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* 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2

日時: 2013/05/30(木) 20:14:24 メンテ
名前: 魂蛙

この作品は、フラッシュゲームサイトGamePureさんの「コンバットヘブン」の世界観を完膚なきまでに破壊し尽くして自己解釈で塗り固めた、熱血!アクション!女の子っ!!!が合言葉の二次創作小説です。


※こちらは「鋼鉄闘士コンバットへヴンG」の2スレ目です。Vol.1(1話〜94話)をご覧になりたい方は過去ログを参照するかhttp://bbs1.aimix-z.com/mtpt.cgi?room=128N&mode=past&no=9&p=5からどうぞ。

※魂蛙は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っていますが、マスター契約時の規約により、ここでゲーム内容に関する発言をすることはありません。
 
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* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.3 )
日時: 2011/07/25(月) 16:49:08 メンテ
名前: 魂蛙

第九十七闘:勧降


「ダメダメダメ、ダメ、ダメー!絶対ダメだかんね!」

一度口元まで運びかけたティーカップを置くのも忘れて、クリスはダメを連呼する。ブブー、と擬音すら聞こえてきそうな勢いだ。

当然これは、次の試合の相手の候補に獅子心王を挙げたソリットに対するリアクションである。

ソリットがそう言い出すことは予測していたらしく、電光石火にして烈火怒濤の如き却下であった。
対するソリットもその却下を予測しており、勢い任せに詰め寄るクリスの額を、無造作に出した指1本で押さえる。

「ソリット、いい? これはもう勝てるとか負けないとか、そういう問題じゃないのだよ?」
子供をあしらう様なソリットの扱いが納得いかなかったか、一歩下がったクリスはささやかな胸を張って諭す様に言う。

人差し指を立てて、恐らく彼女なりの「落ち着きある年上の女」像らしい喋り方で話すその様は、別の意味で非常にクリスらしい、などと思いながらソリットはクリスを見下ろしていた。

「獅子心王は、イーロウプTATの中心にいてはいけない。だから、イーロウプの闘士全員が協力して、獅子心王を無視する事で、事実上の引退状態に追い込む事が大事なのだよ」

「……と、青木さんが?」

訊ねるソリット。

「うん、言ってた」

頷くクリス。嘘の吐けない素直な子なのである。

頷いてから「落ち着きある年上の女」像が台無しになった事に気付き、クリスは赤面した顔をぷいとそっぽに向けて取り繕う。

「ととととにかく! 獅子心王は絶対にダメ! 却下です、認めません!」

既に年上の女と言うより、どっかの母ちゃんみたいな物言いである。

「しかし、ソリットさんのスケジュールはもうそろそろ決めないと間に合わないよ、クリス」

こういう時、絶妙のタイミングで紅茶のおかわりを持って現れとりなすのが青木である。

既に前回ソリットが来た日から、つまり獅子心王が復活したあの日から1週間が経過していた。その間にクリスが1つエキシビションマッチをこなしていた為、集まる機会がなかったのだ。

そちらの結果は1ラウンドプロクレイムでクリスが勝利した。マルベリーズで修羅場をくぐり抜けたクリスの相手に、最早下位闘士では役者不足だった。

「でも、結果的にはこれで選択肢が絞られて良かったかもね」

クリスは1人呟いて頷く。

明日以降始まる第3週の大会は、もう選択肢から外せる。となると、手近な第4週末の大会か、トライアルマッチを利用して第5週の重賞級を狙うかのほぼ2択だ。通常ならシーズン序盤のこの時期は第4週の大会で確実にランクを上げていくのが常道だが、ソリットの実力とたっぷり取れた休養を事鑑みれば、重賞級で上位陣に挑むのも悪くない。

いずれは倒さねばならない五星世代と、いち早くに手合わせできるメリットは大きい。結果的に優勝を逃しランクが停滞したとしても、経験値がお釣りとして充分返ってくるだろう。

どちらが正解とは、一概には言えない。となるとソリット次第だが、ソリットの性格を考えれば重賞狙いか。

スケジュール表とにらめっこしながら「ふーむーん」と奇妙な唸り声を漏らすクリス。ちらりとソリットを見やると、眺めているのは五星世代闘士の資料だった。

「やっぱり重賞獲りにいく? 五星世代で月末の大会に出てきそうなのは……」

クリスは身を乗り出しソリットの資料を覗き込み、頬をぷーっと膨らませる。

ソリットが見ていたのは、獅子心王に敗れ今まさに告別式が行われている、アーナッド=ヤードの資料であった。

「ねぇ、ソリット! 私の話聞いてた?」

「ん?」

「ん、じゃなくてぇっ! 獅子心王はダメなんだってば!」

「ああ、分かってる」

誰がどう聞いても分かって「るけど闘」る、という返事の略だ。だが、それでも分かってると言われた以上、クリスは突っ込めない。頬を膨らませたまま、ひたすら抗議の視線を送るのみだ。

「……それで、強かったのか?」

「はぇ?」

「アーナッドは、強かったのか?」

クリスはぷふーっ、と頬から空気を抜いて、ソリットの横からアーナッドの資料を覗き込む。今日の告別式や、獅子心王との試合を思い出し、その目は苦く遠くを見つめる様に細められた。

「それは、ね。勿論、強かったよ」

ソリットが口を開くより、クリスが顔を上げる方が早かった。

「今年こそランキング1位を獲るかもしれないって言われてたし、五星じゃ一番、と言ってもいいと思う。ナヅナさんが一番だって言う人も多いし、事実去年のランキング1位はナヅナさんだけど。それに、他の五星世代闘士も同じくらい強いから、はっきりとは言えないや。でも、あの壱成さんと真っ向から闘って互角に渡り合えたのは、アーナッドさんとナヅナさんだけ。特に去年の王道賞決勝、アーナッドさんと壱成さんの試合は本当に凄かったんだよ」

饒舌なクリスの話を聞きながら、ソリットはアーナッドの資料を見下ろす。

「……今日、アーナッドさんの告別式なんだけど、きっと沢山のファンが集まってると思うよ」

告別式はテレビでも中継しているが、クリスは敢えてテレビは点けない。これ以上ソリットを刺激したくなかった。

「ほら、今はそれよりもソリットの試合だよ」

「……ああ」

アーナッドの資料をじっと睨んだまま、ソリットは空返事を返した。



じっとしていれば汗ばむ程暖い陽の下で、構えを取る。その構えからあらゆる初手をイメージし、あらゆる初手から最善の2撃目を導き出す。イメージを幾重にも重ねてから、時を引き延ばす様にゆっくりと次の構えへ。

構えからイメージ、イメージが次の構えへ。静と動の間を、流れる様に行き来する。

早朝から走り込み、午前は筋力トレーニング等の基礎鍛練に費やす。午後は中段突きから始め、手製の巻き藁も使ってひたすら打ち込む。その後は精神修養を兼ねて、こうした型やより実践的なシャドーに収束していく。

ひたすら、独りで、文字通り血の滲む日を過ごす。拳=昇龍の2週間は、この繰り返しの毎日だった。

変化が起きたきっかけは、消し忘れたテレビだったのかもしれない。

TAT関連の番組、中でも一般大衆向けの番組が最近お気に入りしているネタが、拳の不調だ。拳が口をつぐんでいるのをいいことに、最近では凛との不仲の問題は拳の人格否定にまで発展し、WW社との契約停止を煽っている。

それでもテレビを観るのは、手っ取り早く情報を収集できるからだ。アーナッドの告別式が今行われているという事も、テレビを消し忘れていなければ知らなかっただろう。

テレビから流れる音声は、アーナッドを亡くした哀しみの声で埋め尽くされていた。どれだけ愛されていた闘士を獅子心王が殺したのか、改めて知らされる。

当然と言うべきか、獅子心王の特集番組も頻繁に組まれている。数多ある不戦勝を除いた過去の戦積は57戦全勝無敗。そのどれもが、アーナッドの時と同じ結末を辿っている。5年の間に、57人もの闘士が獅子心王によって葬られていたのだ。

そしてそれ以後から今日に至るまでの、空白の5年のきっかけとなった事件も、話題に上る事が多い。

事件が起きたのは、5年前の4月の事だ。試合の開始直前に、リカードの対戦相手が棄権したのがきっかけだった。激しく興奮したリカードは、アーマーを着たまま闘技場から飛び出したのだ。

檻から放たれた獣同然のリカードは、街をパニックに陥れた。リカードが武器を持っていなかったのが不幸中の幸いだったが、それでも多数の負傷者が出る事件となった。最終的に、TATアーマーを装備した警察隊によって、リカードは取り押さえられた。警察の迅速な対応の甲斐あって一般人の死者こそ出なかったものの、確保の際にライナス=シンドーという1人の勇敢な警官が殉職している。

獅子心王は、それだけの命を奪っている。それも闘士に限った事ではなく、人を傷付けるという事に躊躇は全くない。

獅子心王が復帰してからの1週間、拳を突き動かす原点の思いは日毎に増していた。獅子心王の暴挙を、止めなければならない。拳はその為に闘士になり、強くなろうと決めたのだから。

たゆまぬ鍛練の成果か、或いは思いの力か、先日の大敗から傷も癒えて体調も上向き、万全に近付きつつある。獅子心王側も次の対戦相手を探し始める頃だろう。

拳のそんな思考を読んでいたからこそ、拳が動き出そうというこのタイミングで来訪者は現れた。

「お邪魔させてもらうわね」

唐突に掛けられた声に拳が振り返ると、そこにスーツの女性、イリーナが立っていた。

「声は掛けたけど、返事がなかったから」

「いえ。すみません、こちらこそ気付かなくて……。でも、わざわざいらしていただかなくても……」

「大事な話だから、電話で済ませたりはしたくなかったの。あ、いいわ。時間は取らせないから」

イリーナは拳を制し、しかしふと思い止まる。周囲に厳しい視線を巡らし、それから笑顔を作った。

「いえ、やっぱり上がらせてもらうわ」

「あ、はい。それでは玄関の方から」

「そうさせてもらうわ」

拳は先に縁側から家に上がり、洗面所に向かってタオルで汗を拭う。そのまま台所に行こうとした拳を、イリーナが呼び止めた。

「構わないわ。すぐに長居はしないから」

イリーナの言葉は、温度に乏しい。怒りは感じられないが、同時に親しみ易さもない。契約闘士の調印の時以来目にする、WW社の社長イリーナ=ウィズダムの顔だ。

イリーナとテーブルを挟んで腰を降ろした拳は、思わず居ずまいを正した。

「……凛の事、でしょうか」

「その事に関しては、私から言う事は何もないわ」

冷淡に突き放し、イリーナは一呼吸置く。その目は拳の動きを見切った闘士の如く、拳を射抜いてすくませた。

「……先に、忠告。家の周りを、どこぞの記者がうろついてるわよ。あの様子だと、結構長いこと張り付いてるみたいだけれど」

イリーナは嫌悪感を隠しきれずに眉をひそめる。イリーナが家に上がった理由がそれだった。
しかし、拳は驚く様子もなくあっさりと頷いた。

「はい。ここ1週間くらい、ずっといるみたいです」

「……貴方がそれでいいなら、まぁいいわ」

嘆息とも咳払いともつかない物で区切りをつけ、イリーナは再び社長の顔に戻る。

「それでは、本題に入ります。契約闘士としての拳君のこれからの活動方針、その我々側からの要請を伝えます。連絡事項は2つ。1つ目は……獅子心王、リカード=ノーマンの事は知っているわね?」

問いかけながら拳が頷くのを待たず、イリーナは淡々と言葉を繋いだ。

「契約上マッチメイクには基本的に口を出さない約束ですが、今回は特例です。彼との試合は一切禁止します。エキシビションマッチを挑まれた場合は当然拒否、大会登録後に獅子心王が参戦した場合は、彼との試合は棄権するように。なおこの場合の棄権は、契約闘士の試合成績の評価からは除外します」

用意された文面を読み上げるように、イリーナはすらすらと告げる。

「……納得しかねる、という目ね」

目を伏せた拳の意図も、イリーナは見抜いていた。拳は隠す事の無駄を悟って顔を上げる。

「……いえ」

「君が闘士なった理由は知っているから、その気持ちも理解できないわけじゃないわ。でも、であればこそ拳君を闘わせるわけにはいかない。闘わない事が誰も傷付かずに済む唯一の方法だという事、理解できるわね?」

「……はい」

拳は一瞬の沈黙を飲み込む様に頷く。頷くしかなかった。イリーナは、意図して拳が頷く以外にない言い方をしたのだ。

「それと、もう1つ。……先日のゾルバ=ベルシオーソ戦、良い試合とはとても呼べない物だったわね」

「……不甲斐ない試合をして、すみませんでした」

イリーナが待ったのは釈明だったが、拳は言い訳など持ち合わせていなかった。

一瞬、イリーナはあらゆる言葉を飲み込んだように見えた。それが叱責か、或いは励ましだったのか、どちらにしても拳にかけて意味のある言葉ではなかった。

「社の方でも、この連敗はあまり評判がよくありません」

イリーナは束の間外れかけていた社長の仮面をかぶり直し、事実のみを淡々と告げる。

「次の試合の内容次第では、契約を停止する可能性もあります。マッチメイクに関しては、獅子心王との試合を除けば、契約通りそちらに一任します。前の試合の様にはならない事を、期待しています」

俯いたのか、頷いたのか。顔を伏せた拳は無言のままだった。

〜闘了〜






次回予告
「こんにちは、セドです。対獅子心王で結束する五星世代とは対照的に、ルーキー組にはどうも暗雲がたちこめているみたいです。あまり足並み揃っていないソリットさんとクリスさんですが、こちらは紆余曲折を経ても最終的には解決してしまいそうな気もします。しかし、問題は拳君ですね……。本当にここから浮上できなくなってしまうのでは、と心配でなりません。和が乱れがちなルーキー組ですが、こういう時はやっぱりあの人が動くみたいです。次回『策動』をお楽しみに」








「こういう時こそあっしらも出番を獲得するチャンスなんですけどねぇ」
「そもそも和に入れてなくてごめんなさい」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.4 )
日時: 2010/03/25 17:02 メンテ
名前: 魂蛙

第九十八闘:策動


「『我々』と言うことは、これは五星世代の総意と解釈してよろしいんですか!」

「当然。でなけりゃ、わざわざ会見は開きませんよ」

薄く笑みを浮かべてマクホルトが答えると、一斉にフラッシュが焚かれた。慣れた様子のマクホルトは、光を浴びて心地好さそうにすらしている。

マクホルトの自信に満ちた表情は、普段は前面に押し出してすらいる軽薄さが身を潜め、同時に覚悟の強さも窺える。

それは会見の中で語った、『獅子心王を倒すのではなく、コンバットヘヴンを征する事で、アーナッドの遺志を継ぐ』という言葉の現れだ。

五星世代は獅子心王と試合をしない。この会見はファン達に向けたそういう宣言であり、他の上位闘士への呼び掛けであり、獅子心王に対する牽制だ。

テレビの中のマクホルトを睨み、ゼルガは1つ舌を打った。

「先手を打たれたか。五星は思った以上に一枚岩なのかもしれねーな、こりゃ」

リヴァイの工房の事務室兼応接室には、ゼルガとヒナがいた。リヴァイ達は仕事場で活気溢れる金属音を響かせている。リヴァイ達の仕事が一段落するのを待って、週末に控えた試合とその後の方針のミーティングをする予定であった。

「発言力の無いルーキーは辛いね、どーも」

キーボードを打つ手を止めて、ヒナが尋ねる。

「そこまで気にする必要があるのですか?」

しかしゼルガはじっと押し黙り、テレビの中の獅子心王を見詰めていた。その横顔は、まるで別人だ。

一瞬の後で、ヒナは違和感の正体に気付く。ゼルガが、いつもの空虚な笑みを浮かべていない。

それだけのことの筈なのに、そこに座る人間を全く知らないと感じている。それは言い知れぬ不安を掻き立てる錯覚だった。

「リカード……」

「……ゼルガ?」

獅子心王の名を呟いたゼルガは、ヒナに呼ばれてようやくはっと顔を上げた。空虚に笑みを浮かべた、いつものゼルガだ。

「悪い悪い、何の話だ?」

ヒナは短い沈黙の後、パソコンに向き直って再びキーボードを打ち始める。

「獅子心王の事です。ただ、五星世代の後に続けばいいだけでしょう。確かに脅威ですが、それ以上に警戒する必要はないのでは?」

「俺らはそれでいいが、問題はソリットだ。クリスとの折り合いも欠いてるらしーし、ほっときゃ暴走しかねねーからな」

「それこそ、私達が気にする事ではないでしょう。ソリットへのリベンジに、そこまで拘っているのですか?」

「勘違いしてるな、ヒナりん」

「私はヒナ=ブルーバードです」

間髪入れずに飛んできたいつものツッコミを受けて笑ってから、ゼルガはまたテレビに目をやった。

「俺が恐れてるのは、ソリットが獅子心王に殺られる事じゃねー。獅子心王と闘る事、それ自体なんだな、これが」

また、ヒナの手が止まった。

理解しかねる、というヒナの視線を、ゼルガは横顔で受ける。

「ソリットもリカードも、闘れば闘るほど、相手が強ければだけ強い分だけ伸びるってタイプだ。もし自分より強い奴とぶつかっても、闘いながら劇的に成長して、最後には相手を追い越し、勝っちまう。そんなあいつらが闘り合ったら、どちらが勝とうが、結果的に残るのは手の付けようのない化物だ」

「……まるで、目の前で見てきたかの様な口振りですね」

ヒナの言葉に、ゼルガは苦笑を浮かべてオーバーに肩をすくめて見せた。

「俺じゃあるまいし、ヒナーんともあろう者が、今年の萌芽杯の決勝のカード、忘れちまったのか?」

「ヒナです。……それと、私が言っているのはソリットの事ではなく、獅子心王リカード=ノーマンの方です」

「……お」

ゼルガの肩が落ち、そのまま固まった。

ヒナに言われて、始めて気が付いた。獅子心王を知っている事。そして、まるで親しみでも込める様に、獅子心王をリカードと呼んだ事。

「……みてーだな?」

笑みが消える程の深い思考は、ほんの一瞬だった。まるで適当に聞き返す様に、ゼルガは再び肩を持ち上げた。

ヒナも深く追及はしない。と言うよりも、ゼルガにその気はない、と諦めたといったところだろうか。

「……動くのは構いませんが、自分の方を疎かにされるのは困ります」

「お、動いていーのか?」

「それは、止めたら聞き入れる人間の言うことです」

ディスプレイに向かったまま、ヒナは皮肉る様に素っ気ない言葉を返す。反論できなければ反論する気もないゼルガは、だいぶ冷めた緑茶をすする。

「そっちも考えはあるから、心配はいらねーさ。それに、五星に先手を取られた以上、俺が動くべきは今じゃねー。まずは彼奴の出方を見てーところだ」

「……ロウグ=ソルボウンですか」

「ああ。彼奴本人か、或いはセコンドか。どっちかは知らねーが、随分と上手く名前を売ってやがる。TATをよく理解ってる奴のやり口だ。どーせ利害は一致してんだから、ここは一つお手並み拝見、てな」

遠くを見据え、ゼルガが笑みを浮かべる。

それは、丁度会見の映像を映したテレビの中のマクホルトと、鏡映しの様だった。



歪な笑みが交錯したのは殺那の事。

爆風が顔を叩き、一瞬で間合いを突き離された。至近で発揮したBLASTの瞬発力を目で追いきるには無理があり、ビームライフルの追撃は掠りもしない。

ブレードを背に納め、代わってランチャーを展開させてライフルを両手で構える。

迎撃態勢の整いきらない相手に敢えて詰め寄る事で、敵の後退を誘う。懐に入らせてやるつもりはない。遠距離射撃戦での削り合いなら、分があるのはこちらの方だ。

逃げ回る敵をライフルで追い立て、ランチャー逃げる先にはランチャーを撃ち込む。

敵が両手に持ったマシンガンの弾幕も、この距離では十分な威力を発揮しない。それでも撃たなければこちらが良いようにできるのだから、相手も撃たざるをえない。こちらもそうそう簡単に直撃を奪わせてはもらえないが、ダメージ以上に価値のあるプレッシャーを与えていける。マシンガンを無駄撃ちに近い状態にさせられるなら、こちらも弾に限りのあるランチャーを派手に撃ってもお釣りは充分だ。

敵はブーストとブーストを側転、滑走、切り返しで繋いで派手に立ち回る。が、この距離なら視界を広く持てば回り込まれる事はない。

敵は横っ飛びでランチャーの爆炎から逃れる。倒立状態で捻りを加え、強引に上体をこちらに向けた殺那、敵の肩で光が膨張した。

危機感が首筋を撫でた直後、丸太の様な光が足元から脇を抜けて芝を薙ぎ払う。
これだ。怖いのは不意に放ってくるこのレーザーだ。

狙えたか偶然か、今の一撃の精度は悪くなかった。一度撃ってきた以上、もう一発が来る可能性は排除できない。

疑念は即ちプレッシャーだ。こちらが有利な筈のこの間合いで、敵はプレッシャーを跳ね退け逆にプレッシャーを掛けてくる。ハッタリだったとしても、虚実が入り交じる超一流のハッタリだ。

プレッシャー負けて足を止めた一瞬が命取りだった。BLASTの瞬発力を持ってすれば、その一瞬で間合いを詰める事ができるのだ。

敵はマシンガンを突きだし突っ込んでくる。その威圧感たるや、並の人間なら頭を抱えてうずくまるしかない程だ。もっとも、そんな暇もなくマシンガンに蜂の巣にされるだろうが。

だが、自分はうずくまりもしなければ、蜂の巣にもなりはしない。これは自分にとっては、今しがた返されたプレッシャーを更に倍返しにしてやる好機だった。

ライフルのフルオートで迎え撃ち、ブーストを全開に敵目掛け飛び出す。

再び歪な笑みが交錯した殺那、トップギアが入った体と体は、肉弾と化して真っ向から衝突し──

「お待たせしてしまいましたか」

──そこで、メタ=セコイアはささやかな回顧を打ち切る。

顔を上げると、そこにはほんの僅かに困惑した表情を覗かせた男、フリージャーナリストのアサヒ=フジが立っている。約束の時間の30分前に来て、待ち合わせの相手がカップを殆んど空にしていれば、それも無理からぬ事だろう。

ここは、闘技場や駅のあるハルジオ中心街からは少し離れた場所にある、心地好い静けさを持つ喫茶店だ。若者の多い中心街に比べ客の年齢層も高く、落ち着いて話をするには持ってこいの場所である。

「いや、別件が思ったより早く片付いたので。そちらこそ、随分と早くにいらしたようで」

「貴方を待たせる様な事はしたくなかったのですが……考えが甘かったようです」

セコイアがアサヒに座る様に促すと、アサヒは1つ会釈をして席に着いた。すぐにウェイターを呼び、コーヒーの追加注文を済ませる。

「お久しぶりです。まさかセコイアさんの方から連絡をいただけるとは、思っていませんでした」

アサヒは明確な敬意を込めて微笑を浮かべる。

「どうですか、ロウグ君の調子は?」

「ええ。まぁ、上々ですよ。ただ……」

「周りの空気と流れは芳しくない、と」

苦笑の意味を察して、アサヒも頷く。

セコイアは、アサヒの事をの高く買っていた。ジャーナリストなら持って然るべきであった筈の、そして今や下らぬ想像力に取って代わられたこの勘の良さも、未だ絶やさぬ敬意の笑みも。

アサヒは真実に私情を挟まない。それ故に、この微笑には信頼が置ける。

「お忙しい身でしょうし、早速ですが本題に移りましょうか」

「そうして頂けると有難い」

自分を売れる商品としか見ない、TVSの人間の媚びた笑みとは全く違う。彼らは所詮、仮初めと虚構の中で生きる傍観者でしかないが、彼は常に当事者であろうとしている。

アサヒは手早くテーブルに万年筆、手帳、ボイスレコーダーを広げ、セコイアを真っ直ぐに見据える。

当事者の目線。それこそが、真実を見届けるに値する人間の目だ。

「それでは、昔話を始めましょうか」

それこそが、真実を語るに相応しい相手だ。

〜闘了〜










次回予告
「セドです。水面下での動きが加速していますね。ゼルガさんもこのまま黙っているつもりはないようですし、ロウグさんのセコンド、メタ=セコイアさんとアサヒさんの動きも気になります。しかし、ゼルガさんの様子が少しおかしかったように感じるのは、果たして気のせいでしょうか? 次回『煩悶』をお楽しみに」







「こうして、若はフェードアウトしていきましたとさ」
「めでたくなしめでたくなし」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.5 )
日時: 2010/03/30 19:34 メンテ
名前: 魂蛙

第九十九闘: 煩悶



少女は苦悩していた。

体の内に生えた棘が刺す様な痛みは、昼夜を問わず少女を苦しめる。夜深くまで安穏とした眠りにつく事もできず、朝日よりも早くに目覚め、長い1日をまた棘と共に過ごしていた。

「……ありゃ。また、ちゃんと寝なかったんだょん」

天は台所に立つ凛の後ろ姿を見て、やれやれと溜め息をつく。肩を落とした拍子にずれ落ちた毛布も、晩酌しながらそのまま寝てしまった天に、凛が掛けてくれたものだ。

「あ、老師。おはようネ」

「おはよう。早起きは結構だけど、睡眠はちゃんと取らなきゃいけないんだょん」

「ちゃんと寝てるネ。早寝早起きで今日も元気元気ネ!」

振り返った凛は、早口にシリアルのCMのキャッチコピーの様なフレーズを言って、力瘤を作る仕草をしてみせる。しかし天の目には、元々華奢な体がよりやつれて映り、エプロンのフリルも何だかしなだれて見えた。

しかし、これで凛も中々の頑固者だとこの2週間で知った天は、何も言わず笑顔で頷く。

調理を再開した凛の後ろから覗き込むと、今日の朝食はフレンチトーストだ。いつも中華で飽きさせまい、という凛の心遣いが感じられる。

「今朝は随分とハイカラなんだょん」

「老師もたまにはこういう物食べれば、きっと若返るネ」

「お心遣いに感謝するんだょん」

今度は、心からの笑顔で礼を返す。

その心遣いを本当に向けたい相手は、ここにはいない。

最早孫同然の凛の笑顔に影を見るのは辛いが、心を鬼しなければならない。天は喉元まで出かかった衝動をぐっと堪え、居間へ引き返した。

フレンチトーストにコーンサラダ、スープが食卓に並べられ、天と凛が向かい合って手を合わせる。天が一口食べて味を褒めたあとは、暫く黙々と食べ続けた。

凛がスープを半分程飲んで、スプーンを置く。コトリ、というその微かな金属音が合図だったのか、意を決して凛が顔を上げた。

「老師。あのネ、拳を……拳を、許してあげて欲しいネ!」

「凛ちゃん……」

天もコーンをつまむ箸を止めて、黒眼鏡越しに凛を見つめる。

「確かに、この間の拳はちょっと不甲斐なかったかもしれないネ。……でも、拳はいつだって一生懸命ネ! 誰よりも努力してて、自分の限界を越えて頑張ってしまう人ネ! このまま行ったら拳は、拳は……」

「違うんだょん、凛ちゃん」

必死で訴える内に涙声になり始めた凛を、天は穏やかな声でなだめる。天は真っ直ぐに凛を見つめ、それから静かに首を横に振った。

「許すとか、そういう事じゃ、ないんだょん。今、拳の為にできる事は、私にはないんだょん」

「でも……」

天には、何もできない。

しかし、凛ならできる。できる事がある。そう天が諭そうとしているのは、凛にも理解できた。

しかし、凛は拒絶されたのだ。これ以上、何をできるというのか。

答えは出ない。やがて、凛は話題から逃げる様にスプーンを握り直した。

俯き逃がした凛の視線は、鳴らない自分のケータイを捉える。

凛は苦悩していた。



少女は苦悩していた。

「ソリット、大丈夫かな……」

アンダーウェアの上に羽織る様に大きめのタオルを掛けて、クリスは椅子に座って足をぷらぷらさせながら、ぽつりと呟いて思い溜め息を吐き出す。

「便りがないのは良い便りだと、信じたいところだけど……」

傍らに立つ青木が言葉を濁す。青木にも、分からない事はあるのだ。

ソリットと最後にミーティングしてから、もう3日も経ってしまった。未だに試合の予定は決まっていない。と言うより、ソリットが獅子心王と闘りたがるのを止めきれていない。

昨日、今日、そして明日とクリスは大会に出場する為、3日前を最後にソリットとも連絡を取れていなかった。獅子心王との試合以外なら、先に登録を済ませてもいい、とは言ってあるのだが、やはりソリットは大会には興味がないようだ。

何故、ソリットが獅子心王に拘るのか、その理由がクリスには分からない。ソリットは決して認めないだろうが、ソリットはまだ拳を気にしている。しかし、獅子心王に対する関心はそれ以上だ。

