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* 小豆龍スレ

日時: 2012/10/17(水) 21:56:41 メンテ
名前: 小豆龍

【お知らせ】

短編とこちらのスレの区別ですが、実は擬人化要素はこっちという区切りだったのです。今更過ぎる告白。


>>1 「とある虫の話」
>>2 「黒い悪魔とピエロの男」
>>3 「正義と正義と正義」
>>4 「ダンゴムシは口を閉ざす」
>>5 「コンストン物語」
>>6 「ウルスス・チベタヌスの日記」
 
Page: [1]
* とある虫の話 ( No.1 )
日時: 2009/09/29 17:53 メンテ
名前: 小豆龍

 『とある虫の話』

                         
 ある所に、白い体を持つ幼虫がいました。顔の周りに黒い斑点を持った幼虫です。その幼虫は、生まれた時から正方四辺形の形をした部屋に住んでいました。屋根はついていないので、昼間はとても明るくなります。部屋には、幼虫のご飯である葉っぱが、枝つきで置いてありました。
 幼虫は葉っぱをもぐもぐとほお張ると、ころん、と横になりました。そしてそのまま寝てしまいました。
 次の日、幼虫は目を覚ましました。すると、いつも通り、新しい葉っぱが目の前に置いてありました。
 幼虫は、空を見上げました。それから、ふっ、と笑いました。
「もう止めよう」
 それは諦めたような口調でした。
「これからは怠惰に生きよう」
 そして、幼虫は、今までとは全然違う、とても嫌な感じで、ニヤリと笑いました。
「僕はニートになってやる!!」


 それから、幼虫の食べては寝て、食べては寝ての生活が始まりました。それはとても楽しい生活でした。今まで幼虫は、賢い幼虫にならなくちゃ、とか、立派な成虫にならなくちゃ、とか、沢山の努力をしてきていたのです。それはとても苦しい事でした。しかし、もう、そんな苦しい思いはしなくて済むのです。
「あーはっはっはっはっは!」
 幼虫は、いつも用意されている枝つきの葉っぱにかぶりつきながら、とても楽しそうに笑っていました。
 幼虫は、どんどんどんどん太っていきました。


 幼虫は、はちきれんばかりの丸々とした姿に成長していました。幼虫は、この時こそ大人になる瞬間だと感じました。いくら食べても、体が、もうこれ以上大きくならなかったからです。
 幼虫は糸を吐いて、体をだんだん覆っていきました。しばらくすると、大きかった幼虫の体は、すっぽりと糸で包まれていました。幼虫は真っ暗な繭の中で、成虫になる瞬間をじっとして待つ事になりました。


 じっとしているというのは、なんともつまらない事でした。幼虫は、今までたくさん寝てしまっていたので、繭の中では眠ることができなかったのです。
 幼虫は少しでも時間を潰すために、今までの思い出を振り返ってみました。昨日、一昨日、一昨昨日……。やがてとても小さかった時にまでさかのぼった時、幼虫は、はっ、と息を止めました。今の自分とは全く別の自分が、そこにはいたのです。
 昔の自分は、賢い幼虫になろう、立派な成虫になろう、と考えて、一生懸命努力していました。
 幼虫は、何だか無性に腹が立ってきました。何でなのか、自分でも良く分かりません。
 うー、うー、とうるさい音が聞こえてきたので、なんだろうと幼虫は思いました。それは簡単でした。
 幼虫は、声を押し殺して泣いていたのです。
 しかし繭の中が暗かったので、幼虫はなかなか気づきませんでした。


 常天小学校の三年生は、蚕を育てて、観察日記をつける事になっています。毎朝、当番の子が通学路の桑の木から葉っぱを採ってきて、箱の中にいる蚕の幼虫達に餌をあげるのです。箱の中にいる蚕の幼虫は、厚紙によって、一匹一匹個室が作られています。それによって、餌の取り合いが起こらないようにしているのです。
 今まで長い間世話をしてきた甲斐があって、蚕の幼虫達は真っ白な繭を作ったところでした。そこから、成虫が出てくるのです。
 本当は、絹を採るために、繭を茹でて中にいる蛹を殺し、繭の糸を解けるようにするのですが、常天小学校ではそれをするのが可愛そうだ、と言うことで、成虫になるまで観察する事になっていました。
「せんせい、おかいこさんの成虫は、いつになったらでてくるの?」
「後二回くらい寝れば、出てくるよ」
「わぁい」
「せんせー! ぼくね、さっきね、二かいねたよ!」
「家で、夜に寝ないとダメなんだよ」
「っえー!?」
「あ! せんせー! まゆがうごいたよ!」
「本当だ。もうでてくるようだね」
「みるみるー!!」
 先生の言うとおり、繭に小さな穴が開いて、真っ白な蚕の成虫が姿を現しました。蚕はガの仲間です。しかし、羽はクシャクシャで小さく、飛べそうには見えません。おなかも大きいです。その上、体をブルブルと震わせていました。
「わー! この虫ないてるー!」
「こわがりやなんだよー」
「なきむしー!」
 子供の一人が、先生に質問しました。
「せんせー。おかいこさんは何をたべるのー?」
「お蚕さんはね、何も食べないんだよ」
「えーっ!?」
「すごーい!」
「だからね、二日くらい経つと、死んでしまうんだよ」
「ばかじゃーん!」
「なにかたべればいいのにー!」
 子供達が思い思いの感想を口にしていきます。そこには、一生懸命蚕のお世話をした、という達成感にあふれていました。
 一方で、蚕はいつまでもいつまでも震えていました。子供達とは対照的に、貧相な羽とひ弱な体を、いつまでもいつまでも震わせていました。
 無駄だと思って努力をしないと、人間も、大人になった時、蚕みたいになるかもしれませんね。






【後書き】
 ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、『続・とある虫の話』を大幅に改稿したものです。終わり自体は変えていないつもりですが。
 実は、これをちょっと賞みたいなものに送ってみようかなぁ、と身の程知らずな事を考えています。ラノベではないです。童話の大会らしいのですがね。
 これは童話なのか、それともそれ以外なのか、をご指導してくださると嬉しいです。それと文章のおかしなところとかも指摘してくださると助かります。よろしくお願いします。
 あ、それと、チャットではなく感想スレに書き込んでくださると、いつでも読めるので助かります。数行でも構いません。お願いします。


今になって読み返すと、身の程知らずも良い所ですね、これ。
言い訳をさせていただくと、これは『やっつけ仕事』です。はい。一日で構想し二日で書き十五分で推敲したようなものなのです。←(おまえ一回しねや!
* 黒い悪魔とピエロの男 ( No.2 )
日時: 2009/09/29 17:52 メンテ
名前: 小豆龍

    《黒い悪魔とピエロの男》 

 天井を心臓のリズムよりも速く駆け抜けたのはおそらくねずみだろう。
 青年は生のキュウリを頬張りつつ、細やかな足音がした天井を見上げた。青年にとって、ねずみの足音を聞くのは初めての経験だった。
アパートを借り、一人暮らしを始めて三日目。料理をしてみたり、洗濯をしてみたり、献立を考えながら買い物してみたり、実家を「実家」と言ってみたり。様々な初めてを青年は経験したが、まさかねずみの足音を聞くことになるとは予想外だった。
ねずみ。
アカネズミ、カヤネズミ、カワネズミ、クマネズミ、ヒメネズミ──いちばん有名なのは科学や生物学の実験でつかわれるハツカネズミだろう──どの種類のねずみなのかは分からないが、トコトコトコッとねずみが青年の頭上を駆けている。
しかしねずみが駆け回るとは、上の階は一体、どんな状態になっているのだろうか。ねずみの存在に、部屋の主が気づかないはずがない。
上の階の住人が誰だったか、青年はキュウリをかじりながら考えた。少なくとも女性ではないと思う。
 と、そこまで考えて終わってしまった。何も思いつかない。女性ではないだろう。では男か。そう考えると、いや、女性かもしれない、いや、男性かも、いやいやいや……。
 青年は諦めてキュウリをかじった。キュウリはお店で売っていた新鮮なキュウリだ。実家では祖父が作ったものを食べていた。水で洗って、端っこを切って捨て、小皿に盛った味噌につけて食べている。とてもおいしい。だが、祖父のキュウリと比べると、どうもいま一つに思える。
「皮がしぶいんだよな」
キュウリの丸かじりは青年の得意料理のひとつだ。誰が何と言おうと得意料理のひとつだ。
 青年は無心に食事を続けようとする。しかし、どうも落ち着かない。
また天井でトコトコトコッと足音がした。その後にカサコソという音が天井の隅で混じった。トコトコトコッ、ではない。カサコソである。青年は身を凍らせる。顔が蒼白だ。いや、まさか、あれじゃないよね、あれじゃ……。
背中に冷や汗とはまさにこの状況。
アレ。アレと言えば、アレしかない。できればアレで察していただきたい。アレの名前はとてつもなくおぞましいのだから。四文字の中で、キの上下に挟まる二つもの濁音。誰かがアレの名を口にした時、アレは誰かのすぐ後ろに現れるという。嗚呼、恐ろしいっ! 思い浮かぶはずだ。恐竜の時代から生き続け、滅びる人類を片目で嘲笑いながら未来永劫その生を存続させる(予定の)あの黒い悪魔が!
「ま、まさか! いるわけがない!」
 青年はフッ、と得意げに笑ってみせる。左手に持っているキュウリは震えるあまり、小皿の上の味噌になかなかつかないのだけれど。
 今度は天井ではなく、間近でカサコソと音がした。
 青年は眼を見開いて息を止めた。まさか、この部屋にもアレが。小さく身が震える。信じられない。奴らは俺を追ってこんな所にまで現れるというのか。
 ねずみの足音よりも速く心臓が脈を打っている。落ち着かせないと過労死してしまいそうなほどに速く。
 どうすればこの心臓は落ち着くだろう。
 青年は深く息を吸って、吐いた。
 アレがいないということを、確かめるしかない。
 青年は顔を、角度にして二度、左に傾けた。
 眼の端には何も映らない。
 青年は強く瞼を閉じる。そして自分に言い聞かせる。
 大丈夫。大丈夫だ。俺は大丈夫。
 青年はさらに角度にして五度、左に首を回した。
 背後のベッドの足が、左目の端に見えている。その先は台所だ。台所の隅には冷蔵庫がある。
 冷蔵庫。それは青年にとって、あるトラウマをフラッシュバックさせる電化製品だった。青年は一度、実家の冷蔵庫の下で、アレの群れを見たことがあった。今も、思い出しただけで気が遠くなりそうになる。だが、青年は負けるわけにはいかない。彼はもう、一人暮らしを始める年になったのだから。
と、自分を励ましている間にも、現実ではうごめく黒い物体が冷蔵庫の前に現れていた。
「はっ!」
 青年はキュウリを剣のように構え、黒い物体に向けていた。
 先には黒いビニール袋が転がっていただけだった。昨日、コンビニでもらった袋だ。
 青年は安堵の息を吐いた。さきほどのカサコソという音も、ビニール袋のそれであるに違いない。
 青年は深く深く安堵の息を吐いた。
「あんなもん、いたら死んじゃうよ」
 背中が力なく丸まる。机の上にあごをのせ、眼を閉じる。数分そのままでいる。やがて眼を開けて首の後ろのこりをほぐした。食べかけのキュウリを小皿に置き、大きく伸びをする。伸びをすると、そのまま寝ころびたくなった。
「やれやれ」
 床の上で大の字になって寝転がる。トコトコトコッと天井でねずみの足音が聞こえた。
 どんなねずみなんだ、と青年は声を漏らす。すると返事があった。
「クマネズミさぁ。あれは怖いよぉ」
 老いたような調子で、子供のそれと似た声だ。
 青年は眼をぱちくりさせて、声のした方を見た。青年の寝転がった頭の上の方向。そこには二本の足で立ち、四本の腕を広げた黒い悪魔がいた。
「はっ!」
 青年は幼少のみよりから鍛えられた反射神経で殺虫剤に手を伸ばし、黒い悪魔に噴霧する。逃げるハエすら捕らえそうな速度。毒の霧を浴びた黒い悪魔は、大きく咳き込んでパタリと倒れ、動かなくなった。
 青年は息を荒くしている。
「や、殺った!」
 殺ったぞ、と青年がガッツポーズを取る。すると、げほぉーほっ、げほぉーほっ、と肺の全てを吐き出すような勢いで、倒れた黒い悪魔が咳をした。青年はツバメに追われる羽虫のような勢いで部屋の隅へ逃げた。
「こ、殺す気か!」
 黒い悪魔が青筋を浮かべ、青年に怒鳴る。
「殺す気だ!」
 青年は真っ青な顔で怒鳴り返した。恐れの余りオウム返しに近かった。
 黒い悪魔は、あ、そう、と興が覚めたような調子で肩の力を抜いた。青年は、今、とばかりに再び殺虫剤を吹きかけるが、黒い悪魔はそのただ中でチッチッチと指を振る。
「ゴキブリの適応力、なめるなよ」
「あぁあああっ!!」
 青年は慌てて両耳を塞ぐ。
「その名を言うな!」
 ゴキブリは不貞腐れたように床を蹴る。
「はいはい。まったくもう、大抵の人間はこうなんだよな、ブツブツ、ブツブツ」
 二本脚で立つゴキブリは「ブツブツ」と何度も繰り返して不満そうにしている。
「まあ、こう見えても? 並みの人間よりは長生きしているつもりなんで? 殺されそうになってもあんま気にしないよ、寛大だし、うん。まあ、用があってさ、ちょっとしたあいさつなんだけどね」
「出てけ!」
 青年がベランダを指し示して叫ぶ。
「え、ちょっと、しゃべるゴッキブリだよ? もっと他のリアクションが欲しいのだけどさ」
「出てけよ!」
 あ、そう、とゴキブリは肩をすくめる。そして、しょうがない、と言って、カサカサカサ、と音をたてて柱をよじ登り始めた。
「ホントに出てくけど、いいの?」
 天井近くで青年に問う。
「さっさと出てけ!」
 ゴキブリは深いため息を残して、天井と壁の小さな隙間に消えていった。
 しばらくすると、トコトコトコッというねずみの足音が無数に聞こえ始めた。それはゴキブリが青年の部屋から出て行った、天井と壁の小さな隙間に集まって行くようだった。
 たくさんの何かが跳躍する音。加えてかすかにねずみの鳴き声が聞こえる。
「チュー「チュチューン!」「チュチュ「チュウ!」チュチュ!」―!」
 しかしすぐに、たくさんの何かが床にたたきつけられる音。
「ちゅ「じゅぅ「ちぅ」う!」「じゅわ!」〜ん!」
 それきり静かになる。
 やがて、カサコソ、という音だけが、青年の頭上から悠然とした様子で聞こえてきた。


