながら、リンネは不思議そうにつぶやいた。
「どういうこと?」
 オレが疑問を口にすると、扇子を縦にして一閃。
 とっさに刀を水平にして受け止める。
 ガキン。
 金属のかみ合う音。
 あの扇、鉄製、鉄扇か!
「うふふん、ひ・み・つ」
 その態度にカチンときた。
 なにからなにまで余裕の態度表情振る舞い。
 そのすべてがオレの気に食わないものだ。
「教えろよ」
「いやん、怖いわん」
 癇に障る。
 こいつは好きになれない。
 そんなことで頭がいっぱいになり、受け止めた鉄扇の毛玉が伸びていることには気づけなかった。
 気づけど遅し、数秒後に、自分の身体が串刺しになるような映像が脳に再生される。
 失敗した――。
「ふぇげっ」
 視界がぶっ飛んだ。
* WONDER SOWRD ( No.70 )
日時: 2012/08/28(火) 00:02:31 メンテ
名前: now

「人のこと投げ飛ばしといて密談とは何様です! クソっ! 時間切れです!!」
 悪態をつくのはスーちゃん。後頭部に痛み、顔に地面。ああ、吹き飛ばされたんだ。
「殴ってふっとばすってどういうこと? イルナさんといい勝負なんじゃないの!?」
「黙ってろです!」
 さっきから頭痛してるところをピンポイントに殴られ、しかも精神的にきつい言葉で頭痛が強さを増していく。すごい勢いで増していく。もういやだ。急いで姿勢を整えた。
「あらん、何様ですってん? 私はお姫様よん」
 扇子をひらひらさせながら女。それに噛み付くスーちゃん。
「ぜってー姫って年齢じゃねーです!」
「私は永遠の18歳よん」
 場が凍りついた。いくら綺麗だからって、さすがに18ではない。たぶん、会場中の誰もがそう思ってるはず。見た目は20代の真ん中ぐらいから30代の前半。でも、振る舞いが古臭くて本当はかなりの年いってるんじゃないだろうか。
「現役の18歳に謝りやがれです!」
 年齢の話になると、さらにスーちゃんは噛み付いてた。スーちゃんが戦わないと、段々本筋からはずれていく。年齢とかの嘘も許せないんだろうか。
「若いって罪ねん。ところであなたはおいくつなのん?」
 扇子をひらひらさせながら女は質問を投げかける。
「22です」
 フッ、と女が笑った。鼻で笑った。勝ち誇った。
「おばさんだわあん」
「斬るですッ!」
 スーちゃんの中で何かが弾けた。決定的な何かが弾けた。……女の戦いだ! 一方的に譲れない何かが、スーちゃんの大事な何かが、彼女を動かしているんだ。きっとそれを認めてしまえば、彼女の存在が全て意味をなくしてしまうような。そんな大事ななにか。そしてそれは、当人以外には本当にどうでもいい何かでもあるのだ。
 なんかさっきまであの女に怒ってた自分があほらしくなってきた。さっさとスーちゃん終わらせてくれないかな。
「負けるなスーちゃん! 22なんてまだまだピチピチじゃないか!」
「あんたもあとで斬るですッ!」
  スーちゃんの中で何かが弾けた。再び決定的な何かが弾けた。一瞬こっちを向いたスーちゃんの目が血走ってることを見逃さなかった。彼女の中のどうでもいい何かが、俺に対して殺意を抱いていた。いったい何が彼女をそうさせているのだろう。
 ……年齢?