理由さえ分かれば、止められるのかもしれない。そしてその理由は、クリスの知る今のソリットや、「BB」の名で呼ばれていた頃よりも昔にあるのだろう、とクリスはおぼろげに想像する。

しかし、クリスに踏み込む勇気は無かった。語っていない過去、語りたくない過去があるのは、自分も同じなのだ。

結局のところ、未だにソリットとの信頼関係など築けてはいない。ソリットがクリスを必要としていると言ったわけでもない。その上、今は自分の試合で手一杯で、ソリットの試合のマネジメントは二の次になってしまっている。自分には、ソリットのセコンドをやる資格など無いのかもしれない。

黙り込んだクリスの表情は、加速度的に暗くなっていく。見るからに、クリスの思考は負のスパイラルに嵌まっていた。見かねた青木が、穏やかなに声をかける。

「クリス。今は頭も体も休めなさい。ここの所の連闘で、オーバーワーク気味なのだから」

元々、クリスは空元気が得意なだけで、決して強い娘ではない事を青木は知っている。そこに連闘の疲労も重なって、かなり弱ってしまっていた。

以前セバスチャンに言われた言葉が、青木の脳裏を過った。結局、青木にクリスを止める事はできない。支えようとする事しかできない。

「……うん、分かってる。今の私は休んでもいられる時間もないし、これ以上負けるわけにもいかないって。……でも」

テーブルの上でバイブするケータイが、クリスを遮る。メールの着信を報せているのは、クリスのケータイだった。

「ソリット……かな?」

普段ならケータイに飛び付いていたクリスも、最悪のパターンを予想してかケータイを開く手は鈍い。

しかし、ディスプレイが表示したのは、クリスが期待し同時に恐れる名前ではなかった。

「ソリットさんからかい?」

「ううん……」

ディスプレイが表示しているのは、凛=鈴々の名であった。

「凛ちゃんから……えっと」

クリスはメールを開き、本文に目を走らせる。

真剣に読むクリスの表情から、それが遊びの誘いなどではない事は青木もすぐに察知した。青木は黙ってクリスが長めのメールを読み終えるのを待つ。

青木が声を掛けるまでもなく、クリスが顔を上げた。

「青木さん。ソリットの試合、決まるかも」

凛からのメールと、ソリットの試合。この2つからメールの内容を推測するのは容易だった。

しかしその答えに至るには、1つ問題がある。クリスの顔が浮かないのも、それが分かっているからであろう。

「……私に説得、できたらだけど」

呟くクリスに、自信の色はうっすらともない。

クリスは苦悩していた。

〜闘了〜







次回予告
「セドです。あの萌芽杯の熱気が嘘のように、ルーキー勢の雰囲気は暗い物になってしまっているようです。意欲的に活動しているゼルガさん達や、ロウグさんとセコイアさんがこの状況を打破する鍵となるのでしょうか? そして……自分で言うのもはしゃいでるみたいで激しくアレなのですが、次回は俺が登場するみたいです。それでは次回『艦船』をお楽しみに」







「わ……わわわ、若に死亡フラグが立ったーっ?!」
「登場が決まるだけで立つ死亡フラグがあってたまりますかーっ!」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.6 )
日時: 2010/05/09 13:41 メンテ
名前: 魂蛙

第百闘:艦船


雑念にまみれたまま鍛練を行っても、何の意味もない。それは拳も重々承知している事だ。
今までは、体を動かし始めれば、自然と鍛練に集中できていた。

しかし、今日はどれだけ体を動かしても、雑多な思考が払えない。水に浸した布で体を拭う様に、自責の雑念が体を滴っていた。

毎朝当たり前にこなしてきた、ただのランニングにも関わらず、いつもよりも早く、疲労だけが積み重なっている。こんな状態で鍛練を積んでも、悪影響しかないのは明らかだ。

拳は走りながら自らに問う。

一体、何を動揺しているのか。

今までの環境が、恵まれ過ぎていたのだ。ただ昔に戻っただけだ。いや、戻ったわけではない。何も変わっていなかったのだ。

春が通り過ぎただけ。

暖かい風と柔らかな陽光に包まれて、桜の花になったと錯覚してしまった。本当は無力なままで、故に春に見放されれば、咲くことはおろか芽吹いてすらいない。自分は咲き誇る花などでは決してない。冷えきった風に吹かれるまま、街を彷徨う襤褸布だった、あの頃のままだ。

だから、休んでる余裕などない。汗を流す事を怠ってはならない。

しかし、虚空に放った拳はぶれたままだった。

その軽トラックは、そんな拳を見かねたかの様に現れた。玄関の方から、聞き覚えのある声がする。

「留守でしょうか? メールの返信もありませんし……」

「本当にこんなとこに住んでるんで?」

「住む場所のことに関しては、俺達も人の事言えませんよ」

「なに言ってるんでさぁ。船は海の男にとっちゃ最高の寝床ってもんでさぁ」

拳は自然と足早になって、玄関まで走る。そこに立っていた青年の後ろ姿に、拳は息を飲んで立ち尽くした。

拳が声を掛けるより早く、セド=ゲットゲットが気配に気付いて振り返った。

「あ……拳君」

「セドさん……?」

「あの……来ちゃいました」

セドは頬を掻いて照れ笑いを隠す。

しかし、拳の姿を見てすぐにその笑みも消える。拳が疲れているのが、見て分かる。体調が悪いわけではないが、しかし萌芽杯で闘った時のあの覇気はすっかり消えてしまっていた。

「あの……」

「拳君」

拳を遮り、セドは一歩前に出る。

「海に、行きませんか?」

セドは曇った顔に笑みを浮かべ直し、拳に手を差し伸べた。

できれば会いたくなかった。会わせる顔がない。それが拳の本音だった。

しかし、セドは会いに来てくれた。無様に敗北した自分を責めるどころか、気遣ってくれている。その気持ちを無下にする事は、とてもできなかった。

シャワーを浴びて手早く身支度を整えた拳を乗せて、セドが運転するトラックはハルジオから一番近い港町リグトホーズを目指して走る。

「あの、本当に大丈夫ですか?」

助手席に座る拳が、後ろの荷台を気にしながら訪ねる。そこにはジャンヌが胡座をかいて、鼻歌混じりに流れる景色を眺めている。

「ああ、気にしないで下さい。ジャンヌは助手席が空いてても、荷台に乗ったりしてますから」

「そうなんですか?」

「風を感じるのが好きなんですよ」

セドが明るく笑う。ジャンヌのご機嫌に調子っ外れな鼻歌からも、気を遣ってる様子は皆無だ。
他愛もない話、差し障りのない話をしながら2時間程走り、車はリグトホーズに入った。港へ続く沿岸道からは、海が水平線の向こうまで一望できる。街を包むような丘の先の切り立った崖の上には、海だけでなく街までも見守るように、白い灯台が立っているのも見えた。

「凄い……」

陽光を浴びて白金色を散りばめる海に、拳の目は釘付けになる。

「こんなに広くて、青いんだ……」

「もしかして、海を見るのは初めてですか?」

拳は一度振り向き頷くと、すぐに海の方へ向き直る。

「川やプールなら行ったことがあるんですけど、実際に海を見るのは初めてです」

「そうなんですか。きっと、船で海に出たらもっと凄いですよ」

初めて見る海に興奮を隠しきれていない拳の様子を横目に見ると、セドは何故だか誇らしい気持ちになる。海に出るのが楽しみになり、セドは自然と口元を綻ばせた。

古いレンガ造りの灯台をシンボルとして持つリグトホーズは古くからある港町で、古来より貿易港として栄えてきた。古くは香辛料、戦時には火薬と時代に合わせた貨物を受け入れてきた港は、現在は多くの人と多様な品を輸出入している。

街も戦後早くから復興し、歓楽街として発展している。異国のエッセンスを取り入れながら成長してきた街並みは、やや雑然としていながらも生きる歓びを謳歌しようという活気に溢れていた。

駅からも港からも近い街の中心地には、クリスタルガラスが眩しい豪奢な造りの闘技場もある。3年前に建てられたばかりのまだ新しい闘技場だが、同じくシーサイドの闘技場にしてムアリク最大規模を誇るライビヒ闘技場を参考にしており、イーロウプでも指折りの高い観客動員数で中央闘技場の仲間入りを果たしている。セドもデビューから萌芽杯出場権を得るまでの試合を、ここで行った。

セドは港のロビーで出航の手続きを済ませてから、係留所へ拳を案内する。

セドの船は、港内に係留されている船の中でも異彩を放っていた。

「これが、セドさんの船ですか?」

「ええ。元はウチの傭兵団が使っていたんですが、終戦してから武装解除して漁船に改造したんです」

波に揺れる船が掲げるスカルアンドボーンズの旗を見上げながら、セドは傭兵団という言葉のぎこちなさに苦い笑みを漏らした。

「普段はここで生活しているんですか?」

「ええ。船はキッチンや簡易シャワーも完備してますし、港内にモールがあるので、必要な物は大体手に入りますよ。それに、どうも陸じゃ落ち着かなくて」

「何だかんだ言っても、若は海の男って事でさぁ」

いち早く船に飛び乗り出航の準備をしていたジャンヌが、船内からひょいとバンダナを巻いた頭を出した。2時間もトラックの荷台で揺られていたにも関わらず、元気の塊の様な笑顔である。

そうかもしれません、とセドは頷きながら、エンジンの掛かった船に上がり、拳に手を差し伸べる。

「俺達の船へ、ようこそ」

「あ……お邪魔します」

萌芽杯で試合をした時以来、久しぶりに2人の手が繋がった。

外から見るよりも、船室は広く感じる。テーブルを囲むようにソファがあり、操舵席があり、奥には大体の料理はこなせそうな簡易キッチンがある。更にその奥、フロントデッキの下に当たる場所にも1つ部屋がある様だ。

「燃料計器その他諸々全部良好! いつでも行けますぜ!」

「ええ。拳君、船を出しますので、どうぞ座って下さい」

操舵席に座り、舵に手を掛けるセドの姿は堂に入っている。何だかんだで海の男、というジャンヌの言葉にも拳は納得した。

「それじゃあ、行きましょうか」

セドがスロットルに手を掛けると、船は緩やかに動き出す。岬の灯台に見送られながら、セドが操舵する船は港を滑り出した。

船が沖へ出ると、ジャンヌがすぐに落ち着きなく立ち上がった。頭を包むバンダナをぎゅっと巻き直し、子どもの様に目を輝かせている。

「若! あっしが運転代わりやしょうか!」

「そうですか? それじゃあ……」

セドが振り返った時には、既にジャンヌは船室を飛び出していた。軽い身のこなしで梯子を登るジャンヌを、セドは苦笑で見送る。

「上のアッパーデッキでも、運転できるんですよ」

セドは頭上を指差しながら操舵席を立つ。と、船が1つ大きく揺れて加速し始めた。バランスを崩したセドはテーブルに手を着き、頭上を仰いで苦笑する。

「俺達も出ましょうか。風が気持ちいいですよ」

セドに促されるまま、拳も立ち上がろうとしたその時、再び船が波に乗り上げてがくんと揺れた。

「あっ……」

「っと……」

宙を泳いだ拳の手を、テーブル越しにセドが伸ばした手が掴まえた。

思いもよらず本日2度目の握手を交わし、2人は見つめ合う。

「……すみません」

「あ、いえ。揺れるから気を付けてください」

どちらともなく、おずおずと手を離す。

気恥ずかしさを誤魔化すように、2人は視線を外して照れ笑いを浮かべた。そんな風に人と接するのは随分と久しぶりな気がして、拳はまた笑う。

笑うのも、久しぶりだった。

2人がバックデッキに出ると、船のエンジン音に乗ってジャンヌの調子っ外れな鼻歌が聞こえてくる。

「ジャンヌ! 急にスピードを出さないで下さいよ!」

「何言ってんでさ! まだまだこんくらいじゃ……って、どうしたんでさ? 若も拳も、2人揃って顔が赤いですぜ?」

軽く振り返ったジャンヌが眉を跳ねさせると、セドが慌てて首を振る。

「赤くなんかなってませんよ!」

むきになって否定するセドは、耳まで真っ赤であった。

アッパーデッキに登ると、拳を迎えたのは想像を上回る景色だった。

圧倒的水平線。陽光を散りばめた海と、雲1つなく晴れ渡った空の、碧と蒼が世界を二分している。

顔にぶつかる潮風は、イナッグのバイクに乗せてもらった時を思い出させる。しかし、脚に伝わる船が波を割って跳ねる感覚は、もっと力強い生命力に満ちたものだ。

「凄い! 凄いです!」

拳は意味もなく大きな声を上げていた。

「そりゃそうさ! 何たってここは海なんだから!」

ジャンヌは船のエンジンにも負けぬ声で、上機嫌に叫び返す。何の答えにもならない答えだが、拳はそれが全ての答えのように思えて納得していた。

後から登ってきたセドも拳の様子を見て、満足げに安堵の笑みを浮かべた。

拳を突き抜ける海風が、船がどれだけスピードを出しているか教えている。どこまで行っても、景色は見える限りに二層の青だ。しかし、波にうねり絶えず表情を変える水面に、飽きる事はなかった。

「……凛にも、見せてあげたかったな」

海に呑まれたまま、拳は無意識に呟く。

「だったら連れてくりゃ良かったんだ」

「え?」

「来たいってんなら、連れてったって誰も迷惑なんざしやしない、だろう?」

当たり前の事を当たり前の様に、という調子でジャンヌは言う。拳が僅かに目を伏せると、セドが慌てて割って入った。

「ジャンヌ、拳君達にだって都合があるんですよ」

「そうなんですかい? 都合が悪かったんじゃ、そりゃ仕方ないな」

ただ思った通りの事を言っているだけのジャンヌは、セドの言葉で納得して舵取りに意識を戻している。しかし、その言葉はまるでかえしのついた釣り針のように、拳の中に深く食い込んだままだった。



〜闘了〜






次回予告
「どうも、セドです。ようやく、拳君との約束を果たすことができました。少しでも、彼の力になれればいいんですが。さて、次回も引き続き俺と拳君のお話です。『竿頭』をお楽しみに」





「なんだい若、せっかくの出番なんだから、もっとはしゃげばいいのに」
「はしゃぐのはどうか思います」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.7 )
日時: 2012/04/04(水) 00:11:27 メンテ
名前: 魂蛙

第百一闘:竿頭


午前中を沖でのクルージングで楽しんだセド一行は、リグトホーズの近海まで戻りそこで船を停めていた。

「すぐ終わるから、待っててくださいね」

バックデッキに降りたセドは、針金と釣糸で何かを作っている。拳が覗き込んでみると、針金の片方には重り、もう片方には釣り針が付いている。針金の天秤のようだ。

「キス釣りの仕掛けですよ。シーズンには少し早いんですけどね」

「キス?」

「名前の通り、可愛い魚ですよ。と言っても、そっちのキスではないですけどね」

セドはそう言って拳に笑いかけながら、手早く釣糸を結ぶ。

「ルアー釣りも楽しいんですが、ちょっと難しいですしね。それに、釣糸を垂らして海を眺めるのも良いものですよ」

拳達の頭の真上に昇った太陽は、夏を控えてウォーミングアップを始めたようだ。汗ばんだ額に当たる潮風が心地好い。

器用にアッパーデッキの屋根によじ登り、そこで日光浴を楽しんでしいるジャンヌの鼻歌が聞こえてくる。ジャンヌがそうしたくなる気持ちは拳にもよく分かった。もっとも、セドは「年中ああしてますけどね」と小声で言って苦笑いしていたが。

「さて、できましたよ」

セドは仕掛けをくくり付けた竿の内1つを拳に差し出す。

拳は受け取ったは良いが、何せ海に来るのも初めてだ。勝手が分からず、竿を見下ろして戸惑う。

「難しい事はないですよ」

言ってセドは竿の先を海へ出し、リールを拳に見える様に差し出す。

「まずはラインを指で引っ掛けて、ベールって言うんですけど、これを起こして下さい」

セドは説明しながら釣糸を指に掛け、リールを囲う針金のような半円状の金具を立てる。

「これで、ラインがフリーになりますので、後は指を離せば仕掛けが沈みます。仕掛けが着水する時、竿を持ち上げると、ラインが絡み難くなりますよ」

仕掛けは沈んでいき、すぐに見えなくなる。拳は独楽の様に回転して糸を送り出すリールをじっと見つめる。

リールの回転が止まると、セドは軽く竿を持ち上げる。

「仕掛けが底まで沈んだら、こうしてちょっとラインを出して、ハンドルを1、2回ほど回して下さい。ベールは手で戻してもいいですし、ハンドルを回せば自動で戻りますよ」

ベールが倒れてラインに掛かり、リールの回転でラインを巻き取る。

「感覚的には、竿を持ち上げるとラインが張るくらい、でしょうか。さ、拳君もやってみて下さい」

セドに促され、拳は頷いて船の縁に立つ。

言われた通りに釣糸に指を掛け、ベールを起こすと指に仕掛けの重さが伝わってくる。竿を海へ出して指を離すと、セドの時と同じ様に仕掛けが海へ飛び込んだ。

仕掛けが着水してからはっとなって、拳は慌てて竿を振り上げる。

「投げなければ、そう簡単にはバックラッシュしないから大丈夫ですよ」

不安げにセドを見やる拳に、セドは笑顔で頷く。

仕掛けが沈んでいく。逆らうことなく、抗うことなく。

針に付けられた餌のゴカイはまるで何かを拒むように身をくねらせながら、しかし重りに引き摺られるまま、水底へと吸い込まれていく。やがて光が届かなくなり、仕掛けは見えなくなってしまった。

「どうかしましたか?」

黙り込んだ拳を気遣い、セドが覗き込む。

「あ。……いえ」

言葉を飲み込み、拳は作り笑いで顔を上げた。

仕掛けが底に着き、リールの回転が止まった。拳は竿を持ち上げ、律儀にベールを倒してからハンドルを回す。

「竿はそこの穴に入れて下さい」

セドは言いながら、自分も縁に空いた穴に自分の竿を挿す。拳もセドに倣って竿を挿し、セドが用意した折りたたみ式の椅子に腰掛ける。

「あの、ジャンヌさんはいいんですか?」

「気を遣わなくても大丈夫ですよ。ジャンヌは常時マイペースですから」

拳が鼻唄の流れてくるアッパーデッキを見上げると、セドは事も無げに頷いた。

「ジャンヌはこういう待つ釣りは性に合わないんですよ。ルアーフィッシングならそれなりにやるんですが、キャッチアンドリリースは釣った気がしない、なんて言うから困ったもんです」

セドはアッパーデッキを横目に1つ苦笑する。困ると言いつつも、拳にはその横顔はどこか楽しげに見えた。

「セドさんとジャンヌさんは、いつ頃出会ったんですか?」

「ジャンヌとですか?そうですね。物心ついた時から、ずっと一緒ですよ。子どもの頃から同じ船の上で暮らしてますから、殆んど家族同然です」

「家族、ですか」

「ええ。傭兵団の船員、皆が俺の家族です。強い信頼なくして、人が海で生き抜く事はできませんから」

セドが思い返しているのは、大戦の頃の事だろう。老いも若きも幼きも、強者弱者の区別なく、戦火に曝されていた時代だ。そんな時代に幼少期を過ごす事は過酷な事だが、セドにとっては必ずしもそうではないようだった。

セドはジャンヌも昔の事もも、全て受け入れている。それは拳にはできなかった事だ。

セドは年上だが、それ以上に大きく見える。

船の揺れに合わせて、竿の先が緩やかにしなっている。先程のクルージングの時とは正反対の穏やかな揺れに、拳は何故か懐かしさを覚える。

自分は、凛を受け入れなかった。それは果たして、正しかったのだろうか?

自分にとって、凛は大切な人だ。傷付けたくなかった。傷付く所を見たくなかった。

自分と居れば、凛は傷付く。自分の身すら守る力を持てずに、凛を護ることなどできる筈もない。

だから、凛を突き放した。しかし、それが凛を傷付けた。

最初で最後と、自分勝手に決めて。それが最良と、自分に言い聞かせて。

それは果たして、正しい事だったのだろうか?

「風が穏やかです。春もそろそろ終わりますね」

遠く海を見つめたまま、セドが呟く様に口を開いた。

「春が過ぎて雨季を抜ければ、もう夏です。俺達闘士にとっては、殊更熱い季節になるでしょうね」

世間話のようで、それは世間話ではなくて。拳は黙して海を見つめる。

「海は広い。長く海に居ますが、海へ出る度に、俺はなんてちっぽけなんだって、そう思いますよ」

「そんな、セドさんは……ちっぽけなんかじゃありません」

拳は上手く言葉が作れず、頬を紅潮させて俯いた。セドは驚いたように目を丸め、それから細めて微笑む。

「ありがとうございます。でも、同じですよ。俺も拳君も。使い古しの言葉ですが、こんなに広い海の上では、やっぱり人間はちっぽけな存在なんです」

それは確かに、大昔から使われてきた言葉だったろう。しかし、初めて海を見て、海の上で聞くその言葉は、この上なく拳を納得させた。

「でも、それが俺を安心させてくれます。俺が抱える物も、凄く小さな事で、それでも抱えきれない時は、海が預かってくれるんだって、そんな気がして」

セドの瞳は憂いを帯びながら、しかし苦しさを感じさせず穏やかに水平線を映している。
海が預かってくれる。

不思議な言葉だった。胸のつかえが取れた気がしたのは、拳の苦しさを海が預かってくれたからなのだろうか。

「僕の迷いも、海は預かってくれるのでしょうか」

「ええ。海は心も広いんですよ」

セドは力を込めて頷く。

拳が改めて眺める海は、やはり広かった。頬を撫でる潮風は穏やかで、耳を擽る波音は優しく、波間の揺らぎは心地好い。

こんなに広い海ならば、拳の迷いを落としても、ほんの一滴の波紋に過ぎない。

「俺達にできる事は限られている。だから、あまり抱え込まずに、1つずつ解決していけばいいんだと思います」

「1つずつ……」

やるべき事。果たすべき約束。為そうとする事。

複雑に絡み合い澱んでいた思考がほどけて、1つに集束していく。

まず1つ。できる事をと考えたら、浮かんだのは1人の男の顔だった。

「……セドさん」

「うん。それで良いんだと思います」

何を言ったわけでもないのに、セドが頷く。拳の顔を見れば、その意思を察することができた。

拳は深く頭を下げた。

「ありがとうございます。今日、セドさんが来てくれなかったら、僕は……」

「そんな。俺はお礼を言われるような事、してませんよ」

拳に笑い掛けたセドの視線は、拳の竿に移った。

「拳君、掛かってるみたいですよ」

竿の先が、波の揺れとは異なるリズムで小刻みに揺れている。

慌てて竿に飛び付いた拳を、セドの言葉が穏やかになだめる。

「拳君。落ち着いて、ゆっくりで大丈夫です」

拳は深い呼吸で緊張を抑え、ハンドルを回し始める。すぐに、生きた手応えが竿を通して伝わってきた。

リールが回り、糸を巻き取る。ゆっくりと、確実に、手応えを手繰り寄せている。

やがて、仕掛けに光が届く。

「ほら、拳君。掛かってますよ!」

セドが興奮気味に、海の中で身をくねらせるそれを指差す。拳は口を閉じたまま、しかし興奮は隠しきれていなかった。

光を浴びて、煌めきを返し、それは確かな生命力で抗っている。

沈んだ仕掛けは、収穫を掴んで浮かび上がった。

「釣れました……」

糸を最後まで巻き取り、仕掛けにぶら下がった魚を手元に引き寄せる。まだ生きている魚は、尾を振って拳の頬に冷たい水を飛ばした。

「ええ。おめでとうございます」

セドが満面の笑みで頷く。拳も思わず笑みを溢していた。

笑みは膨らみ、船の上で2つの笑い声が弾けた。

「これが、キスですか?」

拳は生まれて初めて釣り上げた魚を、まじまじと見つめる。太陽の光を浴びて跳ねる魚は平べったく、口を突き出した顔は、よく見ると確かに愛嬌がある。

「これはカワハギですね。珍しいな、こいつは餌を取るのが上手いから、中々釣れないんですよ」

セドは慣れた手付きで釣り針をカワハギから外しながら答える。

照れ笑いを浮かべた拳に、セドは満足げに「大したものですよ」と頷いた。カワハギをクーラーボックスに放り込み、見上げた自分の竿にもアタリが来ているのに気付いた。

「大漁の予感です」

セドは釣り上げた魚を拳に見せる。30Cm程の大きさのそれがキスだった。

淡い黄金色の背中と白い腹は、まるで太陽の様な色合いだ。口付けのキスが名の由来ではないらしいが、すぼまった口はまるで口付けを求めているように見える。

セドはキスもクーラーボックスに滑り込ませ、砂利と一緒にゴカイの詰められた木箱を取り出す。中から1匹をつまみ上げ、それを拳に差し出す。

「付けてみますか?」

拳は頷き、恐る恐るゴカイを受け取る。赤くぬめりのある細長い身体をくねらす様は、少々グロテスクだ。

うねるゴカイに手間取る拳に、セドが顔を寄せた。

「針を飲み込ませるように、頭から通して……そうです」

拳は近くにあるセドの顔に意識が行ってしまい、よそ見をした拍子に人差し指の腹を針で刺してしまった。僅かに顔をしかめて引いた指から、赤い血の珠が小さく膨れる。

それを目にしたセドの顔から血の気が引き、みるみる狼狽えだした。

「あぁああ! 大丈夫ですか拳君?!」

「あ、大丈夫です。ちょっと突いただけですので」

「ち、血が出てますよ! 早く手当てしないと!」

萌芽杯でセドと闘った時の傷とは比較にもならない掠り傷なのだが、セドのあまりの狼狽ぶりに拳も慌て出す。

「大丈夫、本当に大丈夫ですから!」

「でも、雑菌が入りでもしたら……」

宥めようと出した拳の手をしっかと掴み、セドはそこで不意に冷静になった。

手を握り合ったまま、言葉なく見つめ合う男2人。

拳にかなり身を寄せていた事に今更気付いて、セドは飛び退く様に立ち上がる。

「絆創膏と消毒液、持ってきます!」

日差しのせいなのかほのかに頬を紅潮させた拳が何か言う前に、セドは船室へと駆け込んでいった。

「なんだありゃ?」

アッパーデッキの上で日光浴を楽しんでいたジャンヌが、寝そべったまま下を見下ろし眉を跳ねさせる。

「あっしが包丁で指切った時より慌ててらぁ」

バックデッキの珍事を横目に見下ろすジャンヌは、普段はあまり見ない狼狽したセドに笑いを漏らす。対岸の火事にも興味が失せたジャンヌは、ごろりと寝返りをうって「今晩はキスの昆布締めかな」と呟きながら、再び昼寝に戻った。

陽が傾いて海を煉瓦色に焼き上げる頃、スカルアンドボーンズの旗とやたらにめでたい配色の大漁旗が並んではためく船が、リグトホーズの港に帰ってきた。そんな珍奇な組み合わせの旗を掲げるのは当然セドの船で、どちらの旗も掲げたのは勿論ジャンヌである。

「もう船も着けましたし、大漁旗は降ろしましょうよ」

「まーいいじゃないか。釣果は上々だったんだし、ちっとくらい自慢したって罰当たりゃしやせんよ!」

「ジャンヌは釣ってないじゃないですか」

旗を見上げ、胸を反らせて笑うジャンヌと肩を落とすセド。普段からこうなのだろう、と拳にも想像できるやり取りである。

「寝る前には降ろして下さいよ?大漁旗掲げて出航なんて嫌ですからね」

「分かってますって。それより飯、飯にしやしょうぜ!」

セドは諦めがちに溜め息をつきながら、ジャンヌに押しきられて頷く。

既にジャンヌは船室に入り、食器棚を漁り出している。

「そうですね。そろそろ頃合いですし」

セドはケータイを開いて時計を確認する。仕込みは沖で港に戻る前に終わらせており、出来上がりを待つのみだ。

「晩御飯、楽しみです」

「自分で釣った魚はやっぱり格別ですよ」

「ただ、何もお手伝いできなくて……」

「いいんですよ。今日の拳君はお客さんですから、お手伝いなんてさせられません」

セドは笑顔を絶やさない。つられて拳も笑顔を浮かべる。今朝のぎこちない表情に比べれば、一日で随分リラックスさせられた、とセドは実感する。

セドは笑顔のまま、ケータイを見下ろす。画面に開かれているのは、1通のメールだ。

「拳を助けて欲しい」

それは、凛からのメールだった。

「……俺にできるのは、ここまでです」

ケータイを閉じながら、セドは小さく呟いた。

「何ですか?」

「ああ、いえ。ご飯にしましょうか」

セドは笑顔を作り直し、折り畳みテーブルの食器を並べ始める。拳との夕食が楽しみなのは、セドも同じであった。

「あの、セドさん」

セドに倣って食器を並べる拳が、伏し目がちにセドを見上げている。

「はい、なんでしょう?」

拳は照れているのか、すぐには答えない。セドは優しい微笑を浮かべて、拳が口を開くのを待った。

意を決した拳が、幾分赤くなった顔を上げる。

「……また、来てもいいですか?」

「ええ、もちろん」

恥ずかしそうに問う拳に、頷いたセドは満面の笑みを浮かべていた。


〜闘了〜









次回予告
「どうも、セドです。こうなると次は試合がしたい。俺はどうやら欲深な人間のようです。それはさておき、拳君の心が決まったようです。次の闘いの舞台へ向け、少しずつ準備が整い始めていきます。果たして、どんな舞台が出来上がるのでしょうか。次回『讒謗』をお楽しみに」