 次の朝、青年が鏡を見てみると、眼の下に深く濃いくまが出来上がっていた。今日は学校があるというのに。
「くそぅ……」
 青年は一晩中、まともに眠ることができなかった。布団にもぐって眼を閉じようと努力しても、カサコソ、カサコソ、と絶え間なく天井からアレの足音が聞こえてくる。いつアレが自分の部屋にやってくるのか気が気でなく、それ以上に、自分が知覚できる範囲にアレがいるということが目をさえさせていた。
 青年は下がりゆくまぶたを懸命に押し上げる。アレのお陰で米を炊き忘れた。朝食がない。とりあえず豚肉を味付けもせずにフライパンで焼いた。皿に乗せないでフライパンから直接つまんで胃に押し込む。フライパンに着いた油をキッチンペーパーで拭き取る気は起きなかった。足りていない脳の栄養、ブドウ唐については、通学途中にあるコンビニのおにぎりで補給しようと決める。
青年の着る服はあり合わせだ。そんな余裕はない。一刻も早く学校に行って、アレがいる空間から離れようと思った。
 ぼんやりとする頭でカバンの中身を点検し、今日、学校で使う書籍の類が入っているか確認する。
 よし、とカバンを叩く。声も動作もよれよれになっている。これは重症だ、と顔をしかめる。重症だ、重症だ、重症だ……、意味もなく頭の中で言葉が繰り返された。ぐるぐるぐると止まらない。止めようとも思えない。無駄なエネルギーを使っている。はて、今脳味噌はどれくらいのエネルギーを使っているのでおじゃるか? プリン何個分でおじゃるか?
 ああ、もう、NH○に帰れよ。
 青年は部屋から出て、玄関に鍵をかける。ふらふらと狸の縄張り巡回のような軌跡を描いて通路を通り、階段を下った。いつもより数秒ずつ多く費やし、一段一段、ゆっくり下りていく。別の世界だと転落死している自分がいるかも知れない、はて、その確率は? とまた思考がどこかに飛び始める。
「あらぁ、どうしたのその顔?」
 青年を現実に引き戻してくれたのは、青年の住んでいるアパートの大家さんだった。とても世話好きのおばあさんである。住んでいる人々の、一部のごみを分別してくれる位に世話好きのおばあさんである。
「眠れなくて」
 パチン、と叩かれて落下してく蚊のように声が尻すぼみする。
おばあさんはしゃきしゃき答える。
「それくらい見ればわかるよ」
 青年は、有意義な行動となるとカタツムリのごとくしか回転しない頭で必死に考えて、再び口を開く。
「眠くて」
「そりゃそうだ」
 おばあさんの失笑を買った。
 青年は貧乏ゆすりをしながら言葉を探す。
「上の階に、アレが……」
「アレ? どのアレだい?」
 言外に、アレとねずみ以外の存在が臭ってくる。他にどんなものが青年の上の部屋にあるのか。青年は早くも連想ゲームを始めた脳をボコボコにするイメージを強く思い描いた。なんと虚しい思考だ。
「黒い、アレです」
「ああ、黒カビ?」
 どういうわけだそれは。青年には驚愕する力もないので、淡々と修正を促す。
「いえ、もっと元気な」
「元気な……。海苔かい? ノリだけに」
 青年には愛想笑いする力もなかった。
「冷蔵庫の下に群れる、アレです」
 ああ、とおばあさんが両手を打った。
「ゴキブリかい!」
 青年の膝から力が抜けた。手すりにつかまってなんとか体勢を立て直した。
「あら、違うのかい?」
「いえ、合ってます。それが、たくさん、上の階に」
「あらぁ、分かった分かった。おばちゃん、今度見とくからね」
 今度とは一体いつなのだろう、と思いつつも、青年は首だけガクリと下げて礼をする。おばあさんはどうやら、青年のお隣さんに用事があるようだった。おばあさんに背を向けた青年は、どうにかこうにか、アパートの隣にある駐輪場まで体を引きずっていた。


 青年が講義室に入ると、中には誰もいなかった。講義が始まるまであと二時間近くもあるのだから当然だった。青年は黒板から遠く離れた席に崩れるように座り、机に額を打ち付けて目をつぶる。
「俺は寝るぞぉ〜」
 誰もいないのに宣言する青年は、やっぱりちょっとヤヴァイ。
「ヤベー……」
 おもに眠気が。
「グー……」
 すぐに寝入った。某小学生並みの寝入りの良さだった。


 教授がプロジェクターの前で威儀を正し、朗々と響く声で講義をしている。
「──であるからしてぇ、この対象の婉曲表現はぁ、年代によってぇ、様々なぁ、形態がぁ、あるのでぇ、ありまぁすっ」
 画面が切り替わり、映るのはグラフだ。A、B、C、Dと色分けされた棒グラフが、時代順に横並びしている。
 A、B、C、D。青年はなんだか、期末の後の、アレを見ているようで不快になってくる。
せめて@、A、B、C、とか、あ、い、う、え、とか、α、β、γ、ζ、とか、い、ろ、は、に、とかにできなかったのだろうか。繊細な学生に対して、配慮というものがまるで感じられない。
 青年の気分もなんのその、教授は講義を進めていく。
「ではぁ、もっとも代表的なぁ呼び名とはぁ何だったかぁ。君ぃ、言ってみて、くだっさぁい」
「……俺、ですか?」
 教授は確かに、青年の目の前で立ち止っている。視線は静かに、青年のそれと重ね合わされている。
「……黒い、悪魔?」
「すおっの通っり!」
 教授が勢いをつけて、立てた母指を天井に突き上げるように体を動かす。
「くぉの呼び名はぁ、今ぬあぉ、人気を保ち続けるぅ、アニメ『機動戦士ガンダム』のぉ連合モビルスーツぅ、ガンダムのぉ別名ぃ、『白い悪魔』からぁ、派生したぁものだとぉ、思われぇ、ますぅ」
 キャンプファイヤーのような出だしのオープニングを青年は思い出す。
「証拠にぃ、放送時の年代からぁ、急激にぃ、『黒い悪魔』というぅ婉曲表現のぉ使用者がぁ、増大ぃしていったのでぇ、ありますぅ」
 青年の頭の中で、白い悪魔が敵を撃って撃って撃った。ガンダム、ガンダム、ガンダム。何度もその名が讃えられている。


 青年は顔を上げた。
「もえあがっれー、もえあがっれー、もえあがっれー、ガンダムー」
 君よー、とハーモニー。
 走れー、とハーモニー。
 教卓の周りをステージにして、五人の男がカラオケと洒落こんでいた。やんややんやと三人の女がはやし立てている。
 青年は時計を見た。講義が始まるまで、まだ三十分あった。


 次の講義がある14番講義室に向かう途中で、青年は変な男を見つけた。男は理知的な顔をしていて、フレームの無い眼鏡をかけている。髪はみじかく、さわやかな印象を与えている。そこだけなら、そこらへんにいるイケてる男だ。しかし身につけているのは左右非対称の服と、二つの原色で塗り分けられたズボン。どこのピエロだ、と青年は胸の内で呟いた。
 当然、青年以外の学生も男を注視している。男はものすごく目立っていた。
 ふと青年と男の目線が合った。
 男が笑顔を向ける。青年は軽く会釈して、その前を通り過ぎた。


 今日、青年は午前の2コマにしか講義を入れていない。
 青年は家に帰りたくなかった。アレがいるから。しかし青年の家はそこにしかない。野宿しようにも、土地柄、夏でも夜はけっこう冷える。無理だ。実家に帰ろうにも、手持ちの金では交通費が心もとない。そして預金通帳は家だ。
「どうする……!」
 青年は食堂でお値打ち定食を食している。手の込んだ料理はやはりおいしい。
「むっ」
 青年は口元に運びかけていた大根の煮物を止める。眉間にしわを寄せて唇を引き結んだ。ある考えが浮かんできた。
「殺虫剤がだめなら、叩き殺せばいい」
 後ろで食事をしていた女性が顔をしかめて青年を見た。当の本人は気付いていない。
 青年は箸でつまんでいた大根の煮物を皿に戻した。そして肩を落とした。寒気がした。叩き殺されたアレを想像してしまった。
「……おぇ」
 青年は大根の煮物を残した。


 自転車のペダルに足をかけたものの、どうも足に力が入らない。やっぱり家に帰りたくなった。
 その青年の肩を叩く者がある。誰かと思って振りかえると、あのピエロのようなイケ男が立っている。
「やあ、こんにちは」
 まるで、偶然ですね、とでも言いたげな口調だった。肩を叩いて偶然も何もないと思うが。
 青年は肩に置かれた手を振り払った。自転車から降りてスタンドを立てる。そしてピエロのような男に体を向ける。
「なんか用っすか?」
 男は、はい、と言って言葉を続けた。
「お財布、落としましたよ?」
「えっ!?」
 青年はあたふたと尻ポケットを探る。男の言った通り、あるはずの所に財布がなかった。
「ありがとうございます」
 青年は男から財布を受け取る。
「どういたしまして」
 男は頷いて笑みになる。
「ひとつ、お伺いしたいことがあるのですが、お時間はよろしいでしょうか?」
 青年は快くうなずく。
「大丈夫ですよ」
「それは良かった」
 男が満面の笑みを浮かべる。男は一呼吸おいて、その質問を口にする。
「しゃべる虫を知りませんか?」
「え?」
 青年は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「しゃべる虫、ですか?」
「はい」
「朝からそんなことばかり聞いて……るんですか?」
「はい」
「みんな、何て言ってました?」
 男は首をかしげて言う。
「知らない、と言う人もいますが、大抵の人は何も言わないでどこかに行ってしまいますね」
 青年はうなずく。
「そりゃそうですよ」
「おかしい、と言う人もいます。その割には楽しくなさそうでした」
 青年は男の言っている事を理解するのに少し時間が必要だった。男の言葉の間違いは指摘しないでおいた。
「虫がしゃべるなんて、あり得ないですよ」
「そのようですね」
 男は笑みを浮かべた。
「それで、お答えをまだいただいていないのですが、しゃべる虫を知りませんか?」
 青年は即答する。
「知りません」
「そうですか。貴重なお時間、ありがとうございました」
 男は青年に背を向けて、離れていった。青年はスタンドを蹴り上げ、自転車にまたがる。
「何なんだ、一体……」
しばらくそのまま空を見上げていた。靄のような層雲が空の全てを覆っている。