「あなたはおいくつなのん?」
 今度は、女がオレに扇子を向けて問いかけてきた。
「18」
「さっき現役の18歳に謝れと言いましたが、言葉を訂正するです。あいつには謝らなくていいです。ですが他の18歳と私には謝りやがれです」
 スーちゃんの中で弾けた何かは俺に牙をむき出したまま。
「ちょっと、老け顔ねえん。このおばさんよりも年上に見えたわん」
 女は扇子で口元を隠し、気まずそうに微笑んだ。
「彼への侮辱はどうでもいいです! でも私への侮辱は許さないです!」
 俺の中の決定的な何かが弾けた。泣きたい。
「とりあえず悔しいからお前を倒す。……スーちゃんが!」
「私ですか! ――言われなくてもぶったおしてやるです!」
「あなたじゃ無理ねえん」
 再び女が余裕の表情で微笑む。両手の扇子を構える姿は、オレの故郷の武術によく似ていた。
 剣と鉄扇がせめぎ合う。闘技場の中心。先に手を引いたのは紅い女。右手の鉄扇で剣をいなし、左手の扇でがら空きの懐に斬り付ける。すぐさま一歩後ろへ退くスーちゃんへ、たくさんの毛玉のトゲが追い討ちをかける。直線的過ぎる攻撃。それを返す鮮やかな剣閃。
 切り落とした針は全部で6本。全部が地面に落ち、カランと金属質な音が響く。そして素早い斬り返し。斜め上へ、鉄色の残像が描かれる。オレと戦ってたときと違い攻守のバランスが取れている。今のスーちゃんなら1人でこの女を倒せるんじゃないだろうか。
 なんてオレの考えは甘く、斬り返しが切り返されたのだ。片手の扇でキレイに剣をいなし、空いた懐にもう片方の扇で斬りつける。確実な反撃に、スーちゃんは一歩下がらざるを得ない。そこへ扇からトゲが伸びて追い討ちをかけ、スーちゃんが斬り返しての繰り返し。一歩もそこから動かない女と、何度も動かざるを得ないスーちゃんの差は、やや後方から見ていても明らかだった。仮に手助けに入ったとして、あの2人の中に入ったとして、オレはあの女にじゃなくてスーちゃんに殺されないだろうか?そんな疑問が頭をよぎる。ありえそうでやだな。そんなこんなで色々考えていた。正直、俺は攻撃できないから、変なことはしたくない。できることなら、スーちゃん1人で片付けてくれたほうが助かるのだ。
 いや、待てよ。もしスーちゃんが倒されたら、オレに彼女を倒す術はない。スーちゃんがいてくれないと、あの女に対する攻撃手段がないのだから、負けなくても勝つことが出来ない。それは、すごく、
 ――困る。
 ようやくやるべきことを頭に浮かべ、呼吸を整えた。こんな戦い方をするのは久しぶり。本当にいつぶりだろう。――戦いは嫌いだ。攻撃できないから。――戦いは嫌いだ。どうせアイツに勝てないから。――戦いは嫌いだ。嫌なことばかり思い出すから。――戦いは嫌いだ。
 なら、どうしてオレは笑ってるんだ。


□□□
 ただでさえ試合が始まる前からお嬢ちゃんは不安定だったのに、そこに魔王の部下を名乗るリンネが現れて、不安定は最高潮。喜怒哀楽の怒哀だけを強くしてしまったような。時折、気が触れてしまった病人のような奇声を上げる。それはいつもアキラが危なくなるとき。アップレットの病院を彷彿とさせた。
「あ、アキラがッ! どうしようッ!」
「落ち着くねい、お嬢ちゃん」
 正直、自分にも言い聞かせてるつもりでお嬢ちゃんをなだめている。アキラがここにいてくれたら、きっと自分にも同じ事を言ってくれたに違いない。落ち着け、チャンスを逃すな。魔王は、ここにはいない。
 自分の動揺は、お嬢ちゃんの動揺に比べれば小さいほうに思える。
「だ、だってッ! アキラがッ!」
「どうせこの人たちが行かせてくれないだろうしねい」
 いてもたってもいられず、そのやり場の無い気持ちを自分にぶつけようと服に掴みかかってくるが、わかるように視線を左右に振る。お店の左右を塞ぐように立つ兵士2人。アキラがいなくなってから、ずっと立っているのだ。これ見よがしな見張りにげんなりする。
 国から見張られるなんて、それもこれも全部アキラが変なことばかりしてるからだねい。良い方面でも悪い方面でも顔の広い彼だから起こりうるこの非常事態。俺は努めて、今はお嬢ちゃんのことを優先することにした。