「しかし若、いくら出番の為とはいえ、まさかそんな腐臭漂う属性を身につけなくても」
「断じて違いますしどこでそういうこと覚えてくるんですかあなたは」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.8 )
日時: 2010/06/14 20:39 メンテ
名前: 魂蛙

第百二闘:讒謗


鏡写しの歪な笑み。

直後に白光。

一瞬断線した脳と神経が再接続を完了した時には、体は激しい衝撃と共に宙に投げ出されている。それは敵も同じ事だった。

ブレードを突き出して衝突した筈だったが、敵に風穴が空いてないところを見るに、刃は巧くいなされたようだ。

しかし、全速力での正面衝突は、双方吹き飛ぶイーブンの結果をもたらしている。ならば、勝負を分けるのはこれからの対応だ。

SILVER FANGの柔軟な機動性を存分に活かして態勢を立て直し、ブレードを握り直す。未だ態勢整わず、頭から地面に落ちようという敵の土手っ腹目掛け、まずはランチャーをぶっ放す。
が、敵はここからが速かった。

頭より先に交差させた両手を地に着け、交差を正すその回転で砲撃を避わす。直ぐ様詰め寄り、敵の体を支える腕を薙ぎ払う様にブレードを振るうも、縄跳びよろしく空振りに終わった。流石はBLAST、と思わず感心しそうになる瞬発力と運動性だ。

しなやかに身を丸め空中で前転した敵は、そのまま懐に潜り込んでくる。その肩に載ったレーザーの砲口が、既に光を蓄え始めていた。

こういう時、体は思考よりも速い。ブレードを振り抜くフォロースルーに敢えて体を泳がせ横に倒したその瞬間には、脇腹の装甲は灼熱色に焼け爛れていた。

考えるより速く体が動くのは、自分に限った事ではない。体勢もバランスも無視して同じ方向に倒れ込んだ敵は、マシンガンを突き付け、トリガーを引き絞った。

衝撃と火花が腹を踊る。揺れる視界を星が弾ける。鈍い痛みと鋭い痛みが交錯する。

しかし、体は動く。

振り上げた右手がブレードを逆手に握り、スナップを効かせ、重力に乗せて振り下ろす。

それが予想外だったか、或いは敵も判断力が鈍っているのか、一刹那遅れてブーストで退避する相手の胸に、ブレードの切っ先が届いた。

致命傷には至らないが、浅くもない。そんな手応えを柄を通して掴み取る。が、敵も同様の手応えをマシンガンのトリガーから感じ取っているだろう。

振り降ろしたブレードを地面に突き立て早急に姿勢を立て直し、ブレードを納めライフルを構える。敵もマガジンを入れ替え、マシンガンを突き構えていた。

バーニアを展開し突っ込む自分に対し、敵は真上へ跳躍する。

スラロームステップで降り注ぐ弾丸のスコールを振り回し、敵の直下へ潜り込む。死角には回らせまいと敵はブーストを噴かすが、易々と逃がしはしない。此方もブーストを全開のまま体を切り返し、ライフルで追い立てて降下を許さず、敵の真下で食らい付く。

重圧に負けた敵は身を翻し、上空からレーザーを放ってきた。

が、これは読めていた。ワンステップで光の柱を避わし、バーニアを展開して敵目掛け思い切り跳躍する。ブーストの連続使用からレーザーを撃ち、エネルギーが尽きた敵に逃げる術はない。
距離を詰めてランチャーを撃つ。敵は迷う事なくマシンガンを投げ放ち、砲弾にぶつけて叩き落とした。

敵の判断力と行動力と胆力にはつくづく驚かされるが、まだ此方の攻撃は終わっていない。爆煙を突き破り、ブレードに肩越しに手を掛けながら敵に飛び掛かる。

敵はもう1丁のマシンガンも腰に納め、素手で迎え撃ってきた。敵は手を伸ばして此方の右肘を押さえてブレードを握る腕を封じ、更にライフルの銃身も掴まれた。

今度は自分が迷わずライフルを手放し、空いた左拳を敵の顔面に叩き込む。

無論、ダメージに期待はしていない。怯んだ相手に密着し、敵を抱き抱えたままブーストの出力を最大まで上げる。

敵がどれだけもがこうと、決して離してはやらない。そのままトップギアに乗って、この身を銀牙と為して闘技場の壁に敵ごと突き立てる。

壁に衝突し激しく揺れる視界の中、敵の目に光が灯っていた。刹那、揉み合ったまま今度は敵がブーストに火を入れた。

銀牙から一転、爆風と化して地面に叩き付けられ、機械の鎧を纏った男2人が蹴り飛ばされた空缶の様に宙を舞い、地を跳ね、転がる。

腹の底から、咆哮を絞り出す。

左の手で地を掴み、両の足で地に食らい付き、右手でブレードを抜き放ち、バーニアを展開し、火を噴き、飛び出す。

迎え撃つ敵は眼前。

ブレードを振り降ろす。

レーザーの砲身が震える。

歪な笑みが、交錯し──

「叩き斬ったぁあああっ!!」

実況の雄叫びと観客の歓声が闘技場を鳴動させる。

中距離の射撃でプレッシャーを掛け、一瞬の隙を一刀両断。第3週は5日目、2月も折り返し後半に入ったこの日、セコイアの指示通りに、ロウグは今日も勝利した。

「こ、のぉっ……!」

「触んなァッ! 雑魚が伝染るじゃろうがァッ!」

倒れかかる相手闘士を容赦なく蹴り飛ばし、ロウグが勝ち名乗りを上げる。

重厚なブーイングを一通り浴びたロウグは、追い打ちはそこそこに切り上げて退場する。急遽組んだ今日の試合の目的は、この後にあるのだ。

闘技場のヴィジョンやセコンドルームのモニター、そしてテレビでも映されている映像が、回廊を帰還するロウグを捉える。記者らがロウグを囲むと、他の記者を押し退けるようにいの一番にマイクを突き出し、インタビューするのは予定通りTVSのレポーターだ。

「ロウグさん、TVSのシアンです! ロウグさんおめでとうございます!」

ロウグは何でもない、と言わんばかりに余裕の笑みで応える。一頻りフラッシュが焚かれるのを待つようにして、レポーターが台本通りに切り出す。

「今回のエキシビションは突然の試合でしたが、何か意図があっての物なのでしょうか!」

「ん? 大した理由はないが、強いて言やぁウォーミングアップっちゅうとこじゃの」

「ウォーミングアップと言うことは、いよいよ次の試合に向けて動き始めたんですね! 対戦相手はもう決まっているのでしょうか?」

これも台本通り、だが聞いていて気分の良い物言いではない。今日の試合相手はサンドバッグに過ぎない、と第三者が、しかも中立を保つべきメディアの人間が言っているのだ。

獅子心王が復帰した事で流れ始めた不穏な空気に対処する為に、最初に大まかな指針を示したのはセコイアだった。しかし、それをこの様な不快な台本へ嬉々として煮詰めたのはTVSだ。

真実を生み出せるというTVSの思い上がりは胸糞悪いが、ロウグがセコイアを信じて演じているのだ。ロウグを導く者として、見届けてやらねばならない。

「向こうが尻尾巻いて逃げにゃあの話じゃがの。わしもそろそろ、ファンの期待に答えちゃらんといけまぁ」

「と言うことは、いよいよあのルーキー最強、ソリット=セブンリッジに試合を挑むんですね!」

マイクを一段と前へ出して意気込むレポーターに対し、ロウグは半歩退いてブレードを肩に乗せる。

まずは相手を持ち上げ、充分に間を置いて。

「ルーキー最強? ご苦労様じゃが、その称号はわしのもんじゃけぇの」

鼻で笑って、突き落とす。

「そもそも、奴は最初から気に食わなかったんじゃ。非武装主義だかなんだか知らんが、そんなもんで注目を集めて、一山なんぼのルーキーに勝ったくらいで調子に乗りよる。その上、授賞式のすっぽかし? パフォーマンスか、じゃなきゃ跳ねっ返りを気取っとるのか?わしに言わせりゃあんなん半端もんじゃけぇ、一捻りじゃ」

また一斉にフラッシュが焚かれる。フラッシュが止むのを待ってから、ロウグは更にソリットをこきおろす。

これで明日の紙面に、このロウグの顔とソリットとの試合を煽る見出しが乱舞する事は間違いないだろう。加えてもう1つ、そちらもアサヒが上手くやってくれている筈だ。

ロウグも見事に演じきってくれた。1週間と待たず、ソリット包囲網ができるだろう。

だが、まだ完璧ではない。ソリットの性格を闘い振りから推測するに、反発して強引に包囲網を突破する可能性は充分にある。

しかし、セコイアの策動はここまでだ。

それはただ運を天に任せ、成り行きを見守るわけではない。セコイアには、最後の一押しにアテがあった。



ロウグの試合の翌日、セコイアの読み通り多くのメディアが、ソリットに対するロウグの罵倒を取り上げた。そんな週刊誌の記事を歩き読み、笑みを浮かべているのは、ゼルガ=トロスであった。

ゼルガが歩いているのは、普段行動拠点としているハルジオ周辺からは離れた、閑静な住宅街だ。近くに闘技場があるわけでもなく、闘士には縁遠い場所である。

昼前の静かな街道は車も殆んど通らず、綺麗な空気を楽しみながら散歩をするには丁度いい。が、ゼルガは散歩を楽しんでいるわけではなく、目的があってこの道を歩いていた。

「なるほど。あとは任せた、てな所か」

ゼルガは1人呟いて週刊誌をバッグに突っ込み、足を止める。

「それじゃご期待通り、仕上げと行きますかね」

空虚に笑みを浮かべたゼルガは、目の前の建物が掲げる十字架を見上げた。


〜闘了〜






次回予告
「こんにちは、セドです。ロウグさんの陣営が動き、まるで連携を取るようにゼルガさんも動き始めました。いよいようねりは大きくなって、1つの流れになろうとしているようです。この流れに対し、当の本人であるソリットさんは、一体どのように動くのでしょうか? 素直に流れに乗るとも考えにくいのですが……。それでは次回『最強』をお楽しみに」








「しっかし、若もマッチメイクの上手くやらなきゃ本当に取り残されちまいますぜ。まったく、セコンドはどこで何やってんだ?」
「あ、この手鏡差し上げます」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.9 )
日時: 2010/07/01 22:17 メンテ
名前: 魂蛙

第百三闘:最強


TAT最強の闘士とは誰か?

この問いに答えなどないのかもしれない。少なくとも、外野たる我々に出せるような、そんな安直なものではない筈だ。

しかし、我々はこの手の議論を幾度となく重ねる。答えは出ないと知りながら、永久に終わることのない不毛な論争をしたがる。

それ程までに、この問いは蠱惑的なのだ。

改めて問おう。最強の闘士とは誰か?

答えは出ずとも、候補者の名は挙げられるだろう。剣聖の二つ名を持つ壱成=皇義、ロードレスナイトことファルト=ラファイエット、ならびにコンバットヘヴン常連の各リーグのトップ闘士達。加えて、昨年の覇者絶対帝王ガルマグネは、未だ無敗を貫くその戦積から見ても、筆頭に躍り出たと言っても過言ではないだろう。

確かに、彼らは1年に渡る闘いを制してリーグの頂点に立ち、TAT最高峰の大会であるコンバットヘヴンを舞台に闘う、超一流の闘士達だ。最強の闘士の候補者、という資格を有している事は誰の目にも明らかだ。

しかし、筆者にはここにもう1人推したい闘士がいる。

彼は既に現役を退いた身である。今やその雄姿を闘技場で見ることは叶わないが、私の知る彼は確かに剣聖や絶対帝王にも劣らぬ実力を持っていた。

彼こそがTAT最強の男だと信じてやまないが、そう呼び讃えたいが、彼は自嘲気味に笑んで首を横に振る。だから、彼の意思を尊重し、私は彼をこう呼びたいと思う。

元最強の男、と。



TAT、という言葉を私が初めて聞いたのは、戦後間もなくの事だった。食い逃げや喧嘩、イカサマギャンブルを肴に出すパブで、酔っ払い達がその言葉を盛んに口にしていた。

最初は、TATアーマーの転売か、でなければどこかに押し入り強盗でもするのかと思った。あの頃はそんなロクでもない話が、そこここに溢れていた。だが思い返してみれば、そんなロクでもない物こそ、我々は……あの時代は、欲していたのかもしれない。

前者だったら私も一枚噛んで、唯一の財産を酒の代金に換えてしまっていただろう。そうでなくても、いずれは金に換えていただろうから、あの夜が私にとってのターニングポイントだったのは間違いない。

聞いてみれば、それは強盗や闇商売のようなケチな話ではない。アーマーメーカーが、TATアーマーの所有者を集めているというのだ。

戦争という飯の種を失った軍需産業が、同じ境遇にある兵士を集めて破れかぶれのテロを起こすのだとか、酔っ払いが夢語りをしていたが、既に私の耳には入っていなかった。予感が頭の中を占めていた。

戦争が終わってからずっと、無気力に生を浪費していた。ようやく訪れた平和な世界には、他人の家のような居心地の悪さばかり感じた。見知らぬ世界に居場所はなく、迷子のように彷徨い歩き、酒で渇きを癒す毎日を送っていた。そんな日々が終わろうとしている。そう予感した。

その予感が正しい事は、翌日明らかになった。

噂を頼りに赴いたハルジオで、迎えてくれたのが闘技場だった。今の闘技場よりも簡素な物だが、あの混乱期に数ヶ月で建てたのだと考えれば、充分に立派な物だ。

既に、闘技場には多くの人間が集まっていた。戦場で見知った者や、かつての戦友すらそこにいた。

皆、同じ思いを抱えた人間達だ。

この世界にとって、自分は異分子だと。不要な存在だと。生まれて初めて知った恐怖を拭い去ってくれる場所を求めて、ここに集まった者達だった。

薄れかかった記憶以外で、自分が確かに生きていたと証明する唯一の財産、SILVER FANGを再び纏い、私はTATの闘技場に立った。

あの瞬間の感覚は、言葉では表せない。戦場の空気、戦場の匂い、戦場の感触。終戦後、焼け野原となった故郷に帰った時には感じなかった、あの郷愁。ここで生まれ、育ち、生きてきた。そしてこれからも、ここでしか生きていけない。そう思い知った。

だが、かつての戦場にはなかった異物もあった。砲口が轟くような歓声と罵声。安全な場所から、自分を見下ろす観衆達だ。

戦場が変わったのではない。変わったのは自分の方だ。だが、それでも構わなかった。たとえ見世物にされようとも、帰還の歓びには代えがたい。

最初の対戦相手は、よく覚えている。共に戦火を掻い潜り戦場を駆けた、同じ傭兵団の仲間だった男だ。

意図してそういう試合を組まれたのだと気付いた時、同時に自分が兵から道化へと成り下がったのだと悟ったものだ。

そうして、私はTAT闘士となった。最初の対戦相手でもあり、闘士として初めて打ち倒した敵であり、戦友だった男は、その翌日に傷も癒えぬまま戦って死んだ。

珍しい事ではない。時折ウラネキアのTATでの死者の数が問題になる事があるが、あの頃のTATはその比ではない。日に幾度も闘技場に上がり、酒を飲み明かし翌日もまた闘技場で命を削る。そんな生活が闘士の当たり前だった。それでも、戦場の過酷さに比べれば生温い。文句を言う者は闘士にも、当然観衆にもいなかった。

苛烈な日々だった。戦時と比べても遜色ない、それ故に満たされる時間だった。

私は日毎にTATに魅入られていった。勝利を重ね、時には死と紙一重の敗北を味わい、気付いた。粗暴な観衆の視線に、畏敬が混じりつつある事に。戦場における異分子だった筈の歓声を浴びる度、言い知れぬ歓喜を覚える自分に。

兵士から道化に、道化から闘士に。終戦と共に死んだ私は、甦ろうとしていた。

私と共に、闘士として頭角を現し始めた男がいた。その男はBRASTを身に纏い、連勝に連勝を重ねていた。初めて見た彼の試合の強烈な印象は、まだ未熟な新兵だった頃にサイクロプスと初めて対峙した時のそれに似ている。だが、その戦慄は決して恐怖に変わることはなく、静かに私を奮わせた。

その頃から、互いに意識はしていた。しかし、決して試合は組まれない。目玉商品となりつつあった私と彼を潰したくない、という運営側の思惑もあっただろうが、それ以上に私と彼には闘うつもりがなかった。まだ、舞台は整っていなかった。

身近に強者の存在を意識しながら、幾多の試合を闘った。中には相手の死をもってのみ決着する、非公式の試合もあった。

TAT協会の知らぬ闘技場の外で、そうした闇試合は何度も行われていた。当然闘技場では行えないから観客はつかないが、撮影した映像を売りさばき儲けを上げる連中がいた。特に、アーマー内蔵のカメラの映像には、高値が付いたらしい。

そうした闇試合も含めた数多の試合をこなし、それでも私と彼は勝ち続け、生き抜いた。勝利の度、私達は一歩ずつ近付いていく。闘いと勝利の果て、遂に私達の歩みが交錯する日が訪れた。

年を締め括るその日、コンバットヘヴンと銘打たれた、私と彼の試合が行われた。

結局、彼とは一度も言葉を交わす事はなかった。それでも、彼とは試合が始まるよりもずっと前から、通じ合えていたと思う。

彼との試合は、私の生涯で最も激しい死闘となった。持てる力も、眠っていた力さえ振り絞って闘った。限界という言葉が消え失せ、闘いの中で爆発的に成長するのを自覚した。

死線という限界を、彼と共に幾度も踏み越えた。攻防の中で魂が交錯し、いつしか一つになって不純物のない世界に共有する。人生で最高の好敵手に出逢えた幸福を、私は今でも信じている。

熾烈を極める至福の時にも、終わりは訪れる。しかし、あの結末を語るに当たり、私情を挟むのは止めておこうと思う。真実は、私と彼だけが理解していればいい事だ。

事実だけを述べるよう。最後の交錯の時、彼の放ったレーザーが左半身を焼き払い、身体機能と闘士生命を奪った。同時に、私の刃は彼の胸を深く斬り裂き、その命を奪った。

最後まで闘技場に立っていた私が勝利し、倒れた彼は敗者となった。その結果だけが事実だ。



元最強の男は、苛烈極まるTAT黎明期の記憶を語り終え、息をついた。

彼はTATにおいて最も過酷な時代を闘い抜き、頂点を極めるまでに至った。彼の闘士生命はそ
こで断たれ、TATの闘技場から姿を消している。

しかし、彼の闘いはまだ終わったわけではなかった。闘士としての名を捨てた彼は今、セコンドとして新たな挑戦を始めている。

彼が見いだし、その全てを叩き込んだ最強の後継者は、既にイーロウプTATの闘技場で今シーズンのデビューを果たしている。

まだ、その名は広く知られてはいない。彼の意向もあり、ここで流布する事もしない。

しかし、近い将来イーロウプにその名は轟く事になるだろう。その時こそ、その名はこう讃えられる筈だ。

元最強の男と、彼を継ぐ新たな最強の闘士と。

──2月22日発刊の週刊SPARK!誌特設コラムより抜粋。

〜闘了〜








次回予告
「こんにちは、セドです。明言こそされませんでしたが、これでセコイアさんの正体がほぼはっきりしましたね。初代コンバットヘヴン覇者、確かに元最強と呼ぶに相応しいかもしれません。ロウグさんの実力は未知数ですが、コンバットヘヴンを制したほどの人が見出したのなら、アーマーの性能に頼り切った見掛け倒し、ということはないように思えます。派手に動き出したロウグさんに対し、ソリットさんの反応はいかに。次回『反動』をお楽しみに」







「若、この手鏡は一体なんなんで?」
「特に深い意味はありません」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.10 )
日時: 2010/07/04 00:17 メンテ
名前: 魂蛙

第百四闘:反動


ソリット=セブンリッジは苛ついていた。

街をふらついても、苛立ちは募るばかりだ。肩をぶち当てた上で因縁をつけさせたチンピラを張り倒しても、全く気分は晴れない。

こういう時に限って、煙草も切らしている。ソリットは忌々しげに舌を打ち、空き箱を握り潰した。

「おい。煙草持ってるか?」

ソリットは放り捨てた箱のように足元に転がるチンピラに、見向きもせずに問う。しかし、完全に失神したチンピラ達は、返事すら返さない。

ソリットは鼻を鳴らし、役目をなくしたライターをポケットに突っ込んだ。

「雑魚に興味はねぇんだよ」

ソリットは誰にともなく吐き捨てる。当然答える声はなく、ソリットは踵を返し人混みに身を放り込んだ。

フラストレーションは針のような鋭さで周囲に飛び散り、道行く者達を退かせる。まさかそれだけで喧嘩をふっかけるわけにもいかず、やり場のない怒りが苛立ちを加速させる。

ソリットを苛立たせる元凶は明白だった。

2月に入り、ソリットを標的に言いたい放題を続けているロウグ=ソルボウンだ。そして、そのバックについているらしい元最強の男とやら。明言されたわけではなく、雑誌の記事の中で仄めかされているだけだが、それは世間では最早明確な事実のように扱われている。

噛ませ犬を相手に勝ち星を積んだ戦績で、虎の威を借りて偉ぶっているだけだ。それがまかり通って、まるでソリットと対等がそれ以上だと言わんばかりに、世間はソリットとの試合を煽っている。

いや、ロウグはまだいい。雑魚に構ってやるつもりなど毛頭なく、目の前に立ちはだかった時に叩き潰してやればいいだけの事だ。それ以上にソリットの神経を逆撫でしているのが、獅子心王リカード=ノーマンである。

ロウグとの試合を煽る反面、いつの間にか獅子心王との試合を待望する潮流ができている。それ自体はソリットの望みとも合致している。だが、その理由がソリットを苛立たせた。

誰も、ソリットが獅子心王に勝つ事など期待していない。むしろ、敗北を望んですらいる。ソリットが敗北し、その結果獅子心王の餌食になる事で、剣聖が動き出す事を待望しているのだ。

試合相手ではなく、生贄としてしか見られていない。屈辱以外の何物でもなかった。

ロウグにしろ獅子心王にしろ、ソリットの与り知らぬところで、マッチメイクしようとする力が働いている。ファンの期待に応える、という形ならまだしも、他人の掌で踊らされるなどまっぴら御免だ。

だが、他に選択肢がなかった。次の試合を別の闘士と闘っても、ロウグとも獅子心王ともいずれ闘う事になるのだ。結局は先延ばしに過ぎない。それはゼルガの言った通り、ルーキー最強の看板を背負ったソリットに課せられた宿命だった。

だからこそ、ソリットは素直に従う気にはならない。ゼルガがしたり顔であの空虚な笑みを浮かべるなど、想像しただけでも癪に障る。

だが、こうして何も決めずにいる事もまた、先延ばしでしかない。フラストレーションをぶつける相手が素人のチンピラだけというのも、精神衛生上よろしくない。

見えざる力によって、ソリットは完全に追い込まれていた。決断せねばならない。時間はそう残されてはいなかった。

ジャンクフードで昼食を済ませたソリットは、ハルジオ闘技場からも程近い病院へ向かった。そこにクリスが入院しているのだ。

クリスはベッドで体を起こし、青木の剥いた林檎をかじっていた。青木は林檎を剥く手を止め、立ち上がってソリットを病室に迎え入れ、椅子を用意する。

「いらっしゃい、ソリット。りんご、食べる?」

「いや、昼食は済ませてきた。傷は大した事ないようだな」

「うん。ゆっくり休んだから。今朝はちょっと寝坊しちゃったよ」

パジャマ姿のクリスには、まだ疲労の影が見えた。笑顔にもいつもの元気が足りていない。

クリスはマルベリーズの敗北以後、未だ過密スケジュールで試合をこなしている。疲労もピークに達しつつあるのだろう、先日の試合では実力的には格下の相手に痛打を浴び、勝利こそしたものの負傷してしまった。

また明日には試合があり、週末となる明後日も入院となればミーティングもできない可能性がある。ソリットの試合を決める為の、実質的なタイムリミットは今日であった。

そう認識していたのは、ソリット達に限った事ではではなかった。

林檎を片付けたテーブルに、青木が資料を広げていると、病室の扉を叩く硬質の音が響いた。顔を見合わせたクリスと青木を見れば、それが予定された訪問者のノックでないことは察する事ができる。

「どうぞー?」

「失礼します」

生真面目な声と共に、扉が開く。そこに立っていたのは、スーツ越しにも筋肉質と分かる、眼鏡を掛けた男だ。

男を見て最初に声を上げたのはクリスだった。

「あっ! あの、もしかして……シャギさんですか?」

イーロウプ在籍の闘士であれば、その男を知らない筈がない。五星世代筆頭の一角、シャギ=エンブロイだ。

「クリスティーナ=牧野さんですね。初めまして、テューズ広報特課主任、シャギ=エンブロイです。まずは、療養中のところに押し掛けた非礼をお詫びします」

シャギはきびきびと名刺を差し出して一礼する。ビジネスマン然としたシャギに呑まれ、クリスは頷く事しかできない。

シャギは青木にも名刺を渡してから名刺ケースを懐にしまい、ソリットに向き直る。立ち上がりもしないソリットは、刺すような視線で、シャギを見上げていた。

「お久しぶりです、ソリットさん」

視線に怯むことなく、シャギはソリットにも一礼した。ソリットは小さく鼻を鳴らして応える。

シャギの言葉に、クリスが首を傾げた。

「はぇ? 2人は知り合い?」

答えようとしないソリットには代わり、シャギが答える。

「いえ、お会いするのはこれで2度目です。前にお会いしたのは、当社の新型アーマーの為の契約闘士の件で、萌芽杯決勝の後に……」

首を傾げたままのクリスに、今度はシャギが疑問符を浮かべた。

「……ご存知ないのですか?」

「契約闘士……そんな話、私は──」

「──受けるつもりはないから話す必要もなかった。それだけだ」

動揺するクリスを遮り、ソリットは苛ついた声を出す。しかし、クリスは少なからずショックを受けていた。

「でも、私はソリットのセコンドなのに、話してくれるくらい……」

「そんな状態で、俺の事まで気にかける余裕があるのか?」

「そんな! 私は、ちゃんとのソリットの事考えて──」

「──ちゃんと考えて? こうして入院しているのは、試合中に俺の事に気を取られたからか? 冗談じゃない。俺は人の足を引っ張るのも、引っ張られるのもまっぴら御免だ」

「ソリット……!」

クリスの瞳が涙に揺らぐ。

試合中、集中に乱れがあったのは事実だ。そして、それは必ずしも疲労のせいだけではない。
だが、それをソリットのせいだと、クリスが言った事はない。思った事すらないのも、紛れもない事実であった。

言葉が過ぎたとは、ソリットも思っていた。しかし、一度言ってしまった事は、もうなかった事になどできない。

ソリットは今にも涙をこぼしそうなクリスから目を背け、シャギを睨む。

「俺は契約闘士になどならない。分かったら、とっとと消えろ」

「その話もするつもりでしたが、今日の本題は別にあります」

「何の用だ。さっさと済ませて消えろ」

「獅子心王の事です」

その単語を聞いた途端、ソリットの目の色が変わった。

五星世代は、ソリットらルーキーと獅子心王の試合を煽る筆頭格の連中だ。その裏にある真意には怒りも湧くが、クリスを説得するのには利用できる。

が、シャギの言葉はソリットの思惑に沿う物ではなかった。

「獅子心王と闘ってはいけない。今日はその警告の為に来ました」

「警告、だと?」

ソリットの目がシャギを責め立てる。

「貴様等はルーキー対獅子心王の推進派じゃなかったのか?」

「それは五星の総意であって、私個人の意志ではありません。いえ、本心では他の闘士達も皆、まるで生贄を差し出すようなこのやり方を、快くは思っていないでしょう。私も、貴方と獅子心王の試合を望んでいない。恐らく、牧野さんも同じ事を貴方に言っている筈です」

シャギに視線を振られ、クリスが頷く。

「ソリット。やっぱり、獅子心王とは闘るべきじゃないよ。それより、私考えたんだ。拳君……拳=昇龍と試合をしようよ。エキシビションでも、確実に試合ができるリーグ方式の大会だって──」