 結局、青年は家に帰ってきた。
 青年はドアの隙間から、こっそり部屋の中を見渡す。そこには今朝と同じ風景が広がっていて、何ら異変はないようだった。どうやらアレはいなさそうだ。青年は深く息を吐いて抜き足差し足部屋に入った。
 ふと、自分の行動を問う。何故、我が家でこんなにびくびくしなくてはいけないのか。こんなにもコソコソしなくてはいけないのか。
「面白くねえっ……」
 青年はドアを全開にする。胸を張るよう意識する。しかし視線は台所の隅や冷蔵庫の下についつい、いってしまう。ふとガスコンロを見ると、今朝使ったまま汚れを落とさずに放置してあるフライパンが目に入った。
「あー、ちくしょい」
 フライパンの油汚れは、使ったすぐ後にキッチンペーパーで吹けばすぐにきれいになる。しかし汚れたままにしておくと、油がフライパンにこびりつく。丸洗いしなくてはならなくなる。
「誰か代わりに洗ってくんねーかな」
「あ、じゃあ、僕やるよ?」
 足元からの声に、青年の反応は素早かった。青年は右足を振り上げ、叩きつける。石タイルを叩く高い音。残念ながら、青年は何の足ごたえも感じなかった。
「ちょ! 死ぬ! それはさすがに死ぬって! この虫殺し! 鬼! 鬼畜! 変態!」
「勝手に俺の部屋に入ってくるな!」
「へー! 誰がそんなのいつ決めたのー? 何月何日? 地球が何回回ったひー!?」
「知るか!」
 うん、そうだね、と足元から返答が来た。それよりさ、と声が続ける。
「フライパンに油が残ってたからさー、もらいに来たんだよ。好物なんだよねー。これでフライパンもきれいになるし、僕はおいしいものを食べられる。一石二鳥だろ?」
 青年は息をのんだ。足元の声を無視して台所に駆け寄り、フライパンを手に取る。
「高かったんだぞ!」
「いや、だから──」
「死ねぇええ!!」
「聞いてねぇええ!?」
 青年は台所から玄関目がけてフライパンを投げる。甲高い音を立ててフライパンが転がり、けたたましい音を立てて通路を転がっていく。
「ウルセーぞ!」
 隣の部屋から怒声が聞こえてきた。
「すいません!」
 青年は大声で怒鳴り返した。
殺す気か! と別の怒声が玄関から聞こえてくる。しかしすぐに、あ、殺す気なんだっけあいつ、と納得する声が聞こえる。
 青年は息を荒くしながら言う。
「そう言えば、学校で、お前を探している男を、見たぞ」
「えっ!? いつ!?」
 アレがカサコソと青年に近づく。青年は手元にあったティッシュ箱をアレに投げつけた。アレは、どうどう、と言って近づくのをやめる。
 アレは男を知っているようだった。
「ついさっき」
「黙っててくれた?」
「不本意ながら」
 アレは、うわー、と言って喜んでいるようだった。カサコソカサコソカサコソカサコソ。青年は目を閉じて震えあがった。
 ふとアレが動きを止めて青年を見る。
「サイフ、大丈夫だった?」
「へ?」
「あいつ、抜くぜ」
 青年は慌てて尻ポケットから財布を取り出し、中身を見る。いるはずの諭吉が二名、行方不明になっていた。
 愕然とする青年に構わず、興味津々といった様子でアレは青年に尋ねる。
「んでさ、本当に遅まきながらって感じだけど、なんで僕がしゃべってるのに驚かないわけ?」
 うるせぇ! と青年がジュースの空き缶を投げつける。アレは慌ててどこかの隙間に逃げ込んだ。
「他の事で驚き終わってんだよ!」
 青年の瞳は怒りで燃え上がっていた。
「ウルセーつってんだろ!」とお隣から声が聞こえた。


 青年はアレと共同戦線を結ぶことにした。
「その一、G(アレ)は人間にピエロ男から保護される権利を持つ。代わりにGはピエロ男の情報を人間に伝える義務を持つ。
その二、お互いの領域に許可なしで侵入することを禁ずる
その三、Gはある程度の餌を人間から提供される権利を持つ。代わりにGは夜のカサコソの権利を失う」
アレが青年の書いた文書を読み上げている。満足げにうなずいているらしいのを、青年は目の端で紙の揺れから見てとる。
「うーん、なかなかの皇太后だけど、最後のはちょっとひどくない?」
「あ? 何だって?」
「ちょっとひどくない?」
「その前だ。その前」
「えーっと、好待遇?」
「いや、お前皇太后って言った。絶対言ったね」
「細かい事はぁ、気にすんな? それワカチコワカチコー」
「俺、今ハエ叩き持ってんだけどなー」
「何だよ、ノリ悪いなー」
 談笑と殺気を交えつつ、異種族同士の会話は続く。
「アイツさー、この世界の人間じゃないんだよね」
「はあ?」
「あ、僕はこっちの世界の生まれね。なんか知んないけどさ、あいつ、僕にチチンプイプイでもしたんじゃないの? よくわかんないけど」
「それにしちゃあ、お前こっちの世界に明るくないか?」
「え、そうかなあ?」
「皇太后とかワカチコとか、普通のアレは知らねぇぞ」
「そこは、ほら、チチンプイプイなんだよきっと」
「便利だな、チチンプイプイ」
「便利でしょ、チチンプイプイ」
「ところでピエロの潜伏先とか分からないのか?」
「知ってどうするのさ」
「いや、意外と近くに住んでたらまずいな、とか」
「ごめん、僕、逃亡生活、今年で二百年目なのね。お互いに顔を見てないのもそんくらい」
「デビット・ジョンソン真っ青だな、おい」
「あ、『逃亡者』? ネタが古いなー!」
「親父が好きだったんだよ……。って何でお前分かるんだよ」
「伊達に長生きしてないぜ」
「じゃあ、今の総理大臣誰だ」
「麻生じゃなかった?」
「その前は?」
「福田さんでしょ。福田さんのお父さんの赳夫さん、日中平和友好条約を締結したんだよね。僕、福田さん好きだったんだけどなー。麻生よりよっぽどマシだと思うんだよね。中国も福田さんには友好的だしさ」
「あ、そうなの?」
「え? 駄目だよ〜。学生なんだから政治の動向くらい見ておかないと」
「うるせーなー」
「うるさいとはなんだよ」
 こうして夜は更けていったとか。


 青年の慣れか、それともアレ二百年(推定)の年の甲か、青年がアレを視界に納めない限り、激烈な猛攻を仕掛ける事はなくなっていた。青年がアレの姿さえ見なければ、まるで十年来の友人のように下らない長話をするようになっていた。
「アイツのことだから、次に君を見かけたら家までつけてくるよ」
「なんでだよ。俺はお前のことなんて話してないぞ」
「いや、ほら、あいつってさ、アレじゃん、ファンタジーじゃん。勘はいいんだよね。困ったことに」
「ふーん、ま、気をつけろよ」
「オーケー」
アパートの駐輪場で、青年が自転車にまたがったままアレとおしゃべりしている。アレは廃棄されたタイヤの陰にいるようだ。青年はハンドルを面舵いっぱい。百八十度方向を転換し、アパートの側を通る国道への小道に突入する。
「行ってらっしゃい〜」
 間延びした声が青年の背中を叩いていった。


 行きは良い良い、帰りは怖い、と、つとに有名な国道を青年はまっすぐ下っていく。そして友人が羨ましがっている五十円自動販売機の脇を通り過ぎた。確かにお得だが、炭酸がなくお茶やコーヒーしかないので、青年の心を躍らす程の物ではない。と、そこで青年は自転車のブレーキを思い切りかけた。ゴムの黒い跡がアスファルトにくっきりぬりつけられた。急なブレーキで勢いが止まらず、自転車の後輪が地面から離れた。すぐに、がしゃん、と地面に着く。浅く広い鈍痛が尻から脳天まで駆け抜けた。
「うわあ、誰だと思ったらあなたでしたか。こんな所で奇遇ですねー」
 あのピエロ男が五十円自動販売機にお札を入れようとして、拒否されていた。何回も何回も挑戦しているらしいが、そのたびに、ぶぃぃ、ぺっ、とお札は吐き出されている。
「ちょっと助けてくださいませんか? 道行く人にこうすれば買えると教わったのですが、何度やっても駄目なのです。壊れているのでしょうか?」
 青年はにらみつけるようにしてピエロ男を見た。サイフがちゃんとポケットに入っているか確認して、それでも不安なので左手で蓋をしておいた。
「他にどんな金があるんだ」
「これが二枚です。どちらも、何回入れても戻されてしまうのです」
 青年が、見せてみな、と言って右手を出す。ピエロ男はその上に一万円札を二枚置いた。
「これ、どこで手に入れたんだ?」
 青年は探りを入れてみる。
「拾いました」
「本当か?」
「ええ」
 青年は一瞬、視界を右斜め上に移動させる。
「じゃあ、そのせいだな。これは偽物だ」
「えー!?」
 ピエロ男は本当に驚いたようだった。
「いやー、参ったなー」
「とりあえずこれは俺があずかろう。代わりにこれをやる」
 青年は二枚の一万円札を右のポケットにねじ込み、左のポケットからサイフを取り出す。ピエロの男に渡すのは五十円玉だ。
「ここに入れれば買えるからな」
 ピエロ男は笑みを浮かべてお辞儀をした。
「先日と言い、ご迷惑をおかけします」
「いやいや、なんのこれしき」
 青年は胸の内で鼻を鳴らした。諭吉二人を取り戻すのに比べたら、本当に大したことではなかった。
「それじゃ」
「はい、ごきげんよう」
 青年は自転車にまたがった。自転車はこがずとも坂道をぐんぐん下っていく。青年は後ろを一度も振り返らなかった。


 学校からの帰り道、青年の目の前を黒猫が堂々と横切って行った。尾を高々しく上げ、心なしか胸を張っているように見えるのは気のせいだろうか。
「これで何度目だ?」
 二回ほどなら意味がひっくり返って逆に幸運になると、青年は聞いたことがある。しかし九回目となるとさすがにどうなのか。不幸、幸運、不幸、と裏がって行くにしても、九回目は不幸だ。そして日本の不幸な数字と言えば、「死」=「四」と「苦」=「九」である。
「不吉だ……」
 青年は赤色の歩行者用信号機を見上げて呟く。信号機越しに、様々な濃さの青と白をぶちまけたような空が見えている。色々なバリエーションの雲が何層にも組み合わさって、複雑な色合いを見せていた。
 遠くから消防車のサイレンが聞こえている。
 歩行者用信号機が青に変わった。青年は、自動車に先を越されて待ちぼうけになる前に地面を蹴ってペダルを踏み込む。えっちらおっちら加速させ、登り道に果敢に挑む。青年は十匹目の黒猫を探しながら、自転車で坂道を登って行った。