「アキラーッ!」
 アキラが連れて行かれてからというものの、お嬢ちゃんは落ち着き無くキョロキョロしたり叫んだり。見ていてこっちが痛々しく思うほど。本当に、イルナという女の子は見ていて不思議な子。基本アキラにべったり。一緒に行動しないのは寝起きとトイレと風呂だけ。何の恨みがあるのか想いがあるのか、毎日必ずといっていいほどアキラを殴る。アキラ曰くお嬢ちゃんとは兄妹。お嬢ちゃん曰くアキラは友達。けどアキラから兄弟がいるなんて話は聞いたことがないから、アキラはウソだねい。
 お嬢ちゃんをなだめる以外にやることが無く、考えたくないことを排除するために少し別のことを考えることにした。
 いったいどうやって知り合ったんだろうねい。いくら交友関係の深いアキラとはいえ、この子とのつながりはまったくの謎。この子と一緒に行動して、アキラに利益はあるのか。それもそのはず。自己利益優先のアキラ。その交友関係は全てアキラの利益に直結したものであるはず。俺とだって、初めて会ったときに利害が一致したに過ぎない。借金のことがあったにせよ、アキラが俺の同行を強制したのはこの"事実"を知っていたからなのか。今はまだ謎。とにかく、食費すら気にするアキラが、育ち盛りの女の子を旅に同行させるなんてありえない。
「あ、き、らーッ!」
「落ち着くねい。お嬢ちゃん。アキラは大丈夫だねい。ほら深呼吸するねい」
 挙動不審のお嬢ちゃんの肩を軽く叩く。
「なんでッ! どうしてッ!」
 混乱の矛先が俺に向く。まだ殴られていないのが奇跡のようだった。本当に、アキラがいないと、お嬢ちゃんの存在は痛々しいほど儚かった。
「――アキラは、弱くはないからねい」
 立ち上がって後ろのダンボールをあさる。中から取り出したのは俺がさらに借金してキープした双眼鏡。
「お嬢ちゃん、なかなか見られないシロモノだからねい。ようく見ておくんだねい」
 双眼鏡をお嬢ちゃんに手渡しながら、会場の中心に指をさす。
 そして、思った。
 なんだかこの言葉、前にも言ったことがあったねい。


□□□
 介入。
 必要なものは集中。針に糸を通すようなほど繊細な集中。そして観察。2つ以上の得物の動き。動きの始点、どこへ向かって動くのか、その速度、得物の長さ、そして味方と敵の区別。短い時間で観察。
 集中、観察、思考、継続して集中、観察、思考。
 全ての繰り返し。極短い時間に行なわれるそれをさらに短い時間で身体になじませる。
 思考を研ぎ澄ませる。感覚を研ぎ澄ませる。身体を研ぎ澄ませる。
 至高の盾となるため。自分の在り方を作り変える。
 敵の攻撃を防ぎ、味方の攻撃を通す。
 そんな当たり前で、最も強い盾への変貌を。
 盾として、最も機能的。
 生命の宿った、最強の盾であれ。
 鉄扇と剣の衝突の直前。
 刹那の介入。

*******
 2人の攻撃、剣と鉄扇がぶつかり合う直前の出来事。特にアリスは呆気に取られたまま攻撃を止めることもできなかった。白い蛇のようなものが、リンネの鉄扇に絡んだかと思えば、そのまま鉄扇が地面に叩きつけられたのだ。。何が起こったのか、アリスにもリンネにもわからない。アリスの視界には憎むべきリンネしかいない。迷うことなどないのだ。なにに戸惑っていたのか。迷いは一瞬。たった一瞬の間に、姿勢が崩れたリンネ。今が好機と防御が崩れたリンネに容赦なく、止まることなく剣が振られる、――間一髪のタイミングで別の鉄扇で攻撃を防がれてしまう。
 次の行動を起こすほんの隙間の思考。不意にアリスは思った。ここで攻撃の手を緩めてしまってはいけない。
 なにか予感にも似た確信をもって、間髪いれずに剣を上へ斬り上げた。
 当然の如く鉄扇で防ごうとするリンネ。彼女は既に姿勢を立て直そうとしている。この攻撃さえ防げば、全てはなかったことになる。獅子の猛攻はまたしても徒労に終わるのだ。格下の相手。ちょうど手応えのあるぐらいの適度な強さ。そこの楽しみを見出しつつ。そろそろ終えてしまおうかと考えてしまえるほど、リンネは余裕を持っている。