「──お前もか、クリス」

シャギを責めていた視線が、そのままクリスに向けられる。ソリットの視線に射竦められ、クリスの小さな肩が震えた。

「お前も、俺は奴には勝てないと、俺が獅子心王より弱いと思っているのか」

「そんな、そんな事……。そういう問題じゃないよ! そういう事じゃないんだよ、ソリット!!」

クリスが首を振って訴えかける。しかし、苛立ちで凝り固まったソリットに、クリスの思いは届いていない。

「試合を避けるというのは、そういう意味だろう。俺に、恐れをなして逃げ出せと」

「殺されちゃうんだよ、ソリット! 獅子心王に負けたら、死んじゃうんだよ!」

「殺せば勝ち。負けたら死ぬ。そんな勝負、戦場でとっくに経験済みなんだよ。雑魚共の生温い勝負よりよっぽどマシだ」

──いいか、ソリット。戦場での勝ち負けってのは、敵の殲滅でもなけりゃ、撃墜スコアの大小でもない。殺されたら負け、生き残れば勝ちだ。これだけは、絶対に忘れるな。

脳裏をよぎった古い記憶が、ソリットをざわつかせる。

「もう、いい」

目深にかぶったキャップで視線も言葉も全てを拒み、ソリットは立ち上がる。クリスに向けられた背中は、手の届かない所まで遠ざかっていく。

「獅子心王には試合を挑まない。それで満足なんだろう」

ソリットは振り向きもせず、低く押し殺した言葉を放つ。

「ソリットさん」

扉を開けかけたソリットに、シャギが声を掛ける。張り詰めた空気の中で、些かの乱れも見せない目からは、いかなる感情を思いを抱えているかは読み取れない。

ただ真っ直ぐソリットの背中を見据え、シャギは言い放った。

「いずれ……負けますよ」

予言めいた言葉を受け、ソリットの背中から凄まじい殺気が膨れ上がる。

「もう一度言っておく」

答えるように口を開いたソリットの言葉は、しかしシャギにではなく、クリスに向けた物だった。

「クリス。俺はお前にセコンドを頼んだ事はない。これ以上半端な真似をするなら、俺は独りで闘る」

冷え切った余韻を残し、後ろ手に扉が閉ざされた。

その日の内に、ソリットが大会の出場登録を済ませた、という報せがイーロウプのTATファンに届けられた。

ソリットが選んだ次なる闘いの舞台は、2月第4週末となる32日のTVSカップだった。

中堅ランカー向けの大会ではあるが、ランキングやポイントによる出場条件は設定されていない。まだソリット以外の出場者が確定していないこの大会は、多くの闘士が出場権を持っていた。

拳=昇龍も、ロウグ=ソルボウンも、獅子心王リカード=ノーマンも。


〜闘了〜





次回予告
「出番は時々、予告は欠かさず。どうもセドです。しかしソリットさん、予想通りというか、予想以上というか、とにかく反発しましたね。自分から挑戦できないのであれば、相手に挑戦させればいい、という受け身なやり方は少しソリットさんらしくないような気もします。それはさておき、萌芽杯の後にソリットさんに会いに来てたのは、シャギさんだったんですね。ソリットさんにその気はないようですが、新型アーマーがどんなものなのか、気になります。さて、拳さんに続きソリットさんまで空中分解寸前、といったルーキー勢。こんな時にはやっぱりあの人が動くみたいです。次回『参上』をお楽しみに」








「若、諦めたら試合終了でさぁ」
「試合が始まりすらしていない場合はどうすればいいのでしょうか」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.11 )
日時: 2010/07/11 02:26 メンテ
名前: 魂蛙

第百五闘:参上


戦後10年の歳月が流れ、今や多くの人々が豊かな平和を享受する時代だ。とは言え、未だ世界各地に廃虚と化した戦場跡は点在し、人々の中にも戦争の爪痕が残る者がいる。親を亡くし、或いは生活苦から捨てられた孤児達は、あの大戦における最後の被害者と言えた。

聖シリルディア教会は、遥か古の時代にこの地で宣教活動に従事した、聖シリルディアの名を取って建立された、小さいながらも歴史ある教会だ。その教義に従い、教会は大戦勃発以前の時代から孤児を受け入れてきた。ダー=マスタークもまた、自身がどんなに苦しくとも弱きに手を差し伸べるのを止めなかった、聖シリルディア教会の牧師である。

マスターク牧師は、教会の裏庭で遊ぶ子ども達を見守っていた。現在、教会には礼拝での説教などを行う若い主任担当牧師がおり、マスターク牧師の仕事は彼の補佐と、こうして子ども達を見守り導く事である。

孤児として引き取られた教会の出身者もボランティアで働いており、戦時のような人手不足に悩まされる事もない。我が子同然の孤児達が大人になり、マスターク牧師を慕って教会に集まってくれる。こんな幸せな事はない。

しかし、穏やかな幸福に満ちた日常を過ごすマスターク牧師の表情には、常に微かな影が差していた。

「せんせー!」

マスターク牧師は子どもの声にはっとなる。駆け寄ってきた子どもは、持っていた虫を誇らしげに掲げてみせる。

「みて! バッタ!」

「おや、随分大きなトノサマバッタですね」

「うん! あそこの木のところにいたんだよ!」

マスターク牧師が頷くと、少年は満足げに満面の笑みを浮かべた。手の中でバッタの脚が力強く空を蹴るのを感じ、少年は盛んに足を動かすバッタを食い入るように見つめる。

「先生、バッタの脚ってさ、凄い大きいよね! だからさ、ぴょんぴょん跳ねるのかな?」

「ええ、そうですよ。この立派な脚も、バッタが主より賜った物なのです。ヨシュアが、この賢い頭を授かったようにね」

マスターク牧師は少年の頭を優しく撫で、優しく微笑む。赤髭を蓄えた口元に笑みを浮かべるその姿には、無償の奉仕に身を捧げてきた者だけが持ち得る暖かなオーラが溢れている。

気が付けばマスターク牧師は、遊んでせがむと子ども達に囲まれていた。

「困りましたね。私は1人しかいませんよ」

子ども達にも、マスターク牧師にも、幸福な笑顔が溢れる。

だが、マスターク牧師の心に落ちた影は決して消えてはいない。巧く隠しているが、子ども達は敏感にそれを感じ取っていた。

「せんせー?」

「何ですか?」

少女が僧衣の袖を引き、遠慮がちに見上げる。もう片方の腕でぬいぐるみを抱き寄せる少女の目は、マスターク牧師の中の影に怯えていた。

「先生、元気ないの……?」

他の子ども達も、言葉には出さずとも目で少女に同意している。

マスターク牧師は一瞬、言葉に詰まった。しかし笑みは崩さず、マスターク牧師は少女を抱き上げる。

「でも、私は大丈夫ですよ」

「……ほんと?」

「ええ。心配は要りません。ありがとう。こんなにも優しく子ども達に囲まれて、私は本当に幸せです」

マスターク牧師は少女を抱き締め、頭を優しく撫でてやり、周りの子ども達に笑い掛ける。マスターク牧師の目に、暖かい涙が滲んでいた。

「さて、何をして遊びましょうか?」

少女を下ろしてやると、子ども達は口々に自分の要望を挙げていく。

子ども達皆が楽しめるには何がいいかと思案するマスターク牧師に、背後から声が掛かった。

「先生」

振り返ると、声の主は若い女性のボランティアだ。

「何でしょうか?」

「先生にお客様がお見えになりました」

「私に、ですか?」

問い返すと、女性が頷いた。

教会の関係者であれば、主任牧師が応対する筈だ。個人的な来訪者も、今日の予定にはない。消去法で、来客は自然とTATの関係者に絞られる。

予感はあった。アーナッドは正真正銘の英雄だった。5年前とは違う。このまま何事もない筈はない、と。

だが、この来訪者がマスターク牧師の胸にこびりつく影を増大させるのか、それとも払拭してくれるのか、そこまでは分からない。

緊張したマスターク牧師の様子に、女性が首を傾げた拍子に、教会の影から顔を覗かせる者の姿が目に入った。

「お、いたいた」

声に女性が振り返り、慌てて男の元に駆け寄った。

「ちょっと、勝手に入られては困ります!」

「おお、悪ぃな。何か楽しそーな声が聞こえたもんで」

赤髪の男はあまり悪気はなさそうに女性に笑いかけた。独特のその空虚な笑みは、人の緊張を解きほぐす奇妙な魅力を持っている。女性も困惑しながら何も言えなくなっていた。

いや、困惑はその笑みのせいだけではない。女性と男は初対面だろうだが、彼女は男を知っているのだ。女性だけではなく、マスターク牧師もその男の名はよく知っている。

「あーっ! 空飛ぶじごろだ!」

「紅のすけこましだー!」

「本当だ! ぎこうはなんぱしだ!」

「あだ名が何かまた増えてやがる?!」

空飛ぶジゴロ。紅のスケコマシ。技硬派軟派師。必ずしも間違ってはいない散々なあだ名で呼ばれずっこけたその男、またの名をゼルガ=トロス。

「人をそんな風に呼んではいけませんよ」

「ああ、構わねーよ。悪気があるわけでもねーしな」

早くも子ども達に囲まれたゼルガは、子ども達の相手をしてやりながらマスターク牧師を振り返った。しかしマスターク牧師は毅然として首を横に振った。

「意味も分からない言葉を使えば、知らない内に誰かを傷付ける言葉の暴力を振るう事に繋がります。それは、この子達の為にもなりません」

マスターク牧師の言葉に、ゼルガは感嘆の息を漏らす。子ども達に向き直ると、目の前の少年の頭をくしゃっと撫でた。

「いいか、おちびちゃん達。この牧師先生の言う事は、よく聞いた方がいい。おちびちゃん達の事を本当に大事に思い、真剣に考えてくれる人だ」

「ちびじゃないよーっだ!」

撫でるというよりも鷲掴みにされた頭の手を払い、少年は胸を張って背伸びをした。ゼルガは珍しく纏った真面目な空気を一瞬で脱ぎ捨て、からかうように少年の頭上で手をひらひらさせる。

「そうなのか? じゃ、これは届くか?」

「これくらい! 簡単! だもん!」

「お、よ、ほっと。ほれ、もう限界か?」

手を掲げて少年が跳ねる度、ゼルガも手の位置を上げていく。むきになった少年が全力で跳ぶと、ゼルガは素早く少年を捕まえた。

「はっはっはー。なに、すぐに大きくなれるさ。これくらい、な!」

ゼルガに抱かれた少年は、そのまま高く掲げられて嬌声を上げる。それが子ども達の心を掴み、自分の番をねだる子どもにゼルガは揉みくちゃにされる。

ゼルガ本人はまんざらでもなさそうだが、このままでは収拾がつきそうにない。マスターク牧師は子ども達に割って入る形で、子ども達を落ち着かせた。

「ほらほら、あまりお客様を困らせてはいけませんよ」

「おっと、そうだったな。すっかり忘れてた。悪いな、おちびちゃん達。ちょっと牧師先生に話があって来たんだ」

本当に忘れてたように見えるゼルガが、残念がる子ども達の輪から抜け出す。

「それでは、すみませんがしばらく子ども達をお願いします。トロスさん、こちらへどうぞ」

マスターク牧師はボランティアの女性に子ども達を任せ、ゼルガを教会の中へ導く。

「面倒かけて悪ぃな、別嬪さん」

ゼルガはすれ違い様、女性に声を掛ける。ゼルガとしては純粋に謝意を込めただけなのだが、不意に笑いかけられた女性はどぎまぎして返事も上手く返せていない。

顔を赤らめる女性に何やら言葉をかけ、更にゼルガは愉しそうに笑っている。そんなゼルガを見て、マスターク牧師はゼルガに付けられたあだ名の所以に思わず納得してしまうのであった。

〜闘了〜











次回予告
「どうも、セドです。ソリットさんがクリスさんの病室を訪れているその頃、ゼルガさんはなんと獅子心王リカードさんの本拠地ともいえる場所に乗り込んでいました。そして、技硬派軟派師なるあだ名が新たにつけられた事も判明しました。ああ、これは割とどうでもいいですね。とにかく、大胆にもマスターク牧師に直接会いに行ったゼルガさんは、どのように仕上げをするのでしょうか。次回『教導』をお楽しみに」










「ゼルガが女たらしなら、若は男たらしで対抗でさぁ」
「け、拳君の事は今関係ないでしょう!」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.12 )
日時: 2010/07/19 20:32 メンテ
名前: 魂蛙

第百六闘:教導


話の内容は予想出来ていたマスターク牧師は、通常は教会の関係者しか入れない教会の奥の部屋へゼルガを導き入れる。

「改めて、初めまして。当教会で牧師をしています、ダー=マスタークです」

「こりゃどうもご丁寧に。イーロウプ在籍のTAT闘士、ゼルガ=トロスだ」

「貴方のご活躍は存じています」

「そいつぁ光栄だな」

ゼルガが手を差し出し、マスターク牧師が握り返す。

挨拶を終えてマスターク牧師は、ゼルガに席に着くように促し、一度退室する。紅茶を淹れて戻ったマスターク牧師は、皿に盛ったクッキーと共に出してから席に着いた。

ゼルガをマスターク牧師をリカードのセコンドと知って、それこそが目的に来たのだろう。しかし、獅子心王の悪名高いリカードのセコンドを前にしたゼルガに、緊張は微塵も見られない。むしろ、懐かしさでも感じているかのようにリラックスしている。

「大した物をお出しできず、申し訳ありません」

「いやいや。こんなお菓子は、俺なんかよりあの子達に出してやる方が喜ぶだろーさ」

ゼルガはオーバーに肩をすくめて見せ、紅茶を一口すする。

「こっちこそ、いきなり押し掛けちまって悪かったな」

「主は来る者を拒まず、歓迎して下さいますよ。ただ当教会では、礼拝は午前10時半と午後7時に行っていますので、次は是非その時間にいらっしゃって下さい」

「折角だが、神に祈るのはにっちもさっちも行かなくなった時だけ、と決めてるんだな、これが」

「主はいつでも真摯に祈る者の声を聞き届け、受け入れて下さいますよ」

「心が広くて助かるな。ああいや。皮肉じゃないぜ、これは」

ゼルガが肩をすくめると、マスターク牧師は承知しているという風に笑んだ。

外ではしゃぐ子ども達の声が、沈黙を作らせまいと部屋に流れ込む。ゼルガは閉め切られたカーテンの隙間を覗くように見やり、紅茶を飲みながら子ども達の声に耳を傾ける。

「……孤児か。能天気に生きてても、戦争は確かにあったんだと思い知らされる気分だ。上っ面は覆い隠せても、全てを癒すには10年は短すぎる」

「戦争を終わらせた今、次の時代を作る子ども達を守り育む事が、我々の世代で成すべき最後の仕事なのでしょう」

「実際、子どもにあれだけ慕われるってのは、立派な事だと思うぜ。子ども達にとって先生と出逢えた事は、親を失う不幸を帳消しにできる価値があるだろーな」

マスターク牧師は俯き静かに首を横に振ってから、顔を上げる。

「しかし、貴方も随分と子どもの相手に慣れていたようですが?」

「いやなに、短い間だったが、ちょいと昔に養護施設で寝泊まりしてた事があってな。ま、単に精神年齢が同じだけだって切り捨てられたりもしたが」

ゼルガはヒナの呆れ顔を思い出しながら苦笑する。同時に、養護施設で知り合った者達の顔も思い出し、苦笑は過去を懐かしむ物へと変わった。

「リカードもここの出身なのか?」

ゼルガがその名を口にした途端、穏やかに微笑んでいたマスターク牧師に緊張が走った。マスターク牧師は一瞬の迷いを覗かせてから、ゆっくりと頷いた。

「ええ。そして今も、ここで暮らしています」

「子ども達と一緒に?」

「無闇に接触させる事は避けていますが、リカードも子ども達を傷付けるような事はしません。……信じられないでしょうが」

「いや、いや。嘘じゃなく本当に、あっさり納得できた。何でだろーな?」

マスターク牧師の問いにひらひらと手を振ったゼルガは、どこか自分の感情を持て余しているように見えた。

しかしゼルガはすぐに落ち着きを取り戻し、紅茶に口をつけて意図して間を作る。マスターク牧師の緊張が部屋に伝播し、絶えず聞こえていた子ども達の笑い声さえ遠のいた。

「……もう、いいんじゃないか?」

ゼルガが重く口を開く。緊張した空気を言葉の意味が伝うには、少し時間を要した。

「TATに決着をつけるべきだと?」

「前の試合で、はっきりした筈だ。いや、もっと前から本当は分かっていたんじゃねーか? リカードの暴走を止められる奴は、もう剣聖しかいねーと」

ゼルガの目を真正面から受け止めながら、マスターク牧師は黙して肯定する。

「先生、あんたは安心したかったんだ。『まだ剣聖がいる。いざというときは剣聖に止めてもらえばいい』ってな。だが、それももう限界だ。この上、ルーキー潰しなんざやっちゃいけねーよ」

一切の言い訳をする余地もなく、図星を指されていた。しかし、まるでマスターク牧師の心を見透かしているかの如きゼルガの言葉に、マスターク牧師を責めるような調子は含まれていない。独特の空虚な笑みは、まるで旧知の友がマスターク牧師の肩を抱くようだった。

「それに、五星でも1、2を争う闘士に勝ったんだ。次はイーロウプ1の闘士と闘るのが筋で、それが闘士の責任ってもんだ」

「……貴方は、リカードを闘士として見て下さるのですね」

「当然。闘り方も勝ち方も目的も、俺個人としては問題があるとは思っていねーからな」

ゼルガの笑みを、心地悪くは感じていない。心の奥へ遠慮なく踏み込む物言いも、マスターク牧師は何故だか受け入れてしまっていた。

「お聞きしたい事があります」

「何だい先生?」

「何故、私の所へ来たのですか?悪逆非道の限りを尽くすリカードとそれを許す私より、優れた人格者でもある皇義さんの方が、説得するのは容易だと普通は思うでしょう。それ以前に、彼の挑戦を私達が受ける事はあっても、こちらの挑戦を彼が受ける可能性は低い筈です」

「それなんだよなー」

ゼルガはやたらに無責任な相槌を返し、椅子に体重を預けた。

「あのイリーナ=ウィズダムがいる剣聖陣営を説得するのが簡単だとは思わねーが、まぁ剣聖にもこれから話を付けに行くつもりだ。だが、何で先にこっちに来たのか、それは俺自身よく分かってねーんだよな、これが」

ゼルガは椅子に身を預けたまま腕を組み、しばらく思案してから口を開く。

「リカードをほっとけなかった。強いて言や、そんな感じだな」

「同じイーロウプの闘士とは言え、赤の他人であるリカードを、ですか?」

「ああ。全く知らない筈のリカードを、だ。俺自身がよく分かってねーから、先生も尚更分からんでも無理はないだろーけどな」

ゼルガが何かを誤魔化そうとしているようには見えない。本心から言っている事だろう。

「もう1つ、よろしいですか?」

「1つなんて謙虚な事言わず、好きなだけ言ってくれていーんだぜ?」

「いえ、これが聞ければ充分です」

マスターク牧師は浮かべた微笑みを消し、真っ直ぐにゼルガを見据えた。

「仮にリカードと皇義さんの試合が決まったとして、もしリカードが勝利したら、貴方はどうするのですか?」

「ああ、そういう事もあるだろーな。そうだな、そん時は……」

背もたれに寄りかかっていたゼルガが、不意に身を乗り出す。

瞬間、マスターク牧師の腕が粟立った。

「そん時はオレが責任持って、あいつを止めてやる」

「……トロスさん?」

ほんの一瞬だった。ゼルガが身を乗り出したその一瞬、マスターク牧師の目にはゼルガがまるで別人のように映った。

「ん? どうかしたかい?」

顔を上げたゼルガは、空虚な笑みを浮かべている。それは間違いなくゼルガの笑みだ。

だが、ゼルガの赤い前髪越しに見たあの目がマスターク牧師の見間違いでない事は、未だ引かぬ鳥肌が証明している。

「いえ、失礼。何でもありません」

マスターク牧師は疑問符を浮かべるゼルガに首を振る。それから心配そうな目でゼルガを見た。

「しかし、本当にそんな約束をしてもよろしいのですか?」

「……ん?」

ゼルガは一瞬何の事かと考えかけ、それからすぐに頷いた。

「ああ。空を飛べば冗談も飛ばすが嘘は吐かないゼルガ=トロスで評判なんだな、これが。やるって言っちまった以上はやり遂げるさ。なにせ、神の家で誓いを立てちまったしな」

明らかに今思い付いたであろう胡散臭い売り文句を掲げて胸を張るゼルガに、マスターク牧師も悪戯っぽい笑みをこぼした。

「ええ。主も聞いていらっしゃいますよ」

「約束を違えたら神罰が下るってか?おっかない事言わないでくれよ、先生」

2人の笑い声に、子ども達の声が混じる。

笑っていたゼルガが、不意に何かを見つけたかのように視線を泳がせた。何を見、何を思ったか、マスターク牧師に向き直ったゼルガの目から推し量る事はできない。

「リカードは止まり方を知らないんだろ? だったら、誰かが止めてやらなきゃ、リカードは休めない」

「……そして、リカードを止めてやれるのは、剣聖の二つ名を持つ皇義さんただ1人、という事ですか」

「そーゆー事だな。だがもう1つ大事なのは、そこまでリカードを導いてやれるのは、先生を置いて他にはいねーって事だ」

まるでリカードをよく知っているかのような言葉だ。全てを察しているようで、自分勝手を適当に言ってるようでもある。

胸襟は開いているのに腹の底がまるで見えない、不思議な男だ。マスターク牧師は話せば話す程に、ゼルガ=トロスという男が分からなくなっていた。それは、それだけゼルガの言葉にかき乱されている、という事に他ならない。

「……少し、考えさせて下さい」

「勿論さ。こっちとしては早まってくれなきゃいいんだ。先生が納得できる答えが出るまで、ゆっくり考えてみてくれ」

ゼルガは空虚な笑みを浮かべて頷き、小さな掛け声と共に立ち上がった。

「もう行かれるのですか?」

「ああ。おちびちゃん達が居るんじゃ、あんまり長居しても悪いしな」

「そんな事はありませんよ。宜しければ、昼食をご一緒にどうですか?貴方と一緒なら、子ども達もきっと喜びますよ」

「そーかい? そーだな、どっちにしろ昼は食うし、それも悪くねーな」

ゼルガが頷きかけたその時、ポケットの中でケータイが鳴り出した。ゼルガはマスターク牧師に断りを入れ、ケータイを取り出す。

ゼルガはディスプレイを見て眉を寄せ、それからすぐに電話を取った。

「もしもし? ええ、俺ですよ」

電話口から微かに漏れてくる女性の声には、何故かマスターク牧師も聞き覚えがあるような気がした。

しかし、聞き耳を立てているわけではないマスターク牧師は、どこで聞いた声かも、当然話の内容も分からない。殆ど電話口の相手が喋りゼルガは相槌を打つ形で話は進み、最後にゼルガは妙に芝居がかった恭しさで礼を述べて通話を終えた。

「……風が向いたな」

ゼルガはマスターク牧師には聞こえぬ小さな声で呟き、ケータイをポケットに押し込む。

「折角のお誘いだったが、ちと急用ができちまった。残念だがこれで失礼させてもらうわ」

「いえ、こちらこそお引き止めしてしまってすみませんでした」

マスターク牧師も立ち上がって一礼し、扉を開けた。

「トロスさん」

「ん?」

振り向いたゼルガに、マスターク牧師は短く逡巡してから、微笑みかけた。

「また、いらして下さいね。子ども達も喜びます」

──どんな結末になろうとも。

言葉には出さずとも、ゼルガには伝わっている。ゼルガは笑みを零して頷いた。

「なぁ、先生」

「はい?」

今度はゼルガが短い躊躇いを見せる番だった。

「……帰る前に、おちびちゃん達の顔を見てってもいーかね?」

「ええ、勿論です」

マスターク牧師が頷き、ゼルガは踵を返す。

──リカードに会わせてくれないか?

無意識に口を突きそうになり飲み込んだ言葉が、ゼルガの中で反芻する。

何故そんな事を言おうとしたのかは、ゼルガ自身にも分からない。


〜闘了〜










次回予告
「こんにちは、セドです。こうした裏工作はゼルガさんの独断場と言ったところですが、どうも様子がおかしいようにも感じます。リカードさんに何かしらの感情を抱いているように見える瞬間がありますが、それが何なのかはゼルガさん本人にも理解できていないようです。過去にリカードさんと何か関係があったのでしょうか? でも、ゼルガさんはリカードさんとは会ったことがない、と言い切ってますし。1つ問題を解決しつつも、1つ謎は残りますね。次回『邂逅』をお楽しみに」









「あれ? 若、あっし、拳の事だなんて言いやしたっけ?」
「……い、言いました! 言ってましたよ間違いなく!」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.13 )
日時: 2010/08/10 20:06 メンテ
名前: 魂蛙

第百七闘:邂逅


『おぉっとこれは危ない! あわや直撃という所でしたが、紙一重で回避しました』

『避けたというよりは、身が竦んだお陰で直撃コースを逸れたって感じですねー』

ヴィジョンから流れる試合中継を除けば、ハルジオ闘技場のラウンジには重苦しい沈黙が降りている。1人分の間を空けてソファに腰掛ける少年と少女は、もう何分もそうしていた。

試合は既に3ラウンドに入っており、盛り上がる試合を闘技場まで来てわざわざラウンジで観戦する者はそうそういない。ラウンジに2人以外の人の気配はないままだ。

少年は何度も少女を横目に見るが、少女は口を真一文字に結んでじっとしている。まるで人形のような、可愛らしい少女だ。少年よりも幼い横顔からは微かな不安も感じ取れるが、確かな意志を持ってここに居るように見える。

息の詰まる沈黙を先に堪えきれなくなったのは、やはり少年の方だった。

「なぁ、君。えぇっと……」

少年は少女に向き直り、独り言と思われぬように大きな声を掛ける。幸い無視はされず、少女も少年の方を向いてくれた。

「あの……どうしてここにいるんだ? 迷子になっちゃったのか?」

年下の子どもの相手には慣れていない少年は、精一杯の笑みを浮かべぎこちなく話し掛ける。少女は口を結んだまま、静かに首を横に振った。

「お父さんかお母さんは? 家族と一緒に来たんだろ?」

少女は小さく頷いた。とりあえず、保護者はこの闘技場にいるらしい。

「トイレか何かに行ってて、帰ってくるのを待ってるのか?」

思い付いた中で一番ありえそうな事を聞いてみるが、少女は首を横に振った。

「家族の人がどこにいるか分かる?」

やはり少女は首を横に振る。それはやっぱり迷子じゃないかと思って少年は問い直すが、やはり迷子ではないと少女は首を振った。

「俺、ライドベルト=シンドー。君、名前は?」

「……エイミー=ヤード」

天使の、という形容すべきか、幼い子だけが持つ美しいソプラノの声が答える。その名を聞いた瞬間、ライドベルトの顔色が急変した。

「エイミー……ヤード……?」

ライドベルトが復唱すると、エイミーは小さく頷く。

その名をライドベルトはよく知っている。それはつい最近、ライドベルトと大きな共通点ができた者の名だ。

「もしかして……エイミーも壱成に会いに来たのか?」

ライドベルトが確信を込めて問うと、エイミーは小さく頷く。

ライドベルトの心拍がにわかに上昇し始めた。この出会いは、決して偶然ではない。

「……お兄ちゃんも、いっせーに会いたいの?」

「……多分、エイミーと同じ事を、剣聖に話したいんだ」

「わたし、いっせーにお願いするの。パパの代わりに、しししんおーをやっつけてって。パパはね、しししんおーに負けちゃったの。でもね、パパ言ってたの。パパは負けちゃうこともあるけど、世界で一番強い闘士なの。だけど、パパはおやすみなさいしてるから、いっせーにお願いするの」

分かっている。エイミーの言いたい事は、よく分かる。

エイミーもライドベルトに何かを感じ取ったのか、懸命に言葉を紡ぐ。ライドベルトはエイミーの一言一言に頷いた。

ライナス=シンドーの子ライドベルトと、アーナッド=ヤードの子エイミー。獅子心王に父親を奪われた2人は、まるで惹かれ合うようにして出会った。

「エイミー! やっと見つけた!」

不意にラウンジに慌てた声が響き、その声に相応しい慌てぶりで少年が駆け込んできた。

「フォルおにいちゃん!」

「よかった……。探したんだよ、エイミー」

少年はエイミーの肩を抱き、心から安堵したように頭を撫でる。ずっと緊張した面持ちだったエイミーも、少年が現れて初めて笑顔を見せた。

エイミーの無事を確かめると少年はライドベルトを振り返り、丁寧に一礼する。

「君がエイミーを見つけてくれたんですか? 本当にありがとうございました」

「あ、いや、俺は……」

「俺、フォルロンド=インハーリッツっていいます。えっと、エイミーの兄……みたいなもので」

「ライドベルト=シンドーだ。俺はちょっと声かけただけで、そんな大した事はしてねぇんだ」

フォルロンドが差し出した手をライドベルトが握り返す。ライドベルトと背丈もさほど変わらず同じ年頃のようだが、兄という肩書きのせいか落ち着いていて大人びて見えた。

「……もしかして、『あの』エイミーのボーイフレンドか?」

ライドベルトは握っていた手を離し、思わずフォルロンドを指差す。フォルロンドは一瞬驚いて目を丸め、すぐに苦笑を浮かべた。

「多分『その』エイミーのボーイフレンドです」

それは2年前の事である。

シーズン半ば、アーナッド=ヤードは当時イーロウプランキング3位の古豪ガーム=レンセンと重賞を賭けての大一番を迎えた。共に接近戦を得意とする格闘型闘士であり、重賞大会の決勝に相応しい激しい格闘戦が予想されたが、蓋を開けてみればアーナッドの圧勝という決着で勝負は幕を閉じた。