 黒猫は見当たらなかった。
 青年は国道から外れ、アパートに続く小道へ入る。するとアパートの前に、大きなトラックが止まっているのが目に入った。タンスやらベッドやらの家財がトラックに積み込まれている。
 と、そこに大家さんの姿がある。
「すいません、誰か越してくるんですか?」
 青年が大家さんに尋ねる。
「おんやあ、お帰り」
 大家さんが口元のしわを深くして笑った。
「逆さ、出ていくんだよ。ちょうどあんたの上の階の人さ」
「えっ、上に誰か住んでたんですか?」
「最近まで自分探しの旅に出ていたらしくてね。家賃は今月の分まで払ってあったから、あたしとしちゃあ、別にどうだっていいんだがね」
 ふーん、と青年は思う。ねずみやアレが住み着くような環境は、人が生活していないからこそだったのか、と納得していた。
「大家さん、お世話になりました」
 こんがり日焼けした若い男が、大家さんに頭を下げた。青年は軽く会釈を返すだけにする。今日出会って今日別れる相手だ。
 トラックのシャッターが耳障りな音を立ててしまっていく。若い男がトラックの助手席に乗る。トラックが「エリーゼのために」を奏でながらバックを始める。青年と大家さんは脇にどいた。
「元気でね」
 青年と大家さんの目の前をトラックが通り過ぎた時、かすかにどこからか声が聞こえた。
 大家さんが青年を見た。
「あら、あの子と友達だったのかい?」
「いいえ」
 青年は首を振った。しかし青年の知っている声だった。


 青年は自分の部屋のドアをあけた。そこには朝と変わらないままのベッドや家具がある。部屋に入ってドアを閉めると、部屋が仄かに薄暗くなる。青年は部屋の真ん中に垂れている紐を引っ張り、蛍光灯の明かりをつけた。
 青年はコタツの上に財布を置いた。ふと、ピエロの男から取り返した二人の諭吉が、ズボンの右のポケットに入れっぱなしになっている事を思い出した。二人の諭吉はポケットの奥深くでくしゃくしゃになっていた。青年は何となく電光に二人の諭吉を透かしてみた。
「……あれ?」
 真ん中の楕円に、諭吉は浮かび上がってこなかった。
青年は失意のうちに、とても静かな夜を迎えた。


 次の朝、青年は何度も二人の諭吉の正体を確かめた。二人は依然として偽物だった。
「警察に持っていっても、事情を話すわけにはいかないよな」
 全てを話して信用されるわけがない。
 青年は偽札をびりびりと引き裂いた。新聞で生ごみと一緒に何重にも包み込む。何だか自分が犯罪者になっているような気分になった。しかし実際、青年は犯罪者になっている。人からだまし取った偽札を破棄しているのだから。
いやいや、待ってよ、と青年は首を振る。
「しょうがないだろ」
 青年は名字の書かれたゴミ袋の、できるだけ真ん中に新聞で包んだゴミを入れた。その上からはたまっていたチラシを押し込んだ。
 青年はゴミ袋をきつく縛った後、両手でえっちらおっちら運んでいく。アパートの近くのごみ置き場には、既に収集車がやって来ていた。
「すいません、これもお願いします」
「はいはいー」
 青年のゴミ袋は何ら問題なく、収集車に投じられた。ゴミ袋が他のゴミ袋と一緒に圧縮され、青年の視界から消える。
 最悪、と青年は胸の中で呟いた。
* 正義と正義と正義 ( No.3 )
日時: 2009/09/29 17:24 メンテ
名前: 小豆龍

    
   『正義と正義と正義』


 雲一つなく晴れた明らかな日の事、涼しくなったそよ風に、木々の葉は、秋が来たぞ、とささやき、草花はそろって、秋が来たの、と小首をかしげた昼下がり。ミツバチ達は少し低いかわいらしい羽音をあげて野原を飛び交い、蜜集めに精を出していた。
 多くの綺麗な秋の花が咲き乱れている野原である。観光地であるため人の出入りは多い。そのせいもあって、ミツバチに刺されてしまう人が多くいる。そして刺された人の中には、蜂の毒針のせいでアナフィラキーショックを引き起こし、亡くなってしまう人もいる。
多くの人は蜂のせいだ、蜂なんて駆除してしまえ、と言うだろう。しかしこれは不幸な事故だ。両者のうっかりが、偶然に重なっただけにすぎないのである。
今、その不幸な事故が起きた。
ある一人の男性が、ミツバチに刺されたのだ。その男性は大学で知り合った女性とデートをしている最中だった。男性は念願の彼女とのお出かけに有頂天になっていたらしく、虫よけスプレーを自分の身に噴霧するのを忘れていた。それだけなら良くある話だが、彼女との話に夢中だった男性は、周囲を飛んでいる蜂を羽虫と勘違いして、手で叩いてしまった。
叩かれたミツバチは驚いてしまって、逃げ出すより先におしりの針でぷすりと一発刺してしまった。男性はあまりの痛みに叫び声をあげた。
(やっちゃったのね……!)
刺した張本人(虫)も、男性に負けず劣らず驚いていた。男性のわめき声を背景に、人間の皮膚の下に潜り込んで行く自分の針を、じいっ、と見つめていた。
(ああ、これを抜いたらあたしの命はあと数時間になるのだわ。針とつながっている内臓が、針に持っていかれてぷっつり切れちゃって、体中の水と言う水が針の抜けたその穴から出ていってしまって、最後にはカラッカラ。その時にはもう、あたしは飛べなくなって地面に落ちているのだわ。身の行く末は蟻さん達の家の中。そして蟻さんの赤ちゃんのお腹の中なのね)
彼女は、伝聞で知っていた針が抜けたミツバチの末路を想像する。不思議と悪い気はしない。
(まあ、蟻さんだものね)
 蟻と蜂は姿形が大分違うものの、種族としてはとても近い。蟻は地上で暮らす蜂と言っても差支えないくらいである。人間で言う親戚のようなものだ。
(冥土の土産に姐さん達の顔でも見てこようかしら……)
 不幸なミツバチが末期の人(虫)生計画を練っている間に、男の手が腕の上に止まっているミツバチを弾き飛ばした。彼女の針は、スポン、と一気に抜けた。彼女は体の中でぷちんという音を聞いた。彼女は、どうやら内臓も外に出てしまったようだ、と見当をつける。彼女が羽をはためかせて体勢を整え、振り返ってみると、何やら白い物が人間の腕の皮膚の上にぺとりと横たわっているのが見えた。初めて目にするが、あれがそうなのだろうか。
(意外と大したことないのね……)
 ミツバチは軽くなったお腹を気にしながら、泣き叫んでいる人間を尻目に巣へ帰る事にした。


 ミツバチは巣を離れて蜜を探しに行く時、自分の通った道のりの風景を記憶していくという。その記憶は帰り道に活用され、ミツバチは迷わず巣へと戻る事ができる。ミツバチが出かけて行った後に、もし人間が木の伐採をしたり、生えていた植物を根こそぎ無くしてしまったりすると、出かけていたミツバチは道が分からなくなってしまい、巣へと戻れなくなってしまう。
 彼女の場合、幸いにしてそういう事は無かった。
 彼女は蛇行の激しい小川の上を通り、アナグマが暮らしている木の虚の側を行き、けもの道すら無い道なき雑木林の中を飛んだ。
 彼女にとって全てに鮮烈な記憶がある。川辺の葉っぱに溜まった朝露は、よく集めに行ったものだ。野原と住みかを行ったり来たりしているアナグマが、植物の種を運んできて木の周囲に花を咲かせたのは数日前だ。そして蜜を集めに行くたびに通った雑木林は、彼女にとって庭のようなものだ。
 雑木林の中を飛び続けた彼女は、やがて愛すべき我が家を見つける。しかし喉はカラカラで羽はもたつき、目も霞んできた。
彼女は少し休もうと近くの葉の上に止まった。そこからは、彼女の家が良く見えた。
彼女は、少し休めばまた飛べるだろう、と思っていた。だが予想は外れた。羽ばたこうとして、この羽に自分を浮かせる力がもう残っていない事を悟った。彼女の命は我が家を目の前にして、葉っぱの上で尽きようとしていた。
でも、不思議と悪い気はしない。
彼女は巣の全景を眺めた。何カ月にも渡って増築された巣は、木の割れ目から正六角形がいくつも連なった板をのぞかせている。その奥には同じような物が何層も重なっている事を、今日の午前まであそこで働いていた彼女は知っている。
巣はいつもと変わりないようだった。巣から彼女と同じ働き蜂が、引っ切り無しに出入りをして忙しそうに働いている。衛兵蜂が巣の周りを巡回し、敵がいないか目を光らせていた。
彼女は、自分がいなくなっても困る蜂はいないと分かった。巣はこれまでと同じであり続けるだろうと思った。
彼女は穏やかに微笑んだ。すとん、と自然に目が閉じた。
遠くなっていく意識の中、彼女は虫の羽音を聞いた。聞き覚えのある羽音だった。永遠の眠りにつこうとしていた彼女を無理やり目覚めさせる程に、重苦しく、不吉で、危険な羽音だった。
彼女は霞む目を開けた。
音の正体が彼女の目の前を横切った。それはまっすぐ、彼女の家へと向かっていた。彼女は仲間にそれを伝える事ができないのを口惜しく思った。同時に意識が失せた。


葉の上に止まっていたミツバチが、力を失ってぽとりと地面に落ちた。
三匹のオオスズメバチはそれに気がつかなかった。そこらにある葉っぱよりも、目の前にあるミツバチの巣の方が彼女達にとって何よりも重要だったからだ。
彼女達の巣は、今、食糧難に陥っていた。巣は順調に拡大し、沢山の幼虫もう生まれ繁栄を極めているのだが、巣の周囲に獲物となる虫が少なくなってしまった。だから働き蜂のハンター達は、遠出をして獲物を探して来なければならなかった。
その甲斐はあった。彼女達はミツバチの巣を見つける事ができた。
ミツバチの巣を襲い、制圧すれば、しばらく巣の運営に頭を悩ませずに済む。それだけの食糧が、ミツバチの巣にはあった。ミツバチ達が溜めこんでいる花粉団子、花の蜜、そして幼虫、ロイヤルゼリー。どれもスズメバチにとっては、喉から手が出るほどに欲しいものだ。
しかも、
「これは幸運だ。奴ら、ミツバチではあるが、その中でも獲物にぴったりなセイヨウの奴らではないか」
「奴らは我らに対抗する術を持たない」
「他のスズメバチに横取りされない内に、女王へ知らせなくては」
彼女達はミツバチの巣の周りを飛んだ。太陽の角度を観察し、巣の位置を正確に記憶するためだ。それが終われば、後は巣に返って仲間を呼び、襲う手筈となる。
オオスズメバチにとって、ミツバチは同族ではない。単なる獲物に過ぎない。ミツバチの巣を襲う事に、オオスズメバチは何の痛みも感じない。


巣の周りをパトロールしていたセイヨウミツバチの衛兵蜂は、巣の周囲を不審な虫が飛んでいる事に気がついた。その虫は自分たちよりも大きくて、重苦しい羽音を響かせている。腹の色は黄色と黒の二色だ。衛兵蜂は、そこである虫を連想して身震いした。時に人間をも殺す、獰猛なハンター。同じ蜂なのにも関わらず、ミツバチやジバチなど、他の蜂の巣を襲い、溜めた食料や育てている幼虫を根こそぎ奪っていく野蛮な虫。
(お、オオスズメバチだ!)
衛兵蜂はやっと、目の前にいる虫がスズメバチである事に気がついた。すぐさま警告を仲間に送る。
「オオスズメバチの斥候だ! オオスズメバチの斥候だ!」
 当直で巣の周りを飛んでいた衛兵蜂は、それを聞いてすぐさま声のする方に向かって飛んでいった。オオスズメバチはすぐに見つかった。黄色と黒の縞模様は、どこにいても目立つからだ。
一匹のスズメバチに数匹のミツバチがぶつかっていく。
真っ先に向かって行ったミツバチは、出会いがしらに胴を刺された。毒を注ぎこまれ体内の筋肉を溶かされる。今にも消え入りそうな意識の中、そのミツバチはスズメバチの針を封じる。それっ、とばかりに残りのミツバチがスズメバチに群がった。腹の周りに密集し、ぴくりとも動けないようにする。スズメバチが重みに耐えかねて地面に落ちた。
 もう一匹のスズメバチもミツバチの波に飲み込まれ、腹の周りを包み込まれ地面に落ちた。