 そんなリンネの目の前が白く光った。先ほどから対峙しているアリスからは発せられないはずの色。彼女は、金色と鉄の獅子。その一点のみに、リンネは彼女に嫉妬する。自分ではそこにいけなかった境地。
 不思議に思った。なぜ目の前が白いのかと。獅子の攻撃を防げさえすればいいだけなのに。この感覚に先ほどと似たようなものを感じた。それは彼女がこの場で初めて感じた、恐怖という感情。
 ”オニ”に迫るほどの荒々しい覇気。リンネの故郷の空気に含まれている禍々しい成分。それが濃厚な塊となって、今、自分の目の前に具現している。
 白い"オニ"。
 白いコートをひるがえし、白い刀を携えた"オニ”。白とは思えぬ禍々しい輝きが、今自分を襲っている。その襲撃に痛みはなく、犠牲はない。ただ、自分を破滅へと導くだけ。
 防御のために広げた鉄扇が白蛇じみた白によって散らされ、さらにもう片方に持っていた左の鉄扇も弾かれる。頭に浮かぶのは防御不能。眼前に迫る獅子の爪。白いオニが身を引く。
 身体に鉄の感触が刻まれるなか、ただ冷たい目で、"オニ"はこちらを見ているだけだった。
*******


 場は静か 女は倒れる。地面に転がっていた無数のトゲはふさふさの毛玉に戻っていて、その中に倒れた女は本当にお姫様のようだった。それぐらい、毛玉は地面に散らばっていたのだ。スーちゃんはそのまま剣を構え、倒れた女の首筋に突きつける。その2人から少し離れて、オレは顔の血を拭いながら様子を見ていた。
 コートについた血が寂しげにその面積を広げていく。滲んでいく赤が、涙のように満ちていった。
 ……また洗濯して落ちるだろうか。
 オレの心配をよそに、スーちゃんはリンネに詰め寄る。
「魔王はどこにいるです?」
「……聞いてどうするのん?」
「質問してるのはこっちです」
「答えてよ。魔王はどこ?」
 オレは少し遠くから、その様子を見ていた。正直あの女に近づきたくない。
 風が吹かないので、体から出た汗が冷えなくて困っていた。体温が上昇するばかりである。
「こんな大怪我負ってるのに質問攻め? ……女の子には優しくしないとダメよん」
 倒れたままウフフと笑う女は動かない。それでも余裕な返事はオレたちをイラつかせた。
「なに言ってやがるです。魔王はどこにいるか答えやがれです」
 ウフフと女は笑う。
 静かな空間に、笑い声が反響する。
 なにかがおかしい。
 周りを見る。
「……いいわん。答えてあげるわん」
 闘技場の舞台の淵で、兵士と思われる人たちが何人も両腕を上げて何かを叫んでいる。叫び声は聞こえない。
 人が入ってこれない。
 風が吹いていない。
 ……ということは、結界はまだある。
 瞬間、駆けた。
「南よん。ま、あなたが生きてればお会いしてみなさい、な!」
 迷うことなく捉えた剣を構えたままの棒立ちスーちゃん。その服を右手で掴み、思い切り引っ張る。最初の時ほど、力が入らず、ぶん投げるまでいかないもオレとスーちゃんの立ち位置が入れ替わることはできた。それだけやれれば充分で、この後の展開を考えれば不充分だった。女に背を向け、スーちゃんの困惑の表情を見る。
 ああ、またやってしまった。
 1イウルの得にもならない。
 ――ドスッ
「え? なんでです? なんでですか」
 ああ、なんだか身体がおかしいことになっているな。……他人事のように思った。スーちゃんの視線は、オレの右腹部をとらえている。
「おかしいです。どうしてです」
 遅れて、じんわりと熱くなる。右腹部。
 ――ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス
 今度の認識はずれない。
 自分の体を見る。
 肩に、腕に、腹に、足に、黒いトゲが生えていた。その黒が、自分の身体をめぐっていた血だということに気づく。なんだか歪なオブジェのようだ。血が流れ、体中を赤が染めていく。トゲの先端から滴る血がぽたりと地面に落ちた。