劇的な勝利の秘密を解き明かすのには、勝利者インタビューすら不要であった。試合の最中、暴走に近い猛攻を見せたアーナッドは、ずっと叫んでいたのだ。「エイミーは嫁にはやらん」と。その迫力たるや、百戦錬磨のガームをたじろがせる程で、言われなき殺意すら込められた攻撃に、老獪な古豪が全くといっていいほど手を出せなかったのだ。

当時まだ3歳であったエイミーが、最近お隣に越してきた近い年頃のお兄ちゃんに遊んでもらった、というどこにでもある微笑ましいエピソードが事の真相である。しかし、これが娘を目に入れても痛くないどころか嬉し涙を目の幅で流す馬鹿親の闘争本能に、点けてはいけない火を点けた。結果、古豪をものともしない恐るべき力をアーナッドにもたらし、「この時のアーナッドこそTAT史上最強」と未だに語り草になる程の暴れっぷりを見せたのだ。

これが通称「エイミーは嫁にはやらん事件」である。因みに、ガームはこの試合をきっかけに世代交代の時が来た事を悟り、このシーズン限りで闘士生活にピリオドを打っている。

1人の偉大な闘士を引退に追いやりTAT史に名を刻んだ、その事件に出てくる「お隣のお兄ちゃん」こそ、このフォルロンド=インハーリッツであった。

「さあエイミー、戻ろうか。お母さんが凄く心配してるよ」

フォルロンドがエイミーの手を引くが、エイミーはそれに抵抗してその場を離れようとしない。

「エイミー……?」

エイミーがこんなにもはっきりと反抗した事はないのだろう。フォルロンドは驚きを滲ませてエイミーを見下ろす。エイミーはぐっと口を結び、無言のまま強い抗議をつづけている。

「エイミーはまだ、目的を果たしてねぇんだ」

ライドベルトはフォルロンドの肩を叩き、エイミーの代弁をする。

こんな誰もいない場所に、エイミーは何の用があるのというのか。想像がつかず、フォルロンドは無言でライドベルトを見つめる。

「偶然通りすがるのを待ってた。それで駄目なら諦めるつもりだったんだが、そうも行かなくなっちまったな」

ライドベルトの言葉は要領をえず、フォルロンドはただ首を傾げる。フォルロンドの疑問には答えず、ライドベルトはエイミーの方を向いた。

「待っててもダメだ。こっちから会いに行くぞ」

エイミーはライドベルトに頷き返し、先にラウンジを出るライドベルトを追って歩き出した。フォルロンドも理解が追いつかぬまま、慌てて追い掛ける。

「ちょっと待って! エイミー! 会い行くって、誰に!?」

「壱成=皇義にだ」

「剣聖に……?」

ライドベルトが振り返り答えると、フォルロンドがはっとなる。突然エイミーが闘技場に生きたがった本当の理由。普段は駄々をこねるような子ではないエイミーが涙まで流し、母親が夫を奪ったTATなど見たくはない事を理解しながら、それでも無理矢理闘技場まで引っ張ってきたエイミーのその真意を、フォルロンドはようやく理解した。

「そっか……」

フォルロンドは何か言いかけたライドベルトを制し、エイミーの前でしゃがむ。じっとフォルロンドを見つめるエイミーの瞳は、強い強い意志を宿している。この瞳は、きっと自分には説得できない。

しかし、エイミーがいなくなったと気付いた時のエイミーの母リンディの取り乱した顔を思い出すと、フォルロンドの胸は締め付けられる。最愛の夫を亡くし、その上一人娘まで失ってしまったら。最悪の想像がよぎり、涙を浮かべたリンディの気持ちを考え、フォルロンドの中を葛藤が渦巻く。

「……エイミー。エイミーのお母さんがね、心配してるんだ。エイミーが急にいなくなっちゃって、本当に、本当に凄く、エイミーの事を心配してるんだよ」

母という言葉に、ほんの少しエイミーの瞳が揺らいだ。母を心配させる罪悪感に、小さな心が苛まれているのが、はっきりと感じ取れた。

その罪悪感を剥がすように、フォルロンドは優しくエイミーの頭を撫でる。

「だから、剣聖に会った後で、お兄ちゃんと一緒に、お母さんにごめんなさい、できるよね?」

言葉の意味を飲み込むようにしばらく間があってから、エイミーはしっかりと頷いた。フォルロンドも頷き、優しい笑みを浮かべる。

2人の様子を見つめるライドベルトにも、罪悪感がこみ上げていた。

エイミーの母親の事など、欠片も考えてはいなかった。大事な家族を失う苦しさはよく知っているのに、まるで自分の都合しか頭になかった。

「あの……ごめんな」

「え?」

「エイミーのお母さんの事とか、全然考えてなかった」

いきなり頭を下げられ驚いたフォルロンドだったが、すぐに微笑みを浮かべて首を振る。

「エイミーやライドベルト君の気持ちも、少しは分かってるつもりだから」

フォルロンドが言いながら、エイミーの肩に手を置くと、エイミーもフォルロンドの腕にすがるように体を寄せる。

その様子があまりに自然で、ライドベルトは数年前の自分と年の離れた姉を思い出していた。武術の師でもありライドベルト以上に気も強い姉は、ライドベルトにとって父親代わりのような存在だ。

今日も一緒に闘技場に来ているのだが、エイミー同様急にいなくなった自分に、今頃呆れ半分に怒っていることだろう。後の事を考えるとライドベルトは気が重くなるが、それは元々覚悟した上でここにいるのだ。今は考えるまい、と自分に言い聞かせる。

「2人は本当の兄妹みたいなんだな」

「ウチの両親は共働きで、俺はエイミーの家に預けられる事が多くて。だから、エイミーは本当の妹だと思ってるんだ」

照れたように身をすくめるエイミーの笑みは同意の現れだ。恥ずかしげに、しかし本当に嬉しそうな笑顔に、ライドベルトまでくすぐったくなる。

「さ、急ごうぜ」

「ちょっと待って、ライドベルト君」

「ああ、ライドでいいよ」

「じゃあ、俺の事はフォルって呼んで」

フォルは嬉しそうな笑顔で頷き、ライドを呼び止めた理由を思い出し慌てて追い掛ける。

「会いに行くって、控え室に直接行くつもりなの?」

「ああ。それが一番手っ取り早くて確実だろ?」

「でも、控え室やセコンドルームは関係者じゃないと入れないよ。警備の人だっているんだし……」

「だからって簡単に諦められるかよ」

振り返ったライドは、強い意志と自信を持ってそこに立っている。

「やりもせずに諦めるなんて、俺にはできねえよ」

「ライド……」

「とりあえずやってみて、それでダメだったら他の手を考えようぜ」

ライドは胸を張って力強く歩き出すと、フォルもなんだかやれそうな気がしてくる。ライドの頼もしい背中を追って、フォルもエイミーの手を引いて歩き出した。

しかし。

「ダメだよ、僕達。ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ」

やはり警備員によって足止めされてしまった。

「頼むよ! 俺達どうしても壱成と話したいんだ!」

「そうは言っても、これは規則なんだよ。試合前の時間は、闘士にとって集中力を高める大事な時間なんだ。それに、皆が闘士に会いに行ったら、特に剣聖みたいな人気闘士だと大混乱が起きて、試合どころじゃなくなるだろう? 君達だけ特別扱いはできないんだよ」

これだけ正論を並べられれば、ライドも返す言葉を見つけられない。それでも目だけは諦観を帯びず、力強い眼差しを警備員に投げかける。

「……参ったな」

無言の訴えに警備員は困惑しきり、救援を求めて辺りを見回す。こんなタイミングで用足しに行ってしまった同僚は、まだ帰ってこない。

その時若いアルバイト警備員の目に映ったのは、真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる男。しかし、それは彼の求める同僚ではない。

男は少し駆け足になり、燃えるような赤毛の髪を揺らしながら走り寄ってくる。

「ほら言わんこっちゃない! お前達、だから先に言ってもダメだって言ったろーが」

訳知り顔の笑みを浮かべてその男、ゼルガ=トロスはハルジオ闘技場に現れたのであった。


〜闘了〜









次回予告
「セドです。拳君とはいい友達です。本当に。それはさておき、5年前のリカードさんの脱走事件の際に殉職したライナスさんの息子さんが、アーナッドさんの愛娘エイミーちゃんとともに登場です。2人の出会いはまさに偶然か運命の悪戯か。とにかく、この2人が出会って、何も起きないとは思えません。次回『帯同』をお楽しみに」











「まったく、こんな小さな子どもでも出番を勝ち取ってるというのに、若ときたら……」
「……え? 俺怒られるんですか?」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.14 )
日時: 2011/06/23(木) 00:27:54 メンテ
名前: 魂蛙

第百八闘:帯同


聖シリルディア教会を後にしたゼルガは、タクシーを呼び出していた。昼食を返上で目指す目的地は、ハルジオ闘技場だ。

教会でゼルガのケータイに電話をかけたのはアリアだった。メールのやり取りなら時折するが、アリアから電話がかかってくることは珍しい。

「もしもし、アリアです。ゼルガさんですか?」

「もしもし? ええ、俺ですよ」

「お嬢様、どうかしましたか?」

「大した事ではありませんわ。ゼルガさん、今どちらにいらっしゃいますか?」

「俺ですか? そうですね、今は神の御前に」

くすくすと笑う声がゼルガの耳を擽る。電話をかけるという事は、それなりに急な用件があるのだろうが、こんな時もアリアはマイペースだ。分かっていておどけるゼルガもゼルガではあるが。

「そうでしたの。それで、その神様はハルジオ闘技場の近くにいらっしゃいますかしら?」

「ハルジオの? そうですね、急いで行けば1時間ちょっとってところですかね。……闘技場で何か起きてるんですね?」

「ええ。リンダ=ヤードさんが娘さんを連れて、ハルジオ闘技場に来ているのを、偶然知人が見かけたという話を聞きまして」

アリアは「偶然」と「知人」を少し強調する。あからさまに不自然だが、ゼルガもそこを追求はしない。知人が誰で本当に偶然であるかどうかは、重要なことではない。

少し考えたゼルガから、先ほどまでのおどけた雰囲気が消えていた。

「確か……今日は、剣聖の試合がありましたよね?」

「その通りですわ。その上、その方はライドベルト=シンドーさんと彼のお姉様の姿も見かけたとおっしゃっていましたわ。興味深い偶然だと思いませんか?」

「ライドベルト……。ライナス=シンドーの息子か」

ゼルガが小さく呟くと、アリアが肯定した。ゼルガは何かを考え、やがて笑みを浮かべる。

「面白い話を聞かせてもらいました。お嬢様と知人の方に感謝しますよ」

「いえいえ。私は偶然耳にした話を、ゼルガさんにお伝えしようと思っただけですわ」

「それじゃ、偶然にも感謝しなくちゃいけませんね。さて、それじゃ俺はちょっと急ぎの用件ができたので」

「ええ。ゼルガさんの健闘をお祈りしています。……そうですわ。後で、ハルジオ闘技場の本日の試合スケジュールを、メールでお送りしますわ」

「助かります。そうだ、今度一緒に食事でもどうですかね?」

「あらあら。予定を空けなくちゃいけませんわね。ヒナさんやクルーの皆様にもよろしくお伝え下さい」

これはいつものやり取りだ。ゼルガも2人きりで食事をしようと本気で思っているわけではなく、実際にクルーの面々を連れアリアとラーメンを食べに行ったこともあった。

「そのお言葉だけで、ミノウズやケンタロウは天にも昇っちまいますよ」

「まあまあ。それではゼルガさん、御機嫌よう」

「ええ。御機嫌よう、お嬢様」

かくして、ゼルガは予定を切り上げてハルジオ闘技場にやってきた。勿論、ここに来ているというライドベルトとエイミーに会うためだ。

剣聖の試合があるだけに、客席は満員だろう。そんな中から、人を探し出すのは極めて困難である。

しかし、入場したゼルガが真っ直ぐ向かったのは、人気の無いラウンジ方面だった。無人のラウンジを抜けると、その先は闘士の控え室やセコンドルームに繋がる闘士関係者専用の通用口がある。

ゼルガの耳に届いたのは、何かを訴える少年の声だ。歩を早め通用口へ急ぐと、見えてきたのは3人の子どもの姿だった。

「ビンゴ!」

ゼルガは口元を吊り上げ、小さく拳を握る。

1つ気合を込めるように呼吸を整えたゼルガは、大仰なアクションで肩をすくめながら、警備員と押し問答を続けていたライド達の元へ駆け寄った。

「ほら言わんこっちゃない! お前達、だから先に言ってもダメだって言ったろーが」

振り向いたライド達が、何かを言いかける。しかし、突如として現れたゼルガは、まるで全てお見通しだ、と言うような笑みで子ども達を制した。

「あーっと、言い訳は無しだ。お前達だけじゃ入れないって言っただろ?」

ライドとフォルは顔を見合わせ、エイミーは見知らぬ赤毛の男に怯えるてフォルにすがる。全く状況を把握できていない3人の間を割って通り、ゼルガは警備員の前に立った。

「あの……? ゼルガ=トロスさん、ですよね? ルーキー闘士の」

「悪ぃな。今日はご覧の通りプライベートで来てるんで、サインはしてやれねーんだ」

あからさまな程にゼルガらしい、肯定の代わりのその返答が、ゼルガ=トロスである事を証明する。

いきなりしゃしゃり出てきた男の正体が分かっても、ライド達にとって状況は不透明なままだ。黙って成り行きを見守るしかなかった。

「そちらのお子さん方は……」

「こっちの気の強そうなのはウチのクルーの甥っ子で、そっちの兄妹はそのダチだ。一度も生でTATを見たことがねーってんで、今日は俺直々に家族サービスってわけなんだな、これが」

ゼルガは淀みなくライド達を紹介してのける。当然、1から10まで真っ赤な嘘である。

「そうなんですか。しかし、今日は試合をなさらないんでしたら、ゼルガさんと言えどお通しするわけには――」

「――聞いてないか?」

警備員を遮り、ゼルガは目を丸める。さも驚いた、と言いたげに。

「おっさん……ああ、デアー=アジェドの試合があるだろ? それで、同じルーキー組として陣中見舞いに行ってやろーかってな話になってんだが」

「そちらのお子さん方は、剣聖に話があると仰ってましたが」

「お前らなぁ……」

警備員が首を傾げると、ゼルガは大きく肩をすくめ、嘆息と共に肩を落としてライド達を振り返った。

「剣聖にはもしかしたら会えるかもっつっただけだろーが。そりゃ通しちゃもらえねーよ」

言葉は呆れ交じりに言いながら、ゼルガはライド達に笑みを見せる。警備員に背を向け唇の動きだけでまぁ見てな、とライド達に伝えてから、ゼルガは警備員達に向き直った。

「そーゆーわけなんで、ちっと通してもらっていーよな?」

「あの、こちらに話が来てないので、一応デアーさんに確認を取ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、俺達ゃ構わねーけどよ、そろそろおっさんはセコンドルーム入りの時間になっちまわねーか?」

ゼルガがケータイを開くと、警備員も釣られて腕時計に目を落とす。確かに、ゼルガの言う通りだ。ただし、ゼルガが確認したのは時間ではなく、メールに記載されたハルジオ闘技場の今日の試合スケジュール表だったが。

「あんまりごたごたする時に押し掛けると、5分の遅れが15分、30分に膨れちまう。30分も試合が遅延したら、そりゃ流石に問題だよな?」

ゼルガはあくまで申し訳なさそうに、しかし警備員にきっちりプレッシャーを掛ける。30分も試合を遅延させる責任は、しがないアルバイト警備員の彼にはあまりに重すぎる。脳裏をよぎる重責に警備員が怯んだ瞬間を狙い撃ちに、ゼルガはライド達をちらりと見やりトドメとばかりに呟く。

「30分じゃ、諦めるしかねーかな……」

それだけでも罪悪感煽る子ども達の不安げな視線が、効果てきめんであった。もっとも、子ども達の不安の原因が目の前のゼルガである事を、警備員は知る由もないが。

「わ、分かりました! どうぞ、お通り下さい!」

「お、何か悪ぃな!」

プレッシャーと罪悪感で心が遂に折れた警備員が、慌ててコンパネを操作し扉を開ける。その後ろで、ゼルガが「ぅしっ」と小さく拳を握った事には勿論気付いていない。

そうして、ゼルガは呆気に取られるライド達を引き連れ、警備を突破したのであった。

ゼルガは暫く廊下を歩き、それからライド達を振り返った。

「さて、まずは自己紹介から行っとくか。俺はゼルガ=トロス。さっきも言った通りTAT闘士だ」

「知ってるよ。萌芽杯でソリット=セブンリッジに負けた闘士だ」

「否定はできねーな」

露骨に警戒するライドの言葉を、ゼルガは軽く受け流す。

「で、お前さんがライベルト=シンドー。お嬢ちゃんがエイミー=ヤード。それと噂のフィアンセ、フォルロンド=インハーリッツだな?」

ゼルガはライド、エイミーと順に見下ろし、フォルを見てからかうような笑みを浮かべる。フォルはただ苦笑しながら1つ会釈した。

「さて、まずはお前さん達の保護者に連絡したいんだが、連絡先は分かるか?」

「何であんたに教えなきゃならないんだよ?」

「いや、別に俺に教えなくてもいーんだがな。ただ、俺がお前さん達と一緒にいるのをあそこの警備員が知ってるからな。このまま迷子の放送でも流されると、俺は下手すりゃ誘拐犯だ」

フォルは素直に頷いてケータイを取り出す。しかし、電話をかけようとしたフォルを、ライドが止めた。

「その前に、あんたの目的を教えてくれよ。なんで俺達を手助けするような事をした?答え次第じゃ、本当に誘拐犯になってもらうぜ」

「そんなに嫌ってくれるなよ。利害が一致してるから、ちょいと手を貸しただけだ。理由は違えど願いは1つってな。そんなわけで俺が手伝い、お前さん達は目的を果たす。それでいいだろ?」

ライドはじっとゼルガを睨み、抑えていたフォルのケータイから手を離した。しかし、ライドはまだ警戒を解かない。一丁前に間合いを計り、今にもゼルガに飛びかかりそうだ。

フォルがリンダに電話を掛けると、ゼルガは自分を監視するように睨んでくるライドを促す。

「お前さんもほら、分かったら連絡してくれ」

「ケータイは持ってない。けど、心配しなくていい」

「ここに来た目的は姉ちゃんも承知してる、か?」

言葉を先取りされ、ライドの警戒はますます強くなる。

「どうして俺達の事を知ってるんだ?」

「アーナッド=ヤードもライナス=シンドーも、偉大な人だからな。ちょいと調べりゃ、情報は出てきちまうもんさ」

「そうじゃない。俺達が今日ここに来ているの、どうやって嗅ぎ付けたんだよ?」

「嗅ぎ付けるって、ハイエナみてーな言われようだな」

ライドは違うのか?と言わんばかりに鼻を鳴らす。ゼルガは大したショックも受けてなさそうな苦笑で返した。

「そーだな。風向きが変わったんで、流れに乗ってきたってとこだな」

「風向き?」

「剣聖対獅子心王の実現へ向かう風だ。今この風に乗らなきゃ、色々と手遅れになってるだろーからな。だからこーして、お前さんに睨まれに来たってわけだ」

ライドは曖昧かつ抽象的な言葉で、煙に巻かれた事に気付いていない。ゼルガと舌戦で張り合うには、ライドはまだ子どもであった。

しかし、負けん気の強いライドは、ゼルガの余裕が崩せないのが納得できない。

「あんたも闘士なんだろ? 獅子心王と闘りたいとか、ちょっとは思わないのかよ?」

皮肉を込めた問いに対して、ゼルガの反応は、意外な物だった。

絶えず浮かべていた笑みは消え、瞳は遥か彼方を映し、背けた横顔はまるで別人のようだ。

「……ああ、そうだな。あいつとは、できれば闘りたくない」

呟くような言葉には、それまでの飄逸とした調子も、獅子心王への恐怖もない。ただただ実感のこもった言葉に、ライドは二の句を詰まらる。丁度電話を終えたフォルも、ゼルガの様子に違和感を感じて声を掛けられなかった。

その沈黙を破ったのは、ゼルガでもライドでもない第三者であった。

「ゼルガ……? ゼルガじゃないか」

廊下の向こうから現れたのは、アンダーウェア姿のデアー=アジェドだ。

「……お? よう、おっさん!」

ゼルガが振り返ると、デアーは思わず立ち止まり眉を寄せる。

「……ゼルガ=トロス、だよな?」

「おいおい、先月の死闘をもう忘れたのかよ?ボケるにはまだ早いんじゃねーか?」

ゼルガが口角を吊り上げると、デアーは誤魔化し笑いを浮かべて首を振った。

「ああいや、悪いな。私服姿だったから、少し違和感があったのかもしれん。……しかし、ゼルガ」

「ん?」

ゼルガの後ろには、同じ年頃の少年2人に、少年より幼い少女が1人。デアーは3人を順に見やり、若干引き気味の苦笑を浮かべた。

「……若気の至りというのも分からんではないがな。女遊びは程々にしといた方がいいと思うぞ。流石に」

「ちょっと待てぇい! 断固潔白を主張する! ったく、どいつもこいつも俺をどーゆー目で見てやがんだ」

ゼルガが抗議の声を上げると、デアーは愉快そうに笑い出した。

「冗談だ。それで、何でここに居るんだ? まさか、俺の激励に来たわけでもあるまい」

「おう。そーゆー建前で警備を抜けてきた」

「……そういう事は正直に言わなくていい」

堂々と胸を張るゼルガに、デアーは呆れ気味の嘆息をこぼした。1本やり返し、ゼルガは満足げに笑う。

「ついでに応援してくかってくらいにゃ考えてたけどな。しかし今日の相手、名前はなんつったっけ?」

「ダリオ=ディルだ」

「そうそれ。ランキングはやや上だが、実力で考えりゃおっさんの負けはまずないだろ。おっさんみてーなタイプは、格下相手に勝ち星取りこぼす事はそうそうねーからな。ま、そん代わり格上相手にはあっさり負けたりするんだが」

「それはあれか、『萌芽杯で勝った俺は格上だ』とでも言いたいのか?」

「んー……そりゃ、結果が語ってるだろ?」

「相変わらず、口の減らん奴だな」

ゼルガがおどけると、デアーはその胸を拳で小突いた。

萌芽杯の舞台で1度会っただけの2人が、気心の知れた友のように笑い合う。たった1度の試合が、2人の心を通わせていた。全力を尽くして闘う事が、闘士にとっては何にも勝るコミュニケーションになりうるという好例だろう。

「その余裕も今の内だけだ。この大会でランキングを上げた暁には、真っ先にお前にリベンジしてやる」

こうして親しげに談笑してても、そこは闘士として負けっぱなしでは終われない思いも当然ある。

目標を眼前にして、デアーに新たな気力が満ちてきたようだ。闘志を発散するデアーに対し、ゼルガは若干申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。

「その気勢は充分に買うが、リベンジは暫くお預けになるかもな」

「お預け? どういう意味だ?」

「とと、これはまだ秘密だった。ま、来月のお楽しみって事で」

ゼルガは試合の中で見せる笑みを浮かべ、あからさまに勿体つける。こうなれば聞いても無駄と悟り、デアーも追及はしない。

代わりに、ゼルガの腕を遠慮がちにつついたのはフォルだった。

「あの……」

「ああ、すまん。時間が無いんだったな。先に行っててくれ。場所は分かるか?突き当たりを左に行きゃすぐだ」

ゼルガは廊下の向こうを親指で指す。もう一度促すと、3人の子ども達が小走りに駆け出す。ライドは最後までゼルガを疑り深く睨み、フォルは丁寧に頭を下げ、エイミーはフォルの手を握ったまま。

その小さな背中を、ゼルガはじっと見送る。

「突き当たりを左に行ったら、金獅子の……ゼルガ! 今の子はまさか、エイミー=ヤードじゃないのか!?」

同じようにエイミーの後ろ姿を見ていたデアーがはっと気付き、ゼルガを振り返る。頷く代わりにその笑みで肯定するゼルガの思惑を察して、デアーは呆れ混じりに感嘆する。

「突拍子もない事をやらかすのは知っていたが、闘技場の外でもここまでやっていたとはな」

「五星の連中が高見の見物を決め込んでる今しか、チャンスはないからな。やれる事はなんだってやるさ」

「……大した男だ。お前のやる事には、つくづく驚かされる」

「だが、俺にできるのはここまでだ。あとは、あいつら次第だ」

ゼルガの言葉には確信が込められている。既に、手応えは掴んでいた。

水面下を飛ぶ紅鳥、未来を見据えハルジオに笑う。


〜闘了〜








次回予告
「こんにちは、セドです。久しぶりにデアーさんが登場しました。この人も萌芽杯1回戦落ちとは言え、準優勝のゼルガさんと互角以上の闘いをした人です。その実力は、決して侮れるものではないでしょう。……まあ、同じ1回戦落ちの俺が偉そうに言うのもどうかというところですけど。しかしエイミーちゃんにライド君、ここに縦横無尽の活躍を見せるゼルガさんが加わり、本当に壱成さんを動かせそうな気がしてきました。次回『俊童』をお楽しみに」























「そう考えてみると、若の戦績ってあんまり大した物じゃありやせんね」
「色々と失礼なので撤回して下さい」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.15 )
日時: 2010/11/26 17:57 メンテ
名前: 魂蛙

第百九闘:俊童


戦後イーロウプ最大級の都市ハルジオは、その象徴とも言える闘技場がある東側を商業区とすれば、西側は居住区である。中心街を越えると途端に平野が広がる東側に対し、西部は広域に復興作業が行き渡り、多くの所謂上流階級の人々が暮らしている。

壱成=皇義もまた、このハルジオ西部の住人である。とは言っても、電車1本でハルジオ闘技場まで行ける利便性を考慮して、セコンドのイリーナ=ウィズダムが用意した高層マンションの一室に暮らしているだけなのだが。

1人暮らしにはやや広く、自分には勿体なくもあって落ち着かないが、壱成は差し出された物に文句を付ける程小さな男ではない。しかし、平屋でできれば木造の家の居間の方が、自分には性に合っている。リビングのソファに腰掛け、夜景を見下ろしながら番茶を飲むと、そう思ってしまうのは事実である。

壱成本来の我が家と呼べる場所はハルジオ東部に、闘技場がある中心街よりももっと東にあった。しかし、それも大戦時に焼き払われている。今の壱成には、帰るべき場所はない。

ただ、居場所を求めて。ただ、武を極める場所を求めて。壱成は武の道を辿り、行き着いたのがTATだった。

幾多の強者と闘い、TATの頂点にも立った。しかし、未だ武道は極まらず。そればかりか、己の武を見失いつつあった。

ただ剣を振り回すが武ではない。それはただの蛮力だ。欲望のままに振るわれる暴力、それを制するのが武力だ。

ならば、警察のように暴力と対峙するのが武道か。それは否だ。力ある者にとって、それは正しき道の1つではあるだろう。しかし、壱成は力ある者ではなく、力を求める者だ。

TATは同じように力を求める達が多く集う場所だ。ここでならば、武道の果てにある物を見つけられる筈。そう信じて闘ってきた。

しかし、求める答えは未だ遠い。それは己の未熟さ故か、或いは道を誤ったのか。

壱成の胸に去来するのは、今日会った子ども達の言葉だ。獅子心王に父親の命を奪われた子ども達のひたむきな眼差しは、今も壱成を捉えて放さない。




ライドが先頭を切って控え室の扉を開いた。3つ並んだ長机に、縄張りを主張するように間を開けて座る闘士達。少し驚いた闘士達の視線が、ライド達を怯ませる。

しかしライドはぐっと歯を食い縛って無数の視線の中から壱成=皇義を見つけ出し、フォルとエイミーを振り返り、深く頷く。ライドは息を吸い込み、それから壱成に向かって歩を踏み出した。