スズメバチ達は驚いていた。
ニホンミツバチは、スズメバチを包み込んで蜂球を作り、内部の温度を上げ蒸し殺す、というスズメバチに抵抗する方法を知っている。ニホンミツバチが耐え切れる最高温度がスズメバチより高いからできる荒技だ。ニホンミツバチの場合、せっかく斥候が巣を見つけても、仲間に知らせる前に殺されてしまう事が多いのだ。しかしセイヨウミツバチのそれはスズメバチより低いので、同じような事は不可能なのだ。加えて、セイヨウミツバチがもともと住んでいたヨーロッパにはスズメバチのような天敵がいないので、対処の方法が分からない。三十匹くらいのオオスズメバチがいれば、セイヨウミツバチの巣は簡単に制圧できるくらいなのだ。セイヨウミツバチがスズメバチと戦い、勝利を収めるのは並大抵のことではない。確固たる戦術を持たないので、ほんの数匹のセイヨウミツバチが相手でも、オオスズメバチにはどうって事も無いのだ。その筈なのだが、現状は明らかに違っていた。
「くそ、諦めの悪い奴らだ!」
 何とか襲われずに済んでいる一匹が、ミツバチにしがみつかれて地面に落ちた二匹に助太刀しようと舞い降りて来た。彼女は仲間に手を貸そうとして、その仲間に制止させられた。
「落ち着け、こいつらはそのうち、熱でくたばってしまうさ。体も私達の方が硬いし、この数では針も刺しようがない」
「そんな事よりも、お前のするべき事は巣の仲間の所に戻って巣の在り処を教える事だろう?」
 セイヨウミツバチの巣から援軍が飛び立つのが見えた。その様は黒い霧のようで、さすがのスズメバチでも太刀打ちできなさそうな、多勢に無勢の数の差が押し寄せようとしていた。
「早く行け……!」
 言われて、一匹のスズメバチは仲間を見捨てて飛び去った。


 女王蜂の命でスズメバチ退治の援軍に来た衛兵蜂達は、明らかに何かの方法を知っていて、その上で動いているようだった。地面に落ちた二匹のオオスズメバチは、それを嫌と言う程思い知る事になった。彼女らセイヨウミツバチは、自分達がニホンミツバチと同じ蜂球で戦えない事を知っていた。それでいて、セイヨウミツバチ達はオオスズメバチの腹の周りに密集し、がっちりと固まっているのだった。腹を覆うミツバチが増えるにつれ、二匹のオオスズメバチはセイヨウミツバチがやろうとしている事の内容を突き止めた。セイヨウミツバチ達は、腹を圧迫する事でオオスズメバチの呼吸を止め、窒息死させようとしているのだ。
 スズメバチは慌てて、腹の周りに集まっているミツバチを引きはがそうとした。しかし、時、既に遅く、ミツバチは引きはがしても引きはがしても次々とむらがって来た。一時間も経つと二匹のスズメバチの抵抗は弱くなっていき、やがて、かくり、と力が抜けた。ミツバチ達はそれでも油断なく腹を圧迫していたが、二匹のスズメバチに意識が戻る事は二度となかった。


 セイヨウミツバチが勝利の雄叫びをあげている頃、オオスズメバチもまた、歓喜の声に巣を震わせていた。生き残ったオオスズメバチは、無事に巣へと帰りついていたのだ。
 獲物のハンティングを専門とする働き蜂が、久しぶりの大規模な狩りに身を震わせ、その身を猛らせていた。皆が皆武者震いをし、ときの声をあげ、足を踏み鳴らす。巣が振動し、内部で働く他の蜂や幼虫に興奮が伝わる。戦争が始まるのだ。
これは生存を賭けた戦いだ! 皆の視線が集まる部屋で、女王蜂が叫んだ。これから飛び立つ兵は、皆の命を繋ぐために飛び立つのだ。彼女達に敬意を示せ。最高級の敬意を。そして敵には死を。獲物には我らの糧となる最高の栄誉を。さあ、兵達よ、命を捧げる者たちの顔は見たか、背中を預ける同胞を信じたか。
Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes! Yes……。
 女王蜂が一匹一匹の返答に、目をつむって耳を傾ける。最後の返事を聞き届けた瞬間、大きく腕を振り上げる。
 行け!
 太く低いうなりが部屋中に響いた。働き蜂達が一斉に羽を震わせ、飛び立つって行く。高鳴る鼓動が、栄えある未来を待ちかねている。


 山の木々の上に、突如として黒雲が現れた。行く道も知らぬ、更なる高みの白雲とは違い、どこかを目指して飛んでいく。それを木々の間から見たアカネズミは、子供達を巣の奥深くに押し込めた。カモシカは身を硬くして、雲が過ぎ去るのを待った。追いかけて追いかけられてをしていたトンボのカップル達は、互いの存在を忘れたかのようにその場から逃げ去った。山を登っていた人間は、帽子からはみ出ている黒髪を手で覆って隠し、身を低くした。野原をのんびり散策していた観光客は、ぎゃあ、と騒いで逃げ惑った。
黒雲は見向きもせず、一心にどこかへ飛び去った。


一匹のセイヨウミツバチが、巣を目の前にして呆然と立ちつくしている。
 嵐の後とはこの事だろう。かつて整然と六角形の筒が並んでいた我が家は、全体が歪んで傾いていた。見る影もない。彼女は未知の光景を目にして恐怖で涙した。巣の周りでは体を丸めて動かなくなった衛兵蜂と、スズメバチの死骸が転がっている。それは巣に近づくにつれて多くなるが、巣の内部となるとミツバチの死骸しか見当たらなかった。敵を倒した形跡が一つも無かった。抵抗する力を失ったのだろうか。彼女はその場に自分がいなかった不幸を嘆く。蜜を溜めていた部屋は蹴り破られ、根こそぎ奪われていた。幼虫たちのいた部屋も荒らされていて、一匹残らず連れ去られている。世話役の働き蜂は折り重なるようにして死んでいる。彼女は一匹生き残った悲しみを胸に涙を流し、巣の奥へと進んで行く。いつも働かず食っちゃ寝していた怠惰な雄蜂は、突然降りかかった死を受け入れる事ができなかったのか、食べ物を頬張ったまま死んでいる者や、すやすや寝たまま死んでいる者と、情けない姿ばかりだった。彼女は怒りの涙を流した。
 数々の死体にあらゆる涙を流しながら、彼女は巣の最奥にたどりつく。
 そこで女王蜂は死んでいた。勇敢にも戦ったのだろうか、女王は無念の表情のまま事切れていた。
 一匹になった彼女は横たわっている女王の前で膝をつき、涙が流れるままに泣いた。皆殺しにするだけでなく、生まれて間もない幼虫すら連れ去ったスズメバチが憎かった。しかし彼女に出来る事は一つしかない。
「外道め! 恥知らずめ!」
 他に一体、何ができるだろうか。

 数々の戦利品を持ちかえっているスズメバチ達は、女王から下される栄誉の数々を想像して騒がしかった。セイヨウミツバチの幼虫は、肉団子となって食糧になる。花粉団子や花の蜜も同様だ。ロイヤルゼリーは、次の女王蜂を育てるのに必要となる物だ。蜂は次の女王蜂を育てるためにロイヤルゼリーを作るが、スズメバチは必要なロイヤルゼリーの全てを略奪で補っていた。
「さあ、急げ! 皆が待っているぞ!」
 陽気な返答が返ってくる。彼女達には、輝かしい未来しか待っていないのだ。


 四人の男が、神社の屋根の下にある蜂の巣の駆除に成功した。彼らの近くにはワンボックスカーが止まっており、そこに書かれている文字から、彼らが市役所の人間で、巣の駆除を仕事としている事が分かる。彼らは全員が、まるで即効性の高いウィルスに侵された病人を治療する医者が着るような防護服を着ていた。白い丈夫な布が、隙間なく体中を包んでいる。手袋と服のつなぎ目は固く閉ざされ、靴の方も同じようになっている。白い丈夫な布は頭部も覆っていて、顔の位置にだけ唯一、透明なプラスチックの板がはめ込まれ、外が見えるようになっている。
 彼らは巣を守っていた衛兵蜂の猛襲に辟易しながら、煙でいぶして追い払ったり服から引きはがしたりしていた。
 それが一通り済むと彼らは素早く車に乗り込む。スズメバチが一緒に車の中に入り込んでいる可能性もあるので、暑苦しいが防護服を脱ぐわけにはいかなかった。
 一人が言う。
「やれやれ、オオスズメバチだけはもうこりごりだ」
 お互いの声が防護服に阻まれ届かないので、服の内部には無線が仕込まれている。
「全くだ。大きいし力も強いし、針なんてミツバチと違って何回でも刺せるもんな。おまけに毒液を飛ばせると来てる」
「ま、でもこれで観光客の安全も保障できるだろうさ」
「そうだな。苦情の電話はもう来ないだろう」
 男達はそう言って、車を発進させた。窓ガラス越しにスズメバチがぶつかって、カツン、カツン、と虫にしては大きな音が響いていく。その中、フロントガラスに止まった一匹のスズメバチは雄々しく針を振り上げて突き刺すが、針は空しくフロントガラスの上を滑るだけだった。それでもスズメバチは攻撃を止めない。他に何もできる事が無いからだ。
 男達は言う。
「しかし、観光客が刺される前で良かったな。あんなでっかい巣、下手すりゃ死人が出たぞ」
「全くだ。観光客は無条件に自分達が安全だと思ってるからな。少しは勉強して来いって話だ。今度、上に言って勉強会を開いてもらうべきじゃないか?」
「誰が出席するんだ?」
「観光客にとって、自然は親しむべきものだ。そこに危険があるなんて露ほどにも思っちゃいないんだ」
「いや、俺はさ、殺す事しかできないのが虚しくて……」
「付き合い方を知らないからな、観光客は。だから殺しておく事しかできないのさ」
「そうかなぁ」
「そうさ」
 山を下って行くにつれ、車にまとわりついていた蜂は少なくなっていって仕舞いにいなくなった。男達は車を止め、車内に入り込んだスズメバチやその死骸を外に捨てる。作業が終わり安全の確認が終わると、我先にと防護服を脱ぎ捨てた。
「風が涼しいな。もう秋なんだな」
 離れた所に見える宿泊施設では、食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋に心を躍らせる人々がいる。その人々を守るために、男達はスズメバチの駆除に精を出している。
「俺達にとってはスズメバチの秋だけどな」
「やれやれだよ……」
 男達は互いに苦笑して、再び車に乗り込んだ。



【ちょっと一言】
 この物語はフィクションです。実際の生態とは異なる箇所がございますのでご了承ください。
 秋に山に行く時は、黒い服装や半袖などは、蜂に注目され易い等大変危険ですので、白系統の服装をし、必ず帽子を被り黒い髪を隠す事をおすすめします。香水やアルコール飲料の持ち込みは避けてください。蜂を引きよせてしまい、尚且つ興奮させてしまうので大変危険です。持ち込むのであれば、常に肌身離さず携帯するようにしましょう。もしうっかりどこかに置き忘れたり、放置したりしてしまった場合、缶の内部に蜂が入り込んでいる可能性があるので飲もうとしてはいけません。
 スズメバチによる死亡事故件数は熊による被害や蛇による被害よりも多く、自然動物による被害では日本ではトップです。たかが虫、とあなどらず、しっかり対策を取るようにしましょう。
* ダンゴムシは口を閉ざす ( No.4 )
日時: 2010/10/15 21:51 メンテ
名前: 小豆龍