「あらん、おばさんをかばうなんて、すっごくかっこいいわん。やっぱり、何度見ても絵になるわーん」
 ――ズキッ。
 背後で、女が笑っているのがわかった。なんて腹が立つんだろう。そんな想いも、段々と薄れていく。血が足りない。体が痛い。痛みで吐き気がする。

「アキラアアアアアアアアアアッ!!」

 びっくりするぐらい大きな声の破裂音が耳に入り、そこで意識は途切れた。
* WONDER SOWRD ( No.71 )
日時: 2012/08/28(火) 14:21:10 メンテ
名前: now


 お店の机を蹴り飛ばして”跳ぶ”。
 下に見える観客の人をグングン飛び越して、両手に、両足に、付着した蒼い魔法が空に軌跡を描く。いろんな人が見ている。人前では使うなといわれてたのに。この姿を見て鳥だと思う人は、たぶんいない。時々憧れる、青い鳥のお話。自由に飛べる小鳥のように、どんなものにも縛られなかったら楽でいいのに。翼のないあたしは、舞台の真上までくると、勢いをなくして徐々に墜落していく。羽がないせいだ。いつか、全部あたしのものにしてみせる。
 誓いを胸に、見上げた空から半回転。くるり。
 眼下に広がる舞台。見える。あるはずのない壁が、舞台を取り囲んでいることを。この会場だってなんだって、全部あたしのもの。そこに、あたしのよくわからないものをつけるのなんてやめて欲しい。自分の持ってないものは、全部欲しい。欲しいと思った瞬間から、それは、全部、あたしのモノ。頭の中にいっぱい浮かび上がる欲望。それですら、あたしの大事な感情。捨てるわけにも否定するわけにもいかず、頭がズキズキする。胃の中がむかむかした。
 堕ちていく。
 高い空から堕ちながら、見えない壁に当たる瞬間、思いっきり腕を振りかぶる。あたしだけの、渾身のストレート。腕に付着した魔法が、蒼い閃光となって壁に直撃。ひびが入る。窓ガラスの割れたような音。バリーンって。粉々に砕けた破片が、あたしの服を少し裂いた。あたしの、お気に入りなのに。落ち込んでみても、墜落は待ってくれない。壁を壊した衝撃を体に残したまま、舞台の上に着地。足が少し、石の床にめり込んだ。目の前の光景。
 あたしは許せない。
「あたしのっ、アキラをっ、傷つけないでッ!」
 あたしのアキラは、目の前で歪な飾り物みたいになっていた。体のいたるところに槍が刺さってるみたいで、いったい何を相手にしたらこうなってしまったのか。急いで、あたしのアキラの体に刺さっている槍を抜こうとする。あたしのじゃないものにはロクなものがない。あの壁も、この槍も、全部そう。槍に手をかけた。
「今抜いちゃダメです!」
 アリスさんの怒ったような声。なんで怒られているのか理解できない。
「なんでッ?」
 邪魔しないで欲しい。アリスさんの言葉がくだらないものだったらすぐ抜こう。そう思って一瞬だけ腕を止めた。こうしてる間にも、あたしのアキラは苦しんでいる。
「今抜いたら出血が増えて死んじゃうです」
 針から手を離す。
「それ、ホントッ?」
「ホントです」
 振り返って、初めてアリスさんの顔を見た。ウソっぽい感じはしない。感じる。彼女に充満するのは怒り。矛先は自分。硬く握り締めた左腕が、細かく震えているのがわかった。突然あたしが降りてきたことに困惑を感じていないのも、怒りのほうが強いから。この人は、あたしのアキラが傷ついたことに対して、とても怒りを感じていてくれてる。あたしのアキラを心配してくれてるのなら、アリスさんはあたしの"モノ"。このさい、あたしの大事なアキラと戦ってたことは無視。抜かなくて良かったという安堵感。もし抜いてたらという罪悪感。
「お取り込み中のところ悪いけど、困るわあイルナちゃん。どうやって結界の中に入ったのん?」
 あたしのアキラの背後で、何事も無かったようにリンネは立ち上がった。あたしのアリスさんが斬ったのを、あたしはお店から見ていた。右肩から左腰にかけて、斬られた痕は確かにある。真っ赤な血が、服に染み付いている。けれど、動いてるということは浅かったということなのかもしれない。
「知らないっ。叩いたら入れたっ」