「ちょっと坊や達? どうやって入ったのかしら」

壱成の前に辿り着く前に、イリーナ=ウィズダムが割り込んできた。

「壱成=皇義に、話があるんだ」

「あのね。ここは関係者以外は入っちゃいけないの。私がついて行ってあげるから、早……」

イリーナは言いかけて、エイミーを目に止めて凍り付いた。

「あなた、もしかして――」

「――イリーナ。通してあげてくれ」

壱成はイリーナを遮り、椅子から立ち上がった。

「私は構わない。この子達は、大事な話をしに来たようだ」

ライド達と壱成が、真っ直ぐに見つめ合う。張り詰めた緊張感は、瞬く間に控え室全体に伝播した。

何か言いたげなイリーナだったが、結局1つ嘆息して道を開ける。壱成に促され、ライド達は壱成の前の席に着いた。

突然の来客に控え室の闘士の視線が集まる。ライド達の緊張をほぐすように、壱成が微笑を浮かべた。

「私が壱成=皇義だ。まずは君達の名前を、教えて欲しい」

「ライドベルト=シンドー」

「フォルロンド=インハーリッツです。……ほら、エイミー」

「……エイミー=ヤード」

ライドの名を聞いてイリーナの顔が強張り、フォルが促しエイミーが名乗ると控え室に息を飲む音がいくつも上がる。動揺がないのは、壱成だけであった。

控え室が小さくざわめき始めるが、壱成が再び口を開くと、それはすぐに収束する。

「ライドベルト、フォルロンド、エイミーだね。それで、話というのは、何だろうか」

壱成が柔らかく訪ねると、ライド達は顔を見合わせる。1つ頷いたライドが、顔を上げて答えた。

「……獅子心王と、闘って欲しいんだ」

はっきりと、真っ直ぐに、ライドは壱成に言葉をぶつけた。

言葉を受け止め、壱成の表情から笑みが消える。壱成は真剣な眼差しでライドを、フォルを、エイミーを見つめる。

「獅子心王リカード=ノーマンを倒して欲しい」

「ちょっと、君! 自分が何を言ってるか――」

「――イリーナ。この子達は、覚悟を持ってここまで来ている。相応しい誠意を持って、最後まで聞くべきだ」

イリーナの非難の声も壱成が遮った。

イリーナは言葉を飲み込む。見れば、一番幼いエイミーは怯えているが、ライドとフォルは真剣な表情を全く崩していない。子どもを相手に声を荒げた事を恥じて、イリーナは「ごめんなさい」と謝り身を引いた。

再び、壱成が子ども達を見つめる。子ども達は話の流れを切られ、言うべき言葉を見失っていたが、やがてライドが口を開く。

「ライナス=シンドー……俺の親父は警察官だったんだ。無茶苦茶強くて、格好良くて、俺にとっては憧れで目標だった。でも……あの事件で親父は殺された。あのリカードに」

ライドは奥歯を噛み締め、堪えきれない怒りと憎悪を滲ませる。

ライナス=シンドーの名と事件の事は、壱成もよく知っている。1つ頷き、壱成はそれを示した。

「親父がリカードなんかに負ける筈ないんだ。絶対に、親父はそんなに弱くない。でも親父は闘士じゃなくて警察官だから、市民を守るのが親父の仕事なんだ。1人の犠牲も出さなかった親父が、リカードより弱いわけないんだ」

「……よく分かる。君のお父上は勇敢だった。とても立派で、偉大な男だった」

剣聖と呼ばれ誰もがTAT最強の男と讃え、自分もまた強い男だと認めている壱成に、父親が1人の男として認められる。その瞬間、ライドはどれだけ報われた事だろうか。

表情を強張らせていた憎悪が溶けるように消え、ほんの僅かだが涙を浮かべる。ライドは零しそうになった涙をぐっとこらえ、壱成を見上げた。

「あの頃は何にも知らなかったけど、親父が命を張って捕まえたリカードは、何の裁きも受けず、病院に行っただけだった。責任能力がないとか、俺にはわけが分からない。あいつは5年間ただ入院してただけで、戻って来た。獅子心王のまま、あいつは何一つ変わっちゃいない」

ライドは拳をテーブルに叩きつけながら吐き捨てる。固く握った拳を爪が食い込み、堪えきれない憤りが震わせた。

「リカードが何の償いもせず、いずれ帰ってくると知った時、決めたんだ。今度は俺が止めてやるって。親父の代わりに、俺がやるんだって。……でも、俺は弱すぎて話にならない。悔しいけど、俺が強くなるまでなんて、もうそんな時間はない。これ以上、親父のやった事を無駄にしちゃいけないんだ。だから、お願いだ。もう、あんたにしか頼めないんだ」

ライドはテーブルに手を着き、深く頭を下げる。若干8歳の少年が、それをしていた。

誰に教わったわけでもない。ただ思いを託したい一心で、そのライドは姿勢に至ったのだろう。
ライドの言葉をしかと聞き、壱成は静かに目を閉じる。再び開かれた目は、今度は優しくエイミーを見つめた。

フォルに促されても、萎縮したエイミーはなかなか言葉を出せない。微笑を浮かべた壱成が、代わって口を開いた。

「君のお父上は、よく知っているよ。とても強かった。家族を深く愛し、それを力に変えられる。君のお父上は、そういう強さを持った闘士だ」

同じ闘士から見た、闘士としての父。それはエイミーが初めて知る父の姿だ。

「いつもね、パパは世界一なんだって、言ってたの」

「ああ。幾度も手合わせをした私が保証する。君のお父上は、間違いなく世界一の闘士だ」

TATの事はよく分からない。でも、大好きな父は、やっぱり世界で一番だった。

壱成の言葉に嘘はない。言葉に混じり気のない敬意を、子ども特有の感覚で感じ取り、エイミーは微かに笑った。

アーナッドが試合の為に出掛けようとして、エイミーがもっと一緒に居たくてぐずった時の事だ。泣きじゃくるエイミーを抱き上げ、アーナッドが言った言葉がある。

――よーしよし、泣くなエイミー。いいか、目を閉じて、パパの事を思い浮かべるんだ。……パパが見えるか? 見えたら、パパはそこにいる。パパはエイミーが大好きだ。どんなに遠くに居ても、絶対にエイミーの傍から離れたりしない。だから、寂しくなったら、目を閉じてパパを思い出すんだ。パパはいつでも、必ずそこにいる。

目を閉じると、優しい笑顔が浮かぶ。今も、パパはここにいる。

「ママが、パパはもう闘えなくなっちゃったって、言ったの。だから、パパの代わりに、しししんおーをやっつけて!」

エイミーは感情が高ぶってしまい、目に大粒の涙を浮かべる。

「いっせー……お願い……」

「ちゃんと言えたね。よく頑張ったよ」

エイミーは堪えきれず泣き出してしまう。しゃくりを上げるエイミーを、フォルが抱き寄せた。

フォルはエイミーの何度も頭を優しく撫で、それから壱成に向き直った。

「皇義さん、俺からもお願いします。俺にとっても、アーナッドさんはもう1人のお父さんみたいな人で……。どうか、アーナッドさんの無念を、晴らして欲しいんです。無茶と無礼は俺達皆、承知してます。俺にはエイミーを守る事はできるけど、獅子心王と闘う事はできない。皇義さんにしかできない事だから、お願いします」

3人に思いの丈をぶつけられ、壱成は1つ頷いた。

言葉はないが、子ども達の目は必死に訴えかけている。壱成はその視線を静かに受け止めた。

「ライドベルト。君は、お父上の代わりにリカードを止める。倒すのだと言ったね。それがどういう意味なのか、本当に分かっているか?」

「だから俺は、闘士を目指して修行してる」

ライドは迷わず答えた。その目に宿る光は強い決意の表れだが、同時にそれを支える暗い覚悟も見て取れる。

その意志の強さの前に、安易な言葉は何の意味も持たない。壱成はただ哀しい嘆息を1つ落とした。

「君達の思いは、充分に伝わった」

そこから続く言葉を予想して、ライド達が期待に目を輝かせる。だが、壱成は「しかし」と反語で言葉を繋いだ。

「私は死が恐ろしい。君達のお父上のように、勇敢にはなれない」

10年前であれば、きっと二つ返事で頷いていただろう。だがそれはアーナッドやライナスと同じように、死の恐怖を乗り越える勇敢さを持っていたからではない。あの頃の自分は、死を全く恐れていなかった。その恐ろしさを知らなかっただけだ。

果たして自分は賢くなったのか、それとも平和に慣れて臆病になったのか。

「あんたは死なない! あんたが獅子心王なんかに負けるもんか!」

願いと信頼と憎悪を、ライドが叫ぶ。それはこの場にいる多くの者の代弁だった。

しかし壱成は静かに首を振る。

「私は君が思う程、強くはないんだ」

〜闘了〜








次回予告
「こんにちは、セドです。子ども達が必死に思いを伝えてなお、壱成さんを動かす事はできないのでしょうか。そして、自分は強くないと答えた壱成さんの胸中はいかなるものだったのでしょうか。果たして、剣聖対獅子心王は実現するのでしょうか?次回『問答』をお楽しみに」


















「こうシリアスな展開が続くと、あっしは口を挟みにくくていけねーや」
「ああ、あれでも一応は自重してたんですか」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.16 )
日時: 2011/10/20(木) 06:37:26 メンテ
名前: 魂蛙

第百十闘:問答




壱成が静かに首を振る。

「私は君が思う程、強くはないんだ」

「だが、あんた自身が思う程、あんたは弱くない」

切って返した言葉は、控え室入口の方から響いてきた。

壱成が顔を上げ、ライド達が振り返り、他の闘士達も振り向く。部屋中の視線を一身に浴び、しかしゼルガは先のライド達のように怯みはしない。

ゼルガは心地よさそうに注目を浴びながら、ひらひらと手を振った。

「よう、剣聖。サイン貰えるかい?」

「君は……ゼルガ=トロス」

「……貴方が仕向けた事だったのね」

イリーナがどこか悔しげに呟くと、ゼルガが肩をすくめる。

「そいつは人聞きが悪ぃな。俺はちょこっと手を貸しただけさ。ここに来たのは、紛れもなくその子らの意志だ。だからこそ、剣聖も話を聞く気になった。だろ?」

何が火を点けたか、イリーナが腕を組む。

「あの子が見出した男だものね。もう少し警戒しておくべきだったわ」

空虚な笑みを浮かべたまま、ゼルガが壱成達の方へ歩き出す。

「そんな事言ってっと、お嬢様に言いつけちまうぜ?」

応えるようにイリーナも一歩を踏み出す。

「あら、誉め言葉よ?」

構わずゼルガは歩を進める。

「誉め言葉と愛の言葉は、直球の方が胸に響くもんなんだぜ」

2人の距離が、1歩ずつ縮まっていく。

「流石によく御存知ね。その直球で、どれだけ女の子を泣かせてきたのかしら?」

イリーナの前に、ゼルガが立った。

「さてな。なんだったら社長さんも鳴いてみるかい?」

両者、一歩も退かず。

笑みを崩さずゼルガが懐に手を入れ、取り出したのは手のひらに乗るほどの小さな紙だ。

「空の飛び方、教えてやるぜ」

イリーナが受け取り見てみると、それにはゼルガの連絡先が書いてある。これには流石にイリーナもため息をついた。

「こんなモノを常備してるなんて、本当にマメなのね」

「……挨拶はそれくらいでいいだろう」

壱成が僅かに漏らした嘆息に、呆れと感心を垣間見せる。イリーナはゼルガの連絡先が書かれたメモを仕舞ってゼルガを一瞥し、壱成を振り返ったイリーナは、何事もなかったかのように一歩退いた。

舌戦でイリーナと張り合える人間は珍しい。壱成が寡黙な分、イリーナが試合前の挑発合戦に応じる事が多々あるが、言葉に詰まって引き下がるのは決まって相手の方だった。

年端もいかぬ子どもの前だとイリーナが思い出したせいもあるだろうが、イリーナが顔色を変えるというのはなかなか珍しい事態だった。

「話の腰折って悪かったな」

イリーナが譲った道を通り、ゼルガは壱成とライド達の間に立つ。

「あまり彼女をからかわないでやって欲しい。強がってはいるが、あれで結構初心なんだ」

「ちょっと、イッセイ!」

予想外の方向からきた言葉に、イリーナが折角のポーカーフェイスを崩して抗議の声を上げると、壱成は珍しく悪戯っぽい笑みをこぼす。ゼルガに至っては、遠慮なく笑い声を上げていた。

「そいつぁなんとも楽しげな情報だが、剣聖が冗談を言うってのもなかなか興味深いな」

「私も、そこまで堅物ではないつもりだ」

ライド達も闘士達も、呆気に取られている。気付けば控え室のあの張り詰めた緊張がほぐれ、完全にゼルガのペースだ。

ペースを掴んだゼルガは、真面目な表情を作って空気を締め直す。

「なぁ、剣聖。謙遜も度が過ぎりゃ罪になるってもんだ。コンバットヘヴン優勝は最多の5回。その戦績があんたの強さの証明だ」

壱成がいつもの寡黙な剣聖の表情に戻ると、ゼルガが締めた以上に空気を緊張させる。格の違いと言うべきか、壱成だけはゼルガのペースに呑まれていなかった。

沈黙する壱成に代わって、イリーナが口を開く。

「この子達や貴方の言い分も分からなくはないわ。けど、それとこれとは話が別よ。イッセイにだって、死ぬわけにはいかない理由がある。酷な言い方とは思わない。イッセイが彼らの仇討ちをする義務はないわ」

「そーじゃない。そーじゃないぜ、社長」

ゼルガがオーバーに首を振った。ゼルガは壁の方へゆっくりと歩いて注目を集め、部屋にいる者達全員へ振り返る。

「これは既に、イーロウプの闘士全員の問題だ。俺達は既に、TATの領分を獅子心王に侵された」

ゼルガは握り拳を作り、低く唸るように声を絞り出す。

「戦争だ。こいつは俺達と獅子心王の戦争なんだよ」

ゼルガは拳を固めたまま、壱成の方を向いた。釣られて、部屋中の目が壱成を見る。

「そして剣聖。あんたは、イーロウプのTATそのものだ。だから、あんたは俺達の先頭に立って、この侵略に立ち向かわなきゃならねーんだよ。あんたに全てを押し付けるわけじゃねーさ。だが、あんたが闘わなきゃ、それだけで俺達の負けになっちまうんだ」

壱成を見る闘士達の目は、ゼルガに同調している。

壱成はゼルガを見返す。その目に動揺の類は全くない、静かな目だ。

静かな睨み合いに、ゼルガはあっさりと折れた。

「……ま、これも勝手な言い分だと切り捨てるのも、あんたの自由だ。だが、この子らの思いには応えてやって欲しいと、俺個人としては思うね」

「……今すぐに、応えると決める事はできない。だが、1つ約束しよう」

壱成はライド達に向き直った。どこまでも真っ直ぐで生真面目な目が、ライド達を見つめる。

「もし、獅子心王から私に試合の申し込みがあった時は、それがいかなる状況であろうとも、私は逃げずに試合を受ける。それ以上の答えは、少し考える時間をくれないか」

言質を取った。

ライド達が頷く陰で、密かにゼルガは口の端を吊り上げる。

その一瞬の笑みに、気付く者はいない。イリーナが反論するより早く、ゼルガは催眠術を解くかのように1つ手を打った。

「用が済んだら長居は無用だ、戻るぞ。お袋さん達も待ってるし、試合前の闘士をこれ以上邪魔しちゃ悪いしな」

ゼルガが仕切る事に、ライドは若干不満げな表情を見せたが、フォルがエイミーを促し立ち上がるとそれに続く。

3人の背中を押すように、ゼルガは殿で控え室を出る。去り際のゼルガを、壱成が呼び止めた。

「ゼルガ=トロス」

「何だ?」

「……君の真意は、何処にある」

尋ねられ、ゼルガはわざとらしく唸り思案する。或いは、するフリをしただけか。

結局ゼルガは、壱成にすら真意を読ませぬ笑みを浮かべたまま、開いた両の手のひらを上に向けて肩を持ち上げた。

「さてね。俺も探してんだ。その辺に落ちてるかもしれんから、見っけたら教えてくれ」

壱成を相手にしゃあしゃあと言ってのけ、ゼルガはライド達を追って悠々と控え室を後にする。壱成の静かな瞳が、扉の向こうに消えたゼルガの背中を見つめていた。




ハルジオ西部の壱成宅には和室がある。元々マンションにはなかった物だが、せめて一部屋だけでもとイリーナが気を利かせて改築したのだ。

多少の無理を通して改築しただけに、細部のそこここにリフォーム職人の苦悩が滲んでいるが、掛け軸に障子に畳、と一応の雰囲気は出ている。掛け軸に力強く書かれた、薔薇の「薇」がたけかんむりになっているイリーナ直筆の「華麗薔薇族」の書は、いつ見ても一抹の不安にも似た違和感を覚えるが。

しかし、このマンションで壱成が最も落ち着ける場所が、この部屋である事は間違いない。この部屋で禅を組むのが、壱成の日課である。

当然毎日の鍛錬も欠かす事はないが、既に壱成は肉体的に成熟し、剣の技術に於いても達人と呼べる域にまで達している。更なる高みを目指す上で、精神修養の持つ意味は大きい。

そして今宵も壱成は照明を絞った部屋に1人、己が深遠との終わりのない問答を繰り返す。

お前の武とは、何だ?

問いを己に打ち込む。

お前の武とは、何だったのだ?

幾度も幾度も、己が魂を打つ。そうして剛く鍛え上げられた魂は、玉鋼の如く。

――守る力。それが私の武。

やがて深淵に返ってくる答えは、若き日の自分の声だった。

――力無き人々を守る為にこそ、私は力を振るう。

あの頃の自分は、未熟で無知だった。無知が故に道を誤り、未熟が故に大切な物を失った。

――弱きを守る為に、今よりも強く。それが私の武道。

自分1人の力など、なんと弱い事か。それを知らず、どれほど思い上がっていた事か。

だが、あの頃の自分は今よりも弱く未熟でも、己の武を確かに持っていた。その先に過ちがある事は知らずとも、己が武道を見据えて歩んでいた。

己の力の弱きを知った今なら、或いは。過ちを知った今なら、或いは。

今一度あの頃に見た武道へ立ち戻れば、昔とは違う何かが見いだせるだろうか。

今一度力無き者の為に力を振るえば、今度こそ守れるだろうか。

私は強く成れるだろうか?

否。強く在らねばならない。

強く在りたいと願う者達が見る壱成=皇義の姿こそが、剣聖なのだから。かつて壱成自身がそう在りたいと願った姿にも、成らねばならない。

それは、皆が望む剣聖を演じる事ではない。壱成は紛れもなく剣聖なのだ。

力無き人々を守る為に、同じ過ちを繰り返さぬ為に。かつての自分に立ち帰ろうとも、壱成=皇義は剣聖で在り続ける。


〜闘了〜








次回予告
「こんにちは、セドです。あの壱成さんとイリーナさんを相手に堂々と立ち回り、ついには剣聖を動かすという大業を成し遂げてしまいました。ゼルガさんには、ソリットさんとはまた違ったルーキーらしからぬとてつもなさを感じてしまいます。さあ、ルーキーを巻き込んだ獅子心王の対戦者問題も、いよいよ大詰めです。次回『会同』をお楽しみに」


















「若はルーキーなのに巻き込まれやせんでしたね」
「そんな事ありませんよ! ほら、拳君の事で、ちょっとだけ……ニアミス程度に」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.17 )
日時: 2011/07/25(月) 16:51:00 メンテ
名前: 魂蛙

第百十一闘:会同



2月24日、第3週最終日となるこの日、クロンクリトにあるTVS本社でTVSカップの組み合わせ抽選会を兼ねた試合会見が開かれた。有力闘士は月末の重賞大会に参加する為、そこまで注目度の高い大会ではない。しかし今回のTVSカップは、例年にはない盛り上がりを見せていた。

闘士にあてがわれた控え室の1つには、大会の注目度を大きく上げた張本人、ソリット=セブンリッジの姿があった。その傍らにクリスの姿はなく、1人中空を睨み煙草の煙を吹きつけている。

ソリットのTVSカップ参戦表明を皮切りに、事態は大きく動いた。まず最初に、TVSカップに参加申請を出していた中堅以下の闘士達が、軒並み出場を見合わせたのだ。

これはソリットの参戦によって早々に勝利を諦めた者も中にはいただろうが、それ以上に五星世代闘士を中心とした一部の者達がソリットとの対戦を煽っていた、獅子心王が参戦する可能性が高まった事が原因だ。だが、その獅子心王が剣聖にエキシビションマッチを申し込まれ、それを受けたという報せがイーロウプを駆け巡ったのが、その翌日の事だった。

ゼルガがニュースを見ながらほくそ笑んだ事を知らない者達にとって、それは願いながらも叶うとは思ってもみなかった事態だ。2人の試合がTVSカップと同日、同闘技場のメインマッチに据えられたという続報も入り、獅子心王がTVSカップに参加する可能性はほぼ完全に消えた。これは月末の重賞大会からファンの注目を奪う事態を回避しようという、壱成サイドの配慮による物だ。

ともあれ、これで獅子心王がTVSカップに参加する可能性は、ほぼ完全に消えた。となれば、ファンの興味を引くのはTVSカップの参加メンバー、言い換えれば萌芽杯優勝者であるソリットの対戦相手だ。出場枠4つの内、この時点で埋まっていたのはソリットと、ソリットの参戦より前から参加申請を出したまま様子を見ていたイナッグ=ライデルの2枠。

多くの中堅ランカー達が未知数のルーキーを敬遠する中、間もなく残る2枠を埋めたのは、予想通りの闘士達、と言って良かった。

「ソリット=セブンリッジさん。時間になりますので、会場の方へお越し下さい」

ノックと同時に控え室を覗き込んだのは、TVSテレビのスタッフだ。ソリットは若い男性スタッフを僅かに一瞥し、灰皿に溜まった吸い殻の山に煙草をねじ込んだ。

ソリットはスタッフに導かれ、会見会場へ向かう。集まった記者連中のざわめきが、廊下まで届いている。

客寄せパンダの如き扱いは腹に据えかねるが、これに出なければ大会に出場できないのだから仕方ない。それに、大会までの暇を潰せる事があるというのは、今のソリットには都合が良くもあった。

廊下で待機するソリットの背後に、他の闘士が続々と連れて来られる。が、ソリットはそちらには一瞥もくれず、キャップを目深にかぶり直した。

「それでは第6回TVSカップ、出場闘士の入場です! まずは萌芽杯優勝者、ルーキー最強の看板を背負う鬼の子! ソリット=セブンリッジ!」

女子アナウンサーの紹介と共に、ソリットが会場に踏み込む。途端に焚かれるフラッシュが会場を白く染めるが、ソリットは決してカメラに視線をやらない。

大股で報道陣の前を横切り、アナウンサーが促すのを待たず最奥の席に着いた。

「続いてムアリクよりの移籍闘士! イナッグ=ライデル!」

簡素な紹介と共に現れたイナッグを、ソリットの時の半分程のフラッシュが迎える。アナウンサーと報道陣にそれぞれ視線で応え、イナッグはソリットの隣の席の前に立つ。

イナッグはTVSと報道陣のあからさまな扱いも、全く気にしていない。席に着く前に、ゆとりある笑みを浮かべ、ソリットに一言「よろしく」と挨拶するも、ソリットはこれにも完全無視を決め込んだ。

さして気分を害した様子はなくイナッグが着席すると、アナウンサーが次の闘士入場のコールを始める。

「さて、続きまして! 現在破竹の勢いで連勝中! 隠れた実力を爆発させ、イーロウプで話題沸騰のもう1人の強豪ルーキー! 今大会でルーキー最強の座に着く事ができるか、銀の牙を駆る闘士ロウグ=ソルボウン!」

これでもかと言うほどに煽られてから登場したロウグは、その扱いをさも当然と言わんかの如く大量のフラッシュを浴びる。

絵に描いたような主役面で現れたロウグは、ソリットを見やり傲岸不遜な笑みを浮かべる。

「そして最後の闘士は萌芽杯2回戦進出のルーキー、拳=昇龍!」

穿った見方をせずとも皮肉に聞こえる煽りと共に、拳が会場入りする。焚かれたフラッシュにも悪意が透けて見えるのは、最近のメディアの拳に対する扱いを考えれば、気のせいとは言えないだろう。

それでも拳は、報道陣に丁寧に一礼してから席に着く。口を真一文字に結んだ拳の横顔を、イナッグがちらりと見やった。

4人の闘士が勢揃いし、再びフラッシュが勢いを増す。白光が落ち着くのを待ってから、アナウンサーがマイクを握り直した。

「それではTVSカップ出場闘士が揃いましたので、大会の組み合わせ抽選会を始めたいと思います! 改めまして、司会進行は私、TVSアナウンサーのシアン=ラオイが務めさせて頂きます」

若いスタッフが低い姿勢で会場を駆け回り、トーナメント表が書かれたボードと小脇に抱えられる程の大きさの箱を用意する。

準備が整ったのを確認して、アナウンサーが小さく頷いた。

「闘士の皆さんはそちらの箱より順にくじを引いて下さい」

スタッフがソリットの前に箱を置いた。

ソリットは殆ど箱も見ずに上部の穴に手を突っ込み、最初に触れたボールを迷わず掴み取った。ボールの確認すらせず、ソリットはそれをスタッフに突き出す。

スタッフはボールを受け取ると、アナウンサーに人差し指を立てた。

「1? 1番ですね、はい!」

アナウンサーがソリットのネームプレートを、トーナメント表の左端、1の番号が振られた場所に貼り付ける。

その間に、イナッグもくじを引く。引いた番号は4番だ。トーナメント表右端にイナッグのネームプレートが貼られ、これで少なくとも決勝まで、ソリットとイナッグの対戦がないことが確定した。

次はロウグの番だ。ロウグは回ってきた箱を揺すってもったいつけ、ゆっくりと穴に手を差し込む。

穴から手を引き抜きボールを掲げると、報道陣から小さくどよめきが上がった。

ボールに刻まれた番号は、3。

「3番です! TVSカップ1回戦第2試合は、ロウグ=ソルボウン対イナッグ=ライデルに決まりました!」

必然的にもう1つの組み合わせも決定されるが、形式的に拳もくじを引く。当然番号は2、ソリットの隣に拳のネームプレートが貼られた。

「TVSカップ第1回戦の組み合わせは、ソリット=セブンリッジ対拳=昇龍、ロウグ=ソルボウン対イナッグ=ライデル! このように決まりました!」

腕を組んだソリットは目深にかぶったキャップのつばで表情を隠し、不機嫌に鼻を鳴らす。

報道陣が落ち着くのを待って、アナウンサーがマイクを握り直した。

「それでは、出場闘士の意気込みを聞いてから、質問を受け付けたいと思います。それでは、ソリットさんからどうぞ!」

ソリットはアナウンサーを思いきり睨みつける。それから渋々にマイクの置かれたテーブルに上体を寄せ、一言を放つ。

「ない」

これには流石に報道陣もどよめく。しかしソリットは無言のまま、敵意に満ちた視線を報道陣に叩きつける。

「あの、何か一言だけでも、ありませんか……?」

短い絶句状態から復帰したアナウンサーが、慌てて問い直す。彼女もプロならば、コメントを引き出したいなら他にも言いようがあっただろうが、静かに殺気立つソリットを相手にした彼女にそんな余裕はなかった。

ソリットはやはり質問から間を開けて、面倒くさそうにマイクに近付く。

「雑魚相手に意気込む事など、ない」

何とかコメントらしいコメントを引き出し、アナウンサーはこれ以上藪をつつかぬ内にイナッグのコメントを促す。

「イーロウプはルーキーのレベルが高いと評判だが、本当にそう思う。今大会では、イーロウプならではの闘士との試合を、心行くまで堪能したい」

拳で語るを信条とするイナッグらしく、短くまとまり落ち着いた年長者のコメントだが、気迫は充分に乗っている。コンディションは万全に整っている事が窺えた。

「それではロウグさん、どうぞ!」

「前から言っとるが、わしの目的はソリットの持つ看板だけじゃけぇの。他の落ち目の噛ませ犬にゃ、興味が湧かんな」

特に拳の事を意識しながら、ロウグは底意地の悪い笑みを浮かべる。

ロウグの視線を感じて拳もロウグを見るが、その表情に怒りや苛立ちはない。ロウグの言う事をそのまま受け入れるように、静かに目を伏せた。

「ソリット=セブンリッジにしても、萌芽杯を勝っったんにゃわざわざ相手はしちゃらんが。この大会はただの通過点じゃ。観る側にゃつまらん大会になるかもしれんの」

ロウグはどこまでも挑発的だ。

ソリットは苛立ちを隠しきれず、小さく鼻を鳴らす。ソリットのフラストレーションを感じ取り、対照的にロウグは満足げに鼻を鳴らした。

最後は拳の番だ。

「今は1試合1試合集中して、ベストを尽くそうと思います」

静かに短く、コメントをまとめて拳は1つ頭を下げた。

そんな拳の様子を気に掛けているのはイナッグだ。拳がソリットやロウグ程やんちゃでないのは承知しているが、以前に闘り合った時にはあった覇気がない。

あの時はイナッグが挑発したせいもあるだろうが、それだけで説明はつかない程に、今の拳は小さく見えた。

「それでは、各闘士に質問がある方、どうぞ」

「週刊グラディエイショナルのウィズムです。ソリットさんは、もっと上の大会を狙えるランクにありながら、敢えてこのTVSカップを選んだわけですが、やはりそれは獅子心王リカード=ノーマンを意識したものだったのでしょうか?」