 『ダンゴムシは口を閉ざす』


 あまりの暑さに夏も元気をなくしたのか加減をしてくれて、涼しくなった八月の末の山のふもと。ダンゴムシのパダンは、風や鳥が散らして落としたドングリの葉を、石の影でモグモグと食べておりました。
 葉緑素が抜け落ち、すっかり茶色になったドングリの葉です。口の中へ頬張る度にパリパリと砕ける心地よい歯ごたえが、ますますパダンの食欲をそそりました。いくらでも食べられそうです。
「夏に落ちている葉は、やっぱり秋とはちょっと違うよなぁ。歯ごたえは秋より少し劣るけど、香りが良い。他の虫はどうしてこの美味しさが分からないんだろうなぁ」
 パダンが思い浮かべたのは、力自慢のカブトムシ達や、美麗ともてはやされているチョウ達の事です。以前パダンは、どうして君達はこんなにおいしい落ち葉を食べないのか、と聞いた事がありました。しかし彼ら、彼女らは、一様に落ち葉以外のものが美味しいからだ、と言っていました。
 角が自慢のカブトムシのゴロガくん曰く。
──お前達は俺達と違って木に登れないからな。だからそんなものを、おいしい、とか言ってんだ。それよりも樹液の方が何倍もおいしいんだぜ?
黄色の羽が眩しいチョウのリムルさん曰く。
──落ち葉? そうね、秋にもなると、わたくしには負けるけれど、葉っぱ達は、それはそれは綺麗になるわね。でも食べようとは思えないわ。わたくしと同じ美を追求する方たちですもの。同じ美を求める虫の代表として、葉っぱ達を食べるなんて愚かな真似はできないわ。わたくし達が食べるのは、お花がわたくし達とおしゃべりする時にくださる上質な蜜だけでしてよ。
パダンは彼ら、彼女らの言葉を思い返して、そこで初めて、種族によって好みが違うという事に気がつきました。起きる時間も暮らしている場所も違うのだから、食べる物も好きな物も違って当然なのではないか。パダンはそう思ったのです。
変なこと聞いちゃったなぁ、とパダンは少し後悔しました。きっとゴロガくんとリムルさんは、変な事を聞くダンゴムシだ思った事でしょう。でもパダンは笑いました。少しだけ賢くなった気がしたからでした。
嬉しくなったので、パダンは仲の良いワラジムシのパジルにこの話をしました。

友達のパジルは、ちょっと困った事に、頼んでもいないのに、平和とは何なのか、とか、虫はみんな兄弟なのだ、とか、難しい話をしてくる癖がありました。パダンはいつも、その難しい話が理解できませんでした。
「君は馬鹿だなぁ」
それがパジルの口癖でした。

話し終わった後、パダンはこう締めくくりました。
「みんな好きな食べ物が違うんだよ」
 どうだ、今日の僕は馬鹿じゃないぞ、という気持ちでした。
でもパジルは突然、怒り始めました。
「カブトムシもチョウもけしからん奴らだ! 美味しい落ち葉を馬鹿にしている! 落ち葉は樹液よりも花の蜜よりも何倍も素晴らしい食べ物だ。それに何なんだ奴らは! あいつらだって、子どもの頃は葉っぱを食べていたんだ! カブトムシは腐葉土を、チョウは緑の葉っぱを食べていたじゃないか! 大人になったからって良い気になりやがって!」
ふざけんな、とパジルは吐き捨てるように言うと、パダンに背を向けて石の影から外に出ていこうとしました。
パダンは慌てて言いました。
「パジル、どこに行くんだい?」
「奴らの所さ! 一言言わないと気が済まない!」
「ちょっと待ってよ、パジル。誰も落ち葉の事を馬鹿になんてしてないじゃないか。君は聞き間違えているんだ」
 パダンは頑張って説明しましたが、パジルは聞く耳も持たずに行ってしまいます。
「待ってよパジルぅ」
 パダンはパジルのあとを追いかけ石の下から這い出ました。
空はからりと晴れています。太陽が真正面からパダンを照らしていました。パダンはあまりの明るさに目をしょぼしょぼさせました。目が明るさに慣れた頃には、パジルの姿がもう遠くの方にありました。今にも曲がり角に姿を消してしまいそうです。
パダンはそれでもパジルに追いつこうと、懸命に14本ある足を動かします。しかしなかなか、二匹の距離は縮まりません。それどころかどんどん開いていきます。しまいにパダンはパジルの姿を見失ってしまいました。
パダンは足を止め、ぜぇぜぇ、と何度も粗く息を吸ったり吐いたりしました。長い道のりをゆっくり歩くのは得意なのですが、走るのはどうも苦手なのです。
 パダンは休憩させてもらおうと、途中にあった大きな岩の下に潜りこみました。周りには木がたくさん生えていて土も湿っているので、たくさんのダンゴムシが住んでいそうだと見当をつけたのです。思った通り、そこはダンゴムシ達の集落でした。
パダンはかしこまって居住まいを正しました。何事にも第一印象が大切です。
「こんにちは、初めまして。僕はドングリの木の下のパダンと言います。友達を追いかけていたら見失ってしまいました。ここで少し休ませて下さい。休んだらすぐに出ていきます」
 すると、どうやらここの長であるらしいダンゴムシが集落の奥から出てきて言いました。
「あらあら大変ねぇ。ダンゴムシが走るなんてよっぽどの事だわ。焦っておいでだとは思うけれど、アキアカネやミンミンゼミ達ならともかく、見失ってしまったら私たちではどうにもならない。そのお友達は帰りもここを通るのかしら?」
「通ると思います」
 彼女はにっこりと笑いました。
「なら、それまでここでお休みなさい。暇なダンゴムシに外を見張ってもらうように頼んでおくから」
 パダンは丁寧に断ろうとしました。しかし相手が全く折れないので、パダンが折れるしかありませんでした。パダンは気まずいのもあって、入口のすぐ近くで休む事にしました。ここなら、自分でもちょくちょく外の様子を見る事ができるし、手間を取らせる事もないだろうと思ったのです。
 長が集落の方に戻って行きます。大勢のダンゴムシの前で何やら話を始めました。どうやらパダンの事を説明しているようです。
パダンが外の見える位置で楽な格好をしていると、小さいダンゴムシ達が四匹ほど、パダンの近くに寄ってきました。この集落の子ども達です。余所からきたパダンに興味津々のようでした。
「おにいさんどこから来たの?」
「友達って誰?」
「彼女いるの?」
「名前なんていうの?」
 パダンは快く答えました。
「僕はドングリの木の下から来たパダンだよ。友達はワラジムシのパジルって言うんだ。彼女はいないよ」
 子ども達は、ふぅん、と言ってまた次の質問をしようと口を開きました。すると大人のダンゴムシがやってきて、子どもたちを叱りつけました。
「全くアンタ達は、長老様の言っていた事を聞いてなかったの!? この人は大事な用事で疲れてらっしゃるのよ!」
「だってつまんないんだもん」
「長老様の話長いんだもん」
「外に出たことないんだもん」
「つまんない!」
「だからって質問攻めにしてはいけません!」
 パダンは構いません、と言おうとしましたが、その大人のダンゴムシはパダンの言葉に、にっこりと笑っただけでした。
「さあ、家に戻って勉強をしなさい。タッタカタ」
 大人のダンゴムシは子どものダンゴムシ達を追い払ってしまいました。そしてお邪魔してごめんなさい、と言って、集落の奥の方へ行ってしまいました。
 パダンは、ふぅ、と息を吐いて、外に目を戻しました。


 いつの間にかパダンは眠っていたようでした。何だか騒がしいので目を開けると、パダンの周りに、集落のダンゴムシ達が集まってきていました。パダンが起きあがると、ちょうど長老がやってくるところでした。
「どうやらお友達が来たようです。でもお友達は厄介事も持ってきたようです……」
 どうしたんだろう、とパダンは外に這い出ました。そして目に入った光景に驚きました。たくさんの虫がそこに集まっていたのです。
大きなツノを上下に何度も振り上げているカブトムシ。その隣には顎をゆっくり開いたり閉じたりしているクワガタムシ。色とりどりのコガネムシもいます。アリの群れも少しいます。花の上に止まり、ツンと澄まして周りを見わたしているチョウがいます。トンボは無邪気に飛びまわっていました。他にもハチやムカデやカマキリやカメムシ、バッタ、ガ、コオロギ、アブ、カゲロウ、ホタル、テントウムシ……それこそ数えきれません。
 たくさんいる虫の中から、一匹のカミキリムシがパダンに近寄ってきました。そして、とても長い触角をゆらゆら揺らして気取った声で話しかけてきました。
「チミがパダン君かね?」
ええ、とパダンは頷きましたが、一体何が起こっているのか、パダンには全く分かりませんでした。
 カミキリムシはパダンの様子など意に介しません。カミキリムシは、エホン、と咳払いをして長く長く息を吸いました。
「聞くところによるとチミは落ち葉こそがこの世で最上の食べ物であると恐れ多くも数多くいる他種の虫の識者を無視して宣言したらしいじゃないか。それはけっこう全くもってけっこう。チミは単なるダンゴムシに過ぎないからだ。チミが言ったところで本気にする虫はそうそういない、単なる感想に過ぎないからだ。ところがチミはよりによってその単なる感想を他の虫に押しつけようとした。これは由々しき事だ。強要は許されぬ。議論が必要になる、そう議論が。チミは証拠を提出しなければならない。ここにいる虫みんながそう思って集まっている。さあ早くこちらに来てチミの意見を言うのだ。みんなチミがどんな落ち葉論を述べるのか楽しみにしている。おっと失礼申し遅れた。私はシロスジカミキリのマシロだ。以後お見知りおきを」
 シロスジカミキリのマシロはそこまで一息に言いました。パダンが呆気にとられていると、マシロは満足げに頷いて身を引き、虫の集まりの中に戻ろうとしました。
「おいおい、おとなげないよマシロさん。彼、びっくりしちゃってるよ」
 聞こえてきたのは、マシロとは正反対の軽薄な調子の声でした。声がしたのははるか頭上の木の枝からです。マシロは不機嫌そうに触角を上下に動かし、その声の主の方へ目をやりました。
「チミはそんな所からしかモノを言えないのかね」
「おっと、こりゃあ失礼」
 パダンは小さな虫が木の枝から飛び降り、落ちてくるのを見ました。あわや地面にぶつかる瞬間、その虫は宙づりになり、パダンとマシロの間でぷらぷらと揺れました。クモでした。
「やあ、僕はジョロウグモのクロキだよ。よろしくね」
 クロキのあいさつに、パダンは、よろしくお願いします、と頭を下げました。
「ご丁寧にありがとう」
 クロキはそう答え、さて、マシロの方を見ました。クロキの顔つきが変わり、浮ついた印象が消えます。
「クロキは議論になると性格が変わるんだ」
 いつの間にか隣にいたムカデがパダンにささやきました。
クロキがマシロを見ながら、たしなめるように言います。
「マシロさん、嘘を言うのは悪い事だ。パダン君から直接聞いた事はまだ何もない。全て虫づてだ。落ち葉の是非を問うのはまだ早すぎるんだよ」
「だが、確かな情報だ。わが師が私に教えてくれた。チミは我が師を侮辱しようと言うのかね」
「マシロさん、君は、君の師の言っていた事をきちんと思い出すべきだよ。それか、君の師も万能ではない事を知るべきだ。君の師は情報収集の専門家ではないのだから」
「我が師を侮辱したな!」
「君は僕の話を聞いていないようだね」
 たちまちマシロとクロキの間に激しい舌戦が始まりました。パダンはその様子を見守りながら、真実を語る瞬間をうかがっていました。
──僕はただ、友達のパジルに、みんな好きな食べ物が違うんだね、って話しただけなんです。パジルは勘違いして色々な虫に話してしまっただけなんです。落ち葉がこの世で一番おいしいとは思ってますけど、それは僕がダンゴムシだからです。カブトムシさんが樹液を一番おいしいと思うのと同じです。チョウさんが花の蜜を一番おいしいと思うのと同じです。みんなに押しつけようとか、そんな事は何にも考えていないのです。
そのタイミングは永遠にやって来ないようにパダンには思われました。マシロが何か言うとクロキは冷静に一言返し、するとマシロはその数倍の言葉を吐くのです。何回もそれが繰り返されました。
パダンは他の虫に先を越される事になりました。カブトムシが無理に割って入り、クロキに喰ってかかったのです。
「おい、てめぇ! カブトムシを馬鹿にすんなぁああ!」
クロキの発言が気にさわったようでした。クロキは驚いてそのカブトムシに問いかけました。
「僕が何を言ったんだい?」
「すっとぼけんなぁああ! このすっとこどっこいぃいい!」
 カブトムシが、今にも自慢の角でクロキを突こうとします。そこにクワガタムシが割って入ってクロキを守り、空気を震わす怒鳴り声をあげました。
「カブトムシぃいい! 静かにしろやゴラァぁああ! 他の虫に迷惑だろうがぁああ!」
 カブトムシがそれ以上の声で怒鳴り返します。
「やんのかクワガタぁああ!!」
「望むところだカブトのデコ助がぁああ!」
 パダンは身を縮ませて二匹を見ていました。カブトムシとクワガタムシは、互いをにらみつけながら、今にも角と顎を使って戦いを始めそうで恐ろしかったのです。
この喧騒を皮きりに、あちこちで騒ぎが始まりました。集まった虫が全員、一斉にしゃべり始めたのです。
 パダンはその騒ぎに耳を傾けていて、胸が苦しくなってきました。どれもパジルから聞きかじったパダンの主張をけなしたり、非難したりするものだったからです。直接パダンの口から意見を聞くべきだ、と反論している虫もいますが、私が間違った情報を握らされているとでも言うのか、とか、あの虫がそんないい加減な意見を広めるわけがない、などと主張したり怒り始めたりする虫がいるせいで、パダンに意見を聞きに来る虫は全くいませんでした。
 パダンは、待っていても駄目だ、と周りにいる虫に片っ端から話しかけ、真実を伝えようとしました。 でも、誰も口下手なパダンの言葉など最後まで聞こうとしませんでした。集まってきている虫達は、議論が好きな頭の良い虫達がほとんどでした。そして頭の良い虫達のほとんどが、話すのが下手なパダンを見下すのでした。
 パダンが大きな目をしたオニヤンマと話した時の様子です。
「パジルの言っている事は正しくありません」
「君の言う『正しい』の定義を聞かせてもらいたいものですな。頭の悪い虫は定義をすり替えて話すから困る」 
「テイギ? テイギってなんでしょうか」
「はっ! どうやら君とは話す価値も無いようだ」
 オニヤンマは、ぷいっ、とパダンから顔を背けて、別の虫と話しはじめました。その時のオニヤンマの顔は、パダンと話す時と比べてとても楽しそうでした。
 パダンは話しかける度に、定義があいまい、じれったい、聞いていて疲れる、説明が下手すぎる、言っている意味が分からない……というたくさんの理由(本当に、本当にたくさんありました)で自分の話をきちんと聞いてもらえませんでした。
色々な虫に爪弾きにされながら、パダンは虫達の間を通っていきました。すると遠くに、カマキリと論争をするパジルの姿がありました。パダンはやっと見つけた友人の姿に足を速め、後方からチョンチョンとつつきました。パジルは迷惑そうにパダンを見ました。
「今、オオカマキリのオオマさんと共食いの可避性と生物的倫理について話しているんだ。邪魔をしないでくれ」
「パジルくん、お願いだよ、聞いてよ。さっきの事なんだけど、僕はどの虫も好きな食べ物が違うねって言いたかったんだ。それ以上でもそれ以下でもないんだよ。そう言っているのに、他の虫は頭が良すぎて僕の話をきちんと聞いてくれないんだ」
 パダンは懸命に言いました。なんとか友人の誤解だけでも解きたいと必死でした。でもパジルの返した言葉はひどいものでした。
「おいおい、パダン、さっき僕に言っていた事と違うじゃないか。君はカブトムシとチョウに落ち葉を食べている事を馬鹿にされたと言っていた。自分に都合が悪くなったからって意見を勝手に変えないでくれ」
「僕が話しているとちゅうで、君が勝手に出ていってしまったんだ」
 パジルは一瞬、言葉につまりました。側で聞いていたカマキリが、びっくりしたようにパジルを見て、本当かい、と驚いていました。
 パジルは目をきょろきょろさせながら、突然、声を張り上げました。
「あぁ、始まった、始まった! 言った言わなかったの掛け合いは無駄でしかない! 君とは話す価値もなさそうだ! 失望したよ!」
 おや、とカマキリがパダンを見ました。その目には怒りの色が含まれていました。
「そんな、ひどいや」
 パダンは目に涙をためました。そんなパダンを見て、パジルは冷たく笑います。
「客観的に見てもひどいのは君だ! 全く論理性を欠いている! 話にもならないとはこの事だ!」
 パダンはしょんぼりとうつむいて、パジルに背を向けました。後ろからパダンの鼻で笑う音が聞こえてきます。パダンの胸は、はり裂けていました。様々な虫達の声が飛び交う中、パダンは誰とも目を合わせないようにしながら、その場から姿を消しました。
 