「あの結界を破壊したのん? 物騒な魔法ねん」
 趣味の悪い扇子を口元にあてながら、品定めするような視線で、あたしの体を上から下までジロジロと眺めた。
「この魔法は全部あたしのものよっ。じろじろ見ないでっ!」
 両腕両足に定着させた蒼い魔法『ヘルフレイド』。効果は定着させた部分の身体強化。脚力も腕力も、やろうと思えば全身だって。これも、あたしの父さんから教わった魔法。人前では使うなって言われてたけど、もうそんなことに構ってられない。あたしのモノが、これ以上目の前で壊されるなんてたまらない。
「あたしのアキラを傷つけないでッ!」
 フフッ、と口を扇子で隠したままリンネが笑う。
「その子が自分から飛び出してきたのよん。それを私のせいにするなんて筋違――」
 ――それ以上、聞きたくない。
 だから動け、あたしの世界。
 時間も遡るような速さで、この世界を塗り潰すんだ。右足の先に力を込めて地面を蹴る。視界が大きく動く中で、右腕を肘から大きく後ろに引きながら、右手をギリギリと音が鳴るまで握り締める。あたしのアキラを避けて、体のひねりを大事にしながら、弓から放たれた矢のようなイメージで、思いっきり、あたしだけの、右ストレート。
 拳はリンネの右胸に触れる。
 トン、
 思ったよりも遠くへ飛んだ。伸ばした輪ゴムを飛ばしたみたいに、弾けるように飛んで行ったリンネが、会場の壁に叩きつけられる。痛そう。石で出来た壁にめり込んでる。十字架に貼り付けられた聖者さんみたいだ。聖者さんとは、恐ろしく中身がかけ離れてるけど。でも、あたしのアキラを傷つけた報いだから、当然のような気がした。これでも、まだ優しいほうである。目をつぶったリンネが口から血をたらしたのが見えた。肺が潰れたんでしょうね。
「い、今、何をしたです!?」
「見てなかったのっ? 殴っただけよっ」
 あたしのアリスさんが、とても不思議そうな顔であたしを見ていた。そんなに不思議なことはしてないはずなんだけど。見えてなかったのかしら。
 それよりも、あたしのアキラ。
「あたしのアリスさん、どうやったら、この槍を抜いても大丈夫っ?」
 あたしには、人を壊さないための知識がない。
「……大量に輸血の準備が必要です。血液型は?」
 あたしには、あたしのアキラに対する知識もなかった。
「――知らないっ」
 ああ、あたしは、あたしのアキラのなにもわかっていない。全部、あたしのものだっていうのに、なにも、なにも……。
「傷も大きいです。ちっ、コイツがくたばっちまったら助けられたこっちが寝覚めわりーです」
 あたしのアリスさんは、舞台の上に上がってきた兵士の人を睨みつける。
「おいアクエリアス隊! 医者を連れてくるです! 早く!」
 困惑する兵士を蹴り飛ばしながら、あたしのアリスさんは怒声を張り上げ続けた。
「大丈夫よっ、あたしのアキラ。すぐに、治してあげるからねっ」
 頬を伝う液体。立ったままの、あたしのアキラの頬を撫でる。地面から直立した槍のせいで、倒れることすらできないのだ。魔法のせいで力加減がわからず、ほっぺたをグリグリ強く撫ですぎて赤くなってしまった。早く、あたしにできることはないのかしら。こうしてる間にも、あたしのアキラは苦しんでいる。あたしには、なにもできていない。
 悔しい、悔しい。
 あたしの感情は、心の中でざわざわと渦巻き続ける。こんなにも、あたしのアキラから、あたしはいろんなものをもらっているのに、何も返せてない自分が死ぬほど悔しい。それどころか、あたしの知っていることを秘密にすらしているのだ。でも、手放すことなんてできない。矛盾した幸せだって、全部あたしのモノ。
 悪いことをしてるのは、わかってる。
「……あたしの、アキラ……」
 ――それでもあなたは、ずっとずっと、あたしだけの、モノ。――
「――大丈夫よん。あなたも一緒に死になさいん!」
 見なくてもわかる。後ろにリンネがいる。
「? あたしは、死なないわよっ!」
 ゆっくり振り返る。
 リンネはあたしよりゆっくりと扇子を振り下ろしている途中だった。