「相手が誰だろうが関係ない。だが、ここにいる連中と比べろと言うならば、獅子心王の方が闘り甲斐はあっただろうがな」

クリスは自宅のリビングで、会見の中継を観ていた。ソリットに同行すべきか会見直前まで悩んでいたが、とうとうソリットに連絡する決心はつかなかった。

今日の会見に同行したとしても、大会の当日はクリスも試合がある。闘技場も違う為、肝心の試合にセコンドとして入れない。ソリットは、それも承知でTVSカップを選んだのかもしれない。

このままフェードアウトするように、ソリットのセコンドを辞める事になるのだろうか。

思い返せば確かに、先月の萌芽杯以後のクリスは、セコンドの責務を果たしているとは言い難い。だが、今がクリスにとっては正念場だった。自分の闘いを疎かにする事は、できない。

中途半端をしてソリットの足を引っ張るわけにはいかない。それはソリットにも言われた事だ。

しかし、このままソリットのセコンドを辞めるのは嫌だった。ソリットと離れたくない。

それは、恋愛感情から来る思いとは違う。別れに対する潜在的な恐れ。本質的には好意ではなく無自覚の恐怖が、クリスに離れがたいという感情を作り出していた。

闇溜まりに沈んだクリスの横顔は、青木にとってはもう見たくなかった顔だ。しかし、かつての青木がそうだったように、クリスを救う為に掛けられる言葉が、青木にはない。

暗い表情をクリスから束の間引き剥がしたのは、テーブルの上に置かれたケータイのバイブ音だった。

クリスの表情に期待が灯るが、目の前で流れている会見の中継が、それを否定する。電話を掛けてきたのは、凛だった。

「もしもし、凛ちゃん?」

「クリス? あの、一言お礼が言いたかったネ。拳とセブンリッジの試合を、実現させてくれたから」

受話口の向こうから聞こえてくる音声は、目の前のテレビのそれとシンクロしている。凛も、会見には同行していないようだ。

しかし、その事に思いを巡らせる余裕がクリスにはなかった。

違う。自分は何もしていない。何もできなかった。

そう言うこともできず、またそれは打ち明けても無意味な事だろう。

「あ、うん……」

返事は極めて曖昧な物になった。

どう言えばいいのか。どうすればよかったのか。

どう言えばよかったのか。どうすればいいのか。

もう、クリスには分からなかった。


〜闘了〜










次回予告
「はい、セドです。波乱続きだった2月のマッチメークが、ついに決まりました。萌芽杯では実現しなかった拳君とソリットさんの対決。ロウグさんもイナッグさん程の相手との試合ならば、未だ明らかになっていないその実力を発揮するでしょう。こんな注目カードの揃ったTVSカップに加えて、剣聖対獅子心王というビッグマッチが実現しています。ファンも闘士も巻き込んだこの闘争の、結末やいかに。次回『集合』をお楽しみに」













「こりゃまた本格的に、しばらく若の出番はなさそうでさぁ」
「寧ろ2話も続けて出番があったのが偉業、と考えることにします」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.18 )
日時: 2012/03/02(金) 13:40:51 メンテ
名前: 魂蛙

第百十二闘:集合


クロンクリトは昨夜の雑巾を絞ったような雨を忘れさせるような晴天に恵まれた。昼を過ぎる頃には、路傍の水溜まりもすっかり乾いて消える。2月32日は、そんな日であった。

TVSが自社主催のTVSカップを盛り上げようと、CMやら特番やら無関係な番組まで使っての鬱陶しいまでに宣伝を繰り返していたのを除けば、1週間は静寂の中瞬く間に過ぎていった。後にクロンクリト闘技場を襲った結末の凄まじさを考えれば、それは正に嵐の前の静けさだったのだろう。

その静けさは、ファンの期待を十二分に煽り立てた。近年復興と発展の目覚ましいクロンクリトだが、今日は外部から流入する人でそれ以上に賑わっている。

人口の増加に合わせ、また都市の成長を牽引する為に増築した闘技場は、普段は空席が目立つ日も少なくない。地方闘技場に改築は時期尚早との声もあったが、この日ばかりは満員の客が詰め掛けていた。

いつになく熱狂的な歓声に包まれては、注目を浴びる事の少ない中堅以下の闘士達も俄然奮起する。中央闘技場ばりに多くの試合が組まれ、この機に人気を得ようと激闘を繰り広げていた。

昼の部の最終試合となる試合が行われる中、ラウンジの隅でヴィジョンを眺めているのは拳=昇龍だ。夜の部にて開催されるTVSカップ出場者の中でも、一番早く闘技場入りしたのが拳であった。

ラウンジには立ち見席も確保できず、客席から溢れたファンもいるが、敢えて拳に声を掛けようとする者はいない。それは果たして、マナーを心得ているのか、単に試合に熱中して気付いていないか、それとも興味すらないのか。

他人が自分に無関心だろうと、或いは蔑んでいたとしても、どうであっても拳は構わない。今の拳には、目前に迫る試合が全てだった。

萌芽杯では己の無力さ故に、叶わなかったソリットとの勝負。舞台は違えど、その機会を得た事に違いはない。

今も、ソリットの闘り方に納得できないのは変わらない。だが仮にこの試合で勝っても、ソリットが考えを改めるわけではないだろう。それでも、拳自身が己を正義を貫く為には、ソリットの力に屈するわけにはいかない。

分不相応な夢を見るからこそ、小さな事を1つ1つ、全身全霊で成し遂げて行く。それが、セドと行った釣りの一件で、拳が心に決めた事だった。

試合を見つめる拳のポケットの中で、ケータイがバイブする。受信したメールは、メカニッククルーが闘技場に到着した事を拳に伝えた。控え室で合流する旨を返信し、拳はケータイを閉じる。

TVSカップ開催まで、あと2時間。

この頃闘技場入りを果たしたのが、ソリット=セブンリッジだった。いつもと同じように、関係者用のゲートは使わず、鋭い視線で一般客を寄せ付けずにラウンジを横切る。ラウンジの隅にいた拳はソリットの視界に入らず、ヴィジョンを見つめていた拳も、ソリットには気付かなかった。

ラウンジにはかなりの歓声も上がったが、ソリットはヴィジョンには一瞥もくれず、真っ直ぐにサイド金獅子の控え室を目指す。控え室には1人闘士がいたがこれも眼中には入らず、待っていたメカニッククルーとも最低限のやり取りで、いつも以上に言葉少なにソリットはアンダーウェアに着替える。

クルーとは言え、薄っぺらな契約書だけが繋ぐ関係でしかない。アーマーの整備という最低限の業務をこなすだけで、それ以上にソリットに干渉する事なくその場を後にした。

そうして訪れる無音にも近い状況からソリットが気付くのは、どれだけクリスが賑やかだったか、という事だった。ソリットはその善し悪しを考えかけ、意識を逸らす。

無音も雑音も関係ない。戦場であればまた別だが、今ソリットの周りにあるのは関わる理由のない音だけだ。

邪魔をする奴は、力ずくで黙らせてやる。あとはどうでもいい。

不機嫌に鼻を鳴らしたソリットの視界に入ったのは、イナッグ=ライデルの姿だった。控え室に入ったイナッグは、ソリットと視線が合うと真っ直ぐに歩み寄る。

「抽選会以来だな。ソリット」

「……こっちは見覚えがないな」

「同じ大会の出場者の顔くらいは、知っておいた方がいい」

「雑魚に興味はない」

年長者への敬意や礼節というものの一切が欠けたやり取りにも、イナッグは苛立つ事はない。むしろ、興味深くソリットを見つめていた。

一見して感じるのは、拳=昇龍とは相容れないタイプだ、という事だ。

イナッグが抽選会で語った、ルーキーと闘う為にイーロウプへ来た、という言葉に嘘はない。無論、五星世代や剣聖に勝つ事も大きな目標だが、新天地に求めるのは新しい風だ。

拳と闘い、その思いは更に強くなった。拳はまだ未完成ながらルーキーの中でも、群を抜いていると確信していた。しかし、実際は拳は準決勝でゼルガ=トロスに敗れ、そのゼルガに勝って萌芽杯を優勝したのは目の前のソリットだ。

この若者達は、未知数の可能性に満ちている。イナッグはそれに触れてみたい。

「用が無いなら失せろ」

「少し、羨ましいと思ってな」

「……何?」

飢えた肉食獣でさえもすごすごと引き下がりそうな目でソリットが凄む。しかしイナッグは落ち着いた様子のまま、ゆっくりと首を横に振る。

「気分を害したなら、すまない。拳=昇龍と初戦で当たれれば、と思っただけだ。彼とは語らいたい事もあった。他意はない」

イナッグが素直に頭を下げると、ソリットは小馬鹿にする態度を露わにして鼻で笑う。

「仲良くおしゃべりがしたいなら、銀狼側の控え室に行け」

「言葉だけでは、伝わらない事もある。だが、言葉にしなければ、決して伝わらない事がある。想いを伝え、分かり合うという事は、本当に難しい」

まるで、ソリットを見透かしたかのような言葉だった。少なくとも、ソリットはそう感じた。

それが堪らなく不愉快で、ソリットは派手な音を立てながら立ち上がった。

2人が睨み合う形になったのはほんの一瞬だ。ソリットはバッグから煙草とライターを掴み出し、バッグを肩に担いで足早に控え室を後にした。

扉が閉まるのとほぼ同時に、歓声が控え室をびりびりと震わせる。試合の決着が着いた事は、容易に想像できた。

イナッグは少し古びた腕時計に目を落とす。時計の針は午後5時12分を指している。予定より少し遅れ気味なのは、それだけ白熱した試合が多かった、という事だろう。

大会開催まで2時間程となり、続々と出場闘士が闘技場入りしている。ソリット、イナッグに続き、ロウグも余裕でも見せつけるかのように、最後の闘技場入りを果たしていた。

その傍らにはセコンドのセコイアの姿はまだなく、単独での闘技場入りだ。先に到着していたメカニッククルーから、アンダーウェアを受け取る為控え室へ向かうと、そこには一足早く闘技場入りしていた拳の姿があった。

既にアンダーウェアに着替えている拳は、ロウグの事は気に留めず、独り控え室隅の一角で何かに没頭している。

演武のように見えるが、動きは非常に緩慢で、呼吸もゆったりとしている。繰り出す構えにも古臭さを感じ、実戦的とは到底思えない。精神修養やイメージトレーニングに近い物だろう、とロウグにも何となくは理解できた。

「カビくっさい鍛錬してるの。そがぁなんで成果は出とるんか……と、聞くまでもないか」

アンダーウェアに着替えたロウグは、拳のスペースにずかずかと入り込む。拳は演武を止め、静かに振り返った。

「何か御用ですか?」

「評判倒れの落ち目に用などない。じゃが、ソリット=セブンリッジがほぼ無傷で決勝に上がるとなると、わしもくじ運が悪いと思うてな」

ロウグの言葉の意味は理解できるが、拳は取り合うつもりはない。

「用はそれだけですか? でしたら、僕は鍛錬に戻ります」

拳は静かに言って、ロウグに背を向ける。だが、軽くあしらわれた、とロウグが感じる事はなかった。

拳の背中には、余裕が全くない。それがロウグの嗜虐心を一層煽る。

「今更じたばたして何になるんじゃ? わりゃぁソリットより弱い。もがいた所でそりゃぁ変わらんぞ」

拳は無言のまま、構えを繰り出す。しかし、その背中からは覇気も迫力も感じられない。

ロウグは拳が足掻く様を見て楽しむかのように、一歩下がって演武のスペースを作った。

「天才少年じゃったか? ちぃとばかりおだてられて、勘違いしてたんじゃろ」

目に見えて、拳の集中力が乱れていく。それでも拳は、演武を止めない。

「今更自分の弱さに気付いても、もう手遅れじゃ。雑魚がちょろちょろと、目障りじゃ。鬱陶しい」

ロウグの言葉を、拳は懸命に頭から追い出す。

それは今の拳にとって、容易な事ではなかった。とってつけたような罵倒に揺れる自分に失望しながら、せめて反応はすまいと演武の形をなぞる。

「……ああ。よう考えたら、わしの相手は、その雑魚にすら負けた虫けらじゃったの。心配せずとも、最初からわしとソリットのエキシビションみとぉなもんじゃったか」

拳は振り返っていた。いくらなじられようと、頑なに続けた演武を止めて、ロウグとの間合いを一歩詰めていた。

これには我慢できなかった。いや、我慢などする必要もない。

自分の事など、どう言われてもいい。しかし、誰かが侮辱されるのを、拳は黙って見過ごしはしない。

「お、なんじゃ?」

「イナッグさんは……」

拳を握り固めて言いかけて、拳はすぐに思い直した。

イナッグは強い。そして、闘士だ。拳が護られるべき者ではない。ここでロウグに手を出す事は、それを自ら否定するに等しい。

「なんじゃ、われ。言いたい事があるなら、はっきり言うたらどうだ」

「……イナッグさんを侮ると、後悔する事になりますよ」

真剣な眼差しの拳をロウグは見下し、鼻で笑い飛ばした。

「1発ぶん殴られるくらい、期待したんじゃがな」

「僕が手を出す必要なんて、ありませんから」

「つまらん男じゃ」

ロウグの挑発には、本物の落胆も少なからず混じっていた。手を出してこないにしても、少し自分を怯ませるくらいは期待していたのだ。

萌芽杯準決勝まで勝ち上がった男が、とんだ見込み違いだった。

「ロウグ。何をしている」

控え室に低く声を響かせたのはセコイアだった。セコイアは手に持った杖には殆ど頼らず、義足の左足を踏み出す。

「遊んでいる暇はない。次の試合に集中しろ」

「わしも今そうしようと思うたところじゃ」

ロウグはあっさりと拳に背を向ける。最早、僅かに残っていた興味も失せていた。

「ほぃじゃが、あんたも遅刻じゃ。何かあったんか?」

「大した事じゃない。それよりも、試合の準備だ。ここからは先は、これまでのように容易には行かないぞ」

「楽しみにしてたくらいじゃ。張り合いのない奴と闘るより、よっぽどマシじゃけぇな」

拳はロウグとセコイアの会話から意識を離す。余所見をしている余裕などない。今は拳にとっても次の試合、ソリットとの勝負が全てだ。

観客の知らぬ所で、闘士達が小さく火花を散らす。じりじりと時間は流れ、TVSカップはいよいよ開催時刻を迎えようとしていた。


〜闘了〜









次回予告
「こんにちは、セドです。試合前となると、どうも殺気立つ闘士というのは多いみたいですね。俺としては、そういう空気はどうも苦手だったりするんですが。しかし、それだけ皆さんやる気に満ちている、ということでもありますからね。きっと、激しい闘いが繰り広げられることでしょう。次回『登場』をお楽しみに」















「苦手だからって逃げてたら若、出番は一生来ませんぜ」
「逃げてませんよ! 試合はちゃんとやってます! ……出番はないですけど」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.19 )
日時: 2011/11/14(月) 18:13:43 メンテ
名前: 魂蛙

第百十三闘:登場



「1ぉつ! 闘いは本能なりっ! 1ぉつ! 闘士は闘う誇りを胸に戦史を刻め! 1ぉつ! 勝者となって高らかに誇れ! 俺はここに生きているっ!」

午後7時25分、4人の闘士が集う闘技場に、鉄の掟三箇条が響き渡る。

「中堅ランカー向けの大会ながら、かつてない顔ぶれが揃いましたTVSカップ! ここ、クロンクリト闘技場でいよいよ開催です! 実況は私アツオ=フルタチ、解説はドンゴン=チャンさんでお送りします!」

「よろしくお願いするアル」

月も霞む眩い照明に四方から照らされた4人を包む歓声は、半ば怒号となって地面を震わせている。

夜の部では観客の平均年齢が上がるのは普通だが、今日のクロンクリト闘技場にはそれ以上に刺激を求める客、有り体に言えば柄の悪い輩が集まっている。萌芽杯以来の試合となる、ソリットの試合を観に来た観客も決して少なくはない。が、烈しい試合を求める観客の最大の目当てはメインマッチ、壱成対リカードなのだろう。

「クロンクリト闘技場はいつも以上の熱気に包まれています! 早速、TVSカップ出場闘士の紹介をして参りましょう!」

ヴィジョンにアップでまず映し出されるのは、ソリットだ。

「萌芽杯を制した鬼の登場だぁっ!」

途端に爆発する歓声が、ソリットの人気の証明だ。ルーキーの規格から外れた強さとその鮮烈な勝ちっぷりで、ソリットの人気は確立された物となっていた。

ソリットはどこまで勝ち続けるのか、誰がソリットを負かすのか。上位陣の争いがさほど激化していないシーズン序盤である事もあって、ソリットはファンの大きな興味の対象となっているのだ。

「大きな歓声が上がります。ソリットにとっては萌芽杯以降これが初めての試合となるわけですが、この大会を選んだ意図というのは、どの辺りあると考えられるでしょうか?」

「確かに、TVSカップは彼にとっては少々小さな舞台と言えなくもないアル。やはり、ロウグの存在も大きいとは思うアル。しかし、もっと広くに向けた意思表明だったんじゃないアルか?」

「意思表明ですか?」

「ロウグも獅子心王も、機会をやるから、文句がある奴は今掛かって来い、と」

「なるほど、上に行く前に下から来る者を叩き潰してやろう、とそういう事ですね」

「彼はあまりメディアに向けて発言しないから、真意は分からないアルが」

「俺がルーキー最強っ! 文句のある奴は出て来いっ! そういう事ならば、このカードは両者の思惑が合致した試合となったのかもしれません! ソリットと第1試合を闘うのは、同じくルーキー、萌芽杯ベスト4の拳=昇龍だぁっ!」

ソリット程ではなかったが、それでも充分に大きな歓声が上がる。

萌芽杯開催の時点で、多くの者が予想し期待もした決勝のカードが、このソリット対拳であった。それは実現こそしなかったが、皆見てみたいのだ。互いに格闘戦特化の若きルーキー2人が、全力でぶつかる様を。

「萌芽杯以降の拳は、どうも精彩を欠き本来の力を発揮できてないように感じられます。セコンドとの不仲説なども取り沙汰されており、今日もセコンドを伴わずに試合に挑むようです」

「メディアが面白おかしく書き立てる情報を鵜呑みにするは如何なものかと思うアルが、厳しい逆風に曝されているのは確かなようアルな。闘士として上を目指す以上、苦境は必ずやって来るものアル。試練を乗り越えずして、真の強者たりえないアル」

「WW社が専属闘士契約の解消を検討している、という話もありますが」

「彼はルーキーであり、何よりまだ若い。これから成長していく闘士アル。シーズン序盤の数度の敗戦で見限るのは、あまりに時期尚早だと思うアル。しかしそもそも、あのイリーナ女史が、人選やその判断を誤る事はそうそうないだろうとも思うアルが」

いつもなら歓声に応え一礼する拳が、今日は少し俯いて静かに時を待っている。ソリットはそんな拳を僅かに横目で見やり、退屈そうに小さく鼻を鳴らした。

「思い返せば拳=昇龍が萌芽杯出場を決めたのが、この会場この人との試合でした! 大変珍しい可変アーマーの使い手! 出るか必殺の雷輝キック! イナッグ=ライデルだっ!」

それまで隣の拳を気にかける素振りを見せていたイナッグだが、コールされると胸を張って会場を見上げる。

歓声は大方の予想より大きい。それがイーロウプ移籍以前からのファンの純粋な声援なのか、穴馬に大枚を賭けた者の祈りにも似た罵声なのかは、確かめる術もないが。

「今シーズンよりムアリクから移籍してきましたイナッグ。ある意味では、彼もまたルーキーと呼べるのかもしれません」

「イーロウプの闘技場にも馴染んできたのか、最近は良い動きを見せくれているアル。このメンバーの中ではやや話題性には欠けるアルが、ムアリクでの実績も考慮に入れれば、最も確かな実力を持っているのは彼アルな」

「シーズン開始前に体調を崩し、戦列を離れていたメカニックチーフが率いる正規クルーが復帰した、との情報も入っています。ムアリク時代のイナッグを支えてきたクルーの復帰は、大きな意味を持っているかもしれません!」

闘士達の反応は様々だ。ソリットは苛立たしげに舌を打ち、拳は黙して顔を伏せ、ロウグはだからどうしたと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「最後の出場闘士もルーキーだっ! テューズ社が誇る至高のアーマーSILVER FANGを駆るは、元最強の男の後継とまことしやかに噂されるこの男! ロウグ=ソルボウン!」

コールと共に起こる歓声は、拳よりも少ない。しかし、同時に湧き上がるブーイングも合わせれば、ソリットを越える大音量だ。

激しいブーイングも、ファンがロウグに関心があればこそだ。これもまた、1つの人気の形と言えた。

当のロウグも堂々とブーイングを浴び、まるで勝利宣言をするように両腕を掲げる。

「萌芽杯に出場こそしていませんが、デビュー戦の不戦敗を除けば、ここまで無敗でやってきました」

「同期のルーキー達が萌芽杯でハイレベルな争いをしていた事を考えれば、彼の戦績は対戦相手の実力に疑問が投げかけられても仕方ないアル。彼がアーマーの性能に頼るだけの闘士なのか、アーマーとビッグマウスに見合う力を持つ闘士なのか。その実力の真贋が、この大会で見極められる事になるアル」

「しかし、出場闘士4人の内、3人が銃火器を持たない格闘専門の闘士となりましたね」

「当然、接近戦の多い大会となるアルな。加えて、それぞれスピードに優れたアーマーを使用しているアル。速さの質に違いはあるアルが。とにかく、激しい大会になるかもしれないアルな」

「なるほど。見応えのある超高速格闘戦を、期待しましょう!」

出場闘士の紹介も終わり、いよいよ試合開始だ。アナウンスに従い、ロウグとイナッグがそれぞれ金獅子と銀狼のゲートから退場する。闘技場中央に残ったソリットと拳が向かい合った。

そこに言葉はない。

結局、終始2人は言葉を交わす事なく、自分のサイドについた。

「改めて紹介しましょう! サイド金獅子! 規格外のその強さ、鬼の如し! ソリット=セブンリッジ!」

再び沸き立つ轟音。試合開始が待ちきれないファンは、急かすように大声を上げていた。

「サイド銀狼! ルーキー最強に挑む一番槍となります! 拳=昇龍っ!」

歓声の中、拳が顔を上げ、1つ頷いたように見える。ソリットは眼光鋭く拳を睨み付けている。

崖から放った石が崖下に吸い込まれるように、歓声が静まる。

完全な静寂が訪れるより先に、試合開始を告げるサイレンが、闘技場に鳴り響いた。


〜闘了〜








次回予告
「こんにちは、セドです。TVSカップ開催を迎えた闘士達の表情は様々ですね。これまでの経緯を考えると、波乱を含んだ展開になるであろう事は容易に想像できます。いよいよサイレンが鳴った拳君対ソリットさん、因縁の対決は次回『豪腕』をお楽しみに」








「見えないとこで試合やっても全くの無駄でさぁっ!」
「そう言い切ってしまう出番への飽くなき探求心だけは、見習おうと思います」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.20 )
日時: 2012/03/02(金) 13:33:06 メンテ
名前: 魂蛙

第百十四闘:豪腕



銀狼サイドについた拳は、耳に意識をやりかけ、口を結んだ。

セコンドルームに、拳に声をかける者はいない。何を期待しようというのか。

「拳さん」

だから、本当に声をかけられたのは、不意を突かれた。

声をかけたのは、若いメカニックだった。メカニックらの中では一番若いが、それでも拳より年は上だ。しかし、彼は尊敬を込めて拳をさん付けで呼ぶ。

メカニックチーフの制止に構わず、彼はセコンド用のマイクに飛びついていた。

「……はい」

応答があってメカニックは小さく安堵するが、言葉が出てこない。

それが、チーフが彼を止めようとした理由だった。自分達にかける言葉は、ない。

それでも、伝えたい。メカニックはぐっとヘッドセットを握り締めた。

「あの……頑張って下さい!」

出てきた言葉は、ありきたりな物だ。だが、月並みな言葉に、彼の思いの丈が込められていた。

「はい!」

拳は顔を上げ、頷く。

歓声が静まり、入れ代わるように鳴るサイレン。試合開始の合図と同時に、拳はバーニアに火を入れる。

前方、金獅子サイドから爆発音。音の到達とソリットの肉薄は、殆ど同時だった。

「あ……?!」

踏み切り、跳躍から大きく上体を反らせ、オーバースロー気味に振り下ろされるソリットの全力のフック。常識さえも破るGASTの突進力を前に拳は反応が遅れ、ガードも間に合わない。

「らァっ!!」

無防備なこめかみに、ソリットの一発が直撃した。

「あぁっと! 開幕にソリットが放った一撃が、拳のテンプルに直撃っ! まともにもらってしまったぁああっ!!」

「今の、かなりやばい角度で入ったアル!」

固く握った拳は容赦なく振り抜かれ、拳の首が折れんばかりに曲がる。頭に引っ張られるように体が持っていかれ、拳は頭からアスファルトの地面に叩き付けられ、更に1回転2回転と吹き飛んだ。

強烈な一発に、闘技場もざわつく。あのテレフォンパンチに、拳が反応すらできなかったなど、とても信じられない。

それはソリットも同じだ。今の1発、ソリットは反撃も覚悟していた。ガードしようがカウンターを合わせてこようが、その上から叩き潰す。そういう覚悟の上で放った一撃だったのだ。

しかし、手にははっきりと手応えの余韻が残り、拳は地に伏している。間違いなく直撃だ。しかも、出会い頭の事故のようなものでもない。

拳が地に手をつき、何とか立ち上がろうとする。しかし、ダメージが完全に足にきており、手を放すとそのまま尻餅をついてまた倒れてしまった。

半ば呆けていたソリットの顔が、苛立たしげに歪む。

「ふざけるなァっ!」

怒号を発し、ソリットが飛び出す。

そのまま顔面を狙って繰り出されるケンカキックを、拳は転がりながら逃げかわし、今度は何とか立ち上がった。しかし、まだダメージの残る足元は不安定なままだ。

もらいっぱなしはより危険だと判断し、拳は自ら前に出て、ソリットを間合いに捉える。ソリットは足を止め、それを迎え撃つ態勢に入った。

完全に受けに回ったソリットに対し、拳が右の拳打を放つ。踏み込み充分に繰り出した右拳は、軽い音を立ててソリットに受け止められた。

普段のソリットならば、そこで腕を取って極めにいっていただろう。しかし、拳が右腕を引く事を許し、拳はそのまま踏み込んで左の裏拳、右で上段回し蹴りと放つ。

だが、これもソリットが上げたガードに軽く弾き飛ばされてしまった。

拳の攻撃はまるで効いていない。それも、先にもらったダメージとは無関係だ。ただ単純に、拳の攻撃はあまりに軽過ぎた。

ソリットはわなわなと眉間を震わせ、再び怒号を上げる。

「貴様ァッ!」

ソリットは大振りの左右の連打から、更に踏み込み膝を突き上げる。拳のガードはまるで無意味だ。膝蹴りで浮き上がった拳の顔面を、ガードを突き破る渾身の右ストレートが打ち抜いた。

ソリットは吹き飛ぶ拳の腕を掴んで引き込み、強制的にカウンターを叩き込んで、更に攻撃を続行する。

「絶対許さないなどと吠えたのはどの口だ!」

ソリットは拳に倒れる事を許さず、豪快なアッパーで無理矢理に立たせる。既に意識が混濁している拳は、棒立ち状態のままソリットの殴打を受け続ける。

深く突き刺さるリバーブロー。体がくの字に折れて沈む拳の顔面を、突き立てられたソリットの膝が迎え撃つ。右のフックが顎先を打ち、左フックが返す刀でテンプルに突き立てられる。

「その程度の力で! 俺を倒すだのとほざいたのか!」

崩れ落ちる拳を再びアッパーが迎撃し、ソリットは仰け反る拳の頭を鷲掴んでヘッドバットを叩き込む。

「舐めるのもいい加減にしやがれぇっ!!」

ふらつく拳の鳩尾に、ソリットはケンカキックをぶち込んで拳を吹っ飛ばした。

拳は体をくの字に折ったまま吹き飛び、意思のない人形のように転がる。

誰の目にも明らかな、拳の敗北だった。

「なんと! 試合開始から1分と経たずに! ただの一撃も返せぬまま、拳が倒された! これは予想を遥かに越えた展開だぁっ!」

「最初の一撃で、勝負は決まってしまっていたアルな」

困惑のどよめき、ソリットへの歓声、拳への罵声。闘技場に満ちる声は混沌としていた。

こうなる事を、誰が予想できたか。

「そのまま寝ていやがれ。2度と俺の前に立つな」

ソリットが踵を返しながら忌々しげに放った言葉は、拳に突き刺さる。深く、深く突き刺さり、拳の奥底にある記憶を呼び覚ます。

寝ていれば、もう殴られずに済む。痛い思いをしなくていい。

その代わりに、白花が――。

「いやだ……」

混濁した意識から、拳は微かな言葉を絞り出す。拳は今、10年前にいた。大事な物を失いかけたあの日に、拳は立ち返っていた。

自分の後ろに、白花がいる。母猫が命を振り絞って自分に託した、小さな命。強く生きる理由と力をくれた、掛け替えのない大切な友達。

それを失ってしまう。いや、重要なのはそこではない。

白花が、あの母猫のようになる。このまま倒れていれば、白花が苦痛に曝される事になる。

「駄目だっ……」

うつ伏せのまま吐き出した言葉が、今度はソリットの耳にも届いた。

拳は拳を握り、震わせながらもアスファルトに突き立てる。それを支えに、顔を持ち上げた。

どんな苦痛だって、堪えられる。耐え抜いてみせる。

だが――

「倒れてちゃ……駄目なんだっ!」

――大切な者を襲う苦痛を想像する痛みにだけは、耐えられない!