 虫の騒がしい集会はしゃべり疲れた虫から帰り始めていました。
「いやぁ、今日は高名なナナホシトントウのオレオ先生と話せて本当に良かった」
「僕は木々のささやきの解読について知識を深められて本当に良かったです」
「それにしてもワラジムシのパジル君は大した論客だ。若手の一番星だな」
「あれ、そう言えば何か別の話題で集まった気がするのですが」
「そんな集まりだったのか?」
「あれれ……?」
「ははは、しっかりしたまえ」
 笑い声が遠ざかって行きます。そして誰もいなくなりました。
一日で何匹もの識者と話をして、とても賢くなった気がしているパジルは、パダンにした事をすっかり忘れて、どれ、パダンにも少しこの知恵を分けてあげようと彼の家を訪れました。しかしそこにパダンの姿はありませんでした。
「おや、どうしたんだろう」
 パジルはパダンを探しに、様々な虫に尋ねて回りました。議論を交わして仲良くなった虫達です。どの虫もパジルと会うと、みんな笑い、協力してくれるのでした。
「そう言えば、ダンゴムシの集落に新しく移り住んだダンゴムシがいると聞いたよ」
 それを聞いて、パジルはパダンに会うためにその集落へ出かけて行きました。パダンはすぐに見つかりました。
「やぁ、パダン。今日は君に教えたい事があるんだ」
 パダンは何も答えません。パジルをじっと、恨めしそうな目で見つめるだけです。
パジルは少し気圧されて後ずさりしました。
「どうしたんだい、君はつんぼにでもなってしまったのかい? 言いたい事があるのなら言ってみたまえ」
 パダンは目に涙をためていました。
 パジルが続けて何か言おうとしました。パダンはパジルが口を開く前に、体をぶつけてパジルを外に押し出そうとしました。
「おい、君、いったい何をするんだい!」
 パジルが慌てて身を引きます。それでもパジルは押し出すのをやめませんでした。気がつけばパジルはダンゴムシの集落から追い出されていました。
 パジルは冷や汗をかきながら、それでも笑みは崩さずに言いました。
「おいおいパダン、君は一体何がしたいんだ」
 パダンは返事をせずに背を向けて、ダンゴムシの集落に戻って行きました。パジルは外にポツンと取り残されました。
「全く、これだから頭の悪い奴は!」
 パジルは、フン、と怒って行ってしまいます。
それから、二匹が会う事は二度とありませんでした。

 
夏がお休みをとって、秋の風が木々の葉に愛をささやき始めた頃。
山のふもとから虫達の声が聞こえてきます。
「ワラジムシのパジルを知っているかい?」
「ああ言えばこう言う?」
「とっても有名だよね。今や知らない虫はいないさ」
「でも、あいつを始めに、どうも好かないなぁ、あの集まりは」
「いいさ。偉い、偉い、って褒めてれば害はないんだからさ」
「そう言えば最近、岩の下にあるダンゴムシの集落の長が代わったらしいじゃない」
「あぁ、とても若いんだってねぇ。それでいて謙虚だとか。ダンゴムシ以外の集落からも、頼りになるって信頼が厚いんだってさ」
「へぇ、偉いんだなぁ」
 今日も空を太陽が通ります。
光が世界を駆けぬけて、時間が虫達の背中を押しています。





【一言のコーナー】
 子ども向けではない
* コンストン物語 ( No.5 )
日時: 2011/07/09(土) 05:16:11 メンテ
名前: 小豆龍


『コンストン物語』


 ぽつんとたたずむ石にとって世界とは、一年で色が入れ替わる草の丘と、月ごとに流れが変わる白い雲と、一日に千変万化する空だった。
 そこに、銀ギツネが加わったのは、つい最近の事だ。
「やあ、おはよう」
「ご機嫌いかがかな」
「今日も平和だね」
銀ギツネと出会ってから、石は風景を眺めることを忘れた。一日中何度も、銀ギツネとの会話を思い出してはにやにやしていた。朝になれば、今日もあの、白と灰と黒の混ざった毛並みの獣がどこかに見えはしないかと、せわしなく周りを見渡すのだった。


ある日の事だ。
銀ギツネが石に質問した。
「君達はどうやって生まれるんだい?」
 石は過去の事をキツネに語って聞かせた。地面の下に行けばいくほど暖かくなっていくこと。最後には何もかもがドロドロにとけてしまうくらいに熱くなること。そのドロドロしたものが、ふとした拍子に地上へ飛びだしてくること。ドロドロしたものは飛びだした後、冷えて固まって大きな岩になること。その岩を、雨や風は時間をかけて削っていくこと。
 そして自分は、その岩から削られた破片の一つに過ぎないこと。
 銀ギツネは黙って話を聞いていたが、最後の話を聞くと驚いたように言った。
「君は僕の足裏と同じくらいはあるのに、それでも岩とやらのひと欠片に過ぎないのかい?」
 銀ギツネにとっては考えたこともないような大きさなのだろう。宙をにらみつけながら考えこんでしまった。
それを眺めながら、ふと、石は不思議に思った。
何故、銀ギツネと石は、会話をしているのだろうか。
石にとって、動物とは目の前を通り過ぎていく物体に過ぎない。動物にとっても、石はどこにでもある物体の一つに過ぎないはずだ。何度も蹴飛ばされた事がある石は、強くそう信じていた。
尋ねると、銀ギツネは首をかしげながら答えた。
「僕は変わり者なのかも知れない。石と話した事は君としかない。他の石は何を言っているのか分からないんだ。でも君の言っている事なら、何となく分かる。不思議な事だ」
 石にとっても、不思議だった。
どうして彼と自分は通じ合っているのだろうか。
石はぐるぐると思考を回していたが、そもそも何をかき回しているのかすらも分からなくなってきた。そんな事もあるのだろう、と、とりあえず目の前の事実を受け止める事にした。
「僕もそう思う事にするよ。難しいことを考えるのは苦手なんだ」
 それから二人は、取り留めのないことをいつまでも話していた。