 不思議。
 目の前にいるのに、どうしてこんなにゆっくりなのかしら。振り下ろす扇子も、気持ちの悪い笑い声も、全部ゆっくり。あたしはリンネに合わせてあげる義理なんてない。
 あたしはあたしの意思で、あたしの世界を動かす。
 左足を軸にしながら体を沈め、右手の小指から親指にかけて1本ずつしっかりと強く握り締める。親指が人差し指と中指に合わさったとき、指の骨が少しだけ軋む。蒼い手の親指側を視界に収めながら、体をやや左側にひねるのと同時に右足で地面を強く強く蹴り上げる。体が持ち上がる勢いのまま、蒼い拳を上に突き上げた。
 綺麗な蒼い閃光。思いッきりの、アッパー!拳は確かにリンネのあごを捉え打ち抜く。バネで動く玩具みたいに、一直線に空へ飛んでいく。直後にあたしは大きくジャンプ。空高く飛び上がったリンネと同じ高さまできた。空中で仰向けのまま、彼女の瞳は濁っていた。意識がないのかもしれない。
 けれど、あたしには言わなければいけないことがある。
「殺す前に言っておくわよっ。あたしのモノを傷つけるならっ、誰であっても許さないっ。あなたはっ、あたしの一番大事なアキラを傷つけたのっ。アキラは全部あたしのモノっ。全部全部っ、あたしのものなのっ。わかるわねっ。レンさんだってアリスさんだって全部あたしのモノっ。よくよく考えると、この服だってこの舞台だって国だって大陸だって世界だってっ、全部あたしのモノなのっ。あたしは目に映るものも映らないものも全部欲しいからっ、全部あたしのモノっ。欲しいと望んだモノはっ、全部手に入れるっ。どうせいずれ手に入れるんだからっ、もうあたしのモノでも構わないわよねっ。でもっ、あなたにはわからないだろうからっ、だからっ、
 ――死んでッ!」
 今度は左手の小指から親指にかけて順々に折り重ねていく。両腕を振り上げて、お腹を殴りつける。両腕が触れたお腹はゴムボールみたいに凹んで、勢いよく地面に堕ちていった。空から見ていて、地面にぶつかるかぶつからないかで、
 パチン。
 いつか聞いた、指の鳴る音が聞こえた。

 無事地面に着地。舞台にめり込んだ足を引き抜いた。リンネの体は、地面すれすれのところで不自然に浮遊している。まるで見えないベッドの上で寝ているかのように。その横に、いつか見た男の人が立っていた。
「そこまでです」
 存在感がまったくといっていいほど感じない男の人。白髪の髪は白い色、ではなく色素がない結果みたいだ。おまんじゅうを倒したときに現れた人。自分のモノじゃない人。あの時を思い出して、嫌な気分になるのだ。あたしの思い出、あたしのアキラとの思い出。捨てちゃいけない大事な思い出。
 ――とても嫌な思い出。
 確か、そこにこの人もいたはず、たぶん。
「またっ、あなたっ?」
 丁寧に一回お辞儀したかと思うと、右手を掲げて指を組んだ。
 パチン。
 たった一度指を打っただけなのに、まるで鈴の音のように辺りに響いていく。とてもとても不思議な音色。耳の中で反響して、綺麗な音過ぎて頭の中がおかしくなりそう。すると、宙を浮いていたリンネの体が消えていく。男の人の、足も消えていた。
「あなたの成長を、魔王ロキ様共々、楽しみにしています。ロキ様は、間違った成長だけはしないで欲しいと。私から言わせれば、元が既に間違っているような気がしますが」
 膝まで消えた男の人が肩をすくめる仕草。ただし無表情なのでよりいっそう腹が立つ。あたしのじゃないなにかが、勝手にあたしのことについて喋っている。感情も言動も、それも全部、あたしは欲する。でも言わなきゃいけないことは言わなきゃいけない。
「あたしのモノをこれ以上傷つけないでっ! 特に、あたしのアキラッ!」
 胸の辺りまで消えた男の人。
「それは、あなたも同じではないですか?」
「意味がッ、わからないッ!」
 ――わかりたくもない。
「その状態では何を言ってもわからないでしょうね。では」
 嫌な事ばかり言って、男の人は完全に消えた。
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