「何……?」

背後に感じる気配に、ソリットが振り返る。

そこに、拳が立っていた。

「立った! 立ち上がった! 早くも決着かと思われた矢先、拳が立ち上がってみせたぁああっ!!」

呼吸は乱れ、視界は歪み、脚が不安定に揺れる。しかし、あれだけの連打を浴びた拳が、確かに立っていた。

「だがまだダメージの痕がはっきりと残っている! これはまだ闘れるのか拳!」

「正直、かなり厳しいと思うアル。しかし……」

立ち上がった拳の姿は、拳の萌芽杯1回戦、セド=ゲットゲットとの試合を想起させた。あの試合でも拳は強烈な一撃をもらいながら立ち上がり、そして逆転勝利を成し遂げている。

にわかに巻き起こる歓声が拳の耳に届き、意識を覚醒させる。はっと我に返った拳は、輪郭を取り戻した視界に、ソリットの姿を捉えた。

そうだ、ここは闘技場だ。今はソリットとの試合の最中で、10年前のあの日ではない。

立ち上がっても、白花はここにいない。拳の後ろに、護るべき者はいない。

しかし、それはもう関係ない。今立たねば、自分はもう2度と立ち上がれないだろう。本当に護りたい者を背負った時、また苦痛に負けて倒れてしまうだろう。

だから、立たねばならない。強くなろうと決めたのは、この時の為だから。今この瞬間に立ち上がる強さを、自分は求めたのだから。

「僕は……」

あの頃よりは、強くなれただろうか?

確かめたい。

「闘うんだ!」

今が、その時だ。

「構えた!拳はまだ闘る気だ!試合続行だぁっ!!」

歓声が沸き起こる中、ソリットだけは苛立っていた。

「雑魚の分際で……調子に乗るなァッ!!」

ソリットはこの近い間合いからブーストを全開に、拳に殴りかかった。

拳は五体に問い掛ける。

動けるか!?

否。足がまるで利かない。避けるのは無理だ。

どうする!?

回復するまで凌げ! 守れ! 耐え抜くんだ!

拳は辛うじて動く腕を上げてガードを固めるが、ソリットはお構いなしにGASTの超加速を乗せた右拳で、防御の上から拳をぶっ叩く。

鈍い音が響き、拳の上体が大きく泳ぐ。しかし何とか踏みとどまって、拳はようやく覇朧鳳を抜き放った。

拳が構えたところに、軽くバックステップを踏んだソリットが蹴り足を突き出しながら突っ込んでくる。拳は覇朧鳳でこれを受けようとするが、ソリットの蹴りは止めきれず拳を受けごと踏み潰す。

拳はそれでも後足に力を込め、その場に立ち堪える。

眼前に仁王立つソリット。その氷のような捕食者の眼光が、拳を射竦めた。

体格差はさしてない筈のソリットが、拳の目には大きく映る。逃げるつもりはない。或いは、逃げ場がないだけなのか。

それでも拳は、全身を走る怖じ気を払うように覇朧鳳を振るう。

「ふん」

しかし、ソリットはそれを風にそよぐ枝を払いのけるように軽々と弾いた。

「効くかよっ!」

拳はすぐさま覇朧鳳を引き戻し、ソリットのミドルキックをガードする。だが強烈なソリットの蹴りは、受けた拳が必死で踏ん張る足を引っこ抜く。

一瞬浮き上がった拳は、それでもガードを上げて、続いてくるソリットのダブルスレッジハンマーを受ける。

潰される!

比喩でも何でもなく、そうなりかねなかった重い一発。しかし拳は片膝を着く事すら拒んで、腱が悲鳴を上げる程に踏ん張る。

「防戦一方! 拳は必死に耐えるが、まるでサンドバッグ状態だぁっ!」

「足を使えない程に、まだダメージが残っているアルな。しかし、何故退がらないアルか? ああも頑なに踏ん張っては、ダメージを逃がす事もできないアル」

また1発、渾身の右ストレートが拳のガードに叩きつけられる。

退がらない。後ろにある物を護ると決めた。だから、絶対に後退はしない。

拳はストレートの衝撃で開きかけたガードを閉じる。そこに、襲い来る左ストレート。
ガードが揺れる。覚悟が揺らぐ。

強烈な圧力は、拳のガードだけでなく、恐怖を押し込めていた覚悟にも穴を空けんとしていた。

もし、ガードが間に合わなかったら、自分はどうなるのか。

脳裏をよぎるのは、試合開始直後に貰った一発。拳の意識を過去まで吹っ飛ばしたあの衝撃だ。次に食らえば、今度は過去に戻るくらいでは済まない。意識は帰ってこれなくなるだろう。

「うぉらァッ!!」

フルスイングから放たれる一撃必殺の豪腕。それが左右交互の連打となって、拳のガードを襲う。

緊張と恐怖から体は固くなり、拳のガードを脆いものへと変えてしまう。1発毎にガードが大きく揺さぶられ、覇朧鳳がミシミシと軋む。

「無駄だァ!」

「うぁっ?!」

「あぁっと! ソリットの豪腕が唸る! 拳のガードが弾け飛んだぁっ!」

大きく開いた両腕は、ガードには間に合わない。大きくステップインしたソリットの右ストレートが、半端なガードを割って顔面に直撃した。

フォロースルーまで完全に乗せた一打が、踏ん張る拳の首を引っこ抜く。膝も伸びきり、ガードも上がらず、拳は完全に無防備な棒立ち状態だ。

ストレートを打ちきったソリットは、そのまま上体を捻って左拳を引き、次の1発を放つ態勢に入っている。

「力ずくでガードをこじ開け、遂にソリットの豪打炸裂だぁっ! 更に、クロスレンジから左フックの追撃が放たれる!」

「拳の意識は飛んでいるアル!」

拳がふらふらと退がると、ソリットは大きく踏み込んで間合いを詰めた。

既に目の焦点が合っていない拳のテンプル目掛け、ソリットの左フックが襲い掛かる。

「だらァッ!」

空を裂いて渦を巻き、豪腕が振り抜かれた後に、拳の首は残っていなかった。


〜闘了〜









次回予告
「セドです。いよいよ始まった拳君とソリットさんの試合でしたが、予想だにしない展開となってきました。このまま終わってしまう拳君だとは思えませんが……。果たして拳君はこの状況を打破できるのでしょうか? 次回『喪心』をお楽しみに」












「拳もやられっぷりがサマになってきやしたねっ!」
「褒めてません! 褒めてませんよそれ!」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.21 )
日時: 2013/07/30(火) 01:00:01 メンテ
名前: 魂蛙

第百十五闘:喪心



拳に背中を見せる程に大きく左腕を振りかぶったソリットが、アスファルトを圧し割らんばかりに深く踏み込んだ右足を軸に、左足で地を蹴る爆発的推進力を回転に換える。上体に伝わる回転は加速度的に大きく、速くなっていき、生み出された遠心力が左拳に集約する。

「追撃の左フックが放たれる!」

「拳の意識は飛んでいるアル!」

ソリットがフックを振り抜いたその後に、拳の首がない。あまりの破壊力に、拳の首から上が消失したのか。

「この野郎っ……!」

そうではない。

手応えが無かった。フックを振り抜き、怒りと僅かばかりの驚きが混じったソリットの視線は、下へ。

拳は膝を曲げ、深く身を沈めていた。

意識を失って崩れ落ちたわけではない事は、屈んだまま踏み堪えている事からも明らかだ。

「か……避わしたぁ!? 間一髪のダッキングだ!」

「意識無かったように見えたアルが……」

「それがどうしたァッ!」

怒号と共に突き上げられるソリットの右アッパー。しかし、これも上体を捩った拳の鼻先を僅かに掠めるだけだった。拳が体勢を戻した所をソリットが右ストレートで狙うが、拳は上体を反らして避け、空振りに終わる。

「当たらない! 突如としてソリットの攻撃が空転! 先程までの固さが嘘のような柔軟性で、拳が攻撃を避わしている!」

「よく分からないが、あれは拳本来の動きアル!」

――膝は柔らかく!

避わされれば避わされる程、ソリットの攻撃に怒りが積もる。一撃毎に大振りになっていくソリットの攻撃は、しかし悉く空振りに終わった。

――上体は軽く!

拳の全身から力が抜け、リラックスしている。あれだけの攻撃を身に掠めさせながら、恐怖を全く感じていないかのように、余計な力が抜けている。テレフォンパンチが当たる状態ではない。

――但し、靭さはなくさずに!

大振りのフックの下に潜った拳は、そのままソリットの死角を抜けて背後に回り込む。同時に覇朧鳳のスウィングが始まっており、コンパクトな軌跡を描いてソリットの背を打った。

拳はすかさずバックステップを踏んで間合いを離す。と同時に歓声が巻き起こった。

打撃としては軽く、ダメージを与えたとは言えない。だが、そこまでの流れが、このままワンサイドゲームでは終わらない、と期待を煽るには充分なものだった。

一方的な試合展開に半ば静まり返っていただけに、歓声は尚更大きく聞こえる。それは拳の耳にも届き、意識を覚醒させた。

はっと我に返った拳は、状況を把握できていない。そう、間違いなく拳の意識は飛んでいた。

いつの間にか、ソリットとの立ち位置が入れ替わり、その上背後を取っている。加えてこの自分に向けられた大歓声だ。

何かが起きた。いや、自分が何かをやったのか。

だが、何をしたのかが思い出せない。僅かな記憶の残滓には、師の声が遠くから聞こえていたような……。

しかし、考えを巡らす時間はなかった。ソリットがゆっくりと振り返る。

「この野郎がっ……!」

ざり、とソリットがアスファルトを踏みしめる音と、ソリットが突っ込んで来たという認識は同時。

自分に何が起き、何をやったかは分からない。だが、脚は利く。

僕はまだ、闘れる!

拳は覇朧鳳を構え、間合いに入ったソリットの踏み込みに合わせてバックステップを刻んだ。スウェーバックでソリットの右拳をいなし、体勢を戻す勢いに乗せて覇朧鳳を振るう。

初撃は下からソリットの脇腹を打ち、振り抜かず反動で覇朧鳳を回転させ、逆の肩口へ振り下ろす。命中と同時に拳は大きくサイドステップを踏み、ソリットの視界から消えながら間合いを取った。

鋭く派手な音を立てはしたものの、ソリットにダメージはない。ソリットの突進はまるで鈍らない。

ソリットは一息入れる間もなく間合いを詰めてくる。拳はソリットが右腕を振り上げるのに合わせて、一瞬速く覇朧鳳をコンパクトに振り下ろした。

ビームの刃がソリットの胸を浅く薙いだが、ソリットは止まる素振りも見せない。初動を潰す拳の目論見は外れたが、それでも拳はソリットの右ストレートをヘッドスリップでなんとか避わし、脇をすり抜けてソリットの背後に回る。

ソリットが振り向き様に放つラリアット気味のバックブローもスウェーでやり過ごし、離れ際にボディへ覇朧鳳の軽い一撃を当てる。

「目が覚めたようなフットワーク! 軽やかにソリットの攻撃を捌いていく! ここから拳の反撃の狼煙が上げられるのかぁっ!?」

「そう簡単には行かないかもしれないアル」

少し間を開けて2人が睨み合う。ソリットは怒りから、拳はダメージから息が荒く、まだ1Rにもかかわらず消耗の影が濃い。

ソリットが大きく息を吸い、獣の如き唸り声と共にブーストをかけて突進した。しかし、呼吸からタイミングは計りやすく、オーバーハンド気味に振るった右拳の下を拳は潜る。

拳はソリットの脇を抜け様、覇朧鳳でソリットの胴を打つ。だが、それも馬に鞭を打つが如く、ソリットの突進の激しさに拍車を掛けるだけだ。

「さながら闘牛! 反撃を物ともせず、ソリットが激しく拳を追い立てるぅっ!」

「拳の攻撃面での最大の持ち味は、技から技へと無限に繋げて一瞬の機会をこじ開ける、超高速のコンビネーションアル。反面、拳自身のウェイトやパワーの問題もあり、1発1発はどうしても軽くなりがちアル。今は、その軽い一撃を単発でしか繰り出せていないアル」

「現在のヒットアンドアウェイは、拳本来のスタイルではない、と?」

「今の拳ではソリットのタックルを止められず、それ故に一撃離脱をせざるを得ない状況アル。このまま突進を捌いても、あのGASTの紙装甲を補って余りある程にタフなソリットにダメージが蓄積するより、拳が捕まる方が早いアル。多分、ソリットもそれを分かっていて、単調な突進を繰り返しているアルな」

チャンの言葉を裏付けるように、ソリットの突進から次の突進へ移る間隔が短くなっていた。それだけ拳が離脱に手間取っている、という事だ。

そして遂に、その時はやって来た。拳が反転したその時には、既にソリットは眼前に迫っていた。

覇朧鳳を振り上げるが、間に合わない。拳が覇朧鳳を振り下ろすよりも早く、ソリットは肩口から拳の鳩尾に突っ込んでいた。

その瞬間、観客が想起したのは、列車の脱線事故の光景だった。

それに限って言えばTATアーマー随一とも称されるGASTのその瞬間最高速で、2人の人間が衝突する。超重量のアーマーを纏った2人が、羽毛のように一瞬浮き上がる。直後、ソリットは脇に抱え込んだ拳の左右の脚を引き込み、同時に直下へ向けてブーストを掛けた。

轟音を上げて地面に激突、けたたましい音と共に砂塵を巻き上げる。アスファルトに叩き付けられ押し込まれる拳の背中が、火花を上げながら、闘技場の半径にも達する距離を滑走した。

「いったぁああああっ!! チャンさんの予見した通り、ソリットのタックルが遂にっ! 拳を捉えたぁあああっ!!」

「関節技が極まれば、一気に決着するアル!」

タックルの終点では、既にソリットが拳に馬乗りになっていた。その拳は固く握られ、関節を極めにいく気配はない。

「マウントポジション! しかしソリットはサブミッションには移行しない!」

「打撃に拘るつもりアルか!?」

ソリットは圧倒的優位の体勢から、拳を見下ろす。

いつもの肉食爬虫類が獲物を見る冷たい目ではない。憤怒の炎が赤々と燃えるその目は、縄張りを侵され怒る目に近い。

喰らおうと、喰らうまいと。

決して許さない。逃がしはしない。

「雑魚が、舐めやがって……!」

関節技で終わらせる? 冗談じゃない。そう簡単に終わらせてたまるか。

こいつはまるで分かっていない。雑魚の癖に、まだ反抗的な目をしていやがる。こんな目をした奴は……。

「その目を……」

こんな目をする奴は……。

「その目をっ……!」

抵抗する気が起きなくなるまで、徹底的に叩き潰す!

「その目を、やめやがれぇえっ!!」


〜闘了〜







次回予告
「セドです。拳君の反撃が始まるかと思いきや、ソリットさんを相手にそう簡単にはいかないようで。やはり、拳君の不調は相当に深刻なようです。ソリットさんもいつも以上の激情に駆られているようにも見えますし、拳君も本来の実力が発揮できれば、そこまで圧倒的な力の差はないと思うのですが……。次回『暴戻』をお楽しみに」








「ソリットも使うつもりがないなら、何でサンボを身に付けたんでしょうね?」
「どこがサンボなんだとツッコまれるのを避けるための画期的な措置だそうです」
* Re: 鋼鉄闘士コンバットへヴンG Vol.2 ( No.22 )
日時: 2014/04/13(日) 10:20:51 メンテ
名前: 魂蛙

第百十六闘:暴戻


銃弾も通さぬ特殊合金製の手甲に覆われたそれは、まさに鉄塊の雨。マウントポジションから拳に降り注ぐ拳打は、鋼の集中豪雨だ。

「ソリットがいったぁっ!猛烈なパウンドだ!豪腕が唸る!唸るっ!唸るぅっ!」

密着され、上半身を抑えられては覇朧鳳も使えない。拳はガードを固めて耐えるしかない。ソリットがパウンドを叩き付ける度、ガードの中で拳の頭はピンボールのように跳ねる。

一撃毎に意識が揺らぐ。生温い鉄の臭いと味が充満していた口の中が、もう厭な冷たさしか感じない。耳の中を反響する音は歪み、どろどろに溶けて、形をなしていない。

それでも拳は、目だけは開きソリットを見据える。その先に突破口のない悲惨な防御に徹する拳の、それが唯一の反撃であるかのように。

「ソリットの猛攻が止まらない!めった打ちだぁっ!」

「拳のガードはまだ辛うじて生きているアル。しかし、これは最早……」

尚もパウンドを叩き込み続けていたソリットが、不意に攻撃の手を止めた。

ガードの隙間から覗く拳の目は、まだ生きている。その目に見上げられると、ソリットの中を黒い渦がうねりざわめくが、それを殴打に換える時間は残っていなかった。

1ラウンド終了を告げるサイレンが鳴る。

サイレンの余韻が消えるまで、たっぷりソリットは拳を睨み続けた。拳はまだサイレンに気付いていないのか、頑なにガードを固めたままだ。

ソリットが舌を打って立ち上がる。それでようやく拳も1ラウンド終了を悟った。

「果たしてこれは、サイレンに救われたと言ってもいいのでしょうか。ともかく、1ラウンドが終了!注目を集めました今年のTVSカップは、一方的展開で幕を上げる事となりました!」

予想もしていなかった烈しさに、闘技場がどよめきに満たされる。

観衆にとってのTATはエンターテイメントであり、つまり闘士はエンターテイナーだ。であれば、このどよめきは不甲斐ない拳への罵声に等しい。

「拳がなんとか立ち上がり、自陣へと引き上げていきます。ダメージはかなり深刻な物に思えますが、まだ拳は試合を続ける意志があるようです」

「あれだけの猛攻を凌げたのは、かなり高度な防御の技術が拳にあったからアル。それも、恐らく無意識であっても体が動く程徹底的に、教え込まれた物アル。拳は自分を鍛えた者に、感謝しなければならないアルな」

銀狼のサイドで待っていたメカニッククルーが、飛び出すようにして拳を迎える。拳が軽く噴かしただけのブーストも制御できず、よろめきながらサイドに転がり込む様は、そよ風に吹かれた枯れ葉だ。

「拳さん!大丈夫ですか!?」

「老師の……声、だったんです」

言われずとも、拳は充分に分かっていた。

ソリットの一撃で意識が飛びかけたあの時、拳は自分を叱咤する師の声を確かに聞いた。ただその声に従い、結果として窮地を切り抜けただけだった。

「拳さん……?」

「僕は……まだ……」

老師の教えは、まだ自分を見放してはいなかった。

その事実は、ほんの少しだけ拳を救ってくれた。

拳はそこで初めて焦点が合い、今気付いたかのようにクルーを見上げる。

「大丈夫です」

「拳さん……」

大丈夫なものか。

デビュー当初の人気を支える一因でもあった端正な顔が、血で汚れ酷く腫れ上がっている。

殲刻龍式はWW社の最新技術の結晶だ。だがそれ故に、あれ程までに打たれれば中の人間がどのような状態になるか、若いクルーもそれはよく分かっていた。

だが、かける言葉が見つからない。それを唯一持っている筈のセコンドは、ここにはいない。

やがて、メカニックチーフが無言のままに作業を始める。彼もそれに倣うしかなかった。
対するサイド金獅子も、終始無言であった。

機械的に最低限の作業をこなすクルーと、その存在を気にも留めないソリット、そして向かいのサイド同様不在のセコンド。噛み合わない歯車は、無音のままに空転するだけだ。

しかし、沈黙は決してソリットを鎮めたわけではない。

瞳の奥に、黒煙を上げて燃え盛る炎。闘技場では怒気を表に出す事も多いソリットだが、これはそれとは違う、今までに見せた事のない表情だった。

ソリットは銀狼のサイドを睨み、奥歯を強く軋ませる。

遠目にもはっきりと分かる。拳はボロボロだ。自分の足で立つ事すら覚束ない。

押せば倒せる相手。だが、その目の光を消す事はできなかった。

あの目だ。あの目をする奴は、俺を――

「サイレンです!1ラウンドを耐え凌いだ拳に、逆転の術はあるのか!それとも、このままソリットが決めてしまうのか!」

サイレンと同時に、ソリットが駆け出した。ダメージの癒えきらない拳は、その場に踏みとどまって覇朧鳳を構える。

「貴様っ……!」

瞬間、ソリットがバーニアに点火、一気に格闘戦の間合いまで詰め寄った。

「貴様はどこまで……」

無策で突っ込んでくるソリットに対し、カウンターになる形で拳は覇朧鳳を振り下ろす。

「どこまで俺をっ――」

直撃。

ではない。

それを、ソリットは額で受け止めていた。

「――舐め腐るかァっ!!」

ソリットは覇朧鳳を頭で押し跳ね退け、右の踏み込みストレートを振り抜いた。

胸を強打された拳は、踏ん張りも充分に効かず後ろへ吹き飛ぶ。

壁際で踏みとどまった拳に、低い姿勢から伸びるような踏み込みでソリットが襲いかかる。

「効かないと――」

条件反射的に覇朧鳳を突き出す拳。ソリットがその覇朧鳳の鉾先に、ミドルキックを合わせる。

「――言っているッ!」

振り抜いた蹴り足が、拳の手から覇朧鳳を奪って弾き飛ばす。

吹き飛ばされた覇朧鳳は、回転しながら緩い孤を描いた。それからアスファルトの地面に落ち、乾いた音を立てて転がる。

一瞬怯んだ拳だったが、直ぐ様腰を落として構え直す。その両手が蒼光を噴出、刃を成す。

それが、ソリットの逆鱗に触れた。

ソリットは拳の右手を掴み、

「貴様はッ!」

左手を捻り上げ、

「まだッ!」

顔面目掛け己の額をぶち当てる!

「俺を侮るかァッ!」

「出たぁああっ!!ソリットのヘッドバッドだぁっ!」

「しかし、堂に入った頭突きアルな」

今こそソリットは、自分の怒りの理由を自覚した。

拳に喧嘩を売られた事も、その甘ったるい考え方も、吐き気がするほど気に食わない。だが、本当に腹に据えかねるのは、拳がこの期に及んでまだ本気を出さない事だ。

萌芽杯での闘いぶりを見、そして実際に闘い、はっきりと分かっている。拳は間違いなく、徒手空拳でこそ本来の実力を発揮する筈だ。

ここまで追い詰めてなお武器を使うということは、ソリットが舐められている事に他ならない。

自分より弱い男に舐められる。それが何よりソリットを苛立たせていた。

「まだ、まだ僕は……」

「こいつっ……!」

だが、目だけは。

こいつがこの目をする筈がない。舐めてかかってくる人間の目ではない。

ソリットは拳の頭を鷲掴み、そのまま壁へ押し込んだ。

拳に抵抗する力など最早ない。そもそも本気を出すつもりがないのだ。にも関わらず、頭を掴んだ指の隙間から覗く目は、まだ生きている。

「さっさとくたばりやがれぇッ!」

ノーガードのボディ目掛け、突き上げるような左フックを打ち込む。

「壁に磔状態の拳のリバーを、ソリットが執拗に叩くぅっ!見る者をすら悶絶させる凄まじいヘビーブローの連打だぁああっ!!」

歯を食い縛ろうにも、拳にはそんな力すら残っていない。それでも拳は、目を閉じずに耐えていた。

打拳越しに伝わってくる、ソリットの怒りや苛立ち。それが、拳がここに立つ理由を思い出させていた。

セドと海に行った時に、決めたじゃないか。ソリットとの約束を、果たすのだと。

まだ、何も伝えていない。ソリットに届いていない。

伝えるまで、届けるまで、倒れてはいけない。それではここに立った意味がなくなる。

「倒れろォォオオオッ!!」

ソリットは拳をボディブローで壁に押し付け、その場で旋転しつつ跳躍する。回転の勢いを乗せた後ろ蹴りが、拳の腹に打ち込まれた。

「ローリングソバットが突き刺さったぁああっ!!」

「凄まじい……まるで破城槌アルな」

攻城兵器とまで喩えられたソリットの蹴りを受け、遂に拳の体がぐらりと傾いた。
だが、それでも。

「ま、だ……」

約束を果たすまでは、まだ。

拳は最後の力、その一滴を振り絞って足を踏み出し、倒れかけた体を支える。それが、最後の一歩だった。

殆どソリットに密着した状態で、震える腕を持ち上げる。

その拳が、ソリットの胸に届いた。

「このっ!!?」

それは最早拳打ですらない。ただ緩く握られた拳が触れただけ。

だがその瞬間、ソリットを感じた事もない悪寒が走った。

喩えようのない未知の感覚に突き動かされ、ソリットは拳の背後に回り込み、その首を締め上げていた。

「スリーパーホールド!ソリットが決めにかかった!これは決まったか!?」

「綺麗過ぎる程完璧に、極まっているアル。これでは数秒で……」

余計な力は入れず、無駄に気管を締める事なく、頸動脈洞のみを圧迫する。機械的に極めるその姿には、ある種の美さえ感じられた。

ソリットのそれは、極め技の1つの極地だ。苦痛さえ与えず、ただ一瞬の内に締め落とす。ソリットだからこそ為し得る、単純にして究極のフィニッシュホールドである。

ものの数秒で、拳の意識に闇が満ちる。視界が暗転するその瞬間まで、目は開いたままであった。

「お、落ちたぁああっ!!幾度も窮地に陥りながら、それでも立ち上がった拳が、遂に失神っ!決着です!」

「いやはや、何とも形容し難い結末アルな……」

完全に力を失い、拳の体が崩れ落ちる。ソリットは拳の首から腕を解き、拳の脇の下に差し込んだ。

観衆も実況解説も、誰もが拳を支えてやったのだと思ったろう。

「……これで、終わりだと?」

否。

「ああああっと!!!これは!ソリットがっ!!」

「何度も言わせるなァっ!!俺を――」

ソリットは意識なき拳を羽交い締めにし、そのままスープレックスの体勢に入る。

「――舐めるなぁあああああああああっ!!!」

客席からどよめきと悲鳴が上がり、それを鈍い衝撃音がかき消した。

ただでさえ受身を取りにくい技である上に、意識のない拳は受け身など一切取れる状態にない。激突の衝撃を余す事なく後頭部で受け、瓦礫のようにアスファルトの地面を転がり横たわる。

「やってしまったぁあああっ!!既に意識のない拳に、追い討ちのドラゴンスープレックス!これは萌芽杯決勝に続いて、いや、それ以上の暴走だぁっ!」

立ち上がったソリットが、拳を足蹴にして仰向かせる。大の字になった拳に、ソリットは馬乗りになった。

再び客席からどよめきが上がる。それはソリットを煽るものでしかない。ソリットは拳の顔の横で片膝を立て、その顔面に狙いを定めて固く握った拳を強く引いた。

拳は失神している。その目は、今は閉じられている。

「……二度と――」

「意識のない人間に、下段突きをぶち込むつもりアルか?!」

「――俺の前に立つなァああああああああっ!!!」

破砕音が、闘技場に響いた。


〜闘了〜



次回予告
「セドです。何と言うべきか、噛み合わない試合になってしまった、というのが率直な感想です。お二人の対決には俺個人としても興味を惹かれていたので、このような展開になってしまった事は残念に思いますが……勝負は勝負、それが闘士です。それでは次回『局外』をお楽しみに」















「歯車に例えるなら、若は回ってすら……」
「く、空転くらいはしてますよっ!」
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