 またまたある日の事だ。銀ギツネが口の周りを赤く染めて何かを運んできた。それは長い尾を持っていて、茶色の毛並みを血でぬらしていた。顔は醜く歪んでいて、濁った黒い目が恐怖で見開かれていた。
 銀ギツネはそれを、石の目の前に置いた。
「これはネズミというものだ。僕が食べる物の一つだよ」
 石は興味深そうにネズミを見た。ピクリとも動かない。動物は動く物なので、動かないこれは植物なのだろうと石は思った。少なくとも、自分の仲間である岩石ではなかった。
 石がそう言うと、銀色のキツネは真っ赤な舌を見せて笑った。
「このネズミも僕と同じ動物だよ。僕が殺したから死んだのだ。動物は死ぬと動かなくなるんだ」
 石はなるほど、うなずいた。では、昼夜問わず動いている雲はなんなのだろう。そう言うと、銀ギツネは困ったように首をかしげた。
「あぁ、そうか。雲も動物なのかも知れないなぁ。近くで見たことが無いから、今まで考えたこともなかった。今度、雲と出会えるくらい高い所に行ったら聞いてみるよ」
 石は、それはいい、と言った。そしてその時は、自分をくわえて登ってくれ、と頼んだ。頼んでから、これはすごい思い付きのように感じた。ずっとずっと昔からここで、じぃっ、としていたのに。運んでもらうということを考えたことがなかったのが全く不思議だった。
「それは楽しそうだ!」
 銀ギツネも嬉しそうに笑った。
「よしっ、練習がてら、そこの川まで運んでみようじゃないか」
 銀ギツネは鼻で、遠くにあって青い線のように見える川を示した。石も、行こう、早く行こう、と銀ギツネを急かした。
 さっそく銀ギツネは、口で石をくわえ、川の方へと歩き始めた。
 しかし銀ギツネは、運ぶ途中で何度も石を地面に置いて休憩した。川の近くまで来た時には、くわえずに前脚で石を引きずっていた。
 石を川の岸辺に置いてから銀ギツネは申し訳なさそうに言った。
「君は僕には重すぎたよ……。それに長い距離を運んだら、きっと僕は歯を痛めてしまうよ」
 石は諦めるしかなかった。もし銀ギツネが歯を痛めたら、物を食べることができなくなってしまうだろう。そして物を食べることができなくなったら、銀ギツネは──キツネに限らず動物は──死んでしまう。
 それでも石は満足していた。地表に顔を出してからずっと丘の上にいたのだ。遠くからでは青色にしか見えなかった細い線が、今では目の前で、澄んだ水をたたえて流れている。
石は、うなだれている銀キツネに、明日から水で遊んでみよう、と声をかけた。
「それはいい!」
 石と銀ギツネは互いに笑い合ってから、さようならをした。
 空にたちこめる黒い雲のせいで、きれいな夕焼けは見られなかったが、石は新しい居場所が嬉しかったので気にしなかった。


その夜、黒い雲は石の頭上にやって来ていた。ポツリ、ポツリと雨が降り始めたかと思うと、まるで空が落ちてくるような土砂降りに変わった。昼に川底が見えるほど澄んでいた水が、今では土を含んで茶色に濁り、うねっていた。洪水だ、と石は気がついた。何十年かに一度、丘の上から川があふれる様子を何度も見て来た。今、それが起きようとしている。
あれよあれよと言うまに水かさは増えていった。やがて石、川からあふれ出た水に巻き込まれた。石は川に引き込まれて、川底を沢山転がった。途中で他の石と何回もぶつかり、角がどんどん丸くなり、体も小さくなっていった。
小さくなった石は、水の流れに、より振り回されるようになった。
大きく川がカーブしているところに差し掛かった時、ザブンと、ちょうど石を押し流していた部分の水が、陸に乗り上げた。石はようやく暴れ水から解放されて、水溜りのなかをころころ転がり、止まった。
見たことも無い景色だった。周りは泥だらけで、根を丸出しにして倒れている木があった。すっく、と立っている木は、もともとここに生えていた木だろうか。泥に埋まっているのか、草は一本も生えていなかった。山の稜線にも見覚えが無かった。


 石はまた、ぼんやりと月日を過ごすようになった。
 石の世界は再び、一年で色が入れ替わる草の原っぱと、月ごとに流れが変わる白い雲と、一日に千変万化する空に戻った。変化があるとすれば、時々色が濁る川がそこに加わったことだけだった。
 銀色の狐と会えなくなり、九百九十五年が経った。
 四足歩行の動物がいなくなり、二足歩行をする動物が沢山やって来て川の近くで生活するようになった。その動物は、なにやらたくさん動き回って、周りの環境を次々と変えていった。洪水の後、地面を覆い始めた緑色の原っぱは、その動物の食糧を作る平野に変わった。見あげるように育った木々は次々と切り倒され、建物になった。その建物も、二足歩行の動物が増えるに従って大きくなり、最終的にとても高い灰色の石の建物にとって代わられた。川の周りもやわらかい土ではなく、ひと固まりの巨大な石のようなもので囲まれるようになった。川は、濁ることはあっても、洪水を起こす事はなくなった。


 石は時々、銀ギツネの事を思い出す。二度と会えないであろうことには見当がついている。動物には寿命があるのだ。石は銀ギツネに会えなくなってから、様々な動物の死を目撃して来た。今も目の前で動物が一つ、鉄の塊に跳ね飛ばされて死んでしまった。九百九十五年のどこかで、銀ギツネもあんな風に動かなくなってしまったのだろうか。
 石は用もなく空を見あげた。そろそろ、銀ギツネのことを思い出すのは、止めた方がいいだろうか。思い出すたびに、石は悲しい気持ちになる。思い出すのは、もう、楽しみではなくなっていた。
 ふと石の視界を影が覆った。
 それは二足歩行する動物と同じ姿をしていた。その動物は対向性の親指を使って石をつまみ、自分の目線まで持ちあげた。そして目を細めた。
「やあ、本当に久しぶりだね」
 石は首をかしげた。銀ギツネを思わせる動物だ。
まるで石の考えが分かると言うかのようだ。確かに二足歩行の動物は時々、まるで石と話せるかのようにぶつぶつ呟く事があるが、誰もかれも一方的で、石の話など聞きはしない。
「僕には分かっている。信じられないかもしれないけどね。僕もまだ信じられていないくらいだから」
 石にはますます訳がわからなかった。銀ギツネみたいなしゃべり方をしているが、やっぱりどう見てもこの動物は、そこらへんに沢山いる二足歩行する動物だった。
「動物もね、百年も二百年も生きる事があるって事が、実は君と別れてから分かったんだ。見てごらん、人間に上手く化けているだろう。君には敵わないけど、僕は千五年も生きているんだ。」
 石は彼の言っている事がよく分からなかった。以前に銀ギツネが言っていた事と違い過ぎた。でも目の前にいるこの動物は、まるで銀ギツネと石との会話を見てきたように語っていた。
しかし石が気になったのが、ニンゲンとは何の名前だろう、という事だった。
「あっはっは。君は本当に自分の事しか知ろうとしないなあ」
 彼は愉快そうに笑ってから、満面の笑みで続けた。
「さあ、山を登りに行こう。そして雲と話しに行こう」
 石はようやく納得した。目の前にいるのは、まぎれもなくあの銀ギツネだった。


 白と灰と黒の混ざった不思議な色をした髪を腰のあたりまで伸ばした男が、とつぜん道端に座り込んだと思うと何かをつまんでぶつぶつ呟き始めた。それからつまんだ何かをポケットに入れると、足を軽く弾ませて、雑踏の中に溶け込んでいった。
二人はこれから、山を登って雲に会いに行く。

* ウルスス・チベタヌスの日記 ( No.6 )
日時: 2012/10/17(水) 22:01:16 メンテ
名前: 小豆龍

  『ウルスス・チベタヌスの日記』


ウルスス・チベタヌスは目を覚ました。
 目の前に飯があったので食べた。おいしかった。
 友人と外に出て遊んだ。楽しかった。
 飯が食いたくなったので催促した。見つめてくる奴らは催促すると時々食い物を投げ込んでくる。今日は大きく背伸びをして口を開けた。もらえなかった。
 でも催促することが楽しくなってきたので、飯がもらえなくても関係なくなった。飯なんてどうでもよくなり、友人とひたすら背の高さを競い合って遊んだ。楽しかった。
 夜の飯の時間になったので中に戻った。飯はちゃんともらえた。うまかった。
眠くなったので寝た。
ウルスス・チベタヌスは目を覚ました。
 昨日よりも早く起きたので、ちょうど飯が運ばれてくるところに出くわした。食べ終えてからもっとほしくなった。まだ他の仲間に配っている最中だったので鼻で突っついて催促した。今日配っているあいつは、実は甘い性格をしている。ウルスス・チベタヌスだけが知っている事だ。案の定、催促に答えて少しだけ飯を増やしてくれた。満足した。
 友人と外に出て遊んだ。楽しかった。
 外に出たら飯はもらえないが、時々、飯が投げ込まれることがあることを覚えている。催促をするともらえるのだ。万が一を狙って、ウルスス・チベタヌスは催促をした。今日は丸太をぶん回した。でもやっぱり催促をすること自体が楽しくなってきた。夢中になった。夢中になっている時に、飯が投げ込まれた。でもウルスス・チベタヌスはその時、うっかり丸太を放り投げてしまっていたので反応が遅れた。飯は友人に取られてしまった。悔しかった。丸太もぽっきり折れていた。もう一度催促しようとしたら、飯を投げ入れた奴は、普段の飯を用意している奴に連れ去られていた。もっと投げ込んでほしかった。
 夜の飯の時間になったので中に戻った。飯の量がちょっと少なかった。もっと食いたかったので催促した。無視された。甘い性格のあいつではなかったのだ。残念だった。
 眠くなったので寝た。
ウルスス・チベタヌスは目を覚ました。
 飯が来たので食べた。おいしかった。
 外で遊んだ。楽しかった。
 見つめてくる奴らに催促したが、飯は投げ込まれなかった。悲しかった。
 夜の飯の時間になったので中に戻った。
 催促をした。増やされなかった。もっと食いたかった。
 眠くなったので寝た。
ウルスス・チベタヌスは目を覚ました。
 飯が目の前にあった。食べた。おいしかった。
 外で遊んだ。水がまかれていたので。それで遊んだ。楽しかった。新しい丸太が何本もあった。振り回して感触を楽しんだ。最高だった。
 催促もした。飯は投げ込まれなかった。悲しかった。
 夜の飯の時間になったので中に戻った。
 運んできた奴に催促をした。増やされなかった。でも満足する量だった。
 眠くなったので寝た。
ウルスス・チベタヌスは目を覚ました。
 飯を食べた。おいしかった。
 外で遊んだ。楽しかった。
 催促した。立ち上がって、丸太を振りまわして見せたのだ。投げ込んできた。今度はウルスス・チベタヌスが取った。嬉しかった。味はよく分からなかった。
 夜の飯の時間になったので中に戻った。
 食欲がわかなかったので飯を残した。飯を運んできた奴がいつまでも目の前をうろちょろしていた。
 疲れたので寝た。
ウルスス・チベタヌスは目を覚ました。
 飯が来ていたが、食べたくなかった。
 外に出る気がしなかった。ずっと中でゴロゴロしていた。
 飯を運ぶ奴がやってきてウルスス・チベタヌスを見た。慌てているようだった。たくさんの仲間を引き連れてきて、なんか細長い物でウルスス・チベタヌスにこっそり何かを刺していった。
 眠くないのに眠くなったので寝た。
 目を覚ますとお腹の辺りがスースーした。毛がなくなっていた。変な傷跡があった。怪我をした覚えは無かった。毛が無い事を友人に馬鹿にされ笑われたが、反論する元気がなかった。起きたばかりなのに疲れたので寝た。
ウルスス・チベタヌスは目を覚ました。
 目の前に飯があった。でも食べる気がしなかった。飯を運ぶ奴がやっぱり周りをうろちょろして、また仲間を呼んできた。
 友人達も心配してお見舞いにきてくれた。ちょっと嬉しかった。
 全然動いていないのに疲れたので寝た。
ウルスス・チベタヌスは目を覚ました。
 ものすごく疲れていた。お腹のあたりが気持ち悪かった。すぐに寝た。
ウルスス・チベタヌスは目を覚ました。
 何も食べていないのに何かを吐いた。赤かった。飯を運ぶ奴の仲間が前よりもたくさんやってきた。そこには甘い性格のあいつもいた。何人かが近づいてきて、口をひらかないように何かでガッチリ固定させられた。甘い性格の奴が近寄って来て、何をされるのかと怖かったが、かゆかった耳の後ろをかいてくれた。
 母親を思い出した。
 気持ち良かったので寝た。
 眠り続けた。
ウルスス・チベタヌスは、目を覚まさなかった。


【動物園からのお願い】
 動物に餌を与えないでください。先日もツキノワグマ(学名:Ursus thibetanus)の『わぁくん』が、投げ込まれたビニール袋を餌と間違えて食べてしまい、死んでしまいました。我が園は、お客様も動物も幸福になれる動物園を目指して運営されています。どうかご協力のほど、よろしくお願いします。



[最近]
卒論は多分なんとかなりそうだけど必修単位の関係で留年しちゃいそう。必修単位の講義が天敵とかまじ卒業できねぇ死ぬ。